先週、引退発表した浅田真央ちゃんの引退記者会見は、テレビで何度も繰り返して放映されました。
私は彼女の涙に感銘を受けました。
日本を代表するスーパースターとして数々の栄光を手にし、国民のアイドルとしてお茶の間を沸かせた一方で、思うように行かず、悔し涙もたくさん流した彼女。
記者会見では多くの報道陣のカメラの前にして、最後は笑顔で終えたかったのでしょう、立ち上がり微笑もうとしますが涙をこらえられません。後ろを向いて涙を見せまいとするけなげな姿は私自身の体験とも重なり、共感を覚えました。
なぜ真央ちゃんは、そして我々は、溢れ出す涙を隠そうとするのでしょうか?
恥ずかしいから?
みんなのアイドルは、笑顔を振りまかねばならないから?
大人の涙は、恥ずかしく、避けようとします。
しかし、それは大切な役割を果たします。
診療してると、多くの方々が泣かれ、診察室のティッシュはどんどん減ります。
涙の心理的効用について考えてみました。
人生が始まり、幼い赤ちゃんはたくさん泣きます。
空腹だったり、眠かったり、泣くことがまわりに自分の意思を伝える唯一の言葉です。
赤ちゃんは未熟で無力な存在です。
子どもから大人へと成長する時、
「泣いてはいけません、我慢して、頑張りなさい」
と教えられます。
涙は、自分の気持ちがコントロール出来ず、暴走してしまった状態です。
泣き虫は弱さの象徴です。
真央ちゃんも、我々も、涙を克服して、涙など流さないほど強くなりたいと願います。
でも、涙を否認せず、自分の一部として受け入れることこそが、本当の強さに繋がると思います。
ここで、実際の相談例をご紹介します。
茂雄さん(仮名)は50代、息子のひきこもりの相談に、ご夫婦揃っていらっしゃいました。
家族のことを真剣に考える素晴らしい父親だと私は思いましたが、茂雄さん自身は息子に厳し過ぎた、叱ってばかりいたと反省しきりです。
茂雄さん自身も父親からいつも怒られていました。「ちゃぶ台返し」もよくあり、母親を泣かせていました。父親はろくに働かず、家族は借金を抱え、とてもみじめな子ども時代を送りました。
幸い、茂雄さんは成績がよく、涙をこらえ、悔しさをバネに人一倍がんばって、立派な社会的地位と財を築きました。茂雄さんは会社の部下たちからとても尊敬されています。
そういう茂雄さんにとって、頑張ろうとせず、努力を諦め、家でひきこもる息子は到底許せません。父親は息子に怒り、息子もそういう父親を拒否します。
茂雄さんから話を聞くうちに、茂雄さん自身も亡くなった父親に怒り、許していないことが語られました。
診察室でも、妻や私に怒りを爆発させることがしばしばです。
そんな茂雄さんが、初めて涙を見せた時のことを、私はよく覚えています。
カウンセリングの初期は、息子さんのことが話題の中心でしたが、やがてご両親のこと、とくに父親である茂雄さんの心の中にたくさんの怒りが溜まっていることに彼自身も気づき始めました。何もしようとしない息子の姿をみれば怒る気持ちも当然でしょう。
しかし、その背後には怒りとは正反対の、息子を純粋におもいやる優しいお父さんの気持ちもあります。
田村: 怒りを持て余している茂雄さんの率直な気持ちと、息子さんを思いやる気持ちを、息子さんに伝えてあげたらどうでしょうか?
茂雄さん: それは難しいなぁ、、、
田村: いや、茂雄さんなら、きっとうまく出来ますよ。
茂雄: いやぁ、そう期待されてしまうと、、、
と言った途端に、茂雄さんは突然大きな声で泣き出しました。
横でみている奥さんは、いったい何が起きたのかと、おどろいています。
今まで、茂雄さんは感情を封印して、理性でがんばってきました。
悲しみや不安などのネガティブな感情は、すべて怒りという感情(攻撃性)に転換して、それ以上近づけないようブロックしてきました。
私の言葉は、鎧で固めた茂雄さんが隠し持っている心の琴線に触れました。
そうすると、今までこらえていた感情の封が切られ、涙となって表出されました。
私が茂雄さんの涙を拝見したのは、先にも後にもこの一回だけです。
この後、茂雄さんは大きく変わりました、と奥さんは言います。
茂雄さん自身はそんなことないと否定しますが、子どもたちや妻への関わり方がとても優しくなったそうです。それまで息子さんと会話しようとしても緊張してうまく話せなかったのですが、父子がお互いに片意地をはらず、自然におしゃべりできるようになりました。
涙を隠し、泣かないことが強さではありません。
自分の気持ち(弱さ)を認め、受け入れ、それを大切な他者にも伝えられることこそ、本当の心の豊かさなのです。
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