2018年10月16日火曜日

落ち込んだ時に観るべき動画

SNSには時々、とても良い記事が流れます。
それらは、多くの人にシェアされて、世界中を回っています。
この動画もその一つです。

もしあなたが落ち込んだら(Facebook版)

もしあなたが落ち込んだら(Instagram版)

Facebookやインスタグラムをやっていない人でも見れるはずです(両者とも同じ動画です)。

Sivarama Swamiはハンガリー生まれのスピリチャル・リーダーです。
私もこの動画を見るまで知りませんでした。

直訳ではなく、私の考えも加えながら意訳してみました。

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「うつ病」とか「メンタルが弱い人」というと、何かその人が持っている属性のように扱われます。

  • あの人は、うつ病だから、、、
  • 私はメンタルが弱いんです、、、

世界中の多くの人が、このような見方をします。

しかし、それは考えすぎです。
誰もが経験する感情体験がそうさせているだけであり、その人が正常(健康)か病気かという話ではありません。
プラスの感情(幸せ感や自信など)は問題ないのですが、マイナスの感情はとても痛いものです。たとえば、

  • 失敗による自信喪失・自己否定、
  • 大切な人を失う悲しみ、
  • 大切な人から拒絶された怒りや孤独などです。

そういう辛い状況になるのではないかと予測することが「不安」であり、
そうなってしまった痛い気持ちを抑えて感じなくしようとするのが「うつ」です。

うつや不安になると、将来のことを悲観的に思い、自分はダメな人間で、これからもずっとダメな状況が続くだろうと、暗い予測を立てます。

心が元気な時は、そんなことはない、長い人生の中で状況は四季のように移り変わるし、マイナスの時期やプラスの時期があるだろう、という風に考えることが出来ます。
しかし、うつ・不安の時はそう考えられなくなってしまいます。

感情は生活体験の結果に過ぎません。
人間は感情を受け取る器(うつわ)のようなものであり、器じたいが良いとか悪いとかではなく、そこに入っているコンテンツがマイナスだったりプラスだったりするだけです。

痛い体験=自分自身

と、体験を自己に同一視するのはやめましょう。
体験は移り変わります。寒い冬の次には、心地よい春が巡ってきます。
人間は、移ろう生活体験を超越した、大切な存在です。
ものを見るレンズを変えれば、見方も、世界も変わります。

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だいたい、こんな意味です。
さらに、私の考えを加えると、

このように感情と自分自身を切り分けるためには、誰かそれを見守る人が必要です。
友人でも、家族でも、先生でも、カウンセラーでも、宗教家でも構いません。
自分の痛い感情を吐き出し(表現して)、器からコンテンツ(内容物)を出してみます。その姿を誰かに見せて、そうだね!と承認してもらえると、自分の体験や感情を相対化・客観視できるようになります。
そして、感情体験にブレない、確固とした自分を獲得します。

2018年10月12日金曜日

セラピストも変化し成長し続ける

先日の学会に初めて参加した若いセラピストからメールを頂きました。

学会のシンポジウムで先生のお話を聞き、Person of the Therapistでしたでしょうか、セラピストも常に変化し成長し続ける、それを恐れずむしろ楽しむような先生の姿勢に触れることができたように思います。

ありがとうございます。
とても良く私のことを理解していただけたと思います。

自分が得てきたものを手放し、自分を見失い、変革を求められることは、ある意味とても怖いことです。
しかし、心の支援者が成長するプロセスにおいて、初学者としてひととおりの理論や技法を使えるようになった後は、自分自身の内面に向き合い、自己の体験から得た人間性をどうクライエントとの関わりに生かすかという視点が重要です。
このことは心の支援者に限らず、すべての人にとって大切なことだと思います。

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セラピストの変化・成長とはどういうことでしょうか?
たとえば、私自身の例をご紹介しましょう。

人は自分が肯定されないと、つまり「善きもの」と認定されないと、生きていけません。
そのために一生懸命、自分を磨き、自分は善き存在であることを証明しようとします。
そうすれば、人とも向き合うことが出来ます。
自分を肯定し、相手も肯定できます。
それは、
・自分を良く見せるための鎧
・自分のアイデンティティ
・自分のプライド(自尊心)
・自分が一番大切にしてること
などと言い換えることもできるでしょう。

私は長い間、成績が良いこと、エリートであることを、自分のプライド(自尊心)、つまり私がOKであることの根拠にしてきました。
自分で言うのもなんですが、私は小中高時代に勉強がよく出来ました。偏差値も高かったです。
大学に行くと劣等生でした。何度も追試験を受けて、やっと卒業できました。しかし、それは国立医学部というエリート集団の中での話です。自分の鎧が傷つくことはありませんでした。

医学部を卒業してから、自分の専門を決めます。優秀な仲間たちが行く内科や外科といったメジャーな診療科に進む自信はありませんでした。精神科は比較的マイナーな分野でそれほど人気はありませんでした。私が精神科を選んだのは様々な理由があるのですが、これも理由のひとつだったと思います。

大学5-6年生(22-3歳)の頃、3歳年下の女性と付き合いました。地元(茨城の田舎)のレストランでバイトしている高卒の女の子です。私が初めて深く付き合った女性で深く愛し合い、卒業したら北海道に移住して医者をしようかなと考えていました。なぜなら彼女は馬がとても好きだったからです。
そのことを大学の先輩に相談したら、「田村、彼女はヤバいぞ!」と言われました。何がヤバいのかよくわからなかったけど、当時の私は自分の選択に自信はありません。その後しばらくして彼女と別れました。
何人かの女性を経て(10代の頃はさっぱりでしたが、医者になった20代は女性からもてました)、高学歴で、英語が私よりも上手な妻と結婚しました。
そして子どもを3人つくりました。

人は小さな世界(家族)で生まれ、成長し、思春期になると大きな世界(社会)に船出して、自分のポジションを見出します。

青年期の頃、私は大きくなりたい、より大きな世界に出て行きたいと思っていました。
海外に飛び出し、多くの人々と交わり、多くの人から賞賛を受けて、お金持ちになり、立派な家族を作りたかった。そのためには「エリート」で、人よりも抜きん出ることが有利だと考えていました。

私の高学歴志向は、家族のレガシー(遺産)でもあります。
私の父親も母親も昭和一桁生まれで、7人きょうだいの中ほどでした。両親とも数多いきょうだいの中では一番勉強が出来て、名門と呼ばれる大学を卒業しました。父親は東京大学、母親は神戸女学院です。そんな二人の属性がマッチングされ、お見合いで結婚しました。学歴レガシーはそこから生まれました。
両親の実家自体は学歴など無頓着な商家でした。その地域(群馬と愛媛)では比較的大きな商家だから、その時代背景における優位なポジションという意味では両親以前の世代にさかのぼるレガシーであったのかもしれません。
いずれにせよ、私個人の家族の歴史から生まれたちっぽけな価値に過ぎません。

私は自分を善き人として成り立たせているもの(自尊心)は、人と比べ、より優れていること、専門職(医者で大学教員で)として多くの人から承認されていることだと、ずっと思ってきました。
良いポジションを得ることと、幸せになることはあまり関係がないはずなのに。
社会が貧しかった時代は、良い社会的ポジションが幸せの必要条件だったかもしれません。しかし、豊かになった今の日本社会ではほとんど関係ありません。心理臨床の現場では、良いポジションを得ながら幸せになれない人々にたくさんお会いしています。

私は最近両親を見送り、自分の年齢(ライフサイクル)のことを考えるようになりました。還暦を過ぎ、会社勤めの友人たちはリタイアの時期が近づいています。
人は小さな世界(家族)に生まれ、鎧と武器を携えて大きな世界(社会)に居場所を見出します。そして、年齢と共にものを失い、小さな世界に戻っていきます。

・退職し、社会的役割を失います。
・身体(体力・精神力や健康)を失っていきます。
・子どもが巣立ち、親役割を失います。
・家族も失っていきます。

やがて小さな自分に戻り、孤独に耐え、亡くなるときはひとりです。
私は10年前に一番大切な妻を亡くしました。失くしたものは専門職として活躍する妻ではなく、親密で何でも分かり合える妻、育ち盛りの子どもたちの母親である妻でした。

その時に気づきました。
・私を成り立たせているものは、専門職として関わる社会の人々からの承認ではなく、身近で親密な人からの承認であることに。
・それは、パートナーからの承認であり、老いて亡くなるまで息子である私を見守ってくれた両親からの承認であることに。
・家族からの承認という安全な母港があったから、私はソトの世界に船出できたのだと思います。

人より優れ、自分の有能さを示すための専門職プライドは意味を持たなくなりました。
私にとって一番大切なものは、自分のすべてを(弱いところも、恥ずかしいところも)伝え合い、何でも分かり合える親密な人です。若い頃も、それが一番大切だったのですが、当たり前すぎて、そのことに気づきませんでした。失って、初めて気づきました。

それでも専門職であることは誇りに思います。退職年齢を過ぎても、体力と気力が続く限り仕事を続けられます。
頑張って高機能の鎧を手に入れて、大きな世界(社会)から賞賛を得ても、小さな世界(親密な愛着関係)から承認を得られず苦しんでいる人たちの気持ちがよくわかります。なぜなら、それは自分自身の姿でもあったからです。

そういう人たちの苦しみをどうやって解放するかというと、
まず私自身が、彼らの小さな世界に入り込みます。そして、
1)私が承認を与える場合もあるし、
2)身近な人同士(愛着対象であるはずの人)がお互いに承認を与え合えるコンテクスト(文脈)を作ります。
結構むずかしい作業ですが、それをできること、それを後進の支援者たちに伝えることが私の専門職としてのプライド(誇り)です。

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長くなりましたが、これがセラピストとして、ひとりの人間として、変化し成長し続ける私の一例です。

私がエリートという自分の鎧を、それが必要でなくなる年齢まで崩さずに来れたことは、幸運でした。

逆に言うと、まだ鎧(自尊心)を必要としている時期に、それを失う痛手がどれほど大きいかということもよくわかります。特に、鎧の制作中である思春期・青年期にとっては致命的な痛手となります。
価値の喪失を受け入れ、そこ立ち直り、新たな変革を可能にするのは、その根底にある安全な母港の存在です。
このことも、自分自身の体験からよくわかります。

2018年10月9日火曜日

本音を言えると安心する

大切な人に本音を伝えることができると、とても安心します。

わかりやすい例をネット上のニュースから紹介しましょう。

<TBS NEWS>
日朝の大学生が交流、国交のない国で生まれた出会い (タイトルをクリック)

NGO主催プログラムを通して、日本と北朝鮮の学生が交流しました。
会う前は、お互いに不安でいっぱいでした。
国交のない国から来る人々なのに、大丈夫だろうか、、、
しかし、3日間、交流する中で、お互いの本音を語り合うことができました。
「会う前は不安だった」ということも、打ち明けました。お互いに同じ気持ちであることがわかりました。
すると、不安感が安心感に変わります。
3日後にはお互いに抱き合い、将来の再開を誓い合って別れました。

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家族や友人など、大切な人同士は気持ちを繋げます。
繋がっているからこそ、大切な人です。
ちゃんとつながるためには本音を伝え合います。
表(プラスの気持ち=喜び)だけでなく裏(マイナスの気持ち=不安・恐れ・悲しみ)でも繋がります。
すると、とても安心します。

日朝の学生たちはお互いに、「不安だったんだよ」と、マイナスの気持ちも語り合い、「自分もそうだったよ」と気持ちを受け取りあいました。
すると、それまでの不安が安心に転換されます。

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特に繋がる必要のない人(関係の遠い人)はどうでも良いのです。
繋がらなくても一向にかまいません。

自分にとって大切な人(家族や友人、仲間など)が、うまく繋がっていると、とても楽になります。自信が生まれ、前に進めます。
逆に、本来は大切なはずの人と、うまく繋がれないと、とても苦しくなります。

大切な人に本音を伝えることは、とても難しく、勇気がいります。
とても怖いことです。なぜなら、、、

・・・相手が理解してくれない不安。
・・・関心をもって聞いてくれず、スルーされる不安。
・・・拒否される不安。
・・・逆襲してくる不安。
・・・裏切られる不安。
・・・離れていってしまう不安。

これらの不安が渦巻くと、二種類の反応が起きます。

1)相手にしがみつこうとします。
・気持ちが焦り、何度もしつこく相手に言い寄ります。
・親は子どもに過干渉・過保護になります。
・夫婦間で、相手に無理やり伝えようとしてDVとなります。
・不安が怒りに転じて、暴言や暴力となります。
・好きだった人に執拗に迫り、ストーカーとなります。

2)あるいは逆に、相手から離れようとします。
・相手から話しかけられても無視して、コミュニケーションを閉ざします。
・相手を拒絶します。相手から逃げます。
・拒否されたり怒ることを恐れ、腫れ物に触れるように接します。何も言えなくなります。
・人との関わりを避け、ひきこもります。

(1)と(2)は一見逆の反応ですが、両者に共通しているのは、意図しなくても相手に不安を伝えてしまうことです。
すると、相手も同様に(1)しがみつくか、(2)離れようとします。
結局、両者の間でコミュニケーションの悪循環が生じ、ますますうまく繋がれなくなります。

ここまでいくと、当事者だけでは解決不能になります。
第三者の介入が必要になります。
第三者は、不安を抱えた当事者と関わり、安心の水を与えます。
当事者同士に安心感が生まれれば、安心の関わり合いの中で、本当の気持ちを伝え、相手が受け取ることも可能になります。このようにして、大切な人が繋がるお手伝いをします。

2018年9月28日金曜日

母親である私自身の相談でも大丈夫でしょうか?

あるお母さんから次のようなメールをいただきました。

先日、【思春期 やる気ない】で検索し先生のブログにたどり着きました。
2011.6.30付のブログ「やる気のエンジンの切り替え時期(=思春期)」に載っていた保護者の方々の相談内容に驚きました。幾つもの内容の全て、まさに息子の様子そのままです。先生の親と子のエンジンのお話、とても納得しました。その通りだと思いますし、そう心掛けて行動したいと思います。

今まで本や相談などで、こうしたら良い・こう考えたら良いという情報や助言をたくさん貰ってきたのですが、
【子どもの姿は、親の出来不出来の結果】
【子どもの姿は、親の通知表】
【私が上手に出来なかったから、子供が自己肯定感が低くやる気が無くなってしまったのだ】
という私自身の気持ちが払拭出来ません。この、私自身の問題が諸悪の根源ではないかと思うようになりました。
一般的な成長過程にある(と見える)我が子の相談ではなく、母親である私自身の相談ということでも大丈夫でしょうか?

ずいぶん前のブログを読んでいただきありがとうございます。
これは7年前に学校で講演した際、実際に頂いた質問です。

どうぞ、お母さん自身の相談としてお越しください。
子どもに問題があっても、お母さん自身の問題として捉えられているのは、とてもよく考えていらっしゃる証拠です。

しかし、ここには根本的な認識の間違いがあります。

お母さんが、問題(諸悪の根源)ではありません。

「お母さんに問題がある」という思考プロセス自体に問題があります。


「やる気エンジンの切り替え」のお話を理屈ではよく理解いただいたようです。
しかし、お母さんが実際にやっていることは、いまだに親のエンジンで子どもを動かそうとしています。

親のせいで子どもに問題がある。
という発想は、親が子どもの責任を取り続けているわけですね。
つまり、いまだに親のエンジンで子どもを動かそうとしているわけです。

思春期前の子どもに対しては、親はしっかり責任をとってください。
しかし、思春期以降になったら、親は子どもの責任を取らないでください。
子どもの問題に対して、親が責任を取ったら(親のエンジンを繋げたら)、子どもは自分で責任をとれません(自分のエンジンを試せません)。

そのお気持ちを切り替えることが大切です。

このお母さんは、実際に相談にいらして、次のようなお話をしてくれました。

実は私自身も若い頃、そういう時期がありました。
中学までは予習・復習をきっちりやって、成績が上がり、よい高校に進学しました。
しかし、高校に入ってから、一時期なぜかやる気を失い、勉強を全くしなくなりましたた。
大学受験もうまくいかず、一番入りたい大学は不合格でした。
でも、受かった大学に入ってからは気持ちを切り替え、なんとか卒業して、今に至っています。

ほら、そうでしょ!?
人は、人生のマラソンを走り続けているわけではありません。
時には立ち止まり、しばらく休む時期があるものです。
このお母さんは、現在お仕事で社会に貢献し、家庭では立派な母親として頑張っていらっしゃいます。
お母さん自身にも若い頃、エンジン切り替えの時期があったわけです。
さらに、次のように話してくれました。

子どもにはこうなって欲しい、良い生活をして欲しいという期待がどうしてもあるんです。
子供の成長を待つのが苦手なんです。

そのとおり、当然ですね。
すべての親は、子どもの幸せを願っています。
だからこそ、子ども自身の力で、幸せを手に入れさせてあげて下さい。
親の力で幸せを手に入れたとしても、それは本当の幸せではありません。
だからといって、親が子どもに何も言わず、子どもの成長を待つだけではいけません。
本当は言いたいのだけど、言うこともできず、待つ=子どもへ不安の眼差しを注ぎ続けているわけです。

しっかり、子どもに自分の責任を取らせてください。
勉強せず、ゲームの毎日で、努力せず、ダラダラしている、、、
そういう子どもに対して、
心配する親の眼差しを切ってください。
子どもへの心配を、心から追い出して下さい。
といっても親の気持ちとしては、なかなか出ていきませんから、身近な人に心配を受け止めてもらってください。
ご主人が一番良いでしょう。
友だちやカウンセラーでも結構です。

子どものエンジンは、必ず動き出す。
そのように、お子さんを信じてあげて下さい。
親は子どもを心配せず、自分自身の人生をポジティブに進めて下さい。

自分のせいで子どもがこうなった、、、なんて、親としてのご自身を否定しないでください。
もちろん完璧な親ではなかったでしょう。
ダメ親の部分もあったでしょう。
でも、ここまでちゃんと立派に子どもを育ててきましたよね。
そのように、親がご自身を肯定すれば、その姿を見ている子どもも自分を肯定するようになります。
そのようにして、子どもはゆっくりと自分のエンジンを動かせるようになります。

2018年9月26日水曜日

心の安心タンク

人は、心の中に安心のタンクを持っている。
その中に入っているのは安心感の水である。それは、自分は見守られている、大切な人に認められている(承認欲求が満たされている)といった確信的な感情である。

この水は、人間ひとりでは生まれてこない。大切な人から愛され、認められることにより、相手から与えられ、自身の心の中に生成される。親密な人との対象関係の中から生まれてくる。

水はたっぷりもらっているはずなのに、安心が生まれてこない場合もある。それは、愛情が安心色ではなく、不安な色に染められている場合である。対象の心のタンクが不安色だと、そこに注がれる水も、どうしても不安色になってしまう。

水が十分にあると、ひとりでいることもできるし、イヤな人とも交わることが出来る。ひとりでいても「孤独感」に苦しまず、ある程度は安心を保持できる。人からイヤなことを言われても過剰に不安になることはなく、きっと次は挽回できるはずだと期待をつなげられる。失敗してもめげずに何度も挑戦できる。何度かやっていればそのうち成功して、安心の関係を得ることができる。そうやって、水をさらに増やしていくことができる。

逆に、心の水量が減ると、不安感が増えてしまう。すると、(1)必死になるか、(2)諦めるかのどちらかに陥る。

1)足りていないという飢餓感から、必死になって相手にたくさん求め、時としてやりすぎてしまう。限度を超えて求めすぎると、相手は負担に感じ引いてしまう。すると、さらに輪をかけて求めてしまい、人にひっついていないと心配になり、依存的になってしまう。またルールをわきまえず求めるのでトラブルが生じたり、不安感が怒りに転じて攻撃的になったり、(男性に多いのが)暴力を振るったりする。

2)人を求め、安心の関係性を作るのは結構難しい。こちらからアプローチしても無視されたり裏切られたり、失敗することは多々ある。水のリザーブがあればある程度の失敗にも耐えて再挑戦できるが、水が底をついているときは、一度失敗すると不安になって苦しくなり、人を求めることをやめてしまう。怖くなって、人との関係性から撤退してしまう。

心のタンクの水量は子ども時代に決定するものではなく、一生を通じて増えたり減ったり、その時の天気(生活状況とストレス)と降雨量(親密な関係性)に左右される。

★例えば、幼児。
生まれた子どもは親(保護者)から愛情という水をたっぷり受け取る。無力な自分に対して、無条件の愛情を与えられ、この世に生きていて良いんだ、自分は愛されるべき、善き者なのだということを確信する。すると、安心して親から離れ、外の世界に飛び出して冒険できる。なぜなら、困ったときにはいつでも戻ってくれば良いという安心感を心に抱いていることができるから。
逆に、愛情の水をもらいそこなうと、心の中に安心が生まれず、必死に求めようとしがみつく。あるいは、諦めて無関心になる。
その結果、何らかの問題が生じると「愛着障害」と呼ばれる状態になる

★例えば、思春期の若者。
思春期前の子どもたちは小学校や家庭などに見守られた環境で生活する。
思春期・青年期に入ると、自立心が芽生え、ソトの世界に飛び出し、自らの力で新たな関係(愛着対象:友人や恋愛対象)を求めるようになる。
タンクに水が十分に入っていれば、多少はいじめられても、叱られても、傷つけられても、失敗体験にめげずに何度も挑戦し、100%とまではいかなくても60-70%程度の成功体験を必ず獲得できる。
タンクに水が十分に入っていないと不安感が先行してしまい、安心の関係をうまく作れない。傷つきに堪えることができず、自信を喪失し、ソトの世界への挑戦を諦めてしまう。その結果、不登校やひきこもりと呼ばれる状態になる場合もある。

★例えば、夫婦関係。
夫婦は最も親密な関係である。
夫婦間で相互の水を増やすことができるし、逆に減らすこともある。
夫婦は本音で気持ちを伝え合うことによって、真の親密性を獲得できる。
良いこと、表面的なことばかりでなく、辛いことや心の痛みも思い切って伝えると、本音で分かり合えた感覚を得る。深い信頼で結ばれ、私の本当の気持ちをわかってくれているんだ、大切にされているんだという温かい気持ち、守られた気持ちになる。このようにして、お互いの水を増やしていくことができる。

家族生活は仕事の負担、お金の心配、家事育児の負担、子どもの教育、親や親戚との付き合いなどなど、負担になることが山積みだ。本当の気持ちを伝え合おうとしても、上手く受け止められないこともたくさんある。心の水(安心感)が不足していると、伝える方はうまく送れず、受け止める方もうまく受けとれず、自分が責められていると勘違いしたり、うまく伝えられない。結局、お互いがイヤな気持ちになってしまい、喧嘩になる。それを避けるために、相手を遮断し、コミュニケーションをとらなくなってしまう。
いずれの場合も、最も分かり合えるはずのパートナーがわかってくれない、信頼できない関係に陥ってしまう。この相互のやり取りが悪循環にはまり、ふたりの水が激減していく。

夫婦のやりとりで、水を増やせるか、減ってしまうか。
どちらにころぶかは、偶然というよりも、二人の水の総量による。二人あわせて、十分な水があれば、多い方から少ない方に分け与えても、まだ水は足りているし、自己増殖も可能だ。
二人合わせた水が不足していると、どうしようもない。分け与えられないし、相互作用自体が、ますます水を抜かせてしまう。

★例えば、子どもの成長を見守る親たち。
親子間の水は、親→子だけでなく、子⇒親へも流れるものだ。つまり、子は親からの承認を得て安全の水を貯めるばかりでなく、親は子どもからの承認を得て親自身の水を増やす。
子どもの成功体験は、子ども自身の水ばかりでなく、親の成功体験ともなり、親の水を増やす。日本の場合、学校での成功体験が顕著な例だ。
逆に、子どもが問題を起こすしたり、いじめられたり、成績が落ちたり、先生に叱られたり失敗すると、親は心配する。親の心に十分水が入っていたら、子どもの多少の失敗でもそれほど不安にならず、試行錯誤を繰り返し、失敗の次に成功が来ることを期待して、先回りして心配せず、遠くから見守ることができる。親が心配せず、干渉せず、暖かく見守ってくれていると、子どもは信頼されているんだなと安心して、何度も挑戦し成功に到達できる。
親の水が不足していると、子どもの小さな失敗でもとても不安になってしまう。口をだしすぎたり、叱ったり、先回りして心配する。すると、親の心配が子どもにも伝染し、不安な気持ちが増えてしまう。すると、失敗体験が大きな痛手となり乗り越えることが出来ない。
親は子どもから非承認(拒否・無視)を受けることもある。思春期の子は、親を無視したり、反抗して、自立していく。親の安心の水が十分にあれば、ふつうの反抗期のプロセスとして大して気にせず、反抗しようが無視しようが、親としてのメッセージを普通に伝え続ける。しかし親の水が少ないと、子どもからの非承認に耐えられない。必死に承認を得ようと叱ったり、甘やかしたり、なだめすかしたりする。子ども側からすれば、それはウザいだけだ。逆に、拒否を恐れ、子どもに対して腫れ物に触れるように関わり、親として当たり前のメッセージさえ伝えることに大きな不安を抱き、何も言えなくなってしまう。
過剰に叱ったり、何も言えなかったりという親の対応は、親の不安を暗黙の裡に伝えている。それが子ども自身の心の水を抜いてしまうことにもなる。

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以上は、愛着を「心のタンク」という比喩を使って説明したものだ。
従来の説明と異なる、私独自が考え出した説明である。その要点は2つある。

1)ライフサイクルを通じた可塑性・柔軟性
従来、愛着は「心の鋳型」という比喩が用いられてきた。
つまり人生早期の体験を重視する精神分析的な見方である。5歳以前の幼少期の愛着関係により、その人の愛着パターンが
安心型(secure attachment)、もしくは
非安心型 (insecure attachment)
に決定づけられる。いったん作られた心の鋳型はもう固定され、残りの人生はその愛着パターンで対人関係の質が決まる。非安心型の人は苦労することが多いといった具合である。
私の「心のタンク説」は、社会構成主義(ポストモダン)と家族システム理論から来ている。つまり、愛着のパターンは、その時の親密な関係性の量と質によって、いくらでも変化しうる。幼少時期の体験は重要であるが、そこで決定するわけではなく、その後もいくらでも変化しうるということ。

2)親子間の双方向的な愛着の備給
もう一つは、アジアの伝統としての緊密な親子関係から得られる、欧米ではあまり強調されない愛着の授受関係である。イギリスで生まれた愛着理論は親(または保護者)から子どもへ愛情が伝えられ、それによって子どもの愛着パターンが決まるという、親から子へという一方向的なものである。その根底にはヨーロッパ的な家族観がある。つまり、子どもは成長と共に親から分離するものであり、成長した後の親子間の情緒的な関係性についてはあまり議論されていない。
その後、アメリカでの臨床研究により大人の愛着も研究されるようになった。それはもっぱら夫婦もしくはパートナー間の愛着関係であり、成長した子どもとその親の愛着関係は議論されていない。
アジア的な家族観はこれと異なる。親子の愛着関係は一生続くものであり、親から子へのみならず、子から親への愛着の備給もありうる。つまり、子から親は承認を受けると親の安心が生まれ、子からの拒否は親の不安を生む。

この二つの視点を、従来にない「心のタンク説」を用いて説明した。

支援者の役割について

 親子間あるいは夫婦間の愛着の水の総量が十分でないと、家族システム内での安心できる関係性(secure relationship)が不足し、お互いが交流することでますます消耗してしまう。従来の精神分析的な支援では、そのことを解釈し、気づくことでどうにか乗り越えようとする。
 私の考え方は異なる。支援者がシステムに加わり、支援者の安心の水(secure attachment) を家族システムとの交流の中で具現化し、家族システムの水を増やすことが考えられる。家族メンバーの誰かの水が増えれば、家族相互作用の中で、安心感の水は他の家族メンバーにも行き届くことになる。
 それを行うためには、支援者自身が十分な心の水を保持していないといけない。クライエントの心が開くために、支援者自身が心の鎧を開くモデルを示し、安心感・承認感を家族に伝えていく。
 これはテクニックや技法の問題ではなく、自己の感性にどれだけ気づくか、どれほどコントロールできるかということになる。支援者もひとりの人間であり、タンクの水が少ない場合もよくある。むしろ、少ないがために対人援助職(心理精神・福祉・看護・教育など)に興味を持ち、無意識のうちに進路として選択したのかもしれない。
 支援者自身の個人史・家族史に含まれた肯定的・否定的な愛着体験に気づくためには、理論の習得では果たせず、体験学習、つまりスーパーヴィジョンやグループワークなどの臨床的トレーニングが有効である。精神分析では教育分析、家族療法の分野ではSelf of the Therapist Trainingなどと呼ばれる。信頼できる指導者や仲間との交流の中で自己を開示し、承認を得る。その体験により、支援者の心の水を増やすことができる。
 実際の支援現場には心の傷が修復されず、安心の水が少ない支援者はよく見かける。彼らは、クライエントの心の不足状態を共感的に理解できる。クライエントもまた、支援者の少ない水を敏感に察知し、自己を支援者に投影する。そのような共感性で結びつくことはできるが、支援者はクライエントに水を分け与えることが出来ない。つまり、支援関係を樹立することはできてもなかなか回復に至らず、長期化すると依存関係に転じることもままならない。
 また、逆に、心の水がたっぷり満ちている(安定した愛着関係を保持した)支援者がもしいるとしたら、水の不足状態を体験的にイメージすることは困難だろう。
 一番良いのは、ライフサイクルの中で水が底をついた苦しみを否認せず向き合い、そこから、信頼し親密な他者との関係によって愛着を回復する安心感を経験した支援者である。クライエントの不安を自身の体験を参照して共感でき、またそこから回復するプロセスをイメージできる。
 実は、これは私自身の体験であり、目指しているイメージでもある。

2018年9月12日水曜日

取材記事と癒しのオーラ

先日、「セラピスト」というヒーリング系の雑誌のインタビューを受けました。
私はこの雑誌のことは全く知らなかったのですが、今月号は「家族療法」の特集ということです。

私の行っている家族療法について記者さんから取材を受け、
「夫婦」男女の違いを乗り越え、家族の土台をパートナーと築いていきましょう。
という趣旨で記事をまとめてくれました。

こちらの方は、雑誌を買わないと読めないのですが雑誌に載せきれなかった余談をウェブ上にまとめてくれました。
父親が家族に関わるコツとして
父親は、心の鎧を外して、家族に弱みを見せましょう
という趣旨の記事です。こちらは、ウェブ上で読むことが出来ます。

さらに余談なのですが、記者さんからのメールに次のように書いてありました。

取材時に田村先生の癒しのオーラの感じをまだ覚えています。

癒しのオーラって何なのでしょうか?
こんな風に言われたのは初めてなのですが、言われてみれば自分自身でもそうなんだろうなぁと感じる気持ちはよくわかります。
この記者さんは、前もって私の著書を読んでくれました。
とても感動したというので、どの部分がヒットしたか尋ねました。
自分自身のことを書いたあとがきの中で
「妻を亡くした後、世界観が変わり、私の住む世界が小さくなりました。」
という部分だそうです。さすが編集者。ピンポイントで指摘してくれます。

「癒しのオーラ」って、感覚的なもの、主観的なものだから、言葉(理屈)で説明しようとしてもあまり意味がないのですが、あえて試みるとこんな感じかなと思います。

1)感性の深い部分で繋がる安心感。
そのためにはお互いの感性を見せ合います。私は記者さんの感性は見えてないので何のオーラも感じませんでしたが、記者さんは私の深い感性を知ってくれていました。

2)向き合った時に受けるイメージ。
言葉からもイメージは伝えられますが、それ以上に大切なのがnon-verbal communicationでしょう。表情、視線、姿勢、緊張状態、身のこなし、息遣い、発する言葉のトーンなどです。これらによって、我々は意図せずして、その時の感情状態を相手に伝えています。その時に、自分がどれほど安心した心(癒された心)でいるか。あるいは緊張や不安など(癒されていない)心でいるか。そういうのを、我々は無意識のうちに読み取っているのでしょう。

2018年9月11日火曜日

自分の弱さを受け入れる

人はだれでも、弱さと、強さの両方を持ち合わせています。

そんなこと、言われなくても自明のことです。
それをしっかり認識することが、家族や社会の人と関わる上でとても大切なことです。

しかし、私がそのことに本当に気づき、自分の弱さを受け入れることが出来るようになったのは、40歳を過ぎ、子どもたちが生まれ、私自身が父親になってから経験したある出来事が契機になっています。

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有能なセラピストになるためには、二種類のトレーニングが必要です。
1)理性のトレーニング
「心」をどう理解するか。
心が行き詰まるとどういうことがおきるか。
その背後にあるメカニズムは。
それをどう支援して解決に導けるのか。
これらを理性的・客観的に学びます。本を読んだり、講演や授業を聞いて、知識として習得します。

2)感性のトレーニング
人の「心」とはどういう体験なのか。
気持ち(苦しみ、悩み、悲しみ、不安、喜び、などなど、、、)は、その人自身の主観的な体験です。口で説明しようとしても説明しきれません。でも、セラピストはクライエントの気持ちを把握しなくてはなりません。クライエントの主観的体験に迫るのは、セラピスト自身の主観的体験を用いるしかありません。セラピストが一人の人間として経験してきた気持ち(苦しみ、悩み、悲しみ、不安、喜び、などなど、、、)に照らし合わせ、他者の気持ちを疑似体験するしかありません。
そのために、自分自身の「心」を体験します。普段は、感性に注目することなく、淡々と日常生活をこなします。理性を動かさなければ、勉強も仕事も家事もできません。喜怒哀楽を表出していたら、やるべきこともストップしてしまいます。
しかし、セラピストの場合、仕事の内容として感性を扱うので、感性を自由に出し入れできるようにします。ちょうど役者さんたちが泣く場面で自由に涙を流せるように。

私が精神科医になりたての20代・30代の頃、そのような研修やトレーニングに参加しました。エンカウンター・グループや、サイコドラマなどです。しかし、私はまだ若すぎて、自分の感情を扱うことが出来ませんでした。
 そのような集まりには多くの女性たちが参加します。彼女たちは、自分の気持ちを表現し、涙をよく流します。当時の私は、それは弱さのサインと捉えていました。
私は、自分の強さ・有能さを身に着けることに必死で、弱さに目を向けることができませんでした。とくに男性たちは「涙を見せてはいけない。辛さを食いしばって、、、」と教え込まれてきました。弱さを鎧の下に隠し、身を守るためより高性能な鎧(体力、学力、経済力、精神力、、、)を身に着けようとしていました。
 だから、研修で泣く女性たちを見て、カウンセラーは自分の心に問題があるから心理学に興味を持つんだ、自分の問題を解決したくてカウンセラーになったんだ。
私は、アメリカの肯定的なイメージに惹かれて精神科医になったんだ。弱さはない、強さで勝負するんだ、、、
くらいに思っていました。

 その視点を転換させてくれたのはイタリアの家族療法家Maurizio Andolfiです。
 私が40歳を過ぎ、子どもたちが生まれ、新米の父親をやっていたころ、ローマで家族療法家のためのSummer Practicumという集中トレーニングに参加しました。世界中から15名ほどのセラピストたちが集まり、2週間かけて、自分たちのケース、そして自分自身に向き合う、とても密度の濃い、感情を根底から揺さぶられる体験でした。私は「強さ」しか語れませんでした。
 最終日に、Maurizio自身が自分を語りました。当時、彼は元妻との離婚問題で苦しんでいました。そのことを語り、泣き崩れてしまいました。私はとても驚きました。彼は60歳を過ぎ世界的に有名なマスター・セラピストです。でも、彼の内面はこんなに脆かったんだ。その正体があばかれてしまった。残念、、、これで彼のキャリアも終わったのか、、、くらいに感じていました。
 ところが、その後のパーティーではいつもの快活で元気な彼に戻ってました。私はまた訳が分からなくなりました。ほんの2時間前の彼も、目の前の彼も、本当の姿なんだ、、、つまり、弱さを表出しても良いんだ。それが本来の人間性、本当の強さに繋がるんだということを目の前で体験しました。

 この体験を境にして、私は自分の感情を使えるようになったように感じています。イタリアから帰国し、2週間ぶりに幼い子どもたちに会った瞬間、なぜか涙が溢れてきました。子どもたちは急に泣き出すパパにびっくりして、私自身もなぜ感情が揺さぶられたのかわかりませんでした。
 その10年後に妻を突然失った時も、悲しみを隠さず、比較的容易にたくさん表出することが出来ました。それは悲しみを消化し、乗り越える喪の作業にとって、とても有利に働きました。