2019年4月21日日曜日

私のターニングポイント


あなたのターニングポイントを教えて下さい
田村 毅
(出典:「家族療法研究」Vol. No. pp-pp, 201x.)

解説:これは家族療法の学会誌に載せた原稿です。学会の中心メンバーである評議員たちが順番に自分の人生のターニングポイントを紹介します。小森編集長はこの連続エッセイの趣旨について次のように書いています。
「正直に言うと、企画者としては、resilienceが頭の片隅にあります。追い詰められて私は変わったと言うストーリーは、治療と言うよりも治療者のキャリアカウンセリングと言う観点から、大変貴重なものだと思います。」

本文で紹介する私のターニングポイントを時系列で並べると、次のようになります。

1: 父親との愛着形成 (2-6歳)

2: アメリカ高校留学 (17-18)
3: 師匠との出会い (24)
4: ロンドン留学 (30-33)
5: 父親になる (36)
6: Maurizio Andolfiと出会い (40)
7: 妻の喪失 (51)
8: 両親の喪失 (58-60)

(以下が本文です)

現在もターニングポイントの最中にいるので、この原稿はいささか書きにくい。仕方がないので執筆を喪の作業にさせていただきます。大切な人を失うと、その関係性と自分に与えた影響がよく見えてくる。8個のターニングポイントを見出した順番に書くので、時系列が前後する。数字でその順番を示す。

9年前に妻を急性心筋梗塞で失った時は、とにかく心が痛かった (Turning Point-7:妻の喪失) 。「うつ」になりたくないと焦り、あらゆる機会を利用して感情を表出した。その習癖は現在も続き、自分でもやり過ぎと思うがコントロールできない。
私の人生観が大きく変わった。大学を早期退職し個人開業した。最も近い人を失った痛みと、近い人々との関係の中で癒された喜びを経験して、それまで求めていた広い社会からの承認欲求が消えた。身近な親しい人々と少数の患者さんとの深い関わりに生きがいが集約された。
基本的な愛着を喪失すると、愛着関係が不安定になり、新たな愛着を求めても、不安の投影(執着)か回避を生むことも体験した。臨床家族にも起きていることがよく見えるようになった。

1年半前に父親を、1ヶ月前に母親を失ったが、妻の時のような激しい悲しみは出てこない(TP-8:両親の喪失)。家族ライフサイクル上、40代の妻を失うのは予測不能なストレッサー、老親を見送るのは誰もが体験する発達的なストレッサーであるからこの差は当然ではあるが、むしろ気づいたのは、空気のように存在していた親子間の愛着であった。
私が結婚した当初は両親と都内の二世帯住宅に住み、上下を繋ぐ鉄の扉を閉めて独立性を保っていた。妻を亡くして扉は開け放たれ、ふたつの核家族がひとつの拡大家族になった。両親は小・中・高校生だった3人の子どもたちの面倒を見てくれて、私は仕事に専念できた。
ガンが再発した父親の願いを受け入れ、私は在宅ホスピスを整え、安らかに最期を見送った。伴侶を失った母親の心と身体は急速に悪化し、在宅介護、老人ホームを経て、1年半後に夫の元へ戻っていった。
「親孝行」という言葉は美徳か時代錯誤かというイメージもあるが、日本を含む東アジア家族の基本的な価値だ。欧米とは異なり、子どもが成長しても親子の愛着が薄れることなく一生続く。それが安定していると幸せを生み、不安に満ちていると苦しみを生む。

ほぼ同時期に亡くした両親との関係を振り返ると、私母親よりも父親に強い愛着を抱いていたことに気づいた。母親のグリーフワークを進めていても、いつの間にか父親のグリーフが飛び出してくる。しかもそれは感謝の涙である。
父親はキャリア・ガイダンス(進路指導)を専門とする教育心理学者だ。2歳下の妹に母親のおっぱいを奪われて以来、私は父親のオッパイを触りながら寝ていた(TP-1:父親との愛着形成)。それが5-6歳の頃まで続き、止めたくてもやめられない。今から考えれば、これが父親との強固な愛着の基盤であった。ちなみに親友の山登敬之(文献2)は中学生まで母親の布団で寝ていたことをカムアウトしている。彼は母親との、私(文献1)は父親との強固な愛着を著作に外在化した。
群馬の山奥に生まれた父親はよく山やスキーに連れて行ってくれた。小学校1年の時、実家の奥にあるリフトもない小さなスキー場で長靴を履いて滑って以来、毎年親と行くスキーをとても楽しみにしていた。南国生まれの母親も一度だけ同行したが、懲りて二度と来なかった。中学1年の時、青森の八甲田山からガイドに案内されて酸ヶ湯温泉まで滑り込んだ。その素晴らしさは今でも忘れられない。その後も高校山岳部での山スキーを経て、いま還暦を過ぎてもバックカントリー・スキーにはまっている。私は中学(柔道部)、高校(山岳部)、大学(アメリカンフットボール部)に属して男同士のラフな関わり合いを好んだ。ヒエラルキーを受け入れつつ、先輩たちとも親密に関わった。

1年間のアメリカ高校留学(TP-2)以来、文化交流が私のアイデンティティになった。「受験生が1年間も空けると大学に行けなくなるぞ」と高校教師は反対したが、父親が全面的に賛成した。よく家庭に海外の研究者を招いていた父親は40歳を過ぎてから海外にも出かけたものの、英語が不十分で思いを果たせなかった。父親の旅路は四万温泉から東京へ進出した。私は東京から始まり海外へと、父親の旅路を引き継いだ。

医師になり、進路選択時に出会った故稲村博が不登校・ひきこもりなどの思春期臨床に導いた(TP-3:師匠との出会い)。彼には人を動かす熱意はあったが理論モデルがなく、弟子たちは当時目新しかった病理を理解する準拠枠を模索した。斎藤環もその一人である。私が家族システム理論を選んだのは師匠や研究室の仲間に誘われたからというわけではない。私は原家族が好きだったのだろう。それに自身の家族ライフサイクルも関連している。初めて参加した1984年の第一回大会が27歳、日米学生会議で出会った妻と結婚したのが30歳、ロンドンに留学 (TP-4) したのが30-33歳、帰国して父親になった(TP-5) のが36歳。私自身の家族をうまく作りたかった。

私に父親が居てくれたように、私も子どもたちの良き父親になりたい。モデルがあったのでイメージはつかめたが、もっと極めたい。ロンドン留学中にジェンダーの視点を与えてくれたのはVirginia Goldner, Rachel Hare-Mustin, Lynn Hoffmanなど女性セラピストたちだ。当学会で、二人の年上の男性(中村伸一とDavid McGill)が男性性の自主シンポをやっていたので、私も仲間入りした。

ローマの家族療法家Maurizio Andolfiと出会った(TP-6)のは私が40歳で新米の父親だった頃だ。2週間の集中トレーニングで、男性も弱さを感情表出しても良いということを自ら示してくれた。その後、彼のグループには繰り返し参加している。
振り返れば私は父親を原点として、多くの年上の男性と出会い、成長のモデルとしてきた。

支援者は自身と対象の体験の差を情報として検知する。不登校・ひきこもり臨床で出会う家族は私の体験と大きく異なっていた。父親が不在で、母親との距離がとても近い。母親が心配するのはよくわかる。それなら、なぜ父親はもっと関わらないのだろう?
母親のまなざしは、どこか不安を抱えていた。危険を察知し、守ろうとした。それは、ありがたくもあり、束縛でもあった。父親は私の横で見守ってくれた。初めてスキーで滑るときも、妻を失った時も、不安な私を見守ってくれた。父親の期待は学歴や家業継承といった可能性を収束するものではなく、押し広げてくれた。
臨床で出会う男性たちの多くは子どもと妻から情緒的に切り離され、自身の父親とも切り離されている。家族の危機に直面して夫婦で協力したり、自立に戸惑う子どもの背中をうまく押せない。男性が親密性に不安を抱き、感情の言葉を持てないのは私自身の体験でもある。不安を乗り越え、変化を促す父性的な関わりが私の臨床の姿勢であり、自己の家族体験を投影したものである。

文献
1)田村毅「家族で往復書簡のすすめ:新しい父親像を発見するために」彩流社、2007
2)山登敬之「母が認知症になってから考えたこと」講談社、2013

2019年4月19日金曜日

子どものことが気になりリフレッシュできません

Q)ひきこもっている子どものことが気になり、母親である私自身がリフレッシュできません。どう気持ちを切り替えたら良いですか?

A) あなたは、心のどこかで子どもの面倒を見続けようとしていませんか?
子どもの問題の責任をとり続けていませんか?

それは親として当たり前ですね。

子どもの健康や問題に気を使うのは当然のことです。

しかし、もう一歩深めて考えてみましょう。

もしかして、あなたは親である自分自身にダメ出しをしていませんか?
親のせいで子どもに問題が起きてしまったと思っていませんか?

シングルマザーのAさんの例をご紹介します。

Aさんはどうしても子どもに言いたいことを言えません。深く突っ込めません。
子どもに何かを言っても、何も返事をせず、親を無視します。
子どもから無視されると、拒否されていると感じます。
親が責められていると感じてしまいます。
子どもが本当に親を責めているのかはわかりません。何も言いませんから。
でも、子どもがAさんを無視するのは、そういう意味なんじゃないかと感じています。
Aさんは親としての自分を責めています。そのことに自分でも気づいていないのですが。


Aさんは夫婦の折り合いがつかず離婚しました。
夫は家に帰るとゲームばかりして、家族と会話をしません。仕事はちゃんとやっていましたが、家族と関わらないという意味では、夫は家族の中ではひきこもっていました。離婚後、ひきこもっている息子に関わってほしいと頼んでも、ひとつも関わってくれません。逃げています。
Aさんは、このような夫を選んでしまった自分を責めています。
離婚して、子どもたちから父親を奪ってしまった自分を責めています。
Aさん自身、はっきりそのことは自覚していません。この辺りのことは自分の弱点で、あまり向き合って考えたくありません。
何となく、子どもに済まない、と感じています。
だから、子どもに強く出ることができません。
どうしても引いてしまいます。

「ひきこもっていないで、社会に出なさい!」
本当はそう言いたいのですが、子どもに突っ込むことは、自分自身のダメさにツッコミを入れているようで、苦しくなります。
だから、その一言が言えません。

Aさんは、友だちとおしゃべりしたり、気晴らしに買い物に出かけたりリフレッシュしようとするのですが、心の片隅に息子への思いがいつも引っかかり、気持ちを切り替えることができません。


どう気持ちを切り替えたら良いですか?


息子さんへの気持ちを切り替える前に、
自分を責めている気持ちを切り替えましょう。
子どもがひきこもっているのは子ども自身の責任です。
親の責任ではありません。

いたらない親だったから、、、十分にしてあげられなかったから、、、
もちろん、Aさんは親として不適切・不十分なところがあったでしょう。
それと同時に、良い母親の部分も必ずあるはずです。
現に、もうひとりの娘は、しっかり前を向いて自立しています。
100%の親はいませんし、0%の親もいません。
Aさんは、良いところと不適切なところが6:4か7:3といったところでしょうか。
ひきこもっている親に大切なことは、親がいつまでも子どもの責任を取らず、子ども自身に責任を譲渡することです。

Q) ひきこもっている子を外の世界に興味を持たせるにはどうしたら良いですか?

遠慮せず、子どもを外の世界に連れ出してあげてください。
守られたウチの世界にいる子どもにとって、外の世界はとても怖いものです。
できればウチの世界に留まりたいと願います。
しかし、いつかは思い切って外に出なくてはなりません。
自分の思い通りになるピーターパンの世界から、人と折り合わないといけない汚れた市井に降りなければなりません。
元気な子は自ら思い切って飛び降りることができますが、慎重な子はそのタイミングを失ってしまいます。降りる前はドキドキですが、降りてしまえば何とかなるものです。

躊躇している子どもが安心してジャンプできるように、親が背中を押してあげてください。
もう外に出ても良いんだよ!
下界に降りていって良いんだよ!

子どもはイヤがるでしょう。抵抗するでしょう。反抗するでしょう。
でも引く必要はありません。
子どもも、本当は飛び降りないといけないと十分わかっています。それが怖いだけです。
子どもの不安感を拭い去り、明確なガイドラインを示してあげてください。

そのためには、親自身が安心していることが大切です。

まず親の自責を払拭し、子どもに引いてしまうパターンから脱却します。

朝の連ドラ「あまちゃん」のストーリーを紹介しましょう(2013年NHK放映)。

あまちゃんは内気でひきこもりがちな都会の高校生でした。
母親は自分の郷里である三陸海岸にあまちゃんを連れ出しました。
あまちゃんのおばあちゃんは海女さんです。
あまちゃんは元気に潜るおばあちゃんの姿に惹かれますが、とても海に飛び込む勇気はありません。
おばあちゃんは、躊躇する孫娘をいきなりボートから海に突き落とします。
それを遠くから見ていた母親はパニック。おばあちゃんに怒り、責めます。

あまちゃんの母親は高校生の頃、海女を継がせようとする母親に反抗し、都会に家出しました。

都会で生活し、結婚したものの、夫とうまくいかず、自分の娘も元気がありません。
母親は娘にも、夫にも、自分の親にも負い目がありました。
だから、自分の母親に向き合うことも、あまちゃんを前に押し出すことができません。
ところが、おばあちゃんはいとも簡単に孫娘を海に突き落としました。
突き落とされたあまちゃんはびっくりして一瞬パニックになりましたが、それがきっかけで海女の道を進み始めます。もちろんたくさんの失敗を経験しながらですが。
あまちゃんの母親にしてみれば、おばあちゃんは孫娘に対して無茶苦茶です。母親に対しても子ども時代に無茶苦茶でした。
おばあちゃんは手荒ですが、孫に強い愛情を伝えました。
海に突き落としても溺れることはない、という深い信頼があったのです。

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Aさんの話に戻しましょう。
Aさんは新しいパートナーを得ました。
自分自身の幸せを求めたいと思いながらも、息子のことが気になります。
彼は、息子も一緒に旅行に誘ってくれました。
外の世界に触れる良いチャンスです。
しかし、ひきこもっている息子が新しい人に出会うこととてもイヤです。息子から拒否され、Aさんとしてもそれ以上は息子に言えませんでした。
でも、彼に説得され、嫌がる息子をどうにか連れ出すことができました。
ウチではあんなにワガママな息子が、外では普通に振る舞う姿を見てAさんは驚きました。
家に帰ると、母親に対してはあまり語らず、相変わらずのお子ちゃま状態です。
しかし、これをきっかけに、息子もだんだんと外の世界に馴染んでゆきました。

そしてAさんは、リフレッシュして自分自身の生活を心から楽しむことができるようになりました。


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あなたはお子さんを信頼していますか?
お子さんは外に出て行ける力を持っていますか?
押し出したら親を恨むでしょうか?怒るでしょうか?

親の迷いや自信のなさが、子どもを迷わせ自信を奪います。

どうぞ、安心して子どもを連れ出してください。

2019年3月15日金曜日

子どもの反応がないとき

今回は、ブログをよく読みに来てくださる方からの質問にお答えします。

Q)19歳の息子に話しかけても、無視します。息子には色々言いたいことも聞きたいこともあるのですが、返事がないとやる気をなくし、引いてしまいます。話しかけても反応がないときの、親のモチベーションの保ち方を教えてください。

A) 親が話しかけても無視するのは思春期の子どもの特徴です。彼らは親との関係を遠ざけることにより、親の影響から逃れ、自立しようとします。決して親のことを嫌っている訳ではありません。

それは、親としても理解できるでしょう。
それなら、自分でちゃんと動いてくれれば良いのですが、朝なかなか起きてこない、ゲームばかりして、やるべきことをやらない、勉強せずに遊んでばかりいる、、。すると親としては放っておけず、ついつい口出しをしてしまいます。
子どもから反応がないので、聞いているのか、理解しているのかと心配になり何度も繰り返すと、子どもはしつこく感じて嫌がります。「それならちゃんと返事をしなさい!」とついキレてしまいます。
すると子どもはもっと親との距離を開けようとして無視するか、あるいは時に逆ギレして反抗してきたりします。
これが普通の思春期の親子関係です。

しかし、これでは親としてやる気をなくし、引いてしまうのも無理はありません。
コミュニケーションはキャッチボールです。
自分が投げたボールを相手がキャッチして、また自分に投げ返します。その繰り返しがキャッチボールです。相手がキャッチせず後ろにスルーしてしまったり、暴投して変な方向に投げ返したり、キレて思いっきり強い球を返してきたら、キャッチボールは成立しません。やる気をなくしてしまいます。

思春期の子どもとのキャッチボールは厄介なものです。
そのやり方を考えてみましょう。

●子どもがスルーしても構いません●
親の投げたボールを子どもが無視しても構いません。子どもにはちゃんと伝わっています。子どもは普通に反応しないだけで、親からのメッセージはちゃんと入っています。

●子ども扱いしない●
心配したり、子どもだけの力ではダメだろうと思い、子ども自身が動き出す前に、先回りしてつい手を貸してしまったり、口やかましく注意していませんか。
対等の大人扱いすること。成長しつつある子どもの底力を信じてあげましょう。親が注意しなくても、子どもは自分の力で何とかするでしょう。

●親のマイナスを伝えない●
冷えたマイナスのボールを与えないでください。それは親の心配・不安を込めたボールです。この子は大丈夫だろうか?何かの病気じゃないだろうか?ちゃんと自立できるのだろうか?難しいかもしれない、、、といった気持ちです。
暖かいプラスのボールを与えてください。この子は今はイマイチだけど、きっと大丈夫だ。しばらくすればちゃんと出来るようになる。自分の子どもなのだから、大丈夫なはずだ、、、と思えるためには、親自身が自分に自信を持っていなくてはなりません。

●子どもとの距離を開けること●
子どもが小さい時は近い距離から優しいボールを投げます。
子どもが成長するにつれ、距離を開けます。
子どもはいろいろな人たちとキャッチボールを始めます。親が近くにいたら、子どもはウザいと感じるでしょう。もう少し遠くからキャッチボールをしてください。しかし、親としても遠い距離からちゃんとボールを投げたり、子どものボールを受け取れるか心配です。そうすると、どうしても距離を詰めたくなります。

そして、何より大切なことが、
●●キャッチボールを辞めないこと●●
子どもとのキャッチボールがうまくいかないと、この子は私とキャッチボールするのが嫌なのだろう。私は辞めて他の人に任せた方がいい。。。と考えて、私のところにキャッチボールの相手を依頼してきたりします。
思春期の子どもにとって、親とのキャッチボールはとても大切です。いきなり見知らぬ他人とキャッチボールはできません。まず親と練習して肩を慣らして、ある程度自信をつけてから他流試合に望みます。
うまくいかなくても、親は決して諦めてはいけません。子どもがうまく投げ返さなくても、親はうまいボールを投げ続けてあげてください。

そして、親自身がキャッチボールの練習をしましょう。
●子ども以外に、キャッチボールを楽しめる相手を確保する●
パートナーとのキャッチボールです。二人でよく子どものことを相談してください。
あるいは、友だちや専門家などでも構いません。うまく自分の球を受け止めてくれて、きちんと返してくれる人、信頼できる人です。
親自身が普段キャッチボールに慣れていないと、いきなり思春期のお相手は難しいです。
信頼できるその人と、「息子とのキャッチボールがうまくいかないのよ」という本音のボールを投げてください。相手にしっかり受け止めてもらいましょう。
そうすれば、子どもとの会話に自信を回復できます。

2019年1月28日月曜日

当事者と支援者を結ぶ「家族療法コンサルテーション」

<新講座>当事者家族と支援者を結ぶ「家族療法コンサルテーション」
リフレクティング・チーム &スーパーヴィジョン

先日行った初回の講座の様子をお伝えします。
当事者支援者が一緒に参加して学ぶことができるのだろうか?
私としても初めての試みなので、どうなるのかちょっとドキドキでした。
参加者は当事者6名と支援者3名の合計9名でした。
当事者はひきこもりの子どもを持つ親がほとんどでした。ご夫婦が揃って参加された方も二組いました。
支援者は、スクールカウンセラー、養護教諭、保健師、精神保健福祉士などでした。

参加者からのコメントをご紹介します。
まず当事者として参加した方々です。
  • 自分のことは全く語る気はありませんでしたが、恥ずかしいことに感情が高ぶり涙ながらに語ってしまいました。みなさんがきちんと受け止めて下さり感謝します。みなさんの状況が違っても、子を想う親の気持ちは同じなのだと気づき安心しました。もしかしたら我が家は子ども本人を連れ出す前に、夫婦一緒に参加できるようになることが課題なのかなと感じました。ある参加者の方から「欲があるから不安になる」というお話にとても納得しました。とりあえず今を精一杯ありのままで、少しだけ先を向いて歩んでいくことが大事だと思いました。
  • 大切な家族であればこそ関わることに怖さを感じるということがよくわかりました。わが子に何もしてあげられない自分にがっかりしますが、親の不安を増大してはいけないと思いました。「不安はなくならない。持ったままでも活動始めた方が良い」と子どもに言ってあげたいです。
  • 当初、この講座に参加することが乗り気でありませんでしたが、参加して様々なアプローチ方法があるとわかったのは良かったと思います。
支援者の方からのコメントです。
  • 今日はゆっくり話が聞けて良かったです。仕事でひきこもりの家族の方と関わることがあるのですが、こんなにゆっくりリラックスして聴いたのは初めてです。今日のお話の息子さんはお父さんのことがとても大切なんだと感じました。また参加したいと思います。
  • 支援者が発した言葉が、当事者の方々にどう伝わっているか、生の声がとても参考になりました。支援者だけの集まりでは出てこない発想もあり、次回も楽しみです。
  • あっという間の2時間半でした。親が変わることで子どもも変わっていく様子を伺えました。家族療法の基本を学びたいと思いました。
講座の様子をご紹介します。
まず、軽く皆さんで自己紹介してから、もし自分がケースを出すとしたらどんな話になるか、概略を紹介してもらいました。
皆さん、遠慮して出してくれる方がいるかなぁと心配でしたが、そんなことはありません。
支援者の方からは、関わっているカウンセリングの例について、
当事者の方は、自分の家族のことについて、
皆さん積極的にお話ししてくれました。
「今日は話さず、聞き役に徹したい」という方もいらっしゃいました。もちろんそれでOKです。

その後、ひとりの当事者の方にお願いして、その方のお話を皆さんで1時間半かけて十分に共有しました。
リフレクティング・プロセスは次の3段階からなります。これは「リフレクティング・チーム」という家族療法でよく用いられる方法を応用しています。

第一に、息子さんがひきこもっている親ごさんのお話を伺いました。私とその方との対話を参加者の皆さんに聞いてもらいます。
息子さんの様子ばかりでなく、親自身のお気持ちも話していただきました。
子どもを思う気持ちは同じだが、父親と母親で見方が異なり、夫婦がお互いのことを批判してしまいます。この方はご両親お二人で参加したのですが、父親・母親それぞれの思いの違いをよく話してくれました。

第二に、この話を聞いた参加者の方々から自由にお話ししていただきました。
支援者の方々からは、それぞれの見立てや、私だったらこのように支援するというお話が出ました。皆さんの支援しようとする視点は共通しているものの、具体的なお話は皆ちがいます。どちらが正しいというような正解・不正解はありません。様々な支援の考え方があるということを、当事者の方々は参考にされていました。
当事者の方々からは、お話に触発されたご自身の家族の話も展開されました。皆それぞれ事情は異なるのですが、共通点を見出し、自分の家だけの特殊な問題ではないのだということに気づかれていました。

第三に、事例を出していただいた当事者の方に、再びお話ししていただきました。皆さんのお話を聞いた感想や、触発されたことなどを話されました。

このようにして、自分の家族の問題として、なかなか他の人に伝えるチャンスがないお話を皆さんの前で語っていただき、その語りを参加者の皆さんにより引き継ぎ、そしてまた自分のところに立ち戻り、再び語っていただきます。
このようにして、ひとつの「語り」がたくさんの人により繰り返して語られることにより、語りの厚みが増してゆきます。
初めは緊張していたみなさんも、語りが深まるにつれリラックスされ、新しいことに気づかれてゆきました。

2018年12月19日水曜日

年末年始と家族

 年末年始には家族で集まる機会が増えます。
 普段は会社や学校など、普段のルーチン・ワークの枠組みの中にいるので、向き合っている余裕はありません。しかし年末年始は普段の仕事もお休み。家族のための特別な時間が流れます。大切な人と向き合うことは、大きな喜びになる場合と、大きな痛みを伴う場合と両方あります。家族のストレスが最も高まるのもこの時期なのです。しかし、楽しさの陰にある家族の辛さは、なかなか言い出しにくいものです。

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<年末年始に家族の問題が起きる事例>

あけみさん(仮名)は、動悸(心臓のドキドキが苦しい)と不眠(布団に入っても寝つきが悪い)を主訴に相談にいらっしゃいました。よくお話を伺うと、その原因は明らかです。二世帯同居しているお義母さんと会った日に限って体調が悪くなります。
 お義母さんはとてもキツい人です。なるべく普段は顔を合わせないようにしているのですが、時々ささいなこと、たとえば作った煮物が余ったからというようなことで電話してきます。本当は用事だけ済ませてすぐに戻りたいのですが、必ず長居させられます。
お義母さんは普段はよく気の付く人なのですが、ひとたび機嫌が悪くなると火がついたように怒ります。あけみさんは、お義母さんの前では何も言えず、ただ話を聞いているだけです。そのような日の晩には、必ず体調が悪くなります。
 こんな取るに足らない事で相談に行くのもためらったのですが、あけみさんにとって、年末年始が一番つらい時期です。お正月のことを考えただけで胸がドキドキしてくるので、思い切って相談してみることにしました。
 あけみさんの悩みは今に始まったことではなく、結婚した当初からずっと続いています。お義母さんは若いころ、とても苦労した人です。お義父さんは家庭を顧みない人で、お姑さんと小姑さんがいる中、頑張ってひとり息子(あけみさんの夫)を育てました。その結果、夫はよい大学へ行き、よい就職をして、今の地位を築きました。夫との恋愛中はとても幸せだったのですが、結婚して家に入ってからは、苦労の連続でした。お義母さんと距離を開けることができれば何も問題ないのですが、お正月が近づくと居ても立っても居られなくなります。

 初回はあけみさんひとりで相談にいらっしゃいました。あけみさんのご主人は仕事が忙しく、なかなか話し合うゆとりがありません。誰にも話すことが出来ない悩みを十分に語ることができただけで、気持ちが軽くなりました。
 あけみさんは相談に来たことを夫に話しました。ご主人も、あけみさんの気持ちは理解しているものの、どうすることもできません。次回は、ご夫婦でいらっしゃることを私から提案して、あけみさんも勇気を出してご主人に伝えることができました。

 2回目の相談にはご夫婦がそろっていらっしゃいました。ご主人は忙しくて難しかったのですが、あけみさんの説得が功を奏して、面談の時間を作ることが出来ました。
ご主人自身も、実は母親のことでとても悩んでいました。毎晩、帰宅したら、母親のところに顔を出すのですが、疲れて帰ってきて、そのことが苦痛でたまりません。早く切り上げたいのですが、黙って聞いているしかありませんでした。優しいご主人は、あけみさんの悩みも十分に理解はして、済まないと思っているのですが、何もしてあげられません。

 そこで、私から提案して、ご夫婦の年末年始の過ごし方を話し合いました。

  • 毎年、年末はあけみさんとお義母さんが一緒におせち料理を作るのですが、今年は別々に作ることにします。
  • その代り、ご主人とあけみさんが揃って、お義母さんの住居の大掃除を手伝うことにします。
  • 元旦は親戚が集まり会食するのですが、今回は、幸か不幸か、喪中です。元旦の午前中にご挨拶だけ軽く済ませ、午後からは夫婦みずいらずで温泉旅行に出かける計画を立てます。
  • 子どもたちを連れていくか迷いましたが、子どもは残して、夫婦だけの旅行にします。

 こんなことをしたら、お義母さんは烈火のごとく怒るのは目に見えています。果たして計画通りに事を進められるか、あけみさんには全く自信がありません。しかし、今回は夫も理解を示してくれて、夫がお義母さんに向き合い、ちゃんと話してみると言ってくれました。

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 これは、お正月などの年中行事に家族の凝集性が高まり、家族の中の問題が顕在化する典型例です。

 その昔、人は「自分」というものをそれほど強く持たず、集団性という大きな流れの中に身を置いていました。良いことも、悪いこともありますが、その中にいるしかなく、個人の選択の余地は限られています。
 その後、教育レベルが上がり、人は自分の頭で考え、「自分らしさ」を求めるようになりました。自分の意思を大切にしたい。自分が自ら求めるように生きたいと考えます。その考え方は人それぞれで異なります。すると、人の近くに居ることが難しくなります。ひとりでは寂しいので誰かを求めます。しかし、自分らしさも確保したいと考えます。

  • 人と繋がっていたい。
  • 人と離れていたい。

人間関係はこのジレンマの連続です。
 それを解決する方法は二つあります。
A)一番良いのは、心理的に自立し、相手とちゃんと向き合える関係を作ることです。そのためには、
1)相手の力を借りなくても自分ひとりでやっていける力を持ち、
2)相手の気持ちを尊重する一方で、それと異なる自分の意思を明確に、恐れたり、遠慮せずに伝えることができ、
3)お互いに折り合うまで話し合うコミュニケーション能力と、折り合える経験を持つことです。

B)二番目の方法は、相手との物理的・心理的距離を開けることです。上記の方法がベストなのですが、実際はなかなかそこまではいきません。物理的に離れてしまうのが良い方法です。しかし、家族や親族の場合、完全に離れることは無理です。普段の日常生活では離れていても、お正月などの年中行事や、冠婚葬祭など特別な出来事、だれかが病気や困りごとがあり、救いを求める時には、お互いに近づかねばなりません。そう考えると、なるべく上記(A)の方法を使えるようにした方が良いでしょう。

 あけみさんのような嫁姑葛藤は、日本家族の定番の葛藤です。昔は大きな家族で一緒に住んでいましたが、今は、義理の家族とは基本的に離れていたいものです。特に女性の場合、年配の世代は「女性は従うもの」という価値観を持っているので、とてもイヤなものです。
 あけみさんのような二世帯同居住宅は、日本、あるいはアジアに独特です。欧米の家族では世代間にもっと距離があります。ふだんは(B)の方法を使い、距離を開けているのですが、お正月はそういうわけには行きません。そこで、大切なのは夫が自分の親としっかり向き合えているか、(A)の方法を使えるかということです。残念ながら、あけみさんの夫は、妻を擁護し、母親に明確にNOと言えません。そのことが妻の症状形成にも関係しているのだということを夫によく理解してもらい、母親に向き合ってもらうことにしました。
 このように書くと、あけみさんの夫は、母親離れできていないダメな男性というように受け取られがちです。しかし、これは家族観の男女差に起因しているとも説明できます。女性は、いち早く近代的な核家族観を獲得し、自立したいと考えます。なぜなら、旧来の家制度の時代から、女性は原家族との分離を経験していますし、女性の地位が低い拡大家族観は好みません。一方、男性は親の面倒はみるべきという責任感を持ち、従来の拡大家族観を未だに保持している傾向にあります。特に、あけみさんの家族のように、親世代と同居している場合はなおさらでしょう。
 あけみさんのような問題を解決するためには、昔の家族観から今の家族観に移行すべきとも考えますが、それは各家族の選択です。どちらが良いとか悪いとかは言えません。むしろ大切なことは、夫婦で向き合い、家族の問題をよく話し合い、解決策を自らの価値観で作り出せることです。あけみさんの夫婦は、現状ではそれが不十分でした。そこで、2回目にご夫婦で来てもらい、夫婦の問題解決能力を高められるように、支援しました。

 最もよい家族の解決策は、専門家などの外部からやってくるものではなく、家族の中から生み出されます。専門家は、そのお手伝いをしているに過ぎません。


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<年末年始を楽しく過ごす秘訣集>


  • 家族が集まるのは楽しくもあり、負担感も増えます。その気持ちを家族で共有しましょう。
  • お正月は女性の負担が増える時期です。そのことを、男性は十分に理解しましょう。
  • 大掃除、ご馳走の準備・手配、年始の挨拶、年賀状など、仕事を家族で分担しましょう。
  • 年末年始の過ごし方を、家族でよく相談しましょう。各人の気持ちを大切にして。
  • 今までにはなかった、新しい過ごし方を試してみましょう。
  • 家族と共に過ごす時間と共に、ひとりの時間も大切にしましょう。

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<年末年始の過ごし方:アドバイスコーナー>

Aさんは夫の両親と二世帯同居しています。普段は距離を保ち、付かず離れすしているのですが、お正月は一緒に過ごさねばなりません。お姑さんの何気ない一言で傷つきます。お正月の過ごし方で、夫婦の意見が合いません。いつもケンカになってしまいます。
A)まずご夫婦でお正月の過ごし方をよく相談しましょう。毎年のことですから、特に話し合わなければ例年どおりになってしまいます。Aさんの複雑な気持ちを夫にわかってもらいましょう。そして、夫の気持ちも理解しましょう。その上で、いつもとは少し違うお正月を過ごしてみてはいかがでしょうか。
 二つ目のアドバイスです。年末年始の時期に、敢えてひとりの時間を作ってみましょう。この時期は家族との関わりを求められます。そこに流されず、夫やご両親に断り、半日でも構いません、家族から切り離された自分のための時間を作ってください。お正月ではない普段に自分の時間があったとしても、この時期にあえて家族に断り、家族よりも自分自身を優先することに意味があります。

Bさんは年一回、お正月には実家に帰省します。年老いた老親と過ごすのはとても複雑な思いです。子どもの頃のことはあまり思い出したくありません。でも、弟夫婦に任せっきりで、弱ってきている親の姿を見るのは辛く、孫の顔も見せてあげられない自分が不甲斐なく思います。
A)実家に向かう前に、親と弟さんへ手紙を書いてみましょう。ご自身の率直な気持ちを伝えます。実家では例年と同じように、当たり障りなく過ごしましょう。そして、帰りの別れを告げるとき、手紙をそっと手渡します。「私がいなくなってから読んでね」と伝えましょう。面と向かって伝えるより、時には手紙の方が気持ちをうまく伝えられることがあります。

Cさんの息子は家でひきこもっています。毎年、お正月には親族で集まるのですが、今回は息子に声をかけない方がよいのか、子どもを残して親だけが楽しい思いをして良いものか迷います。
A)思い切って息子に声をかけてみましょう。できれば、普段は会わない親戚の人が居るところで話しかけると良いです。第三者が介在すると、普段の膠着した家族関係が変化することがあります。親とは話さなくても、祖父母やいとことは普通に話せることがよくあります。

Dさんは今年、親を亡くしました。毎年、正月には親戚で集まっていたのですが、今度の正月はそれもなさそうです。子どもは就職して、正月は友人と旅行に行くからと、家に戻ってきません。ひとりきりの正月になりそうです。
A)ひとりのお正月を楽しみましょう。だれしも、一人ぼっちの寂しさを忌み嫌います。確かに辛いです。しかし、その辛さを乗り越えると、孤独が人生の豊かさをもたらします。ひとり旅に出かけてみましょう。慣れないと戸惑いますが、実行してみると案外楽しいものです。ひとりの時間を大切に使いましょう。読書も良いでしょう。

Eさんは、別居中の妻に連絡するべきか迷っています。普段は仕事が忙しくて引き延ばしにしているのですが、年末年始をひとりで過ごす妻のことを思うと可哀そうでなりません。でも、妻は私と会ってくれるか心配です。妻からは何の連絡もありません。
A)別居中の奥さまのことを心配する前に、まずご自身のひとり正月を充実して過ごす計画を立てて下さい。Dさんと同じく、ひとりで楽しむ体制をまず作りましょう。それが整ったら、奥さまに連絡して下さい。Eさんご自身が元気でいれば、奥さまもEさんと会って元気になります。Eさん自身の寂しさや不安を、奥さまに投影しないようにしてください。

2018年12月4日火曜日

日本と世界のひきこもり事情

世界的に見ると、ひきこもりがこれだけ大きな社会問題化しているのは日本だけである。韓国、中国、台湾などのアジア諸国でも不登校・ひきこもりは問題にはなっているが、日本ほどではない。国際学会などで、ひきこもりについて発表すると、どの文化でも同様な現象は見られるが、比較的まれである。なぜ日本に多いのか?その根底にある日本社会の文脈を、他の社会と比較しながら考える。

韓国ではひきこもりに加え、ネット依存症が大きな青少年問題となっている。専門家の臨床経験は、ひきこもりは日本から韓国へ、ネット依存症は韓国から日本へ伝達されている。日本のひきこもり対策、例えば専門家による精神・心理支援、行政の取り組み、民間NPO団体による自主的な民間支援などは、他の国には例を見ない。韓国ではネットに依存する子どもたちのための治療的キャンプが公費負担で行われ、日本でも注目されている。

私は先日、中国でひきこもりの理解と対応についてワークショップを開いたが、人々の関心が非常に高い。カウンセラーだけでなく、当事者の親たちが広い中国の国土の遠方からやってくる。経済が急速に発展し、人民の生活レベルが向上するなかで、今までなおざりにされてきた心理支援のニーズが都市部の中流階層を中心に急速に高まっている。一人っ子政策や労働力の都市部への流入、厳しい学歴競争社会の中で、不登校の問題は増大している。しかし対応できる専門家が少なく、専門家への教育・研修システムもほとんど整っていない。韓国や中国でも、今後、日本と同様に、学童期の登校拒否が長期化して、ひきこもり、さらにはそれの長期化・高齢化といった問題が将来は懸念されるが、今のところそのような言説はない。

欧米でも、ひきこもりと同様の状態像は存在するが、アジアほど頻度は少ないし、専門家の間でもあまり問題にされていない。むしろ若者の問題はドラッグや犯罪など、家の中ではなく家の外の出来事である。

原因や背景を抜きにして考えれば、自立して生活する資質を持たない若者は、残念ながらどの時代、どの社会にも存在する。彼らがどこにいるかということが文化によって異なる。

アメリカではこの春、家を出ようとしない30歳の息子を両親が裁判所に訴えたケースが全米のニュースとなった。長い間家に滞在して何の仕事もせず、家を出るための一時資金を渡して出るように促しても一向に実行しない息子に親が業を煮やした。アメリカの世間一般の常識では、成長した子どもは家から出るのが当たり前で、実家に留まるという選択肢はありえない。息子が心理的・経済的に自立できず困っていたとしても、それはあくまで息子の問題で、親が関与するべきではないと考える。社会の中で機能する資質を持っていない若者もみな家を出るのので、社会の中で孤立しホームレスとなる。アジアでは親子の相互扶助が当たり前で、社会に適応できない子どもの面倒は親が見る。自立できない子どもを親が放り出すという選択肢はない。せいぜい罪悪感を抱きながら施設や病院に保護を委ねる程度だ。ひきこもりは家の中での孤立、ホームレスは社会の中での孤立した状態である。アジアのひきこもりと欧米のヤングホームレスは、居る場所が異なるだけで、根底にある問題は同じである。

アジア文化とひきこもり

家族療法で用いられているシステミックな視点は、問題を抱えた個人を超えて、家族、コミュニティ、文化・社会など、本人をとりまく関係性や環境に視点を広げる。その観点から、アジア文化とひきこもりの関連について考える。

第一に社会と家族から若者に課せられた高い教育期待である。教育制度や教師の資質に問題があり、それがひきこもり問題に関連することも否めないが、それ以上にアジア文化の根底は教育に対する高い志向性が流れる。どの社会においても若者が成長する中で教育は重要であり、教育レベルにより将来の職業のレベルも決まる。しかし、それが人間の価値にもつながり、社会全体で高い教育レベルを目指そうとするのはアジア文化の特徴である。他の文化では、アジアほど教育レベルが自尊心の格差を生まない。教育は重要であるが、それがすべてではない。
 日本社会における教育期待の高さは1970-80年代の高度経済成長期がピークであった。「教育ママ」が熱心に子どもに寄り添う家族関係は、社会に活力があり発展志向が強い今の中国や韓国で観察できる。一方、日本ではバブル経済が崩壊する1990年以降は、それまでのあからさまな形での親からの教育熱は影を潜め、高学歴を目指す風潮は落ち着いたものの、親から子への期待は相変わらず高い。

第二に家族内凝集性の高さである。親子相互の扶養義務意識は永続的であり、「親孝行」は儒教的な時代遅れのフレーズに聞こえるが、アジア文化の中に依然しっかり根付いている。親子がお互いに元気で自活していれば離れていられるが、幼少時や高齢期、病気、怪我や障害など、親子のどちらかが自活できず支援が必要な時は家族の凝集性が高まる。それは美徳などではなく、「当たり前」なのだ。
欧米の家族でも親子の愛着関係は一生続くが、アジアに比べると心理的距離が遠い。家族メンバーの幸せの責任をだれが取るかという感覚が異なる。アジアのように家族関係が近ければ連帯責任であり、欧米のように家族が個別化していれば、幸せを成就するのは各自の責任であり、個人の自我境界線を越えて援助するのは、個人の人格の尊厳を否定することになる。

 青年が自立し、社会性を獲得するプロセスは容易ではない。学校でいじめられたり、友人から裏切られたり、教師から叱責されたり、成績が低下して親の教育期待にかなわないなど、何度も失敗体験をくり返す。失敗体験にめげず、何度も困難に挑戦する中で、いつか成功体験を獲得し、若者は成長していく。しかし、失敗体験に傷つき、社会化という挑戦をあきらめてしまうケースがひきこもりにつながる。

 日本やアジア諸国での不登校・ひきこもりケースに多く接し、共通して観察されるのは、家族内にはびこる大きな不安である。たとえば次のような例である。
1)成績が低下した。今までは成績がある程度良く、積み上げてきた自分のプライドを保つことが出来ない。このままだと自分が望んでいる、あるいは家族が望んでいる将来が得られないかもしれない。家族からの期待は絶対的であるため、自分のプライドを下げることができない。
2)人と関わる不安。友だちにいじめられるかもしれない、友人関係をうまく作れないかもしれない。

家族の不安としては次のような例だ。
4)パートナーの協力を得られず、親がひとりで子どもに関わらねばならないという孤独感
5)反抗期の子どもの攻撃性に向き合えないという不安
6)親として子育ての責任を負い、それが失敗してしまったという自信の喪失
7)子どものこと以外に、親自身の人生における不安を抱えている場合などである。

日本のひきこもりの特徴

日本のひきこもりは、他のアジア諸国には見られない大きな特徴がある。
日本以外のひきこもりは、親とのコミュニケーションがうまく成り立たず、学校や社会における帰属集団は失っていても、個人的な友人など、特定の誰かとは繋がっているケースが多い。日本のように、外部とのコンタクトが全くなく、唯一の接点が家族だけで長年経過するのは日本独特である。
日本の文化症候群とされている「対人恐怖症」は、他者に対する過剰な配慮が不安に転じることに根本的な要因がある。DSM-5では対人恐怖症を「社会的交流において、自己の外見や動作が他者に対して不適切または不快であるという思考・確信によって、対人状況が不安になり回避する文化症候群」と定義されている。

お互いに遠慮し合うコミュニケーション様式も日本に独特である。「場の空気」、つまり暗黙の了解事項としての対人関係のルールを読み取ることは、高度な社会性テクニックを要する。対人関係における非言語的メッセージである「空気」を読めないのは自閉症スペクトラム障害にも共通している。この観点からみると、ひきこもりは思春期・青年期における「仲間入り」の失敗ともとらえられる。つまり、自分の家族以外に、自分が肯定的に受け入れられているという安心で満たされた居場所を見出すことができない。ここでいう居場所とは、学校や職場など、家族以外でその人が所属し、安心できる関係性を築く所属空間のことである。

若者の生きづらさを表すラベルの変遷

若者の生きづらさはいつの時代、どの国にもある。それを社会の人々がどのような準拠枠を与えるかの違いによって、様々な用語が用いられる。心理的な問題は日本社会ではタブー視される。用語の否定的イメージを払拭するために新たな用語が見出されても、やがて否定色に染まり、使い捨てられていく。

登校拒否ということばが使われ始めたのは1970年代の高度経済成長期であった。1980年に起きた神奈川の金属バット両親殺害事件から家庭内暴力というフレーズも用いられるようになり、登校拒否と家庭内暴力がセットで青年期の不可解な行動が語られた。ちなみに家庭内暴力(Domestic Violence)は英語では夫婦間暴力を指す。しかし国内では「家庭内暴力」というフレーズは主に青年期の子どもから親への暴力を指し、DVは夫婦間暴力、親から子への暴力は児童虐待という用語が使われている。英語では日本の狭義の家庭内暴力を表す言葉はない。

登校拒否には、本人や家族に原因があるというニュアンスが含まれるため、その後、学校に行かない状況を中立的に表すことばとして「不登校」が用いられるようになった。
不登校は就学年齢の若者に限られるが、その年齢を越えても社会との接点がない若者を表す用語として「ひきこもり」が使われ始めたのが1990年代であった。初めは専門家の間だけだったが1998年に出版された斎藤環の「社会的ひきこもり(PHP新書)」がきっかけに一般市民の間にも広く認知されるようになった。社会に広まれば、それまで誰にも相談せず、家族の中で埋もれていたケースが相談を求めるようになり、見かけ上のケース数が増える。

さらに、就学・就労・職業訓練のいずれも従事していないニート(Not in Education, Employment or Training, NEET)、遅咲きの花を意味するレイブル(Late Bloomer)という用語も使われた。真新しい言葉が注目されても、やがて否定的なイメージを付与されてしまうので、衰退して別の言葉に置き換えられる。この2-3年は、インターネットゲーム依存症という問題の捉え方が注目されている。

社会的ひきこもりをはじめ、これらの概念はすべて状態像であるから、原因の解明には役立たない。それでは明確な対応策を提示できない。明確な生物学的根拠が見つからない精神心理的問題をどうにか医学モデルで説明しようとするのが医学的診断名である。
私が医学生だった40年前、微細脳障害(Minimal Brain Dysfunction; MBD)という疾病概念を学んだ。が、知的、運動・感覚など脳の機能に異常は認められないが、行動や集中力に問題がある子どもたちには原因不明の微細な脳障害があるはずという仮説に基づいた概念である。現在では死語となり、その後に生まれたのが注意欠陥・多動性障害(ADHD)という疾病概念である。

自閉症スペクトラム障害という概念は、カナーが命名した「早期幼児自閉症」の概念を拡張したものである。医学的なラベルが付与されると、もはや原因不明でなくなり、支援策が導き出される。病気と認定されれば医療支援を受けられる。これは脳機能の障害と定義されるから、親の子育てなどの環境は要因とならず、本人の努力不足、親の関わりや教師の不適切さといった責任論から解放される。