毎日生活していると、使用済みの物も、ゴミも、ホコリも、だんだんと溜まっていきます。
小まめに片づけ、掃除していればよいのですが、余裕がないと、ついほったらかしにして、溜まったものが積み重なっていきます。
すると整理がますます面倒になり、放置します。
家が、どう手を付けてよいかわからないモノで占拠され、生活スペースが少しずつ狭くなり、不便な生活を強いられます。
気がつかないうちに、生活がうまく機能しなくなります。
そういう時は、意を決して家の大掃除をしなければなりません。
心の中も同様です。
ふだん生活していると、どう処理していいかわからない気持ちが溜まってきます。
棚上げして放置していると、だんだんと心のスペースが狭くなり、心がうまく機能しなくなります。
---
花子さん(仮名)の息子は、ひきこもっています。
母親から、いろいろ働きかけても、一向に動き出そうとしません。
花子さんは、父親からも声をかけてもらいたいと密かに思っているのですが、夫の一郎さんは子どものことに関心がないようです。
息子のことについて、夫婦でひざを交えて相談したいと思うし、そうしなければならないとアタマではわかるのですが、花子さんはどうしても一郎さんと向き合い、深い気持ちで話し合うことが出来ません。
夫婦の間には、長い間放置されたホコリがこびりついており、それを掃除できませんでした。
しかし、カウンセリングによって、家族関係の大掃除をして、息子がひきこもりから回復しました。
ーーーー
初回のカウンセリングには、母親の花子さんが、おひとりでいらっしゃいました。
はじめは息子くんの相談だったのですが、だんだんと夫婦関係のお話に発展していきました。
実は、一郎さんは10年ほど前に会社の女性と浮気をしました。
お金をつぎ込み、家計も破たんし、離婚調停まで行きましたが、結局は離婚しませんでした。
やがて、一郎さんは浮気に終止符を打ち、妻の花子さんの元に戻ってきました。
今は、落ち着きを取り戻し、ごく普通の家族生活です。
しかし、あれ以来、花子さんは一郎さんの不倫を誰にも語ったことがありません。
夫婦でも、その話題は避けてきました。
花子さんは、未だに一郎さんに対する心のわだかまりを抱えています。それはどうしようもなく、あえてそのことに触れなくても日常は平穏に過ぎます。
この10年間、花子さんのわだかまりの気持ちは棚上げして触れないようにしてきました。
息子のひきこもりが始まり、両親が協力して息子のことを相談するべきということは、頭ではよくわかっています。しかし、花子さんは気持ち的に、どうしても一郎さんと向き合い、素直な気持ちになりません。今回、花子さんが相談にやってきたことは一郎さんには話しておらず、今後、一郎さんに来てもらうことは仕事が忙しいので無理とのことです。
男の子が自立を達成するとき、父親の役割はとても大切です。
私は、次回、父親にもカウンセリングに来てもらおうかと、内心考えていたのですが、花子さんのお話を聞いて、どうもそれはとても無理そうだと考えました。
父親の協力はあえて求めず、母親と本人のカウンセリングを進めていくしかないと考えました。
---
ところが驚いたことに、2回目のカウンセリングに、ご両親が揃ってやってきました。
あれっ、花子さんは一郎さんと一緒には来たくないのではと内心思ったのですが、どうしたことでしょう?
花子さんは、1回目のカウンセリングの後、初めて息子のことを一郎さんに相談することができました。一郎さんも、息子のことはどうにかしないとと思っていました。土曜日の午後に仕事の都合をつけ、夫婦揃ってカウンセリングにやってきました。
花子さんのお話を伺った私は、一郎さんは浮気をしたくらいだから、家庭を顧みない男性なのかなと想像していたのですが、実際にお話ししてみるとそんなことはありません。家族思いで、昼間も息子のひきこもりのことを考え、仕事が手につかないんだと語りました。
それを聞いた花子さんはびっくりしました。
夫は、仕事ばかりで、家族のことなんかちっとも頭にないと思っていたのに、全くそうではなかったのです。花子さんは一郎さんをカウンセリングに連れてきて良かったと思いました。
〜〜〜
3回目のカウンセリングでは、それまで拒否していた息子さん本人も一緒に、両親と3人がやってきました。2回目のカウンセリングの後、一郎さんが初めて息子に話しかけたのです。今までは差し障りのない話だけで、「今後、どうするんだ?」というような深刻な話は一切避けてきました。しかし、今回、妻とともにカウンセリングにやってきたことで、一郎さんも思い切って息子に話しかけてみようと決心しました。
息子からどんな反応があるだろうか、黙ってしまい、また引っ込んでしまうのではと心配していたのですが、父親の質問に案外素直に答えてくれました。そして、カウンセリングに行くことも同意してくれました。
息子くんは、カウンセリングの場で、想像以上に自分の胸の内を語ります。
中学までは成績も上位だったが、進学した進学高は頭の良い人ばかりで、自分はついていけない、自分の居場所がないと思い込むようになったこと。
高校は退学して、自分で高認(高校認定試験)を受けて、将来は大学に行きたい。
ということを、初めて親に語りました。
両親は、今まで全くわからなかった息子の気持ちがわかり、想像以上にしっかり自分の将来を考えているので、安心しました。
〜〜〜
4回目の面談では、息子くんが学校に行き始めたことが報告されました。
その前の週まで、本人は今の高校をやめて高認試験をとるつもりだったのに、父親と話し、カウンセリングに来てから、気持ちが180度、変わったようです。
〜〜〜〜〜〜
以上のように、息子くんは、あっという間にひきこもりから回復しました。
そのきっかけとなったのは、
・初めて、「これからどうするのか?」という微妙な話題を、父親と落ち着いて話し合えたこと。
・初めて、本人がカウンセリングに来れたこと。
などが挙げられます。
しかし、そのきっかけを作ったのは、母親である花子さんの心の大掃除でした。
花子さんは、今まで、夫の浮気の辛さを誰にも語ることができず、心の中で棚上げしていました。
カウンセリングの場で、その気持ちを、初めて第三者に語ることができました。
胸につかえていた気持ちが軽くなり、初めて夫婦で心の底から向き合うことができました。
しかし、10年前の不倫と離婚騒動について、夫婦で話し合ったわけではありません。そのことはカウンセラーに語っただけです。
しかし、そのことが家族関係の風通しを良くして、両親が今までできなかったことをできるようになりました。
それまでは怖くて切り出せなかった話題、つまり息子の将来という話題を、家族の間で避けずに話し合えました。
その結果、息子のひきこもり問題が一気に解決したのです。
児童・思春期精神科医、家族療法 Child and Adolescent Psychiatrist, Family Therapist 精神科コンサルテーション(不登校・ひきこもり、家族ミーティング、男性外来、夫婦関係) 専門家支援(スーパービジョン、講演・研修、精神科医・臨床心理・教育関係者、子ども家庭福祉) International Psychotherapy; Adolescent, Marriage and Family Therapy.
2016年12月21日水曜日
心の玉手箱を開けよう!
人は、誰でも心の中に玉手箱を持っています。
ギリシャ神話風に言えば「パンドラの箱」です。
そこにはたくさんの気持ちが詰まっています。
しかし、それは開けてはいけません。
なぜなら、人間世界のさまざまな「災い」が詰まっているからです。
悲しみ・恨み・病気・死・盗み・裏切り・不安・争い・後悔 ・・・・
不用意に開けると、これらが勝手に飛び出してきて、収拾がつかなくなります。
とても平穏に生活できません。
箱は無理に開けなくて良いのだと思います。
人のプライバシーは尊重されます。
人に見せられる良い面は見せて、見せたくない面は隠します。
自分自身に対しても同様です。
自分で認めたくないイヤな部分、辛い・汚い部分は、自分自身の意識からも隠します。
それで良いじゃないですか。玉手箱は棺桶まで持って行くことだってできるかもしれません。
しかし、それは真に人間らしい生き方ではないと思います。
人に対して、そして何よりも自分自身に対して正直でいたい。
誰しもそう思うでしょう。
別に、そんなきれいごとでなくても良いのです。
イヤだけど心の玉手箱を開けなくてはならないときのことを考えてみましょう。
不安や恐怖、悲しみなどの辛い出来事は、感じるのを避けたいので、玉手箱の中に放り込んでしまっておきます。
量が少なければ何とかなるのですが、ごみがたくさんたまってくると、玉手箱からあふれてきます。
すると、大きな箱に取り替えます。
心のスペースを占領してしまいます。
玉手箱は基本的に、心として使えないので、それが大きくなってしまうと、心をうまく使えなくなります。とりわけ、感情が使えません。
理性は構いません。理屈で進める仕事や家事などは大丈夫です。
しかし、感性が機能不全に陥ります。
たとえば、喜びの感情を使えなくなり、喜びや楽しみを感じられなくなります。
自分の気持ちをはっきり相手に伝えられなくなります。
無理に伝えようとすると、イライラや怒りとなって伝わってしまいます。
相手の気持ちを受け取れず、怒りや無視の防衛線を張り巡らせます。
その結果、家族関係がうまく切り盛りできなくなります。
家族は気持ちの繋がりで成り立っています。
夫婦でも、親子でも、言うべきことは自信をもって相手にはっきり伝えます。
相手の気持ちが自分にとって不快であっても、そのために巻き起こる心配や恐怖に持ちこたえ、受け取ります。
そして、協力して、家族の困難を乗り越えます。
家族が平穏無事の時は、無理して玉手箱の中を覗く必要はありません。
しかし、家族が協力して乗り越えるべき課題が出てきたら、あえて、危険を冒しても、パンパンになった玉手箱を大掃除しなくてはなりません。
どのようにして玉手箱を開けることが出来るのでしょうか。
それは、自分自身との闘いです。
自分の心の片隅を照らしてみましょう。
今まで見たくない、考えたくないイヤな出来事や体験はありますか?
基本的に見たくないのですから、探そうとしてもなかなか出てきません。
でも、実は心の奥底に隠れていたりします。
それを見出したら、表現してみましょう。
自分でそれを認めます。
ひとりで日記に書いてみても良いでしょう。
「日記さん」という相手と対話します。
もっと効果が高いのは、その気持ちを一緒に受け止めてくれる人を見つけ出し、一緒に開けてみます。
辛い気持ちを丁寧に取り上げ、確認して、認め印を与えましょう。
そうすれば、その気持ちは整理されたことになります。
パンドラの箱から、さまざまな「災い」が飛び出した後、一番最後に箱の底から出てくるのは「希望」です。
人は、誰でも心の一番奥底に、希望と自信を持っています。
しかし、その上にたくさんのゴミがたまると、希望と自信を見失います。
その結果、失望と自信喪失しか得ることが出来ません。
希望を回復すれば、
何気ない毎日の生活を「楽しい」と感じるようになります。
大切な人に、大切なメッセージを自信をもって伝えることが出来ます。
人から与えられた傷を、自分の力で回復させることができます。
多くの方々が、パンパンに詰まった玉手箱を、私のクリニックに持参されます。
当人たちは、そのことに気づいていませんが、私から見ればよくわかります。
そして、丁寧に、そっと優しく箱のふたを開けて、少しずつ整理していきます。
すると、辛さから解放され、心の健康を取り戻されていきます。
どうぞ、みなさんも勇気を出して、心の玉手箱を開けてみましょう!
ギリシャ神話風に言えば「パンドラの箱」です。
そこにはたくさんの気持ちが詰まっています。
しかし、それは開けてはいけません。
なぜなら、人間世界のさまざまな「災い」が詰まっているからです。
悲しみ・恨み・病気・死・盗み・裏切り・不安・争い・後悔 ・・・・
不用意に開けると、これらが勝手に飛び出してきて、収拾がつかなくなります。
とても平穏に生活できません。
箱は無理に開けなくて良いのだと思います。
人のプライバシーは尊重されます。
人に見せられる良い面は見せて、見せたくない面は隠します。
自分自身に対しても同様です。
自分で認めたくないイヤな部分、辛い・汚い部分は、自分自身の意識からも隠します。
それで良いじゃないですか。玉手箱は棺桶まで持って行くことだってできるかもしれません。
しかし、それは真に人間らしい生き方ではないと思います。
人に対して、そして何よりも自分自身に対して正直でいたい。
誰しもそう思うでしょう。
別に、そんなきれいごとでなくても良いのです。
イヤだけど心の玉手箱を開けなくてはならないときのことを考えてみましょう。
不安や恐怖、悲しみなどの辛い出来事は、感じるのを避けたいので、玉手箱の中に放り込んでしまっておきます。
量が少なければ何とかなるのですが、ごみがたくさんたまってくると、玉手箱からあふれてきます。
すると、大きな箱に取り替えます。
心のスペースを占領してしまいます。
玉手箱は基本的に、心として使えないので、それが大きくなってしまうと、心をうまく使えなくなります。とりわけ、感情が使えません。
理性は構いません。理屈で進める仕事や家事などは大丈夫です。
しかし、感性が機能不全に陥ります。
たとえば、喜びの感情を使えなくなり、喜びや楽しみを感じられなくなります。
自分の気持ちをはっきり相手に伝えられなくなります。
無理に伝えようとすると、イライラや怒りとなって伝わってしまいます。
相手の気持ちを受け取れず、怒りや無視の防衛線を張り巡らせます。
その結果、家族関係がうまく切り盛りできなくなります。
家族は気持ちの繋がりで成り立っています。
夫婦でも、親子でも、言うべきことは自信をもって相手にはっきり伝えます。
相手の気持ちが自分にとって不快であっても、そのために巻き起こる心配や恐怖に持ちこたえ、受け取ります。
そして、協力して、家族の困難を乗り越えます。
家族が平穏無事の時は、無理して玉手箱の中を覗く必要はありません。
しかし、家族が協力して乗り越えるべき課題が出てきたら、あえて、危険を冒しても、パンパンになった玉手箱を大掃除しなくてはなりません。
どのようにして玉手箱を開けることが出来るのでしょうか。
それは、自分自身との闘いです。
自分の心の片隅を照らしてみましょう。
今まで見たくない、考えたくないイヤな出来事や体験はありますか?
基本的に見たくないのですから、探そうとしてもなかなか出てきません。
でも、実は心の奥底に隠れていたりします。
それを見出したら、表現してみましょう。
自分でそれを認めます。
ひとりで日記に書いてみても良いでしょう。
「日記さん」という相手と対話します。
もっと効果が高いのは、その気持ちを一緒に受け止めてくれる人を見つけ出し、一緒に開けてみます。
辛い気持ちを丁寧に取り上げ、確認して、認め印を与えましょう。
そうすれば、その気持ちは整理されたことになります。
パンドラの箱から、さまざまな「災い」が飛び出した後、一番最後に箱の底から出てくるのは「希望」です。
人は、誰でも心の一番奥底に、希望と自信を持っています。
しかし、その上にたくさんのゴミがたまると、希望と自信を見失います。
その結果、失望と自信喪失しか得ることが出来ません。
希望を回復すれば、
何気ない毎日の生活を「楽しい」と感じるようになります。
大切な人に、大切なメッセージを自信をもって伝えることが出来ます。
人から与えられた傷を、自分の力で回復させることができます。
多くの方々が、パンパンに詰まった玉手箱を、私のクリニックに持参されます。
当人たちは、そのことに気づいていませんが、私から見ればよくわかります。
そして、丁寧に、そっと優しく箱のふたを開けて、少しずつ整理していきます。
すると、辛さから解放され、心の健康を取り戻されていきます。
どうぞ、みなさんも勇気を出して、心の玉手箱を開けてみましょう!
2016年12月14日水曜日
支援者性と当事者性は循環している
人は強さと弱さの両面を持ち合わせている。
その両方を否認せず、自分自身で受け止めることが、人間としての真の強さである。
人は誰でも支援者性と当事者性の両者を持っている。
そして、その両者は循環している。
その両者が自分自身の中で統合された時に、ありのままの人として、自信を獲得できる。
1) 支援者から入ってくる場合
なぜ、精神医学、心理学、看護学、福祉学などを専攻しようと思ったのですが?
よく大学生にこのような質問を投げかけると、次のような答えが返ってくる。
その思いは純粋で良いのだが、その陰には自分自身の悩みや家族の問題を理解したい、どうしたら解決できるのかを知りたいという動機が隠されている。私自身もそうだった。
良き支援者であるためには、当事者であってはいけないのか?
そんなことはない。人は誰でも当事者・支援者の両面を併せ持つ。
支援者性は自身の強さを基軸としている。
自分のパワーを他者に分け与える。その分だけのパワーを自分は持っているという前提である。
当事者性は、自身の弱さを基軸としている。
自分のパワー不足を他者から補ってもらう。
そのためには、弱さ(問題)を抱えているということを認めないとならない。
しかし弱さを開示するのはとても危険な行為である。
支援者は、自分の当事者性を完全に解決する必要はない。
人は、誰しも弱みや悩みを持っているわけで、そのこと自体が問題ではない。
問題なのは、そこから目を逸らすことである。
自身の弱みにちゃんと向き合い、そのことを客観視、客体化できていることが重要である。
弱みを否認し、鎧で隠したり、acting outして隠そうとせず、抱いている否定的感情をコントロールできていることが大切だ。
誰しも、当事者席に座るのは辛いので、避けようとする。
私の所には、よく親が子どもの問題を解決したいと相談にやってくる。
診察を受けるのは、子どもで、親ではない。
子どものお腹が痛いから、、、親はあくまで付き添いであり、子どもを支援する親の立場をとる。
ところが、家族療法となると、親も当事者となる。
家族療法の考え方をよく説明する。
患者さんになったら、服を脱いで、診察を受ける。付き添い者は服を脱がない。
普段は服や鎧で隠し、外からは見えないようにしている自分の内面を見せないといけない。
自分がまな板(診察台)の鯉になる。
誰しも、診察台には上りたくない。服を脱いで自分の姿を晒すことは、とても勇気のいることだ。自分の恥ずかしい面、人には見せたくない、弱い面を見せなければらない。
それを避けようとするのは当然である。
人に関わる支援職に就こうとしなければ、鎧を一生まといつづけ、弱みを隠していても、十分に短い人生は全うできる。
しかし、支援者として他者の痛みに共感するためには、鎧を脱いで、自分自身の弱み(当事者性)から目を逸らさず、向き合わねばならない。
自分の弱みを認めることができたら、クライエントの弱みをそのまま認めることができる。
支援者としてとても重要な要素である、「深い共感性」を達成できる。
2) 当事者から入ってくる場合
うつ病体験や、子どものひきこもり体験など、自分自身が以前に当事者であった体験をもとに、同じことで悩む人を支援したいという人がいる。
いのちの電話などの市民支援団体に参加したり、インターネットを用いて支援を呼びかけたりする。
これは両刃の剣である。
自身の当事者性にしっかり向き合い、自分の弱さを隠さず認めることが出来ていれば、
同じ悩みを持つ人に対して、高い共感性をもとに支援することができる。
また、抱えている問題がある程度めどがつき、落ち着いていなければならない。
それが不十分で中途半端だと、支援者として機能するのは難しい。
なぜなら、支援者自身の当事者性を、無意識のうちにクライエントに投影してしまうからだ。
また、未解決の当事者性の部分にクライエントが近づくと、支援者自身が辛くなり、拒否反応を示したり、客観的に考えられなくなる。
たとえば、「父親」、「いじめ」といったテーマである。
その部分に近づくと、クライエントの気持ちに寄り添うことが困難になるばかりでなく、支援者自身の未解決の葛藤をクライエントに無意識のうちに投影してしまい、クライエントを傷つけてしまう。
自分自身の当事者性を解決するという目的で、支援者になってはいけない。
相手に上手に向き合うためには、まず自分自身に上手に向き合うことから始める。
田村毅研究室では、個人スーパーヴィジョンや、「グループ・スーパーヴィジョンの夏合宿」などで、安全に支援者自身の自己に向き合う場を提供しています。
その両方を否認せず、自分自身で受け止めることが、人間としての真の強さである。
人は誰でも支援者性と当事者性の両者を持っている。
そして、その両者は循環している。
その両者が自分自身の中で統合された時に、ありのままの人として、自信を獲得できる。
1) 支援者から入ってくる場合
なぜ、精神医学、心理学、看護学、福祉学などを専攻しようと思ったのですが?
よく大学生にこのような質問を投げかけると、次のような答えが返ってくる。
- 人の心理に興味を持ったから。人間に興味を持ったから。
- 悩んでいる人を助けたいと思ったから。
その思いは純粋で良いのだが、その陰には自分自身の悩みや家族の問題を理解したい、どうしたら解決できるのかを知りたいという動機が隠されている。私自身もそうだった。
良き支援者であるためには、当事者であってはいけないのか?
そんなことはない。人は誰でも当事者・支援者の両面を併せ持つ。
支援者性は自身の強さを基軸としている。
自分のパワーを他者に分け与える。その分だけのパワーを自分は持っているという前提である。
当事者性は、自身の弱さを基軸としている。
自分のパワー不足を他者から補ってもらう。
そのためには、弱さ(問題)を抱えているということを認めないとならない。
しかし弱さを開示するのはとても危険な行為である。
人は、誰しも弱みや悩みを持っているわけで、そのこと自体が問題ではない。
問題なのは、そこから目を逸らすことである。
自身の弱みにちゃんと向き合い、そのことを客観視、客体化できていることが重要である。
弱みを否認し、鎧で隠したり、acting outして隠そうとせず、抱いている否定的感情をコントロールできていることが大切だ。
誰しも、当事者席に座るのは辛いので、避けようとする。
私の所には、よく親が子どもの問題を解決したいと相談にやってくる。
診察を受けるのは、子どもで、親ではない。
子どものお腹が痛いから、、、親はあくまで付き添いであり、子どもを支援する親の立場をとる。
ところが、家族療法となると、親も当事者となる。
家族療法の考え方をよく説明する。
親が問題だと言っているわけではない。しかし、いずれにせよ親も当事者席に座らなければならない。
家族の問題点(マイナス)を取り除くのではなく、
家族の力(プラス)を引き出して問題を解決するのが家族療法です。
患者さんになったら、服を脱いで、診察を受ける。付き添い者は服を脱がない。
普段は服や鎧で隠し、外からは見えないようにしている自分の内面を見せないといけない。
自分がまな板(診察台)の鯉になる。
誰しも、診察台には上りたくない。服を脱いで自分の姿を晒すことは、とても勇気のいることだ。自分の恥ずかしい面、人には見せたくない、弱い面を見せなければらない。
それを避けようとするのは当然である。
人に関わる支援職に就こうとしなければ、鎧を一生まといつづけ、弱みを隠していても、十分に短い人生は全うできる。
しかし、支援者として他者の痛みに共感するためには、鎧を脱いで、自分自身の弱み(当事者性)から目を逸らさず、向き合わねばならない。
自分の弱みを認めることができたら、クライエントの弱みをそのまま認めることができる。
支援者としてとても重要な要素である、「深い共感性」を達成できる。
2) 当事者から入ってくる場合
うつ病体験や、子どものひきこもり体験など、自分自身が以前に当事者であった体験をもとに、同じことで悩む人を支援したいという人がいる。
いのちの電話などの市民支援団体に参加したり、インターネットを用いて支援を呼びかけたりする。
これは両刃の剣である。
自身の当事者性にしっかり向き合い、自分の弱さを隠さず認めることが出来ていれば、
同じ悩みを持つ人に対して、高い共感性をもとに支援することができる。
また、抱えている問題がある程度めどがつき、落ち着いていなければならない。
それが不十分で中途半端だと、支援者として機能するのは難しい。
なぜなら、支援者自身の当事者性を、無意識のうちにクライエントに投影してしまうからだ。
また、未解決の当事者性の部分にクライエントが近づくと、支援者自身が辛くなり、拒否反応を示したり、客観的に考えられなくなる。
たとえば、「父親」、「いじめ」といったテーマである。
その部分に近づくと、クライエントの気持ちに寄り添うことが困難になるばかりでなく、支援者自身の未解決の葛藤をクライエントに無意識のうちに投影してしまい、クライエントを傷つけてしまう。
自分自身の当事者性を解決するという目的で、支援者になってはいけない。
相手に上手に向き合うためには、まず自分自身に上手に向き合うことから始める。
田村毅研究室では、個人スーパーヴィジョンや、「グループ・スーパーヴィジョンの夏合宿」などで、安全に支援者自身の自己に向き合う場を提供しています。
説明会参加者からのご感想
2016年12月10日(土)に田村研究室の説明会を行い、
などをご説明いたしました。
参加者からの感想をご紹介します。
⇒将来の見通しが立たず、どうなるか想像できない。。。ということほど不安なことはありません。
親が子どもに向けるまなざしから、不安や心配の色が払しょくされる日はありません。
どの親も、不安感を抱きます。しかし、その不安・心配の気持ちが家族の中で停滞すると、家族間でマイナスのキャッチボールが自然に起きてしまい、子どもも不安に駆られます。
親が、どう親としての不安を払拭できるのか。そのことが子どもの元気復活にとってとても重要な課題です。
⇒不安の気持ちを心の中に閉ざしていると、解消することはありません。
不安を言葉に表し、表出することが、その解消につながります。
状況は同じでも、それに対する不安感が軽減されると、新たな解決策が見えてきます。
⇒いったんひきこもると、ずっとひきこもっているという風に誤解される方がいますが、「ひきこもり回復のプロセス」を理解してください。そうすれば、今、自分の家族の状況はどの位置にいるのか、基準を定めることが出来ます。そうすれば、この先の未来像をイメージすることも可能になります。
⇒とても大切なことに気づかれたと思います。
説明会に参加されただけで、ここまで気づかれたということは、素晴らしいと思います。
このように、書いて説明してしまえば、当たり前のことかもしれませんが、ご自身にとっては、目から鱗、とても大きな気持ちの変化だったでしょう。良かったです。
- 相談・診療の具体的な手順
- 家族療法の説明
- ひきこもりの理解
- 相談に通い、問題が回復した実際の事例
などをご説明いたしました。
参加者からの感想をご紹介します。
- 参加者A) 何か月も過ぎてしまったケースでは、回復がどんどん難しくなっていくのでは、という不安が大きいです。若い十代の、一番勉強も社会性も身に付く期間が失われてしまっていることが心配です。今後、どのようにして社会参加していけばよいのか想像が出来ません。
⇒将来の見通しが立たず、どうなるか想像できない。。。ということほど不安なことはありません。
親が子どもに向けるまなざしから、不安や心配の色が払しょくされる日はありません。
どの親も、不安感を抱きます。しかし、その不安・心配の気持ちが家族の中で停滞すると、家族間でマイナスのキャッチボールが自然に起きてしまい、子どもも不安に駆られます。
親が、どう親としての不安を払拭できるのか。そのことが子どもの元気復活にとってとても重要な課題です。
- 参加者B) 具体的な診療方法や解決策についてよく理解できました。うちとそっくりと思うシーンもあり、少し不安が解消されました。このように直接お話を伺えるチャンスは重要と感じました。いろいろなキーワードがあり、大変ありがたいお話しでした。
⇒不安の気持ちを心の中に閉ざしていると、解消することはありません。
不安を言葉に表し、表出することが、その解消につながります。
状況は同じでも、それに対する不安感が軽減されると、新たな解決策が見えてきます。
- 参加者C) 第一期から第四期までの「ひきこもり回復のプロセス」が理解できました。息子は長いあいだ自閉期(第2期)と試行期(第3期)を繰り返しているのだと認識できました。今後は背中を押すタイミング、チャンスを逃さないように、プラスのキャッチボールを続けていきたいと思います。
⇒いったんひきこもると、ずっとひきこもっているという風に誤解される方がいますが、「ひきこもり回復のプロセス」を理解してください。そうすれば、今、自分の家族の状況はどの位置にいるのか、基準を定めることが出来ます。そうすれば、この先の未来像をイメージすることも可能になります。
- 参加者D) 親はどうしても自分自身の尺度で考えてしまうところがあると気づきました。今まで私は、「壁に穴が開く」なんてありえないと、そのことを考えないように避けてきました。しかし、先生が「家の壁に穴が開いて、、、」と具体例を話されたので、今まで自分で考えないようにしてきたんだということに気づきました。自分ひとりで考えてはいけないのだ、自分の方が変わらないといけないと思わされました。
⇒とても大切なことに気づかれたと思います。
説明会に参加されただけで、ここまで気づかれたということは、素晴らしいと思います。
このように、書いて説明してしまえば、当たり前のことかもしれませんが、ご自身にとっては、目から鱗、とても大きな気持ちの変化だったでしょう。良かったです。
親が子どもを社会に繋げていく+拒否られる怖さ
人は、一人ぼっちでは生きていけません。
誰かと繋がることが必要です。
思春期は、つながる相手を切り替える時期です。
生まれてから思春期の前までは、家族とつながっています。
クラスの先生や友達とも繋がっているかもしれませんが、家族がメインのつながる相手です。
子どもは家族とつながって、安全と安心を確保して、健やかに成長します。
ソトの世界は危険ですから、基本的に繋がりません。
小学校高学年から中学生にかけて、思春期が始まると、今まで守られていたウチの世界から飛び出し、自分の力でソトの世界と繋がろうとします。
社会の中に自分の居場所を見つけていきます。
学校や友人、職場の同僚や友だち、恋人や結婚相手、、、繋がる相手を確保して、自分の人生を築いていきます。
人とうまく繋がり、自分を認めてくれる人がそばに居ることは、とても大きな幸福です。
しかし、人とうまく繋がらないと、傷つきます。
うまく繋がらないとは、どういうことでしょう?
ここでは、二つの例を考えてみましょう。
一つは、繋がった相手から危害を加えられ、危険な目にあう恐怖です。いじめられたり、不利益を被ったり、奪われたり。
そのような人とは繋がってはいけません。
繋がる相手を選ばなくてはなりません。
もう一つは、繋がりたい相手が繋がってくれず、拒否される怖さです。
無視されたり、裏切られたり、逃げられたり。。。
相手からNOと言われると、とても傷つきます。
この人と繋がりたいのだけど、私とうまく繋がってくれるのでしょうか?
そのことが前もってわかればいいのですが、実際にやってみないとわかりません。
こう考えると、人と繋がるって、とても危険を伴う行為です。
うまく繋がれば良いのですが、下手すると傷つきます。
それは、子どもも大人も共通です。
(1)まず、子どものことを考えましょう。
子どもから大人へと成長する中で、若者は色々な人々と出会い、うまくいったり(成功体験)、失敗したり(失敗体験)を繰り返しながら、徐々に人と繋がる自信を獲得します。そして、学校、職場、地域、家庭などに自分の居場所を見出していきます。
子どもが社会に出て、ソトの人たちと交流を始めたら、親の出る幕はありません。黙って、安心して、遠くから見守ってあげてください。子どもが勝手に失敗と成功の体験を身につけていきます。
しかし、そうなるまでには時間がかかります。
さまざまな理由から、人と繋がる失敗体験が先行してしまい、それを諦めて、繋がりから隔絶してしまっているのが社会的ひきこもりです。
そうなると、親の出番です。
親が子どもとしっかり繋がってあげてください。
なぜなら、ひきこもっている人たちに残された人との繋がりは家族だからです。友だちなど他の誰かと繋がっていれば良いのですが、そうでなければ選択の余地がありません。
親は、しっかり子どもの心をつかみましょう。
子どもに構ってあげましょう。
子どもをいじってあげましょう。
その際に大切なことは、プラスの力で繋がることです。
プラスの力とは、「肯定」、「安心」、「信頼」、「自信」などです。
そのように伝えてあげましょう。
えっ、そんなことして大丈夫ですか?
うちの子は、無理すると、つぶれてしまうかもしれません、、、
ハードルを飛べず、また失敗して、傷つき、致命傷を負って、立ち上がれなくなってしまうかもしれません、、、、
そういう気持ちを親が抱いている間は、子どもを押してはいけません。
なぜなら、親の気持ちがマイナス(不安、否定、自信喪失、不信)に傾いているからです。
この状態で親と子が繋がると、親の不安やイライラが子どもに伝わり、ますます動けなくなってしまいます。
(2)次に大人のことを考えてみましょう。
人と繋がる怖さは、成長する子どもばかりでなく、その子どもと向き合う親も同様に抱きます。
親は、子どもとうまく繋がらないかもしれないという恐怖のために、子どもに言いたいことも、言うべきことも言えなくなってしまいます。
つまり、親は子どもと繋がることができません。
子どもがひきこもっておらず、ソトの人と繋がっていれば、別に親と繋がる必要もありません。
しかし、ひきこもり、ソトの世界と隔絶してしまうと、繋がる相手は親しかいません。
子どもが親と繋がれないと、繋がる体験を誰からも得ることができません。
そのような時は、親自身がまず「繋がる恐怖」、「失敗する不安」を乗り越えましょう。
親自身の気持ちが今、どうなっているか点検します。
マイナスの気持ち(不安、否定、自信喪失、不信)に傾いているか。
プラスの気持ち(肯定、安心、信頼、自信)に傾いているか。
親がプラスの気持ちをしっかり抱いていれば、親として子どもを愛する気持ちに自信を持ち、子どもから拒否される不安を乗り越えて、子どもに親の真心を伝えることができます。
子どもは、親と繋がることができた安心を胸に抱きながら、ソトの人たちと繋がることができるようになります。
親がマイナスの気持ちに傾いているときは、子どもと繋がる前に、親の気持ちを再調整しなければなりません。
気持ちをマイナスからプラスに持って行きます。
そんなこと、できるのでしょうか?
理屈でなんとかしようとしても、無理です。
いくら「マイナスからプラスへ、、、」と理性で理解したとしても無駄です。
気持ちは感性ですので、理性を働かせたところで別の次元の問題です。
では、どうしたらよいでしょうか?
他者からプラスのエネルギーを送ってもらいます。
プラスの気持ちを持っていて、信頼できて、ちゃんと見守ってくれる人とよく話し合い、不安な気持ちを、安心の気持ちに変換してゆきます。
、、、このように説明しても、しっくりこないかもしれません。よく理解できないかもしれません。
これは、感性のお話しなので、いくら理屈で説明しても、納得できるものではありません。
実際に、体験していただくのが一番の近道です。
田村研究室では、私が専門家として持っている安心と肯定のエネルギーを使って、クライエントの方の気持ちが前に進むように支援しています。
誰かと繋がることが必要です。
思春期は、つながる相手を切り替える時期です。
生まれてから思春期の前までは、家族とつながっています。
クラスの先生や友達とも繋がっているかもしれませんが、家族がメインのつながる相手です。
子どもは家族とつながって、安全と安心を確保して、健やかに成長します。
ソトの世界は危険ですから、基本的に繋がりません。
小学校高学年から中学生にかけて、思春期が始まると、今まで守られていたウチの世界から飛び出し、自分の力でソトの世界と繋がろうとします。
社会の中に自分の居場所を見つけていきます。
学校や友人、職場の同僚や友だち、恋人や結婚相手、、、繋がる相手を確保して、自分の人生を築いていきます。
人とうまく繋がり、自分を認めてくれる人がそばに居ることは、とても大きな幸福です。
しかし、人とうまく繋がらないと、傷つきます。
うまく繋がらないとは、どういうことでしょう?
ここでは、二つの例を考えてみましょう。
一つは、繋がった相手から危害を加えられ、危険な目にあう恐怖です。いじめられたり、不利益を被ったり、奪われたり。
そのような人とは繋がってはいけません。
繋がる相手を選ばなくてはなりません。
もう一つは、繋がりたい相手が繋がってくれず、拒否される怖さです。
無視されたり、裏切られたり、逃げられたり。。。
相手からNOと言われると、とても傷つきます。
この人と繋がりたいのだけど、私とうまく繋がってくれるのでしょうか?
そのことが前もってわかればいいのですが、実際にやってみないとわかりません。
こう考えると、人と繋がるって、とても危険を伴う行為です。
うまく繋がれば良いのですが、下手すると傷つきます。
それは、子どもも大人も共通です。
(1)まず、子どものことを考えましょう。
子どもから大人へと成長する中で、若者は色々な人々と出会い、うまくいったり(成功体験)、失敗したり(失敗体験)を繰り返しながら、徐々に人と繋がる自信を獲得します。そして、学校、職場、地域、家庭などに自分の居場所を見出していきます。
子どもが社会に出て、ソトの人たちと交流を始めたら、親の出る幕はありません。黙って、安心して、遠くから見守ってあげてください。子どもが勝手に失敗と成功の体験を身につけていきます。
しかし、そうなるまでには時間がかかります。
さまざまな理由から、人と繋がる失敗体験が先行してしまい、それを諦めて、繋がりから隔絶してしまっているのが社会的ひきこもりです。
そうなると、親の出番です。
親が子どもとしっかり繋がってあげてください。
なぜなら、ひきこもっている人たちに残された人との繋がりは家族だからです。友だちなど他の誰かと繋がっていれば良いのですが、そうでなければ選択の余地がありません。
親は、しっかり子どもの心をつかみましょう。
子どもに構ってあげましょう。
子どもをいじってあげましょう。
その際に大切なことは、プラスの力で繋がることです。
プラスの力とは、「肯定」、「安心」、「信頼」、「自信」などです。
- 君は前に進める力を持っている。
- 今のように立ち止まっている必要はない。
- 前に進みなさい。
- ハードルを乗り越えなさい。
- ハードルにつまづいても大丈夫。転んでも立ち上がり、次のハードルに向かいなさい。
そのように伝えてあげましょう。
えっ、そんなことして大丈夫ですか?
うちの子は、無理すると、つぶれてしまうかもしれません、、、
ハードルを飛べず、また失敗して、傷つき、致命傷を負って、立ち上がれなくなってしまうかもしれません、、、、
そういう気持ちを親が抱いている間は、子どもを押してはいけません。
なぜなら、親の気持ちがマイナス(不安、否定、自信喪失、不信)に傾いているからです。
この状態で親と子が繋がると、親の不安やイライラが子どもに伝わり、ますます動けなくなってしまいます。
(2)次に大人のことを考えてみましょう。
人と繋がる怖さは、成長する子どもばかりでなく、その子どもと向き合う親も同様に抱きます。
- 親が言っても、子どもに拒否されるんじゃないだろうか。
- 無視されるんじゃないだろうか。
- せっかくリビングに出てきて、やっとここまで親子で会話できるようになったのに、そのことを言ったら、また部屋に閉じこもってしまうんじゃないだろうか。
親は、子どもとうまく繋がらないかもしれないという恐怖のために、子どもに言いたいことも、言うべきことも言えなくなってしまいます。
つまり、親は子どもと繋がることができません。
子どもがひきこもっておらず、ソトの人と繋がっていれば、別に親と繋がる必要もありません。
しかし、ひきこもり、ソトの世界と隔絶してしまうと、繋がる相手は親しかいません。
子どもが親と繋がれないと、繋がる体験を誰からも得ることができません。
そのような時は、親自身がまず「繋がる恐怖」、「失敗する不安」を乗り越えましょう。
親自身の気持ちが今、どうなっているか点検します。
マイナスの気持ち(不安、否定、自信喪失、不信)に傾いているか。
プラスの気持ち(肯定、安心、信頼、自信)に傾いているか。
親がプラスの気持ちをしっかり抱いていれば、親として子どもを愛する気持ちに自信を持ち、子どもから拒否される不安を乗り越えて、子どもに親の真心を伝えることができます。
子どもは、親と繋がることができた安心を胸に抱きながら、ソトの人たちと繋がることができるようになります。
親がマイナスの気持ちに傾いているときは、子どもと繋がる前に、親の気持ちを再調整しなければなりません。
気持ちをマイナスからプラスに持って行きます。
そんなこと、できるのでしょうか?
理屈でなんとかしようとしても、無理です。
いくら「マイナスからプラスへ、、、」と理性で理解したとしても無駄です。
気持ちは感性ですので、理性を働かせたところで別の次元の問題です。
では、どうしたらよいでしょうか?
他者からプラスのエネルギーを送ってもらいます。
プラスの気持ちを持っていて、信頼できて、ちゃんと見守ってくれる人とよく話し合い、不安な気持ちを、安心の気持ちに変換してゆきます。
、、、このように説明しても、しっくりこないかもしれません。よく理解できないかもしれません。
これは、感性のお話しなので、いくら理屈で説明しても、納得できるものではありません。
実際に、体験していただくのが一番の近道です。
田村研究室では、私が専門家として持っている安心と肯定のエネルギーを使って、クライエントの方の気持ちが前に進むように支援しています。
2016年12月7日水曜日
お正月と家族関係
クリスマスとお正月。
年末年始のホリデー・シーズンは一年中で一番おめでたく、楽しい時期です。
家族や親族が集まり、お祝いの気持ちが高まります。
しかし、家族のストレスが最も高まるのもこの時期なのです。
楽しさの陰にある家族の辛さは、なかなか言い出しにくいものです。
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あけみさん(仮名)は、動悸(心臓のドキドキが苦しい)と不眠(布団に入っても寝つきが悪い)を主訴に相談にいらっしゃいました。よくお話を伺うと、その原因は明らかです。二世帯同居しているお義母さんと会った日に限って体調が悪くなります。
お義母さんはとてもキツい人です。なるべく普段は顔を合わせないようにしているのですが、時々ささいなこと、たとえば作った煮物が余ったからというようなことで電話してきます。本当は用事だけ済ませてすぐに戻りたいのですが、必ず長居させられます。
お義母さんは普段はよく気の付く人なのですが、ひとたび機嫌が悪くなると火がついたように怒ります。あけみさんは、お義母さんの前では何も言えず、ただ話を聞いているだけです。そのような日の晩には、必ず体調が悪くなります。
こんな取るに足らない事で相談に行くのもためらったのですが、あけみさんにとって、年末年始が一番つらい時期です。
お正月のことを考えただけで胸がドキドキしてくるので、思い切って相談してみることにしました。
あけみさんの悩みは今に始まったことではなく、結婚した当初からずっと続いています。
お義母さんは若いころ、とても苦労した人です。お義父さんは家庭を顧みない人で、お姑さんと小姑さんがいる中で、ひとり頑張って夫を育てました。その結果、夫はよい大学、よい就職をして、今の地位を築きました。夫との恋愛中はとても幸せだったのですが、結婚して家に入ってからは、苦労の連続でした。
お義母さんと距離を開けることができれば何も問題ないのですが、お正月が近づくと居ても立っても居られなくなります。
初回はあけみさんひとりで相談にいらっしゃいました。
あけみさんのご主人は仕事が忙しく、なかなか話し合うゆとりがありません。誰にも話すことが出来ない悩みを十分に語ることができただけで、気持ちが軽くなりました。
あけみさんが相談にいらっしゃったことは、ご主人にも話しました。ご主人も、あけみさんの気持ちは理解しているものの、どうすることもできません。次回は、ご夫婦でいらっしゃることを私から提案して、あけみさんも帰勇気を出してご主人と相談してみることにしました。
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2週間後に、ご夫婦がそろって相談にいらっしゃいました。ご主人は忙しくて難しかったのですが、あけみさんの説得が功を奏して、面談の時間を作ることが出来ました。
ご主人自身も、実は母親のことでとても悩んでいました。毎晩、帰宅したら、母親のところに顔を出すのですが、疲れて帰ってきて、そのことが苦痛でたまりません。早く切り上げたいのですが、黙って聞いているしかありませんでした。
優しいご主人は、あけみさんの悩みも十分に理解はして、済まないと思っているのですが、何もしてあげられません。
そこで、私から提案して、ご夫婦の年末年始の過ごし方を話し合いました。
毎年、年末はあけみさんとお義母さんが一緒におせち料理を作るのですが、今年は別々に作ることにします。その代り、ご主人とあけみさんが揃って、お義母さんの住居の大掃除を手伝うことにします。
元旦は親戚が集まり会食するのですが、今回は、幸か不幸か、喪中です。元旦の午前中にご挨拶だけ軽く済ませ、午後からは夫婦みずいらずで温泉旅行に出かける計画を立てます。子どもたちを連れていくか迷いましたが、子どもは残して、夫婦だけの旅行にします。
こんなことをしたら、お義母さんは烈火のごとく怒るのは目に見えています。
果たして計画通りに事を進められるか、あけみさんには全く自信がありません。
しかし、今回は夫も理解を示してくれて、夫のきょうだいともお義母さんのことを相談してみると言ってくれました。
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年末年始を楽しく過ごす秘訣集
お正月は伝統行事として、家族の繋がりを確認する時期です。今まで過ごしてきた習慣を大切にします。
その一方で、今は家族のライフスタイルも多様化しています。妻と夫、親と子ども、それぞれにとって楽しい過ごし方は微妙に異なるものです。そのことを家族でよく提案し合い、今までになかった新しい過ごし方を話し合ってみましょう。
年末年始のホリデー・シーズンは一年中で一番おめでたく、楽しい時期です。
家族や親族が集まり、お祝いの気持ちが高まります。
しかし、家族のストレスが最も高まるのもこの時期なのです。
楽しさの陰にある家族の辛さは、なかなか言い出しにくいものです。
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あけみさん(仮名)は、動悸(心臓のドキドキが苦しい)と不眠(布団に入っても寝つきが悪い)を主訴に相談にいらっしゃいました。よくお話を伺うと、その原因は明らかです。二世帯同居しているお義母さんと会った日に限って体調が悪くなります。
お義母さんはとてもキツい人です。なるべく普段は顔を合わせないようにしているのですが、時々ささいなこと、たとえば作った煮物が余ったからというようなことで電話してきます。本当は用事だけ済ませてすぐに戻りたいのですが、必ず長居させられます。
お義母さんは普段はよく気の付く人なのですが、ひとたび機嫌が悪くなると火がついたように怒ります。あけみさんは、お義母さんの前では何も言えず、ただ話を聞いているだけです。そのような日の晩には、必ず体調が悪くなります。
こんな取るに足らない事で相談に行くのもためらったのですが、あけみさんにとって、年末年始が一番つらい時期です。
お正月のことを考えただけで胸がドキドキしてくるので、思い切って相談してみることにしました。
あけみさんの悩みは今に始まったことではなく、結婚した当初からずっと続いています。
お義母さんは若いころ、とても苦労した人です。お義父さんは家庭を顧みない人で、お姑さんと小姑さんがいる中で、ひとり頑張って夫を育てました。その結果、夫はよい大学、よい就職をして、今の地位を築きました。夫との恋愛中はとても幸せだったのですが、結婚して家に入ってからは、苦労の連続でした。
お義母さんと距離を開けることができれば何も問題ないのですが、お正月が近づくと居ても立っても居られなくなります。
初回はあけみさんひとりで相談にいらっしゃいました。
あけみさんのご主人は仕事が忙しく、なかなか話し合うゆとりがありません。誰にも話すことが出来ない悩みを十分に語ることができただけで、気持ちが軽くなりました。
あけみさんが相談にいらっしゃったことは、ご主人にも話しました。ご主人も、あけみさんの気持ちは理解しているものの、どうすることもできません。次回は、ご夫婦でいらっしゃることを私から提案して、あけみさんも帰勇気を出してご主人と相談してみることにしました。
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2週間後に、ご夫婦がそろって相談にいらっしゃいました。ご主人は忙しくて難しかったのですが、あけみさんの説得が功を奏して、面談の時間を作ることが出来ました。
ご主人自身も、実は母親のことでとても悩んでいました。毎晩、帰宅したら、母親のところに顔を出すのですが、疲れて帰ってきて、そのことが苦痛でたまりません。早く切り上げたいのですが、黙って聞いているしかありませんでした。
優しいご主人は、あけみさんの悩みも十分に理解はして、済まないと思っているのですが、何もしてあげられません。
そこで、私から提案して、ご夫婦の年末年始の過ごし方を話し合いました。
毎年、年末はあけみさんとお義母さんが一緒におせち料理を作るのですが、今年は別々に作ることにします。その代り、ご主人とあけみさんが揃って、お義母さんの住居の大掃除を手伝うことにします。
元旦は親戚が集まり会食するのですが、今回は、幸か不幸か、喪中です。元旦の午前中にご挨拶だけ軽く済ませ、午後からは夫婦みずいらずで温泉旅行に出かける計画を立てます。子どもたちを連れていくか迷いましたが、子どもは残して、夫婦だけの旅行にします。
こんなことをしたら、お義母さんは烈火のごとく怒るのは目に見えています。
果たして計画通りに事を進められるか、あけみさんには全く自信がありません。
しかし、今回は夫も理解を示してくれて、夫のきょうだいともお義母さんのことを相談してみると言ってくれました。
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年末年始を楽しく過ごす秘訣集
- 家族が久しぶりに集まるのは楽しくもあり、負担感も増えます。その気持ちを家族で共有しましょう。
- 多くの家庭では、お正月は女性の負担が増える時期です。そのことを、男性は十分に理解しましょう。
- 大掃除、ご馳走の準備・手配、年始の挨拶、年賀状など、たいへんな仕事を家族で分担しましょう。
- 年末年始の過ごし方を、家族でよく相談しましょう。各人の気持ちを大切にして。
- 今までにはなかった、新しい過ごし方を試してみましょう。
- 家族と共に過ごす時間と共に、ひとりの時間も大切にしましょう。
お正月は伝統行事として、家族の繋がりを確認する時期です。今まで過ごしてきた習慣を大切にします。
その一方で、今は家族のライフスタイルも多様化しています。妻と夫、親と子ども、それぞれにとって楽しい過ごし方は微妙に異なるものです。そのことを家族でよく提案し合い、今までになかった新しい過ごし方を話し合ってみましょう。
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