2012年9月7日金曜日

子どもを支える大人の関わり方


本日のフォーラムは350人以上の参加者で熱気にあふれていました。
前半は「元ひきこもり・元不登校」そして「ひきこもりの父親」という「当事者」の飾らない率直な体験談が、参加者を勇気づけたと思います。

後半の私の話は、いつになく力が入ってしまったかな。当初は学校の先生などの「支援者」が多いと想像していたのだけど、半数以上は一般参加者、つまりひきこもりの家族・親ということです。それだけ注目されているんですね。そういう方々に元気になってほしい、希望を持ってほしいと、冷静な話というより、熱の入った演説調になってしまいました。

 親子の不安の連鎖をどう断ち切るか、不安から安心へ、さらに一歩進めて「希望」をどう醸成するのか。そのためには孤立していてはいけない、震災の「絆」をキーワードに連携していくことの大切さをお伝えしたいと思いました。

不登校・ひきこもり支援の考え方も一昔前に比べて進化してきたように思います。
今までは不安から安心へというメッセージ。つまり家族内の不安の連鎖とイライラ・暴力などを断ち切るために「安心してひきこもれる環境を」というメッセージでしたが、今日のテーマとなったことは、どう親が(教師が)外に連れ出すことができるか。時期を間違えればダメなのですが、上手くいかなかった体験から何もできなくなっている周りの人たちを勇気づけ、外に出ても良いんだよという父性的なメッセージを伝えても良いんだよと、保護者の方々、学校の先生方に伝えようと思いました。

ウチ(巣に居るひな鳥)からソト(巣立ち)へ。そこにまつわる不安と勇気づけというモデルは私の定番でよく使うのですが、少し修正したいと思います。
鳥の場合、あるいは欧米の家族の場合、巣立った後の古巣はそれほどの役を果たしませんが、我々の場合、けっこう重要な役目を果たすのだと思います。まだ恐る恐る飛び始めた若鳥にとって、こんな飛び方でいいのだろうか、ふと不安になって振り返る瞬間に、遠くから見守り、「大丈夫、それで良いんだよ。心細くなったら帰っておいで。」と言ってあげる親鳥が必要なんですね。高校で迷った時に、指針を与えてくれる卒業した中学の恩師のように。「帰ってもいいよ」と言われれば安心して帰らず、「帰るな」と言われれば帰りたくなってしまいます。
あと、高齢化の時代、親鳥の人生は巣立った後も延々と続きます。若鳥は自分が飛べているだろうかという不安と共に、巣立った後の親鳥がどうなっているだろうかという不安も抱きます。自分が雛として親鳥の生きがいを与えてきたのだから、巣立ったら親鳥はどうなるんだろうという不安が、飛び立つ勢いを削いでしまいます。親鳥が安心して雛鳥を離す力、そして子育て役割を終えたってひとりの鳥としてちゃんと安定してやっていけるんだよということを見せてあげることが大切なのですよね。講演を終えて、そんなことを考えました。

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