2017年1月25日水曜日

親が自信を回復して、子どもがひきこもりから脱出した例

いずみさん(仮名、女性)は、息子のひきこもりについて相談にいらっしゃいました。

大学生のA君は就職活動を目前に、立ち止まってしまっています。
中学までは成績優秀でスポーツも頑張り、元気でなんの問題もありませんでした。
高校は進学校に進み、優秀なクラスメイトの中で、うまく友だちが作れず、クラブ活動でのいざこざが原因で、3ヶ月ほど学校を休みました。しかし、その後は持ち直して、大学に進学できました。
大学1-2年生の頃は良かったのですが、3年生の後半になると就職への準備が始まります。1-2年生は大教室での講義を聞くだけの授業でしたが、3年生からはゼミの研究室に配属され、先生や仲間の前で発言するのがとても緊張します。4年生になっても、授業に出れず、あとわずかの単位を取得できないと、卒業できません。仲間は就職活動を始めていますが、A君はエントリーシートが書けず、何もできないまま外に出られずにいました。
母親のいずみさんも、A君に何を言ってもイライラしてイヤな顔をするので、何も言えません。業を煮やした父親がA君に「いったいどうするつもりなんだ?」ときつく言ってから大喧嘩になり、以来A君はリビングにも顔を出さなくなりました。

いずみさんは、友だちの勧めで私のところに相談にいらっしゃいましたが、本当はあまり来たくありませんでした。いずみさんは、自分は母親失格だとおっしゃいます。夫は仕事が忙しく、家庭はほとんど顧みない人です。ふたりの子どもの子育ては母親の責任なのに、息子がひきこもってしまったのはすべて母親であるいずみさんの責任だと感じて、落ち込んでしまい、食欲もなく、夜もよく眠れません。「うつ」に近い状態でした。

いずみさんは、とても聡明で思慮深い女性です。しかし、覇気がなく、自分の考えややることすべてに自信を持てません。
夫婦仲もうまくいきません。社内恋愛で夫から熱心に求愛されて結婚したものの、活発で社交的な夫にはついていけません。A君が高校に行けなくなった時、子どものことを相談しても、夫はいずみさんの考えすぎだからと、話をよく聞いてくれませんでした。今回も、夫に言うと息子を叱ってしまい、かえって状況は悪くなります。だから、今回のA君のことも、あまり詳しくは夫に伝えていません。
いずみさんは、人に打ち明けたり、相談することがとても苦手でした。それは、いずみさんの子ども時代にまでさかのぼります。いずみさんにはとても優秀な兄がいました。兄は家族やまわりの人たちの注目を集め、いずみさんは兄の陰で小さくなっていました。親はいつも兄のことを構って、いずみさん自身はあまり構われた思い出がありませんでした。その兄は目指していた大学受験に失敗してから反抗期が始まり、それまでとても良かった親と兄との関係が悪くなりました。その中で、妹のいずみさんは小さくなって嵐が過ぎ去るのを耐えていました。
結婚して母親になった今でも、他人に対してはっきり自分の意見を主張する経験がほとんどありません。娘は親が何も言わなくても元気に活動しています。しかし、いずみさんの兄の経験もあり、親は息子にどう接したらよいのかわからなくなってしまいました。

私は、いずみさんにいくつかのことを提案しました。

  1. 息子のひきこもりは母親の責任ではないことを、強調しました。もちろん、思春期の子どもの成長に、親の影響は少なくありません。しかし、親が自分の失敗だと落ち込んでいると、戸惑っている子どもに何も関わることが出来なくなります。大切なことは、過去を反省するよりも、これから何ができるのかを具体的に考えることです。
  2. 本人をカウンセリングに誘うように提案しました。今まで、いずみさんがこちらに相談に来ていることも、A君には伝えていません。そんなことを言ったら「余計なことをするな!」と怒り出すのが怖かったからです。私からは、失敗してもいいから、母親からA君に働きかけてみるように強く勧めました。
  3. ご主人と夫婦で相談に来るように提案しました。しかし、いずみさんはあまり乗り気ではありません。夫は仕事が忙しく、一緒に相談に行こうと言ってもOKしてくれるか自信がありません。それに夫はソトヅラが良く先生の前では立派なことを言うと思います。でも家に帰ると何もやってくれません。それに、いずみさんは夫と話し合っても、いつも言い負かされて、結局は夫の思い通りになってしまうので、本当は夫とはあまり話し合いたくないという気持ちです。私はいずみさんのその気持ちを良く受け止めました。いずみさんのおかれた状況であれば、そう感じるのも当然でしょう。いずみさんは、最後に、でも頑張って夫を誘ってみますと決心してくれました。
  4. ご夫婦で話し合う時間を確保するように提案しました。相談にいらしたご主人は、いずみさんの語るご主人像とは異なり、家族のことを心配する優しい方でした。彼もA君のことでは悩んでいました。しかし、母親と父親で考え方が異なります。父親はA君にもっと働きかけるべきと考え、母親は悩んでいるA君を刺激せずに、自ら動き出すまでそっとしておいたほうが良いと考えます。そのことを夫婦で十分に話し合う時間も持てず、仕事で家族と接する時間が限られているので、普段接することが多い妻に子どもたちのことは任せざるを得ません。しかし、夫婦仲が悪いわけではありません。単によく話し合う時間とその動機づけが足りないだけでした。
     私からは夫婦だけの時間を確保するように、そして夫からいずみさんを誘い出すように提案しました。幸い、おふたりともお酒が好きで、子どもが生まれる前は、よく近所の居酒屋に飲みに行っていたそうです。その習慣を再開するように提案すると、いずみさんはイヤな気持ちになりました。また夫が飲み過ぎて調子に乗り、まわりの人に迷惑をかけ、恥ずかしい思いをするからです。夫も、嫌がる妻を説得してまで行きたくありませんでした。しかし、先生からのアドバイスならやってみますと、ご主人は乗り気でした。
  5. いずみさんに「ひきこもり脱出講座」に参加するよう提案しました。いずみさんは人前で話すことが苦手です。この講座が参加者同士の交流もあるということをお伝えすると、参加したくないと尻込みされましたが、私の方から強くお勧めしました。

 その後、いずみさんはみるみるうちに親としての自信を回復されました。そして、A君のひきこもりも解決しました。

 「ひきこもり脱出講座」で、当初いずみさんは自分の気持ちを語ることが出来ず、自分の順番が回ってきてもパスしていました。他の参加者たちの話を聞いているうちに、A君ととても似ている家庭が多いことに気づきました。今までは、こんなに悩んでいるのは私だけだと思い込んでいましたが、実はそうではなかった、同じような悩みを抱えている人たちの話を聴けて、気持ちがとても軽くなりました。講座は3週間おきに6回シリーズです。前半はもっぱら聞き役だったいずみさんも徐々に元気を取り戻し、後半には自ら進んで気持ちを語るようになりました。

 いずみさんはご主人と共に相談にいらっしゃいました。父親はA君のことを心配しつつ、父親は何ができるかわからずにいましたが、父親からの働きかけも大切であることを私からお伝えし、いずみさんも夫が関わってくれると助かると言いました。父親は、会社で人事を担当している昔からの友人に相談して、A君を会わせるようセッティングしました。

 A君も相談にやってきました。始めは、親に説得されてきただけで何も話すことがないと言っていましたが、回を重ねるにつれて、前に進みたいけど怖くて動けないこと、すぐ怒り出す父親が大嫌いで、ウジウジしている母親を見るとムカつくことなど、A君の本音をよく語ってくれるようになりました。

そして、ついにいづみさんは息子のA君に対して、今までやらなかったような関わりを達成できました。
「今のままではダメでしょ。しっかり大学に行き、就職活動もやりなさい!」
今まで、そこまで息子に伝える自信がありませんでした。イラついて、文句を言うA君に太刀打ち出来ず、気持ちを引っ込めていました。母親から突然そう言われたA君は何も言わず、黙っていました。そして、その翌週から大学に行くようになりました。そして、A君はそれまで避けていた大学の就職課に行って情報を集めることもできるようになりました。いくつかの失敗の後に、無事に就職先が見つかり、卒業して、社会に巣立っていきました。

さて、以上の話をまとめてみましょう。
これは、前に進む自信を失っている息子に対して、親が自信を回復して子どもに前に進むためのエネルギーを与えることが出来た事例です。いくつかのポイントがあります。


  1. いずみさんは、今まで胸の内にしまっておいた息子のこと、そして夫婦のことや実家でのことを相談できました。始めは家の恥は話したくないと躊躇されていましたが、私に語ることができました。そして、ひきこもり脱出講座の中で、他の参加者たちにも自分の気持ちを開くことが出来ました。そのことだけで、いずみさんはだいぶ自信を回復できました。
  2. いずみさんが子どもに関わる自信を失った経緯について整理できました。息子に言うべきことをはっきり言えなかった背景には、1)夫のパワーに圧倒され、夫に言いたいことを言えなかったこと、2)息子の問題は母親のせいだと思い込み、自分を責めていたこと、3)子どもの頃は一番下のきょうだいとして兄の陰に隠れ、親から構ってもらえず、おとなしく周りに従っていたこと。これらのことが関係しているんだということにいずみさんは気づきました。
  3. 私の方から具体的なアドバイスをお伝えしました。
  4. そして、いずみさんは認めてくれる人を得ました。
    a) まず、カウンセラーである私がいずみさんの努力をよく労いました。
    b) そして夫さんもいずみさんの気持ちを深く理解できました。もともと仲の良い夫婦で、妻の気持ちも理解はしていたのですが、夫は忙しく、妻にそのことを伝えるチャンスが得られませんでした。今回、夫婦ふたりの時間を持つようになったおかげで、夫の気持ちを妻に伝え、妻の気持ちも夫に伝えることができました。
    c) また、「ひきこもり脱出講座」の参加者たちがいずみさんを支えてくれました。参加者たちはみな同じような経験を持つ当事者たちです。私にはできない、同じ目線からお互いの気持ちを理解し合うことが出来ます。そのことが、いずみさんの気持ちをとても楽にしました。

2017年1月20日金曜日

自信の回復


新しい年を迎え、私の今年の目標は

「自信回復」

にしました。

それは、私自身のことでもあり、クライエントさんを支援する目標でもあります。

まず私自身のことをご紹介します。

昨年、私は自信を失いました。

私は診察の他にも、学会の仕事をしています。
昨年の後半に、今まで長い間、なにげなく普通にこなしてきた仕事を大失敗してしまいました。
その時は、いったい何が起きてしまったのかよく理解できず、相手方の問題だろうと思っていたのですが、落ち着いてよく振り返ってみると、どうも自分に問題があったことが見えてきました。

なぜ、私はあんな失敗をしてしまったのだろう?
後から考えてもよくわかりません。
とても、自信を失ってしまいました。

自分は仕事をこなす能力がなかったのかしら?
なぜ、今まで普通にこなしていたんだろう?まぐれだったのだろうか?
本当は何もわかっていなかったのかもしれない?
自分は学者に値しない人間なのかもしれない。
いや、医者としても、社会人としても、ダメな人間なのかもしれない。。。

そんな疑問が頭の中をくるくる回り始めました。
すると、今まで当然こなしていた仕事ができなくなります。
やろうとしても、立ち止まり、前に進められなくなりました。

今までは、自分に自信があるか否かなどと考えもしませんでした。
自信を失ってみて、今まではそれなりに自信があったのだということに気づきました。
でも、それは上辺だけの自信だったのでしょう。

自信があれば、困難に向き合い、なんとか前に進むことができます。
自信を失うと、単純なことでさえ遂行できなくなります。

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クライエントの方々も、同じような状況にあります。
自信を失い、立ち止まってしまいます。

思春期は、厳しい成長の坂を登っていかねばなりません。
時に若者たちは、人々と交わり、前に進む自信を失い、立ち止まり、ひきこもります。

その親も、子どもに接する自信を失い、何も言えなくなります。
子どもにどう接したらよいのか、何と言ったらよいかわからなくなります。
その結果、腫れ物に触れるように、子どもに接して、家族のコミュニケーションを失ってしまいます。

若者がガス欠になり、前に進めなくなった時は、前に進むためのガソリンを補給しなくてはなりません。
自分自身で鼓舞したり、
まわりの人からプラスのエネルギーを補充します。
親のエネルギーは、特に大切です。

しかし、自信を失った親はそれができなくなります。
今、親が何かを言うと、子どもにとって悪い結果になるのではないか、
下手に口を出すと、子どもを傷つけ、自分の部屋に完全に閉じこもってしまうのではないか、
親と全く口をきかなくなるのではないか、、、
と心配します。

親の自信喪失の根底には、失敗体験が隠されています。
親として、失敗してしまった。
うまく関わる自信がない。
そのようなマイナスの体験を引きずっています。

たとえば、ひきこもり始めたころ、親の心配やイライラを子どもにぶつけてしまいました。
不安やイライラは、マイナスのエネルギーです。
子どもは、プラスのエネルギーがあると前に進めますが、マイナスのエネルギーが注入されると、かえって悪くなってしまいます。
その結果、親が何を言っても効果がないどころか、かえって状況が悪くなり、親は何も言ってもダメだと自信を失い、何もできなくなってしまいます。

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私の話に戻しましょう。
私は、昨年失った自信を、今、回復しようともがいています。
恥を忍んで、その具体的な過程をご紹介します。

第一に、失敗したことを、私のスーパーヴァイザーに相談しました

カウンセラーは、定期的に先輩格のカウンセラーに会い、難しい仕事やクライエントのことを相談します。これをスーパーヴィジョンと言います。

私のスーパーヴァイザーは私の失敗談を批判せず、丁寧に聞いてくれます。話しているうちに、今まで気づかなかった側面が見えてきました。

第二に、問題を整理しました
スーパーヴァイザーは黙って聞いているだけではなく、具体的にアドバイスしてくれます。
今までのプランAばかりでなく、こういう手もあるよと、プランBやプランCを提示してくれます。
私も、プランBやCも知ってはいました。でも自分には使えないなと思い込んでいました。改めて他者から指摘されると、思い切って試してみようかという気持ちになります。

第三に、失敗した仕事に、再びに挑戦しました。
プランBは慣れていないので、はじめかなり勇気が必要でした。
とりあえず、やるべきことはやりました。でも本当にこれで良かったのかどうか、まだ結果が出ていないのでわかりません。

第四に、それをまたスーパーヴァイザーに持ち帰り、やり方を検討します
これはまだやっていません。これからの仕事です。
これで良かったのか、良くなかったのか、自分だけではどうにも判断できません。
というか、「これで良いよ」と自分で認める自信もないので、誰かからそう言ってもらいたいのかもしれません。

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さて、子どもに関わる親は、どうやって自信を取り戻すのでしょうか?

どうやって、腫れ物扱いではなく、自信を持って子どもに関わるようになれるのでしょう?

1)まず、そのことを自分だけの胸の内にしまっておかず、誰かによく話します。
心の中にしまっておいたら、解決の糸口を見出せません。
まず、外に出すことです。
誰かと話している中で、自分でも気がつかなかったことが見えます。

2)なぜ自信を失ったのか整理します。
よく話し合っていると、自信を失った背景が見えてきます。

今回の失敗の背後には、過去の失敗体験が隠れていたりします。
たとえば、子どもが小さかった頃の失敗体験、
夫婦間で意見が違うためにうまく関われない、
親自身の子ども時代の体験、、、などなどです。
そのようなことが見つかると、ああ、だから私はこう考えていたんだと、過去と現在が繋がります。
今までわからなかったことにガッテンがゆき、気持ちが楽になります。

3)具体的な指針・アドバイスを求めます。
今までのプランAとは異なる、プランBやプランCを見出します。
ひとりでふだん接していると、違うやり方がなかなか見つかりません。
プランAがうまくいかないと、まだ不十分だからもっとやらなければと、さらに強度を上げてプランAAをやってしまいます。

そういうときは、思い切って別のやり方が有効です。
そのためにも、ひとりで取り組まず、別の意見を取り入れます。

4)そして、認めてくれる人が必要です。
本当に、これで良かったのでしょうか?

子ども自身もよくわかりません。
親としても、こう関わってしまって、良かったのか、わかりません。

本人だけでは判断できません。まわりから見てどうだったのか、という意見が必要です。

子どもは、親に認められます。
親も、これで良いんだよと認めてくれる誰かが必要です。

親にとって、一番大切なことは、あきらめずに、子どもに関わり続けることです。
そう簡単に成功体験は得られません。
何度も失敗した末に、成功します。
就職活動と同じです。

失敗したら、多少、軌道修正して、また挑戦します。
それを、何度も、成功するまで繰り返します。

しかし、これをやり続けることは、相当なエネルギーが必要です。
ひとりだけで親役割を遂行しようとしても、途中でめげて、やる気を失ってしまいます。

もう、私はなにもできない。。。
もう、勝手にしろ。オレは知らん、、、

そのような時は、親自身を支えてくれる誰かを求めます。

2017年1月12日木曜日

私自身の幸せ論

みなさんは、ふだん、自分は幸せだなぁと感じているでしょうか?
あるいは、その逆に自分は不幸だ、幸せでないと感じているでしょうか?

多分、そんなことは考える余裕もなく、毎日を過ごしていらっしゃるのではないかと思います。
私自身も同様です。自分が幸せか、幸せでないかなんて、考えても仕方がない、そんなこと思ってもいない。細かい悩みや問題はたくさんあるけど、とりあえず衣食住に困らず、ふつうに生活しているから、不幸とは言えないだろう、くらいに思っています。

普段の忙しさから解放されたお正月休みに、私にとっての幸せってなんだろうと考えてみました。

私の話の前に、興味ある調査研究をひとつご紹介します。
ハーバード大学では、700名以上の人生を生い立ちから老年期まで75年間の長い間、追跡調査して、人の幸せに最も貢献しているのかを明らかにしました。その内容は下記のサイトをご参照ください。

https://www.ted.com/talks/robert_waldinger_what_makes_a_good_life_lessons_from_the_longest_study_on_happiness/transcript?language=ja#t-562180

この研究では、一体なにが人々に幸せをもたらすのかについて明らかにしています。
その答えはとてもシンプルです。

富や名声ではありません。
私たちを幸福にする最も大きな要因は、良い人間関係を築いているかということです。
それも、量より質が大切です。多くの人々と関係を持っていることよりも、数は少なくとも親密な良い関係が一番大切です。

大切な人との人間関係は心ばかりでなく身体の健康にも良い影響を与えます。
家族、パートナー、 友達など、大切な人と深く、肯定的に繋がっている人ほど幸せを感じるばかりでなく、身体も健康で、より長生きします。

その逆に、孤独は心と身体の健康に害を及ぼします。幸せを感じられなくなるばかりでなく、脳の衰えが早まり、寿命が短くなります。
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科学者や芸術家たちは、幸せについてさまざまな思考を巡らせています。「幸福」に関する書物はたくさんあります。
しかし、「幸せ感」はあくまでその人自身が抱く主観的な感覚です。
有名な人の考えや研究は参考にはなりますが、結局、自分の幸せ感は何なのかということを各人が見出さねばなりません。様々な考え方・感じ方があるでしょう。

私が、一番幸せを感じるのはどういうときか、考えてみました。
私の考えは、上の研究によく似ています。

私にとっての幸せとは、、、一言でいえば、関係性です。

大切な人がそばにいて、その人が小さな幸せを達成した時、そしてその幸せに自分が多少でも貢献できた時に、私は大きな幸せを感じます。

ここでは、「小さな幸せ」と書きました。
それは、日常の些細なことでも構いません。
今までよりも少しだけ良い方向へ変化することです。

たとえば、入学試験や就職活動が上手くいった時など、とても大きな喜びを感じます。
でも、その学校や会社に居る間、ずっと幸せを感じているわけではありません。そ
れが当たり前になるからです。

同様に、結婚する時、とても大きな幸せを得ます。
しかし結婚生活を続けていることは、幸せより、むしろ苦労が多いものです。
関係がうまくいっているラッキーな夫婦は、日常生活の中に小さな幸せを見つけるでしょう。
大切な人を亡くした時も同様です。
喪失の深い悲しみは、一緒に居た時が幸せだったという思いの裏返しです。
その幸せを失うと、悲しいのです。

先日、娘の成人式がありました。娘の成長した振袖姿に、私は思わず涙してしまいました。
日常生活では見失っていた娘の成長を、振袖姿で確認できた幸せの涙でした。

昨年亡くなった私の父親は終末期を家庭で過ごしました。いわゆる在宅ホスピスです。
不治の病が戻らないことは父自身も理解していました。
在宅入浴サービスを利用して、久しぶりにお風呂に入りました。
「はぁぁ、気持ち良いなぁ」
とほっとした父の幸せの一言が、私や家族を幸せにしました。

私が6年前に大学を早期にやめて、開業した理由のひとつが、フルタイムの臨床医としてもっと多くの人たちを支援したいと思いました。
大学で教えるよりも、精神科医の方が私自身の特性を生かして人々の幸せに直接貢献できると考えました。

クライエントさんたちは、悩みや問題を携えて相談にやってきます。
それは、自分自身の問題であったり、大切な家族の問題であったり、様々です。
そのような方々と、まず私は安全な関係性を築きます。
クライエントさんにとって私が大切な人になれるよう、私の気持ちを注ぎます。
クライエントさんとの関係性をしっかり作ること自体が、私の小さな幸せのひとつです。

そして、私が関わらせていただく中で、クライエントさんの問題に良い変化が起きた時、
私はもっと幸せになります。
それは、根本の問題が解決した大きな変化であったり、
あるいは根本の問題はそのままだけど、少しだけ状況が前に向かう小さな変化だったりします。
はじめ悲壮な表情でいらした方が、何回かお会いする中で、微笑みを浮かべて帰られるようになった時に、私は支援者としての幸せを感じます。

関係性は両刃の剣です。
幸せの源泉になることも、不幸の源泉に成ることもあります。
関係性のために苦しみ、健康を損ねたり、命を奪われることさえあります。

関係性が閉ざされた状態が孤独です。
関係性の痛みを回避するために、人との関わりを閉ざすのがひきこもりです。

孤独は健康に大きな害を及ぼします。
心や身体の健康を損ね、命を縮めます。

孤独に比べると、大切な人のために悩んだとしても、関係を持てるということ自体が幸せの芽なのかもしれません。
関係の力を使って、マイナスをプラスに転換できる可能性を秘めています。そのお手伝いをさせていただくのが私の幸せです。
家族に問題が起きなければ、それほど関わる必要のなかった家族(親子や夫婦)が一緒に相談に来ることは、たとえその内容が不幸につながることであっても、真剣に語り合うこと自体は小さな幸せなのかもしれません。

2017年1月6日金曜日

私自身の子育て論

私には子どもが3人います。
長男は22歳で大学院1年生、長女が20歳の大学2年生、次男が18歳の高校3年生です。
三人とも、成功と失敗を繰り返しながら、それぞれの道を前に進めだり、立ち止まったりしています。

長男は昨年の就職活動が思い通りにいかず、次善の策として大学院に進みました。
彼は4年前の大学受験も第一志望が叶わず、浪人するか悩んだ末に、浪人せずに第二志望の大学に進みました。

長女は日本の高校を卒業した後に、海外の大学で学んでいます。果敢に挑戦したのは良かったのですが、異文化の中で勉強も友人関係も思うようにいかず、悩みが絶えません。
親にとっての幸いは、困ったことがあると、インターネットを通じて父親の私に連絡してきます。海外にいる娘との距離が一番遠いのですが、心理的な距離は一番近いです。
息子二人は距離的には近いのですが、親とは会話したがらず、気持ちの距離は遠いです。

次男は大学受験生です。
著書「ひきこもり脱出支援マニュアル」のあとがきにも書きましたが、私は親としてこの子が一番心配です。
自信を持って自分の道を選べるだろうか。
その道を歩んで、幸せをつかめるのだろうか。

親が子どもを心配するのは、子どもの力を信じていないからです。
過剰に心配せずに、子どもの底力をを信じなさい!

これは、私がよくクライエントご家族にお伝えするセリフです。
人さまの家族のことは客観的な視点からアドバイスできるのですが、自分の家族のこととなると理屈が役に立ちません。
頭では理解しても、気持ちがいうことをきかず、どうしても心配してしまいます。
逆に言えば、私自身が子どもを見つめる不安や葛藤をとおして、クライエントご家族のお気持ちに共感しているのだと思います。

ふだん家を離れて生活している上の二人も年末年始には帰省し、久しぶりに子どもたち3人が揃いました。
しかし、それも束の間、長男は昨日旅立ってゆきました。
再び3人が揃うのは早くても一年後でしょう。

〜〜〜

進学や就職、学校への適応、友人関係、、、。
青年期は誰でも試行錯誤の繰り返しです。
成功して、自分の思い通りの道、そして家族の期待に叶う道を進む経験をしたり、
失敗して、思い通りの道が閉ざされたり、まわりから否定的に評価され、ショックで自信を失ったり。
その度に、親は安心したり、心配したり。
親である私自身の気持ちも荒波の小舟のように大きく揺れます。

父親の私は、成長しつつある子どもたちに何ができるんだろう?
父親として子どもにどう関わり、どう育てようとしているんだろう?

改めて自問しても、はっきりと答えられません。
親は、子どものことを思えば思うほど、どうしてよいかわからなくなり、悩みます。

敢えて、考えてみました。私が父親として心がけていることは何だろうか?

〇親の期待は押し付けない。
よく「先生のお子さんもお医者さんの道を進むのですか?」と知人から尋ねられます。
3人とも医者や医療系とは全く別の道を進んでします。
医者は社会的に認められ、収入も良く、とても良い職業とされています。
私の友人医師たちの多くも、子どもに同じ道を勧めます。
私としても、子どもたちが自分と同じ道を進んでくれたら、きっと嬉しいと思います。
しかし、私は敢えてそのことは触れないようにしてきました。
子どもたちには、幸せになってほしいと強く期待しています。
しかし、子どもたちがどの道を選択するかは、本人に決めさせたいと思います。

その根底には、私と私の父親との関係があります。
私の父親も、そのように私に接していたと思います。
子どもの将来を期待してくれましたが、具体的な道は示しませんでした。
中学・高校生の頃、私は将来どうするか、悩みながらどうにか自分自身で答えを出そうとしていたと思います。
自分で決めたい。親にはさしずされたくない。
自分の意思決定に自信はありませんでしたが、親に決めてもらいたくない。
今から考えれば矛盾していますが、そんな風に思っていました。

〇放置してはいけない。
親の期待を押し付けない
ということは、
親が子どもに期待しない
ということではありません。

君の自由にしなさい。なんでも好きなことをやれば良い。

という言い方は、良さそうにも思えますが、そうではありません。
目を離してしまったら、それは「放置」になります。
子どもが自分の力で試行錯誤する様子を、しっかり見守りたいと思います。

私は大学時代にアメリカン・フットボールをやっていました。
アメフトはルールがわかりにくいとよく言われますが、ひとつのプレーが短く、頻繁に作戦タイムがあります。
通常は、選手たちが円陣を組み、次のプレイを決めますが、サイドラインにいるコーチから伝令を飛ばすことも可能です。
プレーコールの度に、頻繁にコーチから指示が来ると、選手たちは自分の意思でプレイできず、やる気を失います。
かといって、コーチが知らん顔をして自分たちのゲームを見てくれていないと、選手たちは不安になります。
自分で進む力があるときは、自分の力を試したい。
しかし、どうしようもなく行き詰ったらコーチの力を借りたい。
アメフトの選手として、そんな気持ちでした。

〇承認を与える。
第一・第二志望に失敗して、第三志望に合格したり。
成績がAやCではなくBであったり。
100%の成功ではなく成功と失敗が半分ずつといった状況に若者たちはよく遭遇します。
例えば「7割の達成」を成功とみなすべきか、失敗とみなすべきか、当事者である若者はよくわかりません。
そのような時は、敢えて「7割でも、成功だよ!」と親から最大の承認を与えます。
そのようにして新たな体験に「成功」というラベルを付与することができます。
成功体験によって自信を獲得して、次も挑戦できるという希望とやる気につながります。

〇安全基地を提供する。
アメフトの試合では、敵に攻め込まれ、打つ手がなくなることが時々あります。
何をやってもうまく行かず、頭の中が真っ白になります。
軽いパニック状態です。
そのような時は、タイムアウトをとり、いったん休憩して水分を補給します。
そして、コーチからの指示を得ます。
進む方向を見失ったときは、コーチからの一言が頼りです。何でもよいから、とりあえず進むべき指針を求めます。

子どもたちが強気でがんばっている時、私はそのやり方に疑問を持っても、敢えて口を挟まず見守ります。人生経験の豊富な親から見れば、もっと効率良いやり方があるだろうと口を出したくなるのですが、敢えて黙っています。
しかし、失敗が重なり、やる気を失った時は、「今まで頑張って来たから、少し休みなさい」とアドバイスします。
ここで休んでしまうと、二度と復帰できなくなるのではと、子どもは心配します。その時は、「そんなことはない、休憩して力を蓄えたら、また頑張れるよ」と安心を与えます。

私は、このようにして、子どもたちに接したいと思っています。
しかし、それと同時に、綺麗ごとを書いているようで、どうもしっくりきません。
理屈では上記のとおりなのですが、実際にはそううまくはいきません。
子どもたちに言わせれば、多分、「パパは子どもに任せるとか言って、ほったらかしでしょ!」と言われそうな気がします。(現に、娘からよく言われています:笑)

親は子どもにどう関わるのか。

親が子どもに何をできるのか。

考えれば、考えるほど親のあり方は難しいものだと、改めて実感します。