2012年11月30日金曜日

二種類の家族エネルギー

A子は友だち関係で傷つき、ホトホトしんどくなり、学校に行けなくなってしまいました。
友だちと一緒にいたいのだけど、自分が普通にしていたら嫌われちゃうと思い込んでいます。嫌われたくないから、誰からも好かれようと必死で明るく元気な姿を見せています。ホントは自分がとてもキライで、いくら取り繕っても良い人になれません。友だちの気持ちをとても気にして、何気ない一言に深く傷つきます。ホントは「傷つくからそんなこと言わないで!」と言いたいのだけど、とてもそんなこと言えません。
自己肯定感が低いので、それをどうにかしたい。お母さんと相談して、ひとりでカウンセリングにやってきました。自分がちゃんと学校に行けていないので、お母さんに申し訳なくて。

そうなんだ!とても親思いなんだね。、、、でも、お父さんにも申し訳ないとは思わないの?
いえ。お父さんはどうでもイイんです。
お父さんは金八先生や松岡修造タイプなんです。

えっ、それどういうこと?
情熱ゴリゴリというか、私に何かあると「A子、がんばれ!」と情熱的なメールを送ってきたり、ちょっと帰りが遅くなるとすごい勢いで怒るんです。
以前は親が絶対だったから、ただ怒られていて、身体が震えて過呼吸になったこともありました。
でも、今はお父さんも反省して少しマルくなりました。
私が考えすぎたりネクラなところはお父さん譲りなんです。昔は怖いだけだったけど、今はお父さんも打たれ弱いんだなと思うようになり、時々フォロー入れたりしています。

思春期はとても困難な時期です。たくさん傷つきます。無傷で通過することはまず不可能でしょう。
つまづくのが当たり前。不安や恐怖に満ちています。大人になるって、自分に自信を持つって、すごく不安なことです。まわりの人は自分のことを受け入れてくれるのだろうか。みんなから嫌われないだろうか。いつも心配だし、そんなことを考えていたら人に会いたくなくなるのも当然でしょう。

親は子どもを愛し、たくさんのエネルギーを注ぎます。
そのエネルギーには二種類あります。

親のPositiveなエネルギーとは、プラスの結果を予測します。
あなたは基本的にOKね。今とても苦労しているけど、きっと大丈夫。壁を乗り越える力を持っているね、、、という安心の眼差しを子どもに注ぎます。
そういう前提があれば、多少困ったことがあっても焦らず、あわてず、少し離れた位置から子どもを見守ります。あまり過剰に先回りして手を貸したり、怒ったりしません。基本的に子どもに任せるけど、もし子どもが心細くなって親の元に戻ってきたら、優しく休ませてあげればよいだけです。
親のpositiveなエネルギーを受け取った子どもは、辛く、傷つくことがあっても、まあ何とかなるかなあ、きっと何とかなるよ、、、とのん気に構えてその場に居続けます。するといろいろな経験をする中で、イヤな体験にへこんで元気を失い、良い体験に元気をもらいながら、だんだんと成長してゆきます。

親のNegativeなエネルギーとは、常にマイナスの結果を予期します。
  • この子は大丈夫だろうか?
  • ダメになっちゃうんじゃないだろうか?
  • とりかえしのつかない何かが起きてしまうかも、、、?
と常に不安・心配の眼差しを子どもに注ぎます。
だとすれば、親としてはマイナスの結果を未然に防止しなければなりません。先回りして心配して、とても過保護・過干渉になったり、とても厳しく叱ったりします。
子どもは親の気持ちに敏感ですから、親のnegativeなエネルギーをじかに受け取ります。傷ついたら自分はダメになっちゃうんじゃないだろうか、自分は傷に耐えられないんじゃないだろうかと、傷つくことをとても怖れ、傷つきを避けようとします。でもそれは不可能だから、傷つくことを防ぐためにはひっこむしかありません。
そうやって、うまくいかない兆しが子どもに現れると、親はさらに心配してnegativeエネルギーが増大します。それを子どもがもろに受け取って、子供もnegativeに、、、という悪循環のサイクルに陥ります。

ここでフットボールの比喩を思いつきました。
私は大学時代アメフトをやっていました。
心配性のコーチと安心感を抱えたコーチがいました。
ゲームなんだから、どちらかが勝って、どちらかが負けるわけ。どうにかして勝たせたいとコーチは必死です。

心配性のコーチはかなり出過ぎます。選手たちは自分の力で戦わなくてはならないのに、サイドラインから「あーしろ、こーしろ」とメガホンで怒鳴り、やたらうるさいです。選手の中でもクォーターバックがゲームの司令塔です。プレイの度にハドルを組んで、次のプレイの展開をみんなに伝えます。不安なコーチは、しょっちゅうサイドラインから伝令を飛ばし、次のプレイはこれで行け、あれで行けと細かく指示します。QBは自分の考えでプレーを出すか、コーチの指示に従うべきか悩んでしまって結局うまくいきません。

どっしり安心感のコーチは、練習の時は細かくうるさいけど、試合になったら選手に任せます。腕を組んでじっとプレイを見つめ、ギャーギャー騒ぎません。ファーストダウンやタッチダウンを取った時は、ガッツポーズで「よし、やった!」としっかり承認を与え、一緒に喜びます。
選手が行き詰まりどうしようもなくなった時にはコーチがタイムアウトをとります。その時はQBと主将をサイドラインに呼んで、しっかり明確な指示を与えます。でも、タイムアウトはひと試合に3回までしか許されません。3回とってしまったら、あとは選手に任せるしかないのです。

子どもは思春期というゲームを必死に闘っています。親コーチはどう取り組めばよいのか、悩ましいところです。

どこから親のnegativeエネルギーはやってくるのでしょうか?さまざまな場合があります。
  1. ホントに心配しないといけない弱い子どもの場合です。小さいころから病気を抱えていたり、虚弱体質だったり。親がカバーしないと生きていけません。
  2. 親自身が子どもの頃、自分の親がそのように接してくれた場合です。親はたくさん心配するものだから、親として当たり前のことをしているだけ、、、と考えます。祖父母⇒親⇒子へとnegativeエネルギーが世代間伝達されます。
  3. 子どものこととは全く関係ないが、親自身の人生に不安や困難を抱えている場合です。

どこから親のpositiveエネルギーはやってくるのでしょうか?
  1. とても元気で優秀な子どもの場合はどうでしょう?「親の七光り」の逆バージョン、「子の七光り」で親が元気をもらえる場合もあります。しかしどんな子でも思春期はつまづきますから、このようなケースはあまり想定できません。
  2. 親自身が子どもの頃、自分の親がそのように接してくれた場合です。親は子を信頼して見守っているものだから、親として当たり前のことをしているだけ、、、と考えます。祖父母⇒親⇒子へとpositiveエネルギーが世代間伝達されます。
  3. 子どものこととは関係なく、親自身がまわりから多くのpositiveエネルギーをもらい、安定した人間関係をキープしている場合です。安定して信頼できる夫婦関係、親子関係、友人関係などを持っていると、そのエネルギーを子どもへ伝えることができます。
家族カウンセリングもこれと似ています。安定しているカウンセラーと信頼関係をしっかり築き、大量のpositiveエネルギーを吹き込みます。それによって家族内のnegativeな悪循環を断ち切り、オセロの黒を白にひっくり返します。

Q)どうやってpositiveエネルギーを吹き込んでくれるのですか?
A)それは多くの経験から生み出された秘伝の隠し味です(笑)。
  どうぞゆっくり味わってください。

2012年11月26日月曜日

温泉旅行と親孝行


連休最終日の特急「草津号」は思いのほか混んでいる。
自由席でも座れないことはないだろうが、指定席にしておいて良かった。前の座席には若いカップルが一組いるが、周りを見回しても他は初老の、あるいは老年のカップルや仲間連れがほとんどだ。多くは観光客。四万・草津温泉へ行くのだろう。
上野駅から2時間。十分日帰りもできるようになったが、せっかくの骨休めなんだから一泊しよう。
文庫本も持ってきて京浜東北線では読んでいたのだけど、やはり読むより書きたくなった。今回の旅行はデジタルはやめた。たった1泊だし。早くコーヒーをこぼしてボコボコになったモレスキンを使い終えて新しく出たEvernote仕様のモレスキンを買いたいからラミーのサファリでせっせと書いている。後でPCに入力するから二度手間なのだけど。
新幹線に比べると、在来線は揺れる。あまり集中していると乗り物酔いしそうで気分が悪くなる。
四万温泉の鍾寿館は父親の実家だ。温泉旅館が実家というのはかなり得している。父親にしてみれば里帰りだろうけど、私はおじいちゃんから小遣いをもらい大きなお風呂に入ってご馳走にありつける。

鍾寿館は戦前からの老舗旅館だ。もともと温泉旅行を享受できるのは一部の富裕層のみに限られていた。戦後、農地改革により農民が解放され、農閑期に湯治する習慣ができた。米や野菜を持参して自炊しながら長逗留する。他のお客さんとの相部屋を嫌がるほどプライバシー感覚はないし、むしろその方がおかずをシェアできて楽しいのだろう。当時は混浴もふつうだった。
高度成長期に入り、会社の慰安団体旅行という習慣ができた。大勢で貸し切りバスに乗り込み、大広間で大宴会。私の子どもの頃は、親戚一同が集まり、「きょうだい会」と称してよく宴会が開かれていた。7人のきょうだいと連れ合いが集まれば、その子どもたちは相当な数になる。上から下までいろいろな年齢層のいとこたちと遊んで一緒にお風呂に入ったり。力の差からいじめられることがあっても、集団性の中での楽しみだった。
そのような団体旅行は個人旅行にとって代わった。元の大広間に間仕切りができ、中・小の個室に分けられた。昔のトイレ無しの六畳間は、今の時代の客室には狭すぎる。畳対応の椅子・テーブルを入れて個別の食事会場になった。

父親は年に一度は帰省する。去年は娘も連れて親・子・孫の三代旅行だった。今年は親子の二人旅。おばあちゃんは出不精だし孫の世話が気になるから留守番に回る。母親と娘の旅行ならおしゃべりに花が咲くのだろうが、父親と息子のふたり旅なんて話すこともない。駅弁を食べて、孫の話をちょっとしたら、あとはだんまり。居眠りするか、こうやって仕事のふりをしてブログを書いている。それでも気まずさはなく、ゆったりした時間が流れる。父親ひとりで行けば良いのだが、あえて息子もついてきた。
実家旅館に着いても毎回やることはほぼ決まっている。次男坊の父と当主の兄との会話だって昭和ひとけた同志、30分も話せばネタが尽きてしまう。お墓参りにも行く。なぜ律儀にお墓参りする意味が、今までは理解できなかった。3年前、妻を亡くしてからその意味がわかるようになった。
父親が山間の集落--温泉がなければ、ホントに山奥の小さな集落だ--に過ごしたのは小学生までだ。小学校を卒業したら前橋の旧制中学に出て、高校は埼玉、大学は東京へ。四万に戻ることはなかった。巣立ちの年齢は普通18-20歳頃とすれば、父の巣立ちはずいぶんと早かった。土地を買い、家族も仕事も東京に拠点を移してからも、故郷への憧憬は強く残っているのだろう。たとえ80歳を過ぎても、いや、むしろ年齢と共に強まるのかもしれない。

親孝行という言葉は好きではない。儒教的規範としての親孝行は年功序列、家制度を保持するための前世代的価値観であり、現代の核家族の機能維持の妨げになる。あるいは、親孝行は高齢者の安全と生活を維持するために必要な家族の結びつきなのだろうか。
そうではなく、親孝行はもっと純粋に心情的なものであって欲しい。
親子の愛情って何なのでしょうか?
相互に関わりたい、関心を向けるという欲求。思いやり。その人のことを考えようとすること。そしてこれが一番大切なのだが、肯定感を与えること。
子が親の関心を受け、親の愛情を受けたという実感を抱けてこそ、子が親への関心を向けることができる。親孝行って、するべき規範でもノルマでもなく、自然にやりたくなる心情的なものだ。

もし私が家族の危機にも、仕事のストレスにもブレない安定感を備えているとしたら、父親との関係性に由来する部分が大きいと思う。
自分が生まれてきた由来、自分という存在の根拠である親をしっかり肯定でき、しっかり結びついているという確信は、不確実で不安な世の中にあっても、揺れずにいられる根拠を与えてくれる。
こういうことは、ふつう気づかない。自分自身の体験を、他の体験と比べてはじめて見えてくる。ふつう、他の人の体験なんて触れる機会はない。せいぜい映画や小説で触れるくらいだろう。

ふつうの精神科医は患者さんの中に潜む病気ばかりみているが、心理セラピストであり家族療法家である私は、人の心に潜む家族体験をよく見てしまう。時にはご本人自身も見えていない部分まで見えてしまう。いや、本人だからこそ見えにくいのかもしれない。見るのが痛い、見えてしまうのが怖い体験もたくさんある。
そこまで掘り下げるなんて失礼な。プライバシーの侵害じゃない!!
そうなんですよ。
身体医学のお医者さんは身体をハダカにして、さらにメスで身体の中まで侵入してきます。心のお医者さんは心をハダカにして、心の中に入り込んできます。ある意味、とても恐ろしいことですよ。それが治療のために、心の病気や悩みを治すために必要なことならば、嫌がるご本人の抵抗を乗り越えて入り込んでゆきます。

私と父親との関係は、特に悪くもなく、特に良くもなく、ごくふつうの父子です。しかし、それが自分の心の安定さの基盤になっているという気づきは、そうでない人々の心に触れることによって対比的に理解することができます。
時々、クライエントの話に涙することがあります。それは、クライエントの体験に共感するからであり、そのもととなっている自分自身の体験を再現するからです。

もし心情的に親孝行できないとしたら。
自分が親から愛されず、受け入れられた体験を持たないとしたら。
親を愛し、親を受け入れることが出来なくなります。
人生の始めに、無力な子どもを無条件に受け入れ肯定してくれた親。その人生の終わりに、無力となった親を無条件に受け入れ、肯定します。もし肯定された記憶がないのに、親孝行という規範だけで親孝行したとしても、老親を肯定することは不可能です。
親を受け入れず、否定することは、自分自身の起源、つまり自分自身をも受け入れず、否定することになります。それがどんなに辛く、苦しいことか。
たとえ物質的に恵まれ、社会的に認められ人々から称賛を浴びたとしても、心の根底では本当の安心と心のよりどころを得ることができません。そのことが、さまざまなカタチとなって表れ、精神科医のところにやってきます。

もっとも生きる基盤なんて盤石でなくとも、揺らいでいても、何とか生きていくことができます。学力・体力・知力・経済力などさまざまな力(=鎧)を獲得し、バランスを保ち、辻褄を合わせて生きてゆきます。
しかし、何かのきっかけでバランスが崩れると、きっかけとなった出来事の衝撃の強さ以上に大きく崩れる場合があります。そうなると、口火が切れた部分の応急補修では済まされず、それまでなんとか抱え込んでもやってこれた膿みの部分まで深める治療が必要になります。

、、、というようなことを電車の車内と、温泉宿でつらつら考えていました。

私の向かいには、父親がいます。

2012年11月16日金曜日

本当に求められている精神医療

<抗不安薬依存深刻に>
抗不安薬や睡眠薬を長期に処方された患者が、薬物依存に陥り、薬を減らしたりやめたりする際の離脱症状に苦しむケースが問題になっている。日本は欧米に比べ、抗不安薬や睡眠薬の処方が際だって多い。漠然とした処方をやめようとの動きも始まったが、薬物偏重の背景には、患者の訴えをきちんと聞くことのできない日本の精神科医療の問題がある。

...欧米では、治療指針で処方期間を4週間以内とするなど、早くから対策が講じられた。...

ところが日本では、多くの精神科医や内科医が「飲み続けても安全」と、漠然と使い続けた。

<訴え聞かず暴言吐く主治医>

...日本の精神科医療が薬物偏重である背景には、精神科医が、患者の訴えを聞いて診断する力が不足していることがある。ある精神科医は、「もし自分に、患者の訴えをきちんと聞く技術があれば、初診から薬を出すケースは相当減るだろう」と打ち明ける。...(医療情報部 佐藤光展)(読売新聞2012.11.13)

これは、最近の新聞からの引用です。
私が6年間の医学部で受けた教育は医学モデル、つまり病気の診断と治療が主で、心理学や社会福祉、ソーシャルワークなどの勉強はほとんどやりませんでした。
大学院や研修医時代にはもう少し幅の広い視点も養われました。しかし、話を聴こうとしても5分や10分、せいぜい長くても30分程度では限界があります。それで私は英国に渡り、家族療法のトレーニングを3年間積み、その後も国内外のさまざまな機会を利用して研修を積んできました。そのような勉強はすべての精神科医に求められているものではありません。精神科医の自助努力で行わなければなりません。日本の精神科医の大部分は医学モデルしか持っていません。
ホントは、3つの視点が必要だと私は考えています。

バイオサイコソーシャル・モデル(Bio-, Psycho-, Social- models)
という考え方があります。

  1. 生物学的な見方 (Bio-):精神症状の背後に生物的な異常、たとえば脳の神経代謝物質の異常や先天的な障害を想定します。治療は身体の化学的な組成に影響を与える薬物を用います。
  2. 心理学的な見方 (Psycho-):精神症状や悩みの背後に心のプロセス、たとえばショックな出来事(トラウマ)、失敗体験、恐かった体験などが隠されており、その影響で自信を失くしたり不安な気持ちが強く、物事がうまくいかないと見立てます(もちろん見立てはこれだけではありませんよ。様々な可能性があります)。治療はカウンセリングが主体となります。普段は避けているイヤな気持ち(悲しみ、不安・怖れ、怒り)などに向き合い、気持ちを整理して、後ろ向きから前向きな気持ちになれるよう自信を回復します。
  3. 社会学的な見方 (Socio-):個人のまわりに取り巻く環境や人間関係に焦点を広げます。家族、学校、職場、地域などで繰り広げられる人間関係の文脈を考えます。たとえば不況でリストラの危機にあったり、学校の雰囲気が悪かったり、家庭の雰囲気がいまひとつだったりすれば、多かれ少なかれ人のココロにも影響します。その場合、その人に投薬したりカウンセリングしてもうまくいきません。家族・学校・職場などを視野に含めて動かしていきます。

家族療法の考え方は、(2)心理学的な見方と、(3)社会学的見方を組み合わせた手法です。システム・モデルといってかなり役に立つ見方なのですが、それをうまく行うためは結構な時間と経験が必要です。

たとえば、「うつ」で会社に行けなくなった人を考えてみましょう。
1) やる気が出ず、眠れなくなり、食欲もなくなり、自分はもうダメだと悲観的になってしまいました。この症状だけ取り上げ、生物的な見方をすれば「うつ病」と診断できます。ではお薬を飲みましょう、、、ということになります。
2) もう少し話を伺うと、職場の上司とうまくいかず、仕事で失敗したことがトラウマになり自信を失っていました。それでは、カウンセリングをして気持ちの整理をしましょう、、、ということになります。
3) さらに話を深めると、最近、年老いた父親に介護が必要になり関わっているうちに、未だに父親から認められず子供の頃の父子葛藤が再現し、過干渉に心配する母親からも自立できないことが見えてきました。それでは、家族のことも含めてよくお話を伺いましょう。別にご高齢の両親を治療にお呼びするする必要はありませんが、心の中の家族関係を整理しましょう、、、というようなことになります。

もうひとつ、「ひきこもり」を例に考えてみましょう。
1) 友だちを作れず、学校で孤立して、夜、ネットゲームばかりにはまり、朝起きれなくなって学校を休み始めました。その現象だけを取り上げれば「発達障害」が疑われます。
3) もう少し話を伺うと、実は一族に久しぶりに生まれた男の子で、子煩悩のお父さんはとても期待をかけてスパルタ的にしつけていました。短大卒のお母さんは高学歴のお父さん一家に嫁いできて肩身の狭い思いをしています。夫からも「子育てはおまえの仕事」だと言い渡され、お姑さんの視線も気にして、お父さんから厳しくされるわが子を不憫に思い、甘やかして育てました。厳し過ぎるお父さんと甘すぎるお母さんの間で、友だちをうまく作り、早寝早起きの生活習慣を整えるだけの自立心がなかなか育ちません。ここまで見えてくれば、お父さん、お母さんも含めて一緒にカウンセリングに来てもらい、どうわが子に接したらよいのか見直していく中で、子どもがすくすく成長できる家庭環境を整えます。


ゆっくりお話を聞いて、薬をあまり使わない精神科医療が、今、ほんとに求められていると思います。私のところにも、精神科で薬ばかり増えて、症状が改善しない方や、症状が治った後で、安定剤や睡眠薬を切りたい方が来られることがよくあって、処方されている薬の多さに、驚きを禁じられない時があります。

これは内科医をしている友人の話です。
(1)の生物・医学的な見方しか持っていない精神科医にかかるとこうなってしまいます。
診療時間が短いと、具体的な症状の背後にある事情まで伺うことができません。

人生、いろいろありますね。誠意があり、患者の話をよく聴き、本人をよく見て、なぜこうなったのか、本人が今何を必要としているのか、また長期的に何がベターなのか、よく考えて対応下さる精神科医は本当に重要ですね。

これは別の友人からのメールです。
私も本当にそう思います。

2012年11月11日日曜日

中学時代の恩師

吉澤先生は、私の基盤の重要な部分を占めている。
思春期前の子ども時代に両親が基盤であったことは間違いないが、自立心が芽生えはじめた中2・中3に担任だった吉澤先生は、ソトの世界における基盤だった。

その前の中1の担任のX先生はひどかった、、、と自分で思っている。
具体的にX先生のどこがヘンで、Y(=吉澤)先生のどこが良いのか説明しにくい。
中学時代、私は相当やんちゃだった。別に不良っぽいというほど大したことはないが、廊下を走ったり、屋内でボール投げをしたり、習字の時間の後、書き損じの半紙をまるめて雪合戦をしたりホントに他愛ないやんちゃだった。X先生の授業中の態度が悪く(そう、内心先生をバカにしていました)、壁に立たされて、授業終了の「起立!、きをつけ!、礼!」の号令を学級委員だった私が立たされた状態でやった記憶がある。ウッシッシ!
本気で人を傷つけるわけじゃないが、何かを壊したかった。授業で将来の夢を書かされ、「ナポレオンみたいに革命を起こす人」と書いた記憶がある。体制を崩したかった。それは今までの自分を崩して、新しい別の自分になりたかったのかもしれない。
普段、X先生はダメダメのトーンから入っていった。「田村クンは勉強はできるけど、態度が悪い!」と否定された記憶がある。X先生の人となりに何かウソ臭い、イヤなものを感じていたのだと思う。手抜きで、生徒の前ではつまらなそうな機嫌悪そうな表情をしていて、放課後先生同士でテニスに興じていたときはすごく生き生きとしていた。生徒に見せる雰囲気とはぜんぜんちがっていた。今から思えば自己評価の低い先生だったのだろう。

中2のY先生は対照的だった。授業やホームルームで接していても何か肯定的なものを感じた。クラスのスローガンが「人に迷惑をかけない限り、何でもやってみよう。」これは気に入った。夏休みに友だち4人で2泊3日で尾瀬に行くかなり大胆な計画をY先生が認めてくれた。よっぽど信頼してくれたんだ、、、という基盤ができた。
夏の林間学校。昼の行事はどうでもよく、夜のアドベンチャーをよく覚えている。昼間、女子に「今晩行くからな!」と告げておき、就寝時間の後、定期的に見回りにくる先生の間隙を縫って悪ガキ仲間と一緒に別の棟の女子部屋へ遠征した。別にエッチなことをするわけではない、行って戻ってくるスリルを味わいたいだけ。人に迷惑をかけないで、何でもやっているだけなんですけど。
先生に見つかって、廊下に正座させられて、ひどく叱られるのも敵軍の捕虜になった気分だった。
その後もはしゃいで寝ようとしない我々の部屋にY先生が黙って入ってきた。我々は寝たふりをしてるが、先生は一緒に横になり寝ている。えっ、いつまでいるの?ずっと息を潜めて伺っていると、しばらくして黙って去って行った。他愛ない中学生の修学旅行的風景だが、なぜかそういう体験が私にとってのソトの世界の基盤になってしまった。
高校に入ったらアメリカ留学したいと漏らしたら、AFS留学体験のある卒業生と会わせてくれた。
高3で夢が叶った時、出発前に横浜のホテルニューグランドでお祝いの食事会をしてくれた。
その後も、クラス会をやったり、結婚前に妻とお宅を訪問したり、結婚式に来てもらったり、テニスを一緒にしたり、親交が続いていた。

そのY先生が手術不能の肝臓がんをわずらい、積極的な治療もやめた。
80歳を過ぎれば亡くなることはぜんぜん怖くもなくなるんですよ。でもその前に教え子たちに会っておきたい。
「じゃあ先生の趣味の写真の展覧会をやろう!」というクラス会の酒の席での話を真に受けて、実現に向けて進めている。
1月はもしかしたら間に合わないかもしれない。
しかし、これはY先生のためというより、私自身の基盤を確認し、リリースするための儀式なのだと思う。

追加)
繰り返しになるけど、Y先生はソトの世界の人だったんだ。ウチの世界の基盤はその時点でだいたいできていた。Y先生はウチからソトへの架け橋だった。1年生の担任X先生も、高校時代のS先生も大したことない、つまらない大人にしか見えなかった。彼らだけだったらソトの世界は大したことないつまらない世界だっただろう。Y先生は、私と十分に離れた位置からソトの世界をぐっと近づけてくれた。

話は聴くけど何も言ってくれないカウンセラー

私のところに相談にいらっしゃる前に、別のところで相談された様子を伺うと、
「カウンセラーの方はよく話を聴いてくれたのですけど、何もアドバイスしてくれないので、、、」
とおっしゃる方がよくいます。
これには3つの場合が考えられます。

1)来談者中心療法という技法は、クライエントの話をよく聴くことに徹します。上手なカウンセラーが話を良く聴いてくれると、何もアドバイスしなくても、何かわからないがとても気持ちが楽になった、どうすれば良いのか目から鱗が落ちたと感じます。
しかし、単に話を聴いているだけでも、実は裏技があります。カウンセラーにすれば裏技でもなんでもないまっとうなことをマジメにやっているだけなのですが、クライエントにはそれがよく見えないので「裏技」にしておきましょう。「ただ話を聴くだけ」のことが大きな威力を発揮します。
 この点、私はかなりアドバイスをします。来談者中心療法の考え方も取り入れますが、それプラスアルファの理論・技法を用います。

2)単に下手なカウンセラーの場合、ホントにただ聞いているだけです。来談者中心療法という技法は一見取っ付きやすいので多くの人々が使っています。不十分な理解のまま「裏技」を習得していないカウンセラーに聞いてもらっても、気持ちは楽にならず、目から鱗も落ちません。

以上はカウンセラーの技量の問題ですが、クライエントの技量の問題もあります。

3)クライエントのガードが固く、厚い鎧を着込んでいる場合です。「ホントに困ってます。どうにかしてください」と願いつつ、本音の弱い部分をしっかりガードして厚い鎧で守ります。そうなると、いくら上手なカウンセラーでも太刀打ちできません。クライエントは自分が鎧を着込んでいるなんて気づいていませんから、「このカウンセラーは下手だ」と認識してしまいます。
 もっとも、人はだれでも多かれ少なかれ鎧を身につけています。それを優しく開くよう促すのがカウンセラーの技量であり、勇気を出して鎧を開け放してみるのがクライエントの技量です。両者の技量がうまく重なると、カウンセリングの効果が最大に発揮されます。
 そう考えると、カウンセリングを受けるって難しいことなのでしょうかね。
確かに、症状を伝え、お薬をもらうだけの医療に比べれば難しいのかもしれません。クライエント側のがんばりが求められます。

料金が高い方が治りが良いわけ

私の相談は1時間じっくりかけるので料金を通常よりも高く設定させていただいています。
いらっしゃる方はその対価をお支払いできる方に限定されてしまうのですが、経済的に余裕のある「お金持ち」の方かというと、そうでもありません。
経済的な余裕の有る無しよりも、「それだけの対価を払ってもよいから相談したい!」という気持ちの高い方々がいらっしゃいます。
その結果、治りが良いです。
私が一昨年まで週1回診療していたクリニックは通常の保険診療ですから今よりかなり安く設定していました。
相談時間は同じ1時間でした。私の対応の仕方もそれほど変わりません。たくさんお金を頂くからその分サービスを良くするとか一生懸命やるということではありません。昔も今も、私の出来る限り真剣に取り組んでいます。
つまり、私の技量や相談の時間は変わらないのに、料金を高くすると治りが良くなります。なぜでしょうか?
「お金持ちはレベルの高い人だから治りやすいんだ」というわけではありません。
その訳は、みなさん相談を受ける動機づけが高いからです。平たく言えば「これだけ払うんだから治らなくちゃ!」と真剣に取り組まれています。

私は相談の中で、「こうしてみましょう。ああしてみましょう。」とかなり突っ込むタイプです。よく「話は聴いてくれるけど何も言ってくれない」タイプのカウンセラーがいるのですが(これについては別項でお話しします)、私はかなり違います。もちろん話はよく伺いますが、いろんなことを言います。
「問題を解決するために、◯◯しましょう。」
通常のお医者は◯◯に「薬を飲みましょう」が入るのですが、私はあまり薬も処方しません。
私の◯◯は「もっとその部分を聴かせてください」とか「今までとは変えて、こんな風に試してみましょう」といった課題を出します。
すると「え、、、そうすれば良いとはわかるのだけど、ちょっと××だから難しいかも、、、」と反応します。
問題を解決するためには痛みを伴います。
大きな痛みを取り除くために、小さな痛みを引き受けなければなりません。
人は「変わりたい」という気持ちと、でも「変わりたくない」という両方の気持ちを持っています。
たとえば、ひきこもっている人は「ひきこもりから脱したい、普通に社会に出たい」と願う一方で、「人と関わりたくない、傷つくのがイヤだ」と思います。
あるいは、相手と(あるいは自分と)向き合わねばならないのはわかっているのだけど、向き合いたくない(恥ずかしい、怖い、ムカつく、心配だ)と思います。
私はその部分を丁寧に優しくプッシュします。でも、いくら優しくしてもプッシュすることには変わりはないわけで、そんなこと出来たら避けたいというのが本音です。
お金をかけても「解決したい」と動機づけの高い方は、私が提案する小さな痛みによく耐え、がんばります。その結果、大きな痛みが解決され治りが良いのです。

2012年11月9日金曜日

小春日和のポタリング

昨日の仕事は飯田橋⇒広尾⇒飯田橋の移動。いつもは早くしなくちゃと時間ぎりぎりに出るのだけど、昨日は天気も良いので少し早めに出て、小春日和の中いつものルートをポタリングと決め込んだ。
自宅から平和島の品川水族館前を過ぎ、鈴ヶ森刑場跡から旧東海道に入る。一方通行の商店街を逆行して北品川から品川駅の裏側、港南口に回り込む。高輪側の方が近道だが第一京浜の交通量を避ける。
田町を過ぎてガードをくぐり、JR線路わきの公園を通過。昔からの車窓の風景。以前は確か入り江で小舟もあったけど、今は区画整理されすっかりきれいになった。


第一京浜から日比谷通りに入り、日比谷公園へ入る。日比谷図書館はもうやっていないのかな?松本楼の脇をとおり、テニスコートは早朝からプレイしている。

内堀通りから皇居外苑へ入る。二重橋前はいつも外国人観光客でにぎわっている。
日本人はジョギングか自転車で通過するだけ。

そのまま内堀通りを北上し、竹橋のパレスサイドビルから九段下の交差点⇒飯田橋へ。

普段の何も考えていない通勤ルートをこのように紹介すると、それなりに都内の観光名所を巡っているようですね。確かに通勤電車に押し込められ、スマホをいじっているよりは楽しいです。これからの季節、風は冷たいけど空気は澄み、都内自転車を楽しめる時期かもしれません。