2017年6月22日木曜日

夫婦関係の改善

夫婦間のシコリを解きほぐす

家族メンバーの間には、未だに解決されていない過去のシコリが残っているものです。お互いに距離を開けて関わらないようにしていれば、シコリを残しておいても仕方がないでしょう。しかし、家族の力をフルに発揮するには、お互いの距離を近づけます。その時は、過去のシコリを棚卸しして整理します。たとえば、次のようなシコリです。

夫婦間の暴力

夫婦間の暴力には、「手を挙げる」、殴る蹴るといった身体的な暴力が思いつきますが、それ以外にも様々な種類があります。

l  身体的暴力
一番代表的な暴力です。普段は仲が良くてもアルコールが入ったり、喧嘩になった時などに暴力が出現します。たとえその頻度(年に1回とか)や程度(骨折や外傷といった大きなレベルから、傷はつかない小さなレベルまで)に関わらず、暴力の存在は夫婦間に大きな溝を与え、被害者に大きな傷を与えます。

l  性的暴力
性的な関係が許される夫婦であっても、双方の同意のない無理なセックスは暴力となります。避妊が必要なのに、それを怠る場合も該当します。

l  言葉の暴力
相手が傷つく言葉を一方的に投げかけます。たとえ本人が意図せず何気なく発した一言であっても、それを受け取る側にはシコリとして長く残ることもあります。

l  経済的な暴力
生活に必要なお金を渡さないなど。

l  行動を束縛する暴力
普段の監視したり、行動を制限することにより、相手を束縛します。

足を踏んだ方は忘れても、踏まれた痛みは記憶に長く残ります。
浮気、暴力(DV)、アルコール、ギャンブルなどは男性が加害者で女性が被害者というパターンが今までは一般的でしたが、最近では逆のパターン、つまり女性が加害者で男性が被害者になるケースも少ないながらあります。
これらは身体の傷や生活上の不便以外に、心に大きな傷を残します。
特に深刻なのが自尊心の低下です。自分がやっていること、たとえば子育て、子どもへの関わり方、人との関わり方などについて、これでいいのだろうかと自信を持てず、自分はダメな人間だと悲観的になり、自分を責めるようになります。

これ以外にも、夫婦間には長い間に気づかないうちに傷ついて、それがトラウマとして後までのこることがあります。

子育てに関わってこなかったというトラウマ
母親が家事育児を担当して、父親が外で稼ぐという役割分担が人々の意識の中に根強く残っているために、父親が子育てに関わらないことがそれほど問題だとは意識されにくいものです。しかし、子育てに苦労している時に、一緒に関わってくれなかったというトラウマ(心の傷)は深く心に残ります。子どもが大きくなり思春期に達して父親の関わりが大切と言われても、今まで関わってこなかった人がうまく関われるわけがないと、夫のことを信用できません。

言葉を交わさないトラウマ
必要最小限の用事や、社会の出来事など理屈(理性)は話せても、お互いの気持ち(感性)を語り合えない夫婦がいます。気持ちが通じ合わないと、夫婦としての実感と安心感を持つことが出来ません。

セックスレスというトラウマ
人々は二つのコミュニケーション様式を用いて、親密さを成就します。ひとつが気持ちの触れ合い(言葉によるコミュニケーション)であり、もうひとつが身体の触れ合い(スキンシップ、そして夫婦間のセックス)です。言葉は理性を持った人間だけの特技ですが、スキンシップはまだ言葉を持たない赤ちゃんや、哺乳類動物でさえとても大切なコミュニケーションです。若い頃の生殖のためのセックスを終えた後、コミュニケーションのためのセックスを夫婦が行えないと、身体を通した安心を得ることができません。

親族から守ってくれなかった痛み
「嫁と姑」に代表される実家とのいざこざはどの家族にもあるものです。夫がしっかり仲介して、妻を守ってくれれば良いのですが、そのことから逃げていたり、実家側に付いたりすると、妻の痛みは大きなものです。妻がどれほど辛かったか、夫は未だに理解していません。

過去に起きた出来事は、たとえ現在は収まっていても傷の痛みは消えません。夫婦が深く気持ちを通じ合わせることが出来ません。
シコリを整理するためには、まず言葉に出してみることです。直接相手に伝えることが難しかったら、まず信頼できる人に打ち明けてみましょう。友だちや専門家など、家族ではない第三者が良いです。

家族の力で問題解決

強い心と弱い心

人は強い心と弱い心の両方を持っています。

弱い心
強い心
傷つきやすさvulnerability
回復力resilience
自己否定(自分で身を守れない)
自己肯定(自分で身を守る)・自信
外発的動機づけ
(まわりの力で動く:親のエンジン)
内発的動機づけ
(自らの力で動く:自分のエンジン)
困難さからの撤退
困難への挑戦

弱い心とは、傷つきやすさvulnerabilityのことです。自分はダメな人間と思い込み、周りの人が自分のことをどう見ているかとても気になり、人の視線を気にします。人の言葉や些細な行動を否定的にとらえ、人と関わることに自信を失います。傷かないように、ひきこもります。

強い心とは回復力resilience、言い換えれば心の元気さのことです。逆境に遭遇しても自信を失わず、困難に挑戦し、なんとか乗り越えようと前に進みます。相手から傷つけられても撤退せず、人と関わり続けます。
もともと「弱い人」「強い人」というのはありません。だれでも弱い心と強い心の両方を持っていて、その割合が変化しているだけです。
弱い心が増える状況とは、逆境や失敗体験が重なる時、喪失体験の悲しみが強い時、ストレスが加わり疲れがたまる時、孤立して理解してくれる人がいない時などです。
強い心が増える状況とは、物事がうまくいっている時、良き理解者が近くにいる時などです。

弱い心の割合が高くなると、自分は弱い人間だと思い込みます。しかし実際には、弱い心が前面に出て、強い心が陰に隠れ見えなくなっているだけです。
強い心の割合が高くなると、自分には乗り越える力があると自信を回復します。
状況によって、人はいくらでも弱くなります。
状況によって、人はいくらでも強くなれます。
ですから、諦める必要はまったくありません。
諦めてはいけません。

どうしたら、ひきこもりから抜け出すことができるのでしょうか?
強い心が十分に機能するようになれば、自然にひきこもりから脱します。

すべての人は自立する力を持っています
身体の栄養さえ足りていれば、子どもは自然に背が伸びます。その栄養素はたんぱく質、炭水化物、ミネラルなど食事に含まれています。
自律する力も同じ考え方です。心の栄養さえ足りていれば、子どもは自然とウチの世界から巣立ちソトの世界に飛び立ちます。
その栄養素は、守る愛放す愛という対人関係の中に含まれているふたつの栄養素です。

子どもの自立をうながす二種類の愛情
守る愛
放す愛
危機の回避・保護
傷つきへの挑戦
問題の早く見つけ保護する
本人を信頼して問題解決を任せる
傷つきやすさをカバーする
回復力を信じる
ウチの世界の万能的自我を承認する
ソトの世界の傷ついた自我を承認する
安定性を保つ
変化と成長を促す

守る愛は、子どもを無条件に愛し、そのままの姿を肯定します。思春期前の幼い子どもにとって重要です。
放す愛は、子どもの回復力を信じて、困難に挑戦する勇気を与えます。自立して、ソトの関係性に導きます。思春期には放す愛が重要になります。

自立する栄養素は、人との関わりの中にあります。
ソトの世界との接点が維持されていれば、人々との関わりから栄養を吸収できます。種々雑多な人々と試行錯誤を繰り返しながら、大人の関係性を少しずつ身につけていきます。家族はそれほど活躍する必要はありません。

家族が子どもに自信を与え、ひきこもりを回復する

しかし、ひきこもると、ソトの人たちとの交流が途絶えます。唯一、関わることができるのは、家族の人たちです。家族が良質なふたつの栄養素(守る愛と放す愛)をたっぷり与えます。
ひきこもりの脱出には、家族の力がとても大切になります。

ひきこもりの葛藤期には、ストレスから身を守ろうとする子どもを信じて、守る愛を与えます。親は口出しをせず、子どもに任せて、安心してひきこもれる環境を提供します。
ひきこもりの自閉期と試行期には、子どもの潜在力を信じて、放す愛をたくさん与えます。安心してひきこもりから脱する環境と、社会に戻る勇気を与えます。
 よくカウンセラー(心の専門家)は「ひきこもっている子に対して親や周りの人は、何も口出しせず、子どもが自らの力で回復するのを待ちましょう。」と言います。これは葛藤期に大切です。親の過剰な言動は、子どもにとってストレスとなります。
 しかし、自閉期と試行期には逆効果です。子どもの関係性から大人の関係性に切り替えることができず、ひきこもりが長期化します。この時期に家族は放す愛をたっぷり与え、安心して社会に飛び出す環境を与えます。

親の強い心弱い心
親の心にも強い心と弱い心があります。
親の強い心は子どもを信頼して、子どもの状況をよく見極め、守る愛と放す愛を上手に使い分けます。子どもに安心感を与えます。
親の弱い心は、子どもが傷つくことをとても心配します。子どもに不安感を与えます。そして、守る愛と放す愛のバランスを失います。放す愛が必要な時にも、守る愛を与えすぎてしまいます。子どものことを先回りして心配して、子どもにたくさん口を出したり、守りすぎてしまいます。自立したい思春期の子どもは、そのような関わりをとても嫌がります。
あるいは、不適切な放す愛を与えてしまいます。子どもは、親との良い関わりを求めています。しかし、子どもが親から何かを言われるのを嫌がるだろう、親からの影響を嫌がるだろうと過剰に心配して、親は何もしない方が良いと思い込んでしまいます。結果的に、腫れ物に触るように子どもに接し、親の愛を何も与えられなくなります。
子どもがひきこもると、親は自分の失敗と受け止めて、子どもに関わる自信を失い、弱い心が増殖していきます。

家族力を発揮するために

ひきこもりに限らず、家族の力は、子どもや家族の問題を回復へ導きます。家族の力とは、家族みんなが強い心をしっかり保持して、ちゃんと繋がっている状態です。そのためにできることを具体的に説明します。

孤立した子育てからの解放
子育ては難しいものです。一人だけではうまくいきません。
子どもが学校に上がるまでは保育園や地域の子育てサポートもあり、若い父親も積極的に子育てに参加します。しかし、小学校に上がると、一見手がかからなくなるので、母親一人で育てられると思いがちです。
思春期の子育ては難しいものです。思春期こそ多くの子育てサポートが必要です。

母親中心の子育てからの脱却
児童期から思春期に入ると、子どもへの関わりが格段に難しくなります。手はかかりませんが、高度な判断が求められます。子どもは自立しようとして親に反抗します。親も子どもも傷つきます。親は守るべきか、放すべきか迷います。誰にも相談できず、ひとりで子どもに関わっていると、どうしても保守的になり、のびのびとした元気な子育てが出来ません。どうしても安全な方向、つまり守る愛に傾きがちになります。
母親ひとりだけではなく、子育て体験を同じ目線で関わる人が必要です。

父親と母親が協力する
思春期の親は働き盛りの世代で、仕事のストレスも大きく、子どもや家庭のことを考える余裕がありません。夫婦で子どものことを話し合う時間も十分ではありません。子どもが順調に成長している時は、それでも構いません。
しかし、子どもに問題の兆しが見えた時、父親は仕事の忙しさを乗り越えて、家族の時間を意図的に作り出します。たくさんの時間は必要としません。短時間でも良いから、毎日子どもの様子を情報交換して、どう関わったら良いのか、両親でよく話し合います。それが家族の力です。

母親と父親が折り合う
男親と女親は考え方が違うものです。
伝統的に、母親は守る愛を、父親は放す愛を発揮します。
困難な状況に遭遇した時、母親は「無理しない方が良い」と伝え、父親は「困難に立ち向かえ」と伝えたります。
言っていることは反対なのですが、どちらが正しくてどちらが間違っているということではありません。両方の要素が必要です。両方のやり方を折り合わせて、子どもに関わってあげてください。

家族の負の遺産を整理する
家族はプラスとマイナスの体験を前の世代から引き継いでいます。負の遺産を多く抱えていると、プラスの家族の力を発揮できません。家族の力を発揮するために、棚上げしていた遺産を整理します。具体的には次のような体験です。

1)喪失の悲しみ
死別や離別によってパートナーを失った時、あるいは子どもを突然失った時、親は守る愛に傾きがちになります。特に、家族を自死により失う痛手はとても大きいものです。はとても辛いので、記憶を心の冷凍庫に凍らせています。しかし、心に秘めた悲しみいつまでも消化できません。
悲しみを整理するためには、それを安全に語り、触れてはいけない思い出から、想起しても大丈夫な思い出に変換します。

2)失敗体験
過去の失敗から回復できていないと、また失敗を繰り返すのではと心配します。
例えば、子どもの頃、ひきこもっている人が家族にいると、親になっても自分の子どもがひきこもるのではと心配します。きょうだいが親と葛藤している姿に傷つくと、親との葛藤を避け「いい子」を演じようとします。

3)心配性の世代間伝達
自分の親からたくさんの心配を受けると、過剰に心配すること(弱い心)が家族の伝統となり、自分の子どもにも必要以上にたくさん心配します。

タイムマシンで過去に戻り、これらの遺産(喪失・失敗・心配性)を取り消すことはできません。負の遺産を思い出すのはとても辛いのですが、その体験を言葉で語り、信頼できる人に受け止め、理解してもらいます。すると、今までは「語ることができない、恥ずかしい、自尊心を下げる体験」が、「辛いけれど話すことが出来て、人が理解してくれて、同じような境遇に遭遇すれば誰にでも起こりうる体験」に変換されます。そうすれば、自分を責める必要がなくなり、過去の遺産を清算できます。
家族を縛っていた負の力から解放されると、新たな家族の力を呼び戻すことができます。

安心できるガイドラインを与える
思春期は学校、進路、就職、結婚と、さまざまな選択肢が待ち受けています。道に迷った時、どの方向に進んだらよいのか明確なガイドラインが必要です。決めるのは本人です。しかし、どの道が安全で選んでも良い道なのかを示すのは親の役目です。
 子どもに問題が生じると、親はどう子どもに関わったらよいのか迷います。
l  今、子どもに何が起きているのか?
l  なぜ、そうなるの?
l  どうすれば解決できるのか?
l  子どもにどう接したら良いのか?
これらの疑問に答えてくれる明確なガイドラインが必要です。
今まで行ってきたやり方でうまくいかなければ、違った新しい視点が必要です。
そのために、子どもと家族を支援してくれる第三者につながります。田村研究室では、子どもと家族の正確なアセスメントを行い、的確なアドバイスを差し上げます。

2017年6月21日水曜日

不登校・ひきこもり

不登校・ひきこもりとは?
人との関わりに自信を失い、家族以外の人と関わることを避けるために学校や会社などの社会生活から撤退することです。
l  不登校は、学校に行かないこと。
l  ひきこもりは、外部の人との接触を断つこと。
言葉は異なりますが、その心理的メカニズムは類似しています。

ひきこもりのメカニズム
ひきこもりは子どもの関係性から大人の関係性へスムーズに切り替われない状態です。
自立する準備ができていないうちにソトの世界に飛び出すと、傷つきを繰り返し、自信を失い、人との関わりから全面撤退し、傷つきを避けるためにひきこもります。

短期間ひきこもることは心の成長に必要です
傷ついたら休むことが大切です。1−2週間程度ひきこもり、元気を回復して再び飛び出します。

ひきこもりが長期化すると、大きなストレスになります。
ひきこもる期間が長引いても、回復するチャンスはたくさんあります。
しかし、ひきこもる期間が2週間以上続くと、戻りにくくなるのではないか、このまま長い間引きこもってしまうのではないかという不安を本人も家族も抱きます。そのことが自信をますます失わせて、前に向かうことを諦めてしまいます。
こうなると、いくら時間を経てもひきこもりは解決しません。本人と家族が孤立してしまいます。まわりからの支援が必要になります。

対人関係の発達とひきこもり
思春期は大切な人との関係性が大きく切り替わる時期です。10〜12歳くらいから思春期が始まり、10年ほどかけて大人の関係性に変化していきます。

子どもの関係性
大人の関係性
近しい関係(家族)
遠い関係(学校・職場・世間)
守られたウチの世界(同質性、閉鎖系)
傷つくソトの世界(異質性、開放系)
自分中心の世界(万能的自我)
他者と折合う世界(社会的自我)
依存(対象との一体感)
自立(対象からの分離)
他者(保護者)の責任
自己責任

子どもの関係性
子どもは自分の身を守る力を持っていません。親など近くにいて保護してくれる人との依存関係の中に生きています。保護者から無条件の愛情を受け、安全なウチの世界で安心して成長します。自分は愛される存在であり、この世に生きていて良いのだという基本的な自信を獲得します。自分のことをすべて理解してくれる人が何をすれば良いのかを教えてくれます。自らの力ではなく、保護者のエンジンで動きます。したがって物事がうまくいくのも失敗するのも、保護してくれる人の責任であり、自分自身で責任を取ることはできません。傷つきを自分自身で修復する力を持っていません。自分の思い通りになる100%を求め、それが叶わずプライドを保てない時は、傷つきを回避しウチの世界に全面撤退します(0%)。物事が思い通りに動いているうちは問題ないのですが、自分の思い通りにいかないと、すべて諦めてしまいます。

大人の関係性
大人は自分の力で身を守ります。どの方向に飛んで行くか自分で決めて、自分自身のエンジンで飛びます。ソトの世界は学校・職場など自分のことを十分に理解してくれない遠い人たちです。自分を全面的に受け入れてくれず、少なからず傷つきます。こうありたいという自分の思いは全部は果たせず60-70%に目減りしますが、それを受け入れ他者と折り合います。失敗しても全面的に撤退することなく、前に進み続けるうちに少しの成功体験を得て、徐々に自信を獲得してゆきます。そのようにして、外の世界に自分の居場所を見出します。


ひきこもりの回復段階と家族の支援策

状況
家族の支援策
葛藤期
イライラ、焦り。身体の不調。攻撃性。
安心してひきこもる環境。守る愛が中心。ストレスを解放する。
自閉期
人の交流を絶つ。昼夜逆転。
安心してひきこもりから脱出できる環境を与える。
試行期
少しずつ社会との接点を回復する。成功と失敗を繰り返す。
変化への希望、放す愛が中心
回復期
自分の居場所を見出し、自信を回復する。
家族の自信の回復

葛藤期
他者との関わりに傷つき撤退します。ひきこもっていることに焦りを感じると、イライラして暴力を振るうこともあります。
まわりの人は、ゆっくり自信を回復するために、焦らず安心してひきこもれる環境を整えます。本人が立ち直る力を信じて、まわりの人は口を出さず暖かく見守ります。
1-2週間でストレスが癒され、社会に復帰します。

自閉期
2週間以上ひきこもっていると、ひきこもっていること自体がストレスとなります。復帰するきっかけを失うと長期化します。まわりの人は積極的に働きかけ、安心してひきこもりから脱出できる環境を与えます。

試行期
学校や社会に少しずつ復帰します。失敗と成功を繰り返しながら、少しずつ他者と関わる自信を回復します。家族は放す愛を与えます。

回復期

学校や社会に自分が安心できる居場所を見出します。家族は自信を回復し、成長した子どもを信頼できるようになります。

2017年6月17日土曜日

夫婦間のネグレクト:子育てとセックス

子どもの問題を解決するために、家族の力を最大限に活用します。
そのためには、夫婦感の深い親密性が必要です。
両親の一致団結した協力が大切です。
思春期は特に父親の力が大切です。
ということはよく理解していただけるのですが、理屈でわかっても、どうしても気持ちがついてゆけず、ご夫婦でうまく話し合えない時があります。
よくお話を伺ううちに、

・以前、浮気をされていまして、、、
・お酒を飲んだり、暴力を振るわれて、、、
・お姑さんにひどいことを言われ、夫が守ってくれなかった、、、
・下の子を失った痛みから抜け出せない、、、

という話を伺えば、なるほど、と納得できるのですが、どうもそれだけではないようです。
もっと見えにくく根が深い溝があることに最近気づきました。

それが、子育て放棄とセックスレスという夫婦間のネグレクトです。

子育てのネグレクト

子育てが大変な時に、夫は協力してくれませんでした。
母親の私が孤軍奮闘してました。
夫にも言い分はあるでしょう。家族のために一生懸命仕事をしてくれているのは感謝しているし、家に帰って疲れ切って余裕がないのはわかります。
せめて夫も気にかけてくれて、短くても良いから子どものことを話し合えれば多少気持ちも楽になったのでしょう。
夫も努力はしてくれますが、すぐに忘れるんです。
まるで夫の心の中に、家族や子どものことがすっかり抜け落ちてるみたいです。

私には誰も相談する人がいませんでした。
私ひとりでやらなくちゃなりません。
この孤独感にずっと耐えてきました。

夫はこのこと以外はとても良い人なのですが、子育てに関しては全く信頼していません。
いまさら父親の役割を期待するのは無理です。というか、イヤです。
期待すると辛くなるので、10年前にそれは諦めました。
夫にしても、今まで子どもに関わってこなかったから、どうやって子どもに声をかけたら良いのかわからないし、自信なんかないでしょう。

このように、深い怒りが隠されています。
しかし、その怒りにご本人も気づいていません。

セックスレスというネグレクト

田村)失礼ですが、ご夫婦のスキンシップはいかがですか?
もう、ぜんぜんそんなことはありません!

私から尋ねると、このような答えがよく返ってきます。
口調には怒りが隠されています。

それは、問題だと思います。本当は、もっとスキンシップが欲しいです。
でも、女性からこの話を持ち出すことはできませんし。
夫はこのことをどう思っているか知りません。
そのことを夫婦で話し合ったことは一度もありません。

日本人は、セックスについて真面目に考え、語ることがとても苦手です。
私の方からそのことに触れない限り、ご夫婦から話題に出されることはまれです。
・子どものことで疲れているから、、、
・仕事で疲れているから、、、
・もう、私のは役に立たないから、、、。
・そもそも言葉のコミュニケーションもないのに、そんな気持ちになれません。いきなり触れられると、ゾッとします、、、
夫婦間のコミュニケーションは二つのチャンネルを用います。
1)ひとつが心の触れ合いです。言葉でお互いの気持ちを伝え、分かり合うことです。
2)もうひとつが身体の触れ合いです。お互いのぬくもりを肌で感じ、一体感を体験します。言葉のない赤ちゃんや哺乳類動物も、肌の触れ合いで深く安心します。

若い頃の、わけのわからない性欲にまかせたセックスや、
子どもを作る生殖のためのセックスしか知らず、
コミュニケーション手段として肌を触れ合う習慣がありません。
セックスを語るのは恥ずかしいこと、はしたないこと、女性から言うものではないなど、未だにタブー視されています。

隠された怒り

子育てと言葉のコミュニケーション:
本当は気持ちの交流を求めています。お互いの気持ちを分かり合いたい。

セックスという身体のコミュニケーション:
本当は身体の交流を求めています。肌が触れ合い、安心したい。

一番親密であるはずの夫婦間でコミュニケーションを放棄し、拒否されてきた怒りは想像以上に大きなものです。それは隠されたまま長く心に留まります。
しかも、その怒りは相手どころか本人自身も気づきません。そのために、なぜパートナーの話を生理的に受け入れられないのか、自分でも理解できません。
〇男性は仕事優先という伝統的性役割のために、父親が子どもに関れないのは仕方がないことです。 
〇セックスをタブー視する風潮から、子どもが生まれた後にセックスがなくなるのも仕方がないことです。
このような社会的な「仕方がないこと」の陰に隠れて、これらが「問題」として浮上してこないため、それを変えようという発想も生まれてきません。

結果的に、夫婦間に横たわる深い溝を修復できず、「家族の力」を発揮することができません。一見、仲の良い普通の夫婦なのに、家族の力を発揮できないのです。

-----
このような場合、どうしたら家族は救われるのでしょうか?
次回、このことをお話しします。

2017年5月18日木曜日

ひとり親家族の子育てのコツ

3組に1組の夫婦が離婚する時代です。
「ひとり親」家族はたくさんいます。
しかし、残念ながら「ひとり親」のイメージは昔と変わらずあまり良くありません。
子どもが問題を起こすと、学校の先生や世間の人たちは、
「あの子はひとり親だから、、、」
と口に出して言わなくとも、内心そう思われたりします。
、、、経済的に困難でしょ。
、、、子どもの面倒を十分にみれないでしょ。
、、、離婚するような親はもともと、、、
といった具合です。

確かにひとり親、とくに母親と子どもの家庭は稼ぎ手が不在で、経済的に困難な場合が少なくありません。しかし、ここではひとり親と貧困の問題を分けて考えます。
親がふたりいても経済の困難を抱えている家族もいるし、ひとり親でも経済的な面ではOKな家庭もたくさんいます。詳しくは、一番下の<付記>欄を参照してください。

ひとり親であること自体は全く問題ではありません。
不登校やひきこもりなどの問題行動が、ひとり親に起きやすいということはありません。ふたり親でも、ひとり親でも、そのような問題は平等に発生します。
しかし、ひとり親家族に起きやすい問題があることも事実です。
何が問題なのでしょうか?
一言でいえば、親が元気をなくしている場合です。

★死別した場合、
親がそのショックと悲しみを乗り越えられないと、元気をなくします。
英子さん(仮名)は子どものことを相談するためにカウンセリングにやってきました。
しかし、話を深めていくと、いつも亡くした夫の話になり、悲しみの涙があふれてきます。子どもに向き合おうとすると、英子さん自身の悲しみに遭遇してしまいます。それが嫌で、英子さんは心から子どもに向き合うことができませんでした。
★離別した場合、
子どもに対する罪悪感。済まないという思いが、親の元気を削いでしまいます。
、、、親たちの勝手な都合で、子どもから親を奪ってしまった。
、、、働かなくてはならないから、子どもとの時間が十分にとれず、寂しい思いをさせてしまった。
そのような罪悪感が親としてのエネルギーを消耗させ、子どもに胸を張って強く関わることができません。つい甘く、過保護になりがちです。

本来ふたりいるはずの親がひとりになれば、家族のバランスは崩れます。しかし、新たなバランスを得ることができれば、全く問題なく親として機能できます。具体的には、どのようなことに心がけたらよいのでしょうか。
ひとり親の子育てのコツをまとめました。

1.親自身の気持ちを整理する
 死別した場合、喪失の悲しみがいつまでも長く続きます。特に自死で亡くした場合の負担は大きいです。悲しみに加えて、裏切られた怒りや、助けられなかった罪悪感などの辛い気持ちが重くのしかかります。
 離別するプロセスはとても辛いものです。別れるべきか、やりなおすべきか心の中で迷ったり、ふたりの間で合意できない場合、あるいは財産や親権で決着がつかない場合もあります。離婚した後も、元パートナーへの怒りや未練、その人を選んでしまった自分を責めたりします。
 このような気持ちを隠していたら、いつまでたっても心に残ります。秘密が守られ、否定や批判されず理解してくれる人に、その気持ちを何度も繰り返して語ります。話しても過去の記憶は消えませんが、そこにまつわる辛い気持ちを軽くすることができます。

2.罪悪感・自責感から決別する
はずかしい、子どもに申し訳ないというマイナスの気持ちを整理して、消化しましょう。
ひと昔前の時代は、離婚すること自体が社会のタブーでしたが、今は違います。
子どもたちは、親が思うほど離婚を気にしていません。
親は子どものために離婚を踏みとどまり、
子どもは親のために、「早く別れなよ」と言ったりします。
子どもに必要なものは温かい家庭と、良質な愛情です。それが十分に与えられれば、ふたりでもひとりでも構いません。
親が元気をなくし、悲しんだり辛い思いをしている姿を子どもに見せて、子どもに「お父さん・お母さんは大丈夫だろうか?」と心配させることが良くありません。

3.サポートを受けよう
子育てはひとりだけではできません。煮詰まってしまいます。
遠慮せず、あらゆる資源を活用しましょう。
祖父母やきょうだいの支援を得ます。もし、そこにシコリが挟まっているようなら、それを整理してください。
社会にはひとり親に対するさまざまな支援策が(まだまだ十分とは言えませんが)整いつつあります。恥ずかしがることはありません。堂々と申し込みましょう。
子どもの学校の先生にも隠すことはありません。学校は、家庭調査票などを通じて家族の情報を得ようとします。ひとり親であることを恥じずに伝えることが出来れば、先生は、
この親は教師・学校を信頼してくれているな。親はちゃんと困難を乗り越え、元気でいるな、と肯定的に評価してくれます。
こそこそ隠していたり、家族の状況を伝えられないと、この親はまだこだわって乗り越えられていないのだろうと、周りの人は否定的に受け止めます。

4.不在の親の肯定的なイメージを与えよう
両親が不仲であろうが、離れていようが、親は自分の命を授けてくれた大切な人です。自分の由来を肯定することで、自分自身を肯定できます。特に思春期に入り、自分とはなんだろうと、自分探し、つまり自我同一性(アイデンティティ)を形成するときに親に良いイメージを持てることが大切です。
性的アイデンティティ、つまり自分はどんな男性に・女性になるんだろうと迷うときに、同性の親がモデルとなります。息子では父親が、娘では母親がモデルです。

別れて住んでいる親との面会交流は大切です。
パートナーとしては失格であっても、子どもの親としてそこそこOKであれば、積極的に交流する機会を作りましょう。一緒に住んでいない親からも、見守られ、愛されているという実感は子どもにとって大切です。
その機会を子どもに与えるために必要な両親間の連絡は積極的にとります。

すでに十分おわかりのことだと思いますが、親が元パートナーを否定したり悪口を言ってはいけません。子どももその親を憎み、否定的に捉えてしまいます。

死別、あるいは事情があって面会交流ができない場合
別れたパートナーについて親が何も言わず、子どもが知らされていないと、子どもはイメージを作ることが出来ません。
しかし、親が別れたパートナーを肯定的に語ることは困難です。語ろうとすると涙があふれてきたリ、離婚する前のイヤな思い出がどうしても出てきます。子どもがいなければ、辛い気持ちを心の冷凍庫に凍結保存する選択肢もありますが、冷凍食品は消えることなくそのまま次の世代に受け継がれてしまいます。その負の遺産を持ち越してはいけません。
お母さんはまだお父さんのことを口にできないほど憎んでいるのだろう、怒っているのだろう。一般に、知らされていない情報は、否定的に捉えられてしまいます。
 実物の親とは会えなくても、子どもたちの心の中に肯定的な不在親のイメージがあることが大切です。
 否定するのではなく、何も言わないのでもなく、積極的に別れたパートナーの肯定的なストーリーを子どもに聞かせてあげましょう。
 特に、思春期の子どもは、これから自分がどのような大人になれるのかとても不安です。もしかしたら、自分も親のように「悪い人」になってしまうのだろうかと心配します。親が「良い人」であれば、自分も「良い大人」になる可能性が出現します。

 太郎さんはアルコールで何度も失敗して、朝起きれず、仕事ができなくなりました。病院でうつ病の薬をもらいましたが、一向に良くなりません。知り合いに紹介されて、私のカウンセリングにやってきました。始めのうちは、なかなか自分のことを話せません。話し出すと、父親に対する怒りが噴き出し、自分の気持ちの収拾がつかなくなることが怖かったのです。
 やがて、カウンセリングに慣れてくると、少しずつ父親を語り始めました。いつもお酒を飲んで大声で怒鳴り、母親に手を挙げていました。今でいえばDVです。酒で失敗しては仕事をクビになり、何度も転職を繰り返していました。太郎さんが幼いころ両親は離婚して、以来父親とは会っていません。太郎さん自身は父親の記憶はあまりなく、母親から聞いた悪い話ばかりです。私は太郎さんの話を丁寧に受け止めました。さんざん父親の悪い部分を語りつくした後に、良い話が飛び出しました。パンドラの箱のように。
 まわりに迷惑をかけ、どうしようもない父親でしたが、太郎さんが生まれたときは、子どものようにはしゃぎ、とても喜んだという母親の話を思い出しました。太郎さんは父親から祝福されて生まれてきたのです。あまりにも問題の多い父親だったので、そのことをすっかり忘れていました。
 太郎さんはここまで自分の父親のことを語り尽すことができて、とてもすっきり、おだやかな気持ちになりました。
 その後、太郎さんはアルコールで失敗する機会も少なくなり、新しい仕事では職場の雰囲気も良く、無事に社会に復帰してゆきました。
若者が自分を肯定して、前に進んでいくためには、自分の命の由来である親の肯定的な物語が必要です。
 子どもの近くにいる親は、胸を張って前を向いている姿を子どもに見せてあげて下さい。
 そして、子どもから離れている(亡くなっている)親の肯定的な物語を子どもに与えて下さい。

-----------------------
(付記)
多問題家族、あるいは機能不全家族という呼び方があります。
家庭の中に、失業、身体や心の病気・障害、家族不仲、浮気、暴力・虐待、ネグレクト、犯罪行為、アルコールや薬物依存など複数の問題を抱えています。その根底には貧困問題があり、社会を信頼せず、まわりからの支援にも背を向けています。
 そのような家族では、たくさん抱えている問題のひとつとして離婚もあります。この場合は、離婚だけを取り上げても解決しません。総合的・包括的な支援が必要であり、それはとても困難です。
 今の世の中の多くの離婚家族はこの範疇には入りません。ここで取り上げるのは、たまたま両親が離婚していますが、それ以外は大きな問題もなく、普通の生活をしている家族です。

2017年5月10日水曜日

子どもの心と大人の心

「ひきこもり脱出講座」に参加された方から、講座の振り返りコメントを頂きました。
私がお伝えしたかった要点を、とても上手にまとめて下さいましたので、ご紹介します。

今回、印象に残ったことは、人は誰しも「大人の心」と「子どもの心」を持っているという田村先生のお話です。そして、そのお話の中で一番大切だと感じたことは、“大人の心”から出た言葉は、子どもの“大人の心”を育てていくということです。どうやら私は自らの“子どもの心”から、息子に言葉をかけ、息子の“子どもの心”をせっせと育ててきたようです。
 例えば、「あれはやったの?これはどうするの?ちゃんと○○しなさい。」これは完全に“子どもの心”からの声かけですよね。親は子どものためと思っていても、子どもからすると、自分のやることは親に心配されるに値すること、つまり低い自己評価を植え付けているにすぎず、ちっとも子どものためになっていなかったでしょう。では、誰のためだったのか。そう、他でもない私自身の不安を軽くするためだったのだと思います。私の中に、もう少し“大人の心”が育っていれば、自らの“子どもの心”を受け止め、息子には“大人の心”から声を掛けることができたでしょう。
 一つ希望の持てるお話がありました。“大人の心”は他者の“大人の心”に触れることで大人になっても育てられるというお話です。信頼できる友人やこのようなグループ、必要があれば専門職の先生方、そういった方々の助けを得ながら、自分の“大人の心”を育てていきたいと感じました。“大人の心”から子どもへ声を掛けるのであれば、表面的な言葉に捉われることはないということに共感しました。大切なのは、親の心の在り方なのだと気づきました。
私から、補足して子どもの心大人の心について説明します。

子どもの心(万能的自我)大人の心(社会的自我)という概念は、私の臨床経験から生まれた、私自身のオリジナルな用語です(注)。子どもの心は、人の弱さを象徴します。大人の心は、人の強さを象徴します。具体的には、次のような内容です。

子どもの心(万能的自我)

  • 自信がなく、できない、うまくいかないだろうと予想します。
  • 心の基本基調は不安、恐怖、心配です。
  • 失敗することを予期して、いつも不安で、心配しています。
  • 自分では力を持っていないので、誰かに依存しないと、ひとりではやっていけません。
  • 自分では責任を取るほど強くはないので、物事がうまくいかないかは、助けてくれた人の良し悪しによって変わります。うまくいかなかいのは、人のせいです。
  • 自分は弱いものと規定しているので、危険は避けなければなりません。失敗しそうな局面は極力避けます。
  • ソトに出て人と交わると傷つく可能性が高いので、基本的に外は避けます。保護する人によって守られたウチの世界で生活します。
  • 傷つくと修復できないので、傷つかない100%の状態を保とうとします。少しでも傷つきそうなときは、すぐに撤退して0%にします。やめてしまいます。
  • 100%の自分をキープするために、他者と折り合うことは拒否します。自己中心の世界にいます。
  • 保護してくれる人からは、100%全面的に肯定してくれることを期待します。
  • 無条件の肯定(愛情)を求めます。
  • 少しでも傷つける可能性のある人は拒否します。

大人の心(社会的自我)

  • 自分はできるはずだという、根拠のない肯定的な未来予測(=希望)を持ちます。
  • 心の基本基調は安心、満足、希望です。
  • 成功することを予期して、安心しています。
  • 何とか立ち回れる能力を持っているので、ひとりでもなんとかやっていけます。
  • ものごとがうまくいっても、うまくいかなくても、基本的には自分の責任ですから、人のせいにすることはありません。
  • もしかしたら失敗するかもしれない危険な局面にも挑戦します。
  • 多種多様な人がいて、傷つくかもしれないソトの世界にも出ていくことが出来ます。
  • 傷ついても、多分なんとか立て直すことが出来るので、傷つくことを恐れません。
  • 他者と折り合うために、100%の自分をあきらめ、自分を削ります。7割くらいに減っても、まだ70%の自分が残っているので、それでも自分らしさは失われていません。

さらに、子どもの心と大人の心は、以下のような特徴を持っています。
  • 子ども時代から大人へと成長する中で、心は「子どもの心」から「大人の心」へシフト(成長)していきます。その過渡期にあるのが思春期・青年期(10代前半から20代中ごろまで)です。上記のとおり、子どもの心大人の心は、かなり異なり、正反対の属性だったりします。過渡期(思春期)には子どもという定常状態から、大人という定常状態に進化するために、だれでもバランスを崩します。その中で、様々な問題が生じやすいのが思春期の特徴です。
  • すべての人は、子どもの心大人の心の両方を持っています。小さな子どもでもしっかりした大人の心の片鱗を持っています。立派な大人でも弱さ(子どもの心)を隠し持っています。「人は強くもあり弱くもある」ということは誰でも理解できると思います。誰もが持つその両面にうまく折り合っていくのが人間の営みではないでしょうか。
  • 子どもの心/大人の心のバランスは流動的です。置かれた状況によっていつも変化しています。ものごとがうまく行き、順調な時は、自分に自信を持ち、大人の心を発揮できます。逆に、失敗したり、ストレスが多い状況などでは自信を失い、弱気になって、子どもの心が顔を出します。まるで、小さな子どもに返ったように見えるときもあります。それを退行現象と言います。
  • 思春期前の小さな子どもが子どもの心を持っているのは問題ないのですが、思春期以降の大人になると、大人の心を使うことが期待されます。青年期から大人になっても子どもの心が前面に出てくると、辛くなり、とても苦労します。
  • ひきこもりは、思春期以降に、うまく大人の心に移行できない時に生じます。背が伸びる時期に個人差があるのと同様に、大人への移行は人によってゆっくりでも構わないはずなのですが、まわりが大人へ移行しつつあるときに、子どもの心が多いと人との関係がうまくいかず、そのことがストレスとなり自信を喪失して、人との交流を回避してひきこもってしまいます。ひきこもる期間が長引くと、ひきこもっていること自体が不安と劣等感につながり、心の元気さがますます低下して、悪循環に陥ってしまいます。
では、どうしたら子どもの心から大人の心へうまく移行できるのでしょうか?
ひとことで言えば、他者の大人の心に触れることです。
このことは、思春期の子どもにも、親世代の大人にも共通して言えることです。
自分の力は、成功体験によって証明されます。なにかを試み、うまく成就できれば、自分はできるのだという感覚(自信)を持つことができ、それが肯定的な自我を育てます。

何かを試みて、それが成功か失敗かという判断はどのようになされるのでしょうか。
テストで100点、学校や会社の合格通知、勝負で勝ったといった明確な判断基準があれば一番わかりやすいのですが、実際には、テストで70点とか、第一志望が落ちて第三志望に合格、といったように、こうなっちゃったけど果たしてこれは成功だろうか失敗だろうかと迷う場合が少なくありません。その時に、他者がそれでOKだよと承認してくれると、成功体験としてカウントができ、自信を得ることが出来ます。
どっちにもとれそうな体験を承認するためには、大人の心が必要です。そのような心をもっている他者が身近にいると、その人の元気さが伝わり、大人の心が醸成されます。

思春期の子どもは、学校や社会で人と交流す中で、失敗体験と成功体験の両方を得ます。失敗体験が先行して苦労することもあるでしょうが、人と交わり続けていれば、必ず成功を体験します。親が意識して子どもに関わらなくても、自然と子どもは成長できます。

問題は、ひきこもってしまった場合です。人との交流が閉ざされると、体験を得ることが出来ません。何も体験しなければ、心の成長も止まります。ひきこもっている子どもが唯一得られるのは家族との体験です。家族、主に親が子どもを承認して成功体験を与えます。そのためには、親自身が大人の心で機能していなければなりません。もし親の元気が少なく、子どもの心を使っていると、子どもに向けて出てくる言葉からは、必然的に心配や不安を伝えてしまいます。それは、子どもの子どもの心に肥料を与えてしまいます。
ひきこもっている子どもに、親が関わるときに大切なのは、まず親が心を整えて、大人の心で動くように心がけることです。しかし、これは難しいものです。なぜなら、子どもが問題を抱えている、ひきこもっているということ自体が、親にとっては失敗体験となるので、どうしても不安や心配が先行してしまいます。
その場合は、親自身が他の人から元気をもらいます。一番手っ取り早いのはご夫婦の間で元気を交換して、大人の心に整えます。そのために、ご夫婦の間でよく話し合い、支え合います。もし、それが得られなければ他の人を探しましょう。親族、きょうだい、友人、あるいは専門家など、信頼できる人を選びます。
私はそのような考え方でひきこもりのご家族に接しています。

冒頭の方が参加した「ひきこもり講座」では、私と参加者のみなさんが元気のキャッチボールをして、お互いに元気な心のエネルギーを備蓄しています。

注)「子どもの心」「大人の心」と言う呼び方は交流分析でも使います。
交流分析は精神分析理論の超自我・自我・イドという三つの心の様子の影響を受けています。子どもの心とはイド(本能的な快楽)、大人の心とは自我(現実的な常識)という分け方ですが、私の説く子どもの心大人の心は、肯定的な自我を作るプロセスという意味で、マリー・ボウエンの自己分化(Self-Differentiation)の概念に近いかもしれません。