2017年1月25日水曜日

親が自信を回復して、子どもがひきこもりから脱出した例

いずみさん(仮名、女性)は、息子のひきこもりについて相談にいらっしゃいました。

大学生のA君は就職活動を目前に、立ち止まってしまっています。
中学までは成績優秀でスポーツも頑張り、元気でなんの問題もありませんでした。
高校は進学校に進み、優秀なクラスメイトの中で、うまく友だちが作れず、クラブ活動でのいざこざが原因で、3ヶ月ほど学校を休みました。しかし、その後は持ち直して、大学に進学できました。
大学1-2年生の頃は良かったのですが、3年生の後半になると就職への準備が始まります。1-2年生は大教室での講義を聞くだけの授業でしたが、3年生からはゼミの研究室に配属され、先生や仲間の前で発言するのがとても緊張します。4年生になっても、授業に出れず、あとわずかの単位を取得できないと、卒業できません。仲間は就職活動を始めていますが、A君はエントリーシートが書けず、何もできないまま外に出られずにいました。
母親のいずみさんも、A君に何を言ってもイライラしてイヤな顔をするので、何も言えません。業を煮やした父親がA君に「いったいどうするつもりなんだ?」ときつく言ってから大喧嘩になり、以来A君はリビングにも顔を出さなくなりました。

いずみさんは、友だちの勧めで私のところに相談にいらっしゃいましたが、本当はあまり来たくありませんでした。いずみさんは、自分は母親失格だとおっしゃいます。夫は仕事が忙しく、家庭はほとんど顧みない人です。ふたりの子どもの子育ては母親の責任なのに、息子がひきこもってしまったのはすべて母親であるいずみさんの責任だと感じて、落ち込んでしまい、食欲もなく、夜もよく眠れません。「うつ」に近い状態でした。

いずみさんは、とても聡明で思慮深い女性です。しかし、覇気がなく、自分の考えややることすべてに自信を持てません。
夫婦仲もうまくいきません。社内恋愛で夫から熱心に求愛されて結婚したものの、活発で社交的な夫にはついていけません。A君が高校に行けなくなった時、子どものことを相談しても、夫はいずみさんの考えすぎだからと、話をよく聞いてくれませんでした。今回も、夫に言うと息子を叱ってしまい、かえって状況は悪くなります。だから、今回のA君のことも、あまり詳しくは夫に伝えていません。
いずみさんは、人に打ち明けたり、相談することがとても苦手でした。それは、いずみさんの子ども時代にまでさかのぼります。いずみさんにはとても優秀な兄がいました。兄は家族やまわりの人たちの注目を集め、いずみさんは兄の陰で小さくなっていました。親はいつも兄のことを構って、いずみさん自身はあまり構われた思い出がありませんでした。その兄は目指していた大学受験に失敗してから反抗期が始まり、それまでとても良かった親と兄との関係が悪くなりました。その中で、妹のいずみさんは小さくなって嵐が過ぎ去るのを耐えていました。
結婚して母親になった今でも、他人に対してはっきり自分の意見を主張する経験がほとんどありません。娘は親が何も言わなくても元気に活動しています。しかし、いずみさんの兄の経験もあり、親は息子にどう接したらよいのかわからなくなってしまいました。

私は、いずみさんにいくつかのことを提案しました。

  1. 息子のひきこもりは母親の責任ではないことを、強調しました。もちろん、思春期の子どもの成長に、親の影響は少なくありません。しかし、親が自分の失敗だと落ち込んでいると、戸惑っている子どもに何も関わることが出来なくなります。大切なことは、過去を反省するよりも、これから何ができるのかを具体的に考えることです。
  2. 本人をカウンセリングに誘うように提案しました。今まで、いずみさんがこちらに相談に来ていることも、A君には伝えていません。そんなことを言ったら「余計なことをするな!」と怒り出すのが怖かったからです。私からは、失敗してもいいから、母親からA君に働きかけてみるように強く勧めました。
  3. ご主人と夫婦で相談に来るように提案しました。しかし、いずみさんはあまり乗り気ではありません。夫は仕事が忙しく、一緒に相談に行こうと言ってもOKしてくれるか自信がありません。それに夫はソトヅラが良く先生の前では立派なことを言うと思います。でも家に帰ると何もやってくれません。それに、いずみさんは夫と話し合っても、いつも言い負かされて、結局は夫の思い通りになってしまうので、本当は夫とはあまり話し合いたくないという気持ちです。私はいずみさんのその気持ちを良く受け止めました。いずみさんのおかれた状況であれば、そう感じるのも当然でしょう。いずみさんは、最後に、でも頑張って夫を誘ってみますと決心してくれました。
  4. ご夫婦で話し合う時間を確保するように提案しました。相談にいらしたご主人は、いずみさんの語るご主人像とは異なり、家族のことを心配する優しい方でした。彼もA君のことでは悩んでいました。しかし、母親と父親で考え方が異なります。父親はA君にもっと働きかけるべきと考え、母親は悩んでいるA君を刺激せずに、自ら動き出すまでそっとしておいたほうが良いと考えます。そのことを夫婦で十分に話し合う時間も持てず、仕事で家族と接する時間が限られているので、普段接することが多い妻に子どもたちのことは任せざるを得ません。しかし、夫婦仲が悪いわけではありません。単によく話し合う時間とその動機づけが足りないだけでした。
     私からは夫婦だけの時間を確保するように、そして夫からいずみさんを誘い出すように提案しました。幸い、おふたりともお酒が好きで、子どもが生まれる前は、よく近所の居酒屋に飲みに行っていたそうです。その習慣を再開するように提案すると、いずみさんはイヤな気持ちになりました。また夫が飲み過ぎて調子に乗り、まわりの人に迷惑をかけ、恥ずかしい思いをするからです。夫も、嫌がる妻を説得してまで行きたくありませんでした。しかし、先生からのアドバイスならやってみますと、ご主人は乗り気でした。
  5. いずみさんに「ひきこもり脱出講座」に参加するよう提案しました。いずみさんは人前で話すことが苦手です。この講座が参加者同士の交流もあるということをお伝えすると、参加したくないと尻込みされましたが、私の方から強くお勧めしました。

 その後、いずみさんはみるみるうちに親としての自信を回復されました。そして、A君のひきこもりも解決しました。

 「ひきこもり脱出講座」で、当初いずみさんは自分の気持ちを語ることが出来ず、自分の順番が回ってきてもパスしていました。他の参加者たちの話を聞いているうちに、A君ととても似ている家庭が多いことに気づきました。今までは、こんなに悩んでいるのは私だけだと思い込んでいましたが、実はそうではなかった、同じような悩みを抱えている人たちの話を聴けて、気持ちがとても軽くなりました。講座は3週間おきに6回シリーズです。前半はもっぱら聞き役だったいずみさんも徐々に元気を取り戻し、後半には自ら進んで気持ちを語るようになりました。

 いずみさんはご主人と共に相談にいらっしゃいました。父親はA君のことを心配しつつ、父親は何ができるかわからずにいましたが、父親からの働きかけも大切であることを私からお伝えし、いずみさんも夫が関わってくれると助かると言いました。父親は、会社で人事を担当している昔からの友人に相談して、A君を会わせるようセッティングしました。

 A君も相談にやってきました。始めは、親に説得されてきただけで何も話すことがないと言っていましたが、回を重ねるにつれて、前に進みたいけど怖くて動けないこと、すぐ怒り出す父親が大嫌いで、ウジウジしている母親を見るとムカつくことなど、A君の本音をよく語ってくれるようになりました。

そして、ついにいづみさんは息子のA君に対して、今までやらなかったような関わりを達成できました。
「今のままではダメでしょ。しっかり大学に行き、就職活動もやりなさい!」
今まで、そこまで息子に伝える自信がありませんでした。イラついて、文句を言うA君に太刀打ち出来ず、気持ちを引っ込めていました。母親から突然そう言われたA君は何も言わず、黙っていました。そして、その翌週から大学に行くようになりました。そして、A君はそれまで避けていた大学の就職課に行って情報を集めることもできるようになりました。いくつかの失敗の後に、無事に就職先が見つかり、卒業して、社会に巣立っていきました。

さて、以上の話をまとめてみましょう。
これは、前に進む自信を失っている息子に対して、親が自信を回復して子どもに前に進むためのエネルギーを与えることが出来た事例です。いくつかのポイントがあります。


  1. いずみさんは、今まで胸の内にしまっておいた息子のこと、そして夫婦のことや実家でのことを相談できました。始めは家の恥は話したくないと躊躇されていましたが、私に語ることができました。そして、ひきこもり脱出講座の中で、他の参加者たちにも自分の気持ちを開くことが出来ました。そのことだけで、いずみさんはだいぶ自信を回復できました。
  2. いずみさんが子どもに関わる自信を失った経緯について整理できました。息子に言うべきことをはっきり言えなかった背景には、1)夫のパワーに圧倒され、夫に言いたいことを言えなかったこと、2)息子の問題は母親のせいだと思い込み、自分を責めていたこと、3)子どもの頃は一番下のきょうだいとして兄の陰に隠れ、親から構ってもらえず、おとなしく周りに従っていたこと。これらのことが関係しているんだということにいずみさんは気づきました。
  3. 私の方から具体的なアドバイスをお伝えしました。
  4. そして、いずみさんは認めてくれる人を得ました。
    a) まず、カウンセラーである私がいずみさんの努力をよく労いました。
    b) そして夫さんもいずみさんの気持ちを深く理解できました。もともと仲の良い夫婦で、妻の気持ちも理解はしていたのですが、夫は忙しく、妻にそのことを伝えるチャンスが得られませんでした。今回、夫婦ふたりの時間を持つようになったおかげで、夫の気持ちを妻に伝え、妻の気持ちも夫に伝えることができました。
    c) また、「ひきこもり脱出講座」の参加者たちがいずみさんを支えてくれました。参加者たちはみな同じような経験を持つ当事者たちです。私にはできない、同じ目線からお互いの気持ちを理解し合うことが出来ます。そのことが、いずみさんの気持ちをとても楽にしました。

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