2017年4月18日火曜日

浅田真央の涙と心の豊かさ

先週、引退発表した浅田真央ちゃんの引退記者会見は、テレビで何度も繰り返して放映されました。
私は彼女の涙に感銘を受けました。
日本を代表するスーパースターとして数々の栄光を手にし、国民のアイドルとしてお茶の間を沸かせた一方で、思うように行かず、悔し涙もたくさん流した彼女。

記者会見では多くの報道陣のカメラの前にして、最後は笑顔で終えたかったのでしょう、立ち上がり微笑もうとしますが涙をこらえられません。後ろを向いて涙を見せまいとするけなげな姿は私自身の体験とも重なり、共感を覚えました。

なぜ真央ちゃんは、そして我々は、溢れ出す涙を隠そうとするのでしょうか?

恥ずかしいから?
みんなのアイドルは、笑顔を振りまかねばならないから?
大人の涙は、恥ずかしく、避けようとします。

しかし、それは大切な役割を果たします。
診療してると、多くの方々が泣かれ、診察室のティッシュはどんどん減ります。
涙の心理的効用について考えてみました。

人生が始まり、幼い赤ちゃんはたくさん泣きます。
空腹だったり、眠かったり、泣くことがまわりに自分の意思を伝える唯一の言葉です。
赤ちゃんは未熟で無力な存在です。

子どもから大人へと成長する時、
「泣いてはいけません、我慢して、頑張りなさい」
と教えられます。
涙は、自分の気持ちがコントロール出来ず、暴走してしまった状態です。
泣き虫は弱さの象徴です。
真央ちゃんも、我々も、涙を克服して、涙など流さないほど強くなりたいと願います。

でも、涙を否認せず、自分の一部として受け入れることこそが、本当の強さに繋がると思います。

ここで、実際の相談例をご紹介します。

茂雄さん(仮名)は50代、息子のひきこもりの相談に、ご夫婦揃っていらっしゃいました。
家族のことを真剣に考える素晴らしい父親だと私は思いましたが、茂雄さん自身は息子に厳し過ぎた、叱ってばかりいたと反省しきりです。
茂雄さん自身も父親からいつも怒られていました。「ちゃぶ台返し」もよくあり、母親を泣かせていました。父親はろくに働かず、家族は借金を抱え、とてもみじめな子ども時代を送りました。
幸い、茂雄さんは成績がよく、涙をこらえ、悔しさをバネに人一倍がんばって、立派な社会的地位と財を築きました。茂雄さんは会社の部下たちからとても尊敬されています。

そういう茂雄さんにとって、頑張ろうとせず、努力を諦め、家でひきこもる息子は到底許せません。父親は息子に怒り、息子もそういう父親を拒否します。
茂雄さんから話を聞くうちに、茂雄さん自身も亡くなった父親に怒り、許していないことが語られました。

診察室でも、妻や私に怒りを爆発させることがしばしばです。
そんな茂雄さんが、初めて涙を見せた時のことを、私はよく覚えています。

カウンセリングの初期は、息子さんのことが話題の中心でしたが、やがてご両親のこと、とくに父親である茂雄さんの心の中にたくさんの怒りが溜まっていることに彼自身も気づき始めました。何もしようとしない息子の姿をみれば怒る気持ちも当然でしょう。

しかし、その背後には怒りとは正反対の、息子を純粋におもいやる優しいお父さんの気持ちもあります。

田村: 怒りを持て余している茂雄さんの率直な気持ちと、息子さんを思いやる気持ちを、息子さんに伝えてあげたらどうでしょうか?

茂雄さん: それは難しいなぁ、、、

田村: いや、茂雄さんなら、きっとうまく出来ますよ。

茂雄: いやぁ、そう期待されてしまうと、、、

と言った途端に、茂雄さんは突然大きな声で泣き出しました。
横でみている奥さんは、いったい何が起きたのかと、おどろいています。

今まで、茂雄さんは感情を封印して、理性でがんばってきました。
悲しみや不安などのネガティブな感情は、すべて怒りという感情(攻撃性)に転換して、それ以上近づけないようブロックしてきました。

私の言葉は、鎧で固めた茂雄さんが隠し持っている心の琴線に触れました。
そうすると、今までこらえていた感情の封が切られ、涙となって表出されました。

私が茂雄さんの涙を拝見したのは、先にも後にもこの一回だけです。
この後、茂雄さんは大きく変わりました、と奥さんは言います。
茂雄さん自身はそんなことないと否定しますが、子どもたちや妻への関わり方がとても優しくなったそうです。それまで息子さんと会話しようとしても緊張してうまく話せなかったのですが、父子がお互いに片意地をはらず、自然におしゃべりできるようになりました。

涙を隠し、泣かないことが強さではありません。
自分の気持ち(弱さ)を認め、受け入れ、それを大切な他者にも伝えられることこそ、本当の心の豊かさなのです。

2017年3月15日水曜日

子どもの進路にエールを送る

人は、時に人生の大切な選択肢に出会います。
どちらの道を選択するか、迷い、立ち止まります。
その選択は、自らの意思で決めなくてはなりません。
そうしないと、自分の進む道に責任を持てなくなります。

〜〜〜

R君はとてもラッキーなことに、P高校とQ大学付属高校の両方とも受かりました。
・P高校は偏差値がより高く、一流大学に多数進学しています。
・Q高校は大学の付属高校で、スポーツなどの部活動が盛んです。
R君はどちらを選択するか迷いました。
父親はP高校を勧めました。
R君は父親の言うとおり、P高校に進みました。ところが、、、

優秀な生徒が集まるP高校のレベルは高く、中学までクラスでトップだったR君にとって、今まで経験したことのない大きなショックでした。希望して入った野球部も仲間や先輩とうまくいかず退部して、学校にも行くことができなくなりました。

R君は、次のように言います。
本当はP高校ではなく、Q高校に行きたかった。
大学受験を気にせず、好きな野球に打ち込みたかった。
P高校の野球部は僕に合っていない。
P高校に行けと言った父親のせいで、僕はこうなった。

R君の父親にもお会いしました。
P高校をRに押し付けたつもりは全くない。
ただ、父親の意見として、P高校に入って、大学はより高い目標を目指してみたらとアドバイスしただけだ。それも、強く言ったわけではない。
しかし、当時、仕事が忙しくて、Rと接する機会が限られていた。わずかな機会に言った一言が、Rの心に残っているんだろう。

R君は、
父親と落ち着いて会話したことがあまりない
と言います。
R君にとって、父親は話しにくい、畏怖する遠い存在でした。
その父親の一言を、必要以上に重く受け止めてしまったようです。

その後、R君と父親は話し合う機会を多く持ち、高校にも行けるようになり、無事に卒業しました。一浪の末、Q大学に合格しました。
P高校の同級生たちは、みなQ大学よりレベルの高い大学に進学しています。

初めからQ大学付属高校に行っていれば、こんなに悩んだり苦労せずに現役でQ大学に行けたのに、すごく回り道をしてしまった。。。

これも、R君にとっては大切な人生の回り道だったのでしょう。
R君はQ大学を卒業して、立派に社会に巣立って行きました。

〜〜〜

子どもがひきこもり始めた初期には、無理に働きかけたり励まさず、安心してひきこもることができる環境を家族が整えます。
しかし、これは初期の段階です。

ある程度の時間、休息できた段階で、親は安心してひきこもりから脱して前に進む力を与えます。
子どもが自らの力で前に進むことが一番なのですが、長期間ひきこもっていると、そのような力を見失ってしまいます。その時は、親が良い意味での指針を子どもに与えます。

しかし、これは親にとって想像以上に難しいものです。
・子どもの自主性を尊重したい。
・親の考えを押し付けたくない。
・親の影響を与えたくない。
と考えます。

〜〜〜

私の子どもの話をしたいと思います。
高校を卒業した次男は、第一志望のA大学と第二志望のB大学を落ち、第三志望のC大学に受かりました。
ところが、C大学の入学金を納めた後に、B大学から補欠合格の通知が来ました。
次男は、入学金はもう戻らないのかと尋ねてきます。
私と次男とのLINEのやり取りを紹介します(ほぼ原文のままです)。

父親:お前の人生だ。お金のことは気にせず、よく考えてごらん。

次男:どっちかっつーとC大の方がやりたいことできるんだよね(笑)。
B大の方が名前は良いから考えていたけど、あんまりやりたいことできないんだよねー。

父親:そうだ。名前とかブランドではなく、内容を見てお前が本当に誇りを持って打ち込めるかだ。
就職の時、文系はどうしても大学のブランドが効いてくる。その点、工学系は具体的に学ぶから、就職の時、大学で何を勉強したか聞かれると、この学生はマトモにやってきたか、遊んできたか、すぐわかっちゃうんだ。そういう意味でオマエが本当に打ち込める方に行きなさい。

結局、次男はC大学を選択しました。
私は内心、B大学を選んで欲しかったのかもしれません。
別の機会に、私は子ども達に次のように話したこともありました。

学歴社会。
大学のランクとか偏差値って、昭和の価値観なんだよ。
パパが十代の頃、日本は高度経済成長期だった。
たくさん努力したら、より多くの幸せが得られると、社会のみんなが信じていたんだ。
当時は終身雇用制だから、学校を出て就職したら、定年までその会社を勤め上げる。
学校のレベルと会社のレベルも、ある程度は相関していた。
今ほど豊かな社会じゃなかったから、賃金の高い会社の方がお金持ちになって、より幸せになるってのも、ある程度は正しかったのかもしれない。

でも、平成の今は違う。
経済成長は限界に達し、終身雇用制も崩れ、誰でも転職する時代だ。
高学歴でも、社会に出てからどんどん下がっていく人もいるし、その逆だっている。
パパはそういう人々をたくさん知っている。
つい最近も、一流企業で過労自殺が問題になったでしょ。
学歴の差が、年収や幸せに直結しなくなったんだよ。
なのに、昭和を生きて来た親や高校の先生やたちは、未だに偏差値とかにこだわっているんだ。そんなの、全然関係ないじゃん!

これは子ども達へというより、実は、未だに昭和の価値に囚われている私自身に対する自戒のメッセージなのです。
私は、クライエント家族の方々から多くのことを学ばせていただいています。
子どもの成長を見守る親の不安は、私もたくさん持っています。

・親の価値を、子どもに押し付けてはいけない。
・しかし、子どもに親の価値と期待を良い形で与え、前に進むエールを与えます。

ということも、学ばせていただきました。

次男に、
B大学に行きなさい。
とは言えませんでした。

・Aの選択肢も、Bの選択肢も、同等に可能であること。
・それを決めるのは次男自身であること。
・決める際の選択基準、考え方を与えること。
・子どもが選んだ道を肯定すること。

これらが、父親として子どもに言えるギリギリの線でした。

2017年3月2日木曜日

ひきこもり脱出講座の効用

ひきこもり脱出講座の参加者から、感想をいただきました。

 ひきこもり脱出講座に参加することが出来て、とても嬉しく思っています。
 今まで、ひきこもりの家族会や学校の親の会などには参加してきましたが、ひきこもりについての情報を得ることがメインとなり、親自身の変化や癒しには繋がりにくいと感じていました。
 初めての参加でしたが、今までの経験や気持ちを安心して話すことができました。田村先生や皆さんに受け止めていただくことで、また、皆さんのお話から気づきや学びを得ることで、この講座が親自身の成長を促してくれる場であることを実感しました。
 これから、この講座を通して私自身がどのように成長できるか、とても楽しみです。

ひきこもり脱出講座は今回で14回目となりました。
5−10名ほどの同じメンバーが、3週間おきに6回集まります。
前半は私の方からお話しして、後半は、参加者の方々から様々な話が出てきます。2時間があっという間に終わります。
初めて参加される方は、はじめは緊張されていますが、回を重ねるにつれ、だんだん慣れてきて、自分のご家族の話などをされます。なかなか他では人に話せないようなことでも、同じ境遇の方々なので、気軽に話すことができます。
そのようなやり取りを深めることで、単に知識を得るばかりでなく、親としての癒しや成長につながります。

 一番初めにこの講座に参加した時は、何かお話ししようとすると、涙があふれ出ていました。絶望感と不安感で押しつぶされ、自信を喪失していました。
 その後、何回か参加していくうちに、田村先生からの学びと、同じような悩みを抱えているみなさんの話を聴いて、少しずつ勇気が出てきました。
「子どもの親としてだけでなく、私自身の人生を楽しもう!」
と決心して、動き始めたら、家族が良い方向へ変わってきました。私が生きる楽しみを見つけて、喜んだり、感動したり、あわただしい日々を送っていたら、ちょうど良い親子の距離感が出来たようで、子どもは自分で考えて、自分で動けるようになってきました。

 6回のシリーズを終えた後も、続けて次のシリーズに参加される方も多くいます。
だんだんと、親の気持ちが前向きに変化していきます。すると、不思議なことに、子どもも気持ちが前向きになり、ひきこもっていたお子さんも、自然に外に出られるようになってきます。
 そういう意味では、「講座」というよりは、親の成長のためのグループ・カウンセリングに近いかもしれません。

子どもを信頼する力

私が子どもの頃、毎夏お盆の時期に愛媛県の母の実家に帰省しました。
親戚やいとこたちみんなで遊んだ海水浴は、とても懐かしい思い出です。
 
ある夏の思い出です。
たしか小学校高学年だったと思いますが、いとこのお兄ちゃんが沖にいるのを目指して、覚えたての平泳ぎで、プカプカゆっくり気持ち良く泳いでいました。
すると、突然手漕ぎの小舟が近づいてきて、「大丈夫ですか?」と、舟に乗せられ、岸に戻されました。
岸では親戚みんなが大騒ぎです。どうも心配性の叔母さんが、「タケシ君が溺れてる!」と叫んだのがきっかけだったようです。確かに岸から見れば潮に流され、溺れているように見えます。母はパニックで泣いていました。私としては、そんなに悪いことしていたわけじゃないけど、みんなに心配かけたのは悪いことだと思わざるを得ませんでした。
巣立とうとする思春期の青年たちは、自分の力で泳げるのか試します。
小さな子ども時代は、まわりの大人たちによって安全が確保されたプールで泳いでいます。
広い海はとても危険です。
勉強がうまくいかなかったり、友だちからいじめられたり、先生から叱られたり、クラブ活動の先輩や微妙な友人関係など。。。

親は不安です。
そんな危険な大海原を、この子は本当に泳げるのでしょうか?
泳ぎ始めは、みな下手くそです。はたで見てると、溺れるんじゃないかと心配します。
親としては、子どもを溺れさせるわけにはいきません。助け舟を出します。子どもは海から引き揚げられ、自分の泳ぎを習得する機会を失います。

本当に大丈夫なのでしょうか?
この子は、自分で何とか困難を乗り切る力を持っているのでしょうか?

その答えは、実際にやってみないとわかりません。
必死に泳ぐ当事者だって自信がありません。
周りの人が「あぶない!」と言えば、危ないし、
「大丈夫!」と言えば、大丈夫かなと思うしかありません。

親が心配のオーラを投げると、子どもも心配になります。
親が安心して子どもを見守っていると、子どもも安心して、何度か失敗しながらも困難な海を泳げるようになります。
ひきこもっていたAさんは、一大決心して、親から離れ自分ひとりで生活することにしました。親にとって、それまで身近にいたAさんの姿が見えなくなります。様子がわからなくなります。連絡しても、電話に出ません。コンタクトが途絶えてしまいました。ひとりで何してるのだろうか?とても心配になります。もしかしたら、死んでるかもしれない。。。そんな不安が親の心をよぎります。
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それではいけません。
子どもを心配し過ぎるのは、親のエゴです。
子どもを信頼してあげましょう。

この子は大丈夫だ。ひとりで泳げる!

その親の眼差しが、子どもを成長させます。
子どもを信頼せず、いろいろ干渉してくる親を子どもはとても嫌がります。
子どもは親の心配を拒否しようとします。
すると、子どもから拒否された親は傷つき、さらに心配します。
この悪循環が、巣立とうとする子どもを縛ります。

2017年2月22日水曜日

こうやって話すと、辛くなりますよね?

P子さんは、息子のひきこもりについて相談にいらっしゃいました。
カウンセラーに相談するのは初めての体験です。
始めは、息子さんのことを話していたのですが、途中から、家族の話に移っていきました。

実は、家族の問題なんです。

と言いながら、家族が長年抱えてきた問題や、P子さんの辛さをよく語ってくれました。
最後に、P子さんが語ってくれた感想が、表題の言葉でした。

こうやって話すと、辛くなりますよね?

確かにそのとおりです。
人は、他者の問題については比較的話しやすいのですが、自分自身の問題について認め、語ることは、とても辛いことです。
なぜなら、痛みを自分自身で請け負わなければならないからです。

P子さんは、その痛みに耐え、よく語ってくれました。
とても、しんどかったでしょう。
しかし、それが根本的な問題解決への第一歩なのです。
その辛さを通り越すと、幸せを得ることが出来ます。

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S雄さんとT子さんが、夫婦カウンセリングにいらっしゃいました。
ふたりで一緒に相談した後、S雄さんはひとりで相談したいからと、T子さんに席を外してもらいました。

実は、T子を先生に診断してもらいたいんです。
ネットで見たら、T子は境界性パーソナリティ障害か、うつ病だと思うんです。
治るものなら、治してほしいです。
もし治らない病気なら、離婚したいと思います。
その場合、妻は病気だという先生の診断書を書いて下さい。

二人とも、人間としてはとても素敵な人です。
結婚するまでは、とても幸せでした。
しかし、5年たった今のふたりの関係は最悪です。

その一番の要因は、二人とも、心の中に抱えている大きな負の遺産です。
二人は、安全な家族で育ちませんでした。
一見、ごくふつうのご実家なのですが、家族の中に見えない葛藤を抱え、お互いを傷つけあいながら成長しました。
その体験が、二人の関係性に大きく影響しています。親密になり、心理的距離が近づくと何か悪いことが起きるのではと不安になり、自分を守るために、無意識のうちに相手を傷つけてしまいます。その応酬がエスカレートして、ふたりとも耐えられなくなりました。

T子さんは、自分の実家問題に気づいています。
そのことを認め、どうにかして自分が良くなりたい、夫婦関係が良くなりたいと、助けを求めています。

一方のS雄さんは、自分の家族に問題があったということを認めず、自分自身の意識からも追い出しています。
私から、「これはおふたりの関係性の問題であり、双方が変わらなくてはならない」と申し上げるのですが、S雄さんは認めません。
S雄さんにとって、問題の所在はあくまでT子さんに属し、自分自身の問題性は否認しています。

だれでも、自分の問題や欠点を請け負うことはリスクを伴います。
一時的に自尊心を失い、自信とやる気を失ってしまう。
P子さんも、S雄さんも、過去に家事や仕事が出来なくなり、寝込んでしまった時期がありました。
S雄さんは、医者に診てもらい「病気じゃないよ」と元気付けられ、どうにかカムバックしました。
そんな事情があるので、P子さんもS雄さんも、自分の心の健康に不安を抱えています。

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自分の弱みに鎧をかぶせ、隠せば、取りあえずどうにか動けます。
自分の弱みを開示してしまうと、痛くて動けなくなることもあります。
そこが難しいところです。
隠せる範囲内なら、棺桶まで持って行っても良いのかもしれません。
しかし、それが限界を超えて大きくなると、自分一人では処理できなくなります。
他者に救いを求めるしかありませんが、そのためには、どうしても自分の弱みを開かなければなりません。
自分自身でもそれを見ないといけません。
それは、恥ずかしく、落ち込んでしまいます。

だれでも、病院に行くのは嫌なものです。
痛いところを見せないといけません。
診察するために、服を脱いで、裸の姿を晒さなければなりません。

歯が痛くても、市販の痛み止めでどうにか我慢できるならいいのですが、
どうしようもなくなったら歯医者に行き、口を大きく開けなければなりません。

やぶ医者にはかかりたくありません。
よっぽど信頼出来る医者でなければ、自分の痛みを見せたくありません。

何を根拠に信頼出来るのでしょうか?
1)的確に診断して、痛みを取り除く腕があること。
2)自分の痛みをちゃんと理解して受け止めてて、無理せず、丁寧に優しく対応してくれること。
このふたつがとても大切です。

心のケアも同様です。
A) 心の痛みが、一人でどうにか処理できる範囲であれば、人に頼らず、痛みは自分の心の中に閉じて、自分で何とかがんばります。
B) しかし、それを超えたら、信頼できる人に自身の痛みを開き、自分自身もそれを認めます。

両者とも大切なことです。
この両方をうまく使い分けることが肝心です。
しかし、なかなかうまくいきません。
P子さんも、S雄さんも、既に限度を超えて、息子のひきこもり、あるいは夫婦関係が破たん寸前という深刻な問題を抱えているのですが、(A)から(B)に移行できません。
P子さんは「息子の問題」、S雄さんは「妻の問題」として処理され、「自分自身の問題」が棚上げされています。上手にたな卸し出来れば、子どもや夫婦関係の問題は必ず快方へ向かいます。

〜〜〜
自分でがんばるか、人に頼るか、、、
その志向性は、人によって異なります。

私の20歳の娘は、何か困ったことがあると、すぐに「助けてー!」と人に頼ってきます。
私の18歳の息子は未だ反抗期なのか、親と会話しません。困ったことがあっても、自分で解決しようとします。
今朝も、家の中で飼っているビーグル犬が粗相(ウンチ)をしてしまいました。
息子は親に救いを求めず、自分ひとりで掃除していました。
もしこれが娘だったら、家族みんなを巻き込んで大騒ぎです(笑)。

〜〜〜

大学に勤務していた頃、新入生の健康診断を担当していました。
診察の前に問診票を渡します。

( )夜、寝つきにくいことがある。
( )気分が悪くなることが時々ある。
( )食欲がわかないことがある。

といった質問にチェックしてもらいます。
ほとんどの学生たちは健康そのものなのですが、男子と女子でマルの数が異なります。
女子はマルの数が多いです。しかし、診察してみると、それほど大したことではなく健康です。
一方、男子はほとんどマルをつけません。診察して問題がある場合もです。

一般的な傾向として、
女性は、自分の弱みを開示して、他者に救いを求めることが得意です。
男性は、人に弱音を見せず、自分でなんとかしようとがんばります。

〜〜〜

私は、中学で柔道部でした。
柔道は受け身がとても大切です。
組み手をしている時は、身体に満身の力を込めて頑張ります。
しかし、どうしようもがんばれなくなり、相手に倒される瞬間、ふっと全身の力を抜くのが受け身です。すると、安全に倒れることができ、骨折などのケガから体を守ります。
相手に負けることを否認し、最後まで頑張り続けると、大きなケガをします。

私は高校で山岳部でした(笑)。
ヒマラヤ登山隊は、莫大な資金と労力を重ね、8000m級の山を目指します。
隊長は、気象と隊員のコンディションを見て危険が高いと判断すると、頂上アタックを断念します。せっかく目前まで迫ったのに、今までの努力が水の泡と消えます。
そうやって、隊員の命を守ります。

〜〜〜

人の本当の勇気とは、前に進むことばかりでなく、必要な時には撤退できる力です。
苦労して作り上げてきた自分の鎧(プライド)を脱ぎ、弱さを認める辛さに耐える力です。

2017年2月8日水曜日

高学歴家族の自尊心

自尊心 Self-Esteem 
=自分に自信を持ち、自分のやっていることに誇りを持てること。

人は、自尊心がないと前向きに生きていけません。
とても大切なものです。
それをどう作って、どう調整するのか。
人生のハードルをいくつも越え、成功と失敗を繰り返しながら、自分の身の丈にあった自分、肯定できる自分が作られます。
しかし、それは思春期の子どもたちにとっても、そしてそれを見守る親にとっても簡単ではありません。
越えるべきハードルが高いのが高学歴家族です。それを飛ぶことができないと、前に進めなくなります。その高さは、微妙に調整しなくてはなりません。しかし、それは難しいことです。
私の家族を例にして、お話ししましょう。

<<息子の自信獲得>>

自分で言うのも変ですが、うちは典型的な高学歴家族です。
私も、妻も、両親も、子どもたちも、いとこたちも、みんなA級の高校・大学に進学しました。
家族によって設定された高いハードルを飛び越えることが期待されます。
しかし、末っ子の次男はそのレベルに達していません。
次男は兄・姉と同じようなA級都立高校に挑戦して、落ちました。
彼は、まだ自己万能感の世界の中にいました。根拠もなく、自分は当然、受かるつもりでいました。

父親と見に行った合格発表に、彼の受験番号はありません。
父親である私は、呆然として落胆を示しました。
次男は「オヤジ、そんなに落ち込むなよ!」と慰めてくれました。
その直後の帰り道、彼の堪えていた涙が突然吹き出しました。

以来、彼は自信を得られずに、もがいている。。。と、親は勝手に見ています。
本人がどう感じているかは、分からないのに。

現在、次男は大学受験の真っ最中です。
彼は滅多に自分を表現しません。典型的な思春期男子です。私自身もそうでしたから。

父親が、「どこを受けるんだ?模試の結果を見せろ!

と言っても見せようとしません。
しつこく言って、やっと見せた模試結果の志望校は全てF判定でした。
そりゃあ、親に見せたくないよな。

ところで、第一希望はどこなんだ?

まだ、決めてない。

決めてないわけないだろ。
でも言ってしまって、そこを落ちたときのことを考えてるんだろう。
だから、親には言わない。
自信なんか、ぜんぜんないよな。

3年前の高校受験は本命と滑り止めと2校しか受けませんでした。
今回の大学受験は8校受けるようです。
どこを受けるのか、すべて本人が決め、親に干渉させようとしません。

これから連続で始まる受験の初日、朝起きてきて、

おやじ、ハンドパワーをくれよ!

と、握手を求めてきました。
普段は無口で、親が話しかけても答えず、ほっといてくれよと、身体が触れることさえ嫌い、距離を置こうとする次男にとっては青天の霹靂です。
彼にとってもよっぽど心細かったのか、緊張していたのでしょう。

次男は頑張っています。
塾や予備校を勧めても、父親が英語を教えてやろうと言っても、すべて断り、自分でやると言います。
自立したいだけなんだ。
自分の足で立ちたいんだ。

彼が選んだ大学は、すべて彼の身の丈にあったB級大学です。
ふつう、一個くらいはちょっと上の大学を受けるだろう。
誰だって、背伸びしたいものです。夢は捨てられない。
しかし、彼は、ちゃんと捨てています。10割から7割に縮んだ自分を受け入れているのだろうか。
だとしたら、父親が未だに解決できていない葛藤を、すでに乗り越えていることになります。

いや、そんなエラいもんじゃないのか。
ただ、気が弱いだけなのか、背伸びしたくないのか。
自分に制限をかけているのか。
それとも、大学の序列とかどうでもいいと思っているのか。
受験生たちには、直近の目の前にあるハードルしか見えません。AとかBとかその高さは関係なく、ただ、目の前に置かれたハードルをなんとかクリアしたいだけなのでしょう。
そのハードルが、社会や親族の中でどんな意味を持つかなんて、もっと後からやってくるのでしょう。

次男は高学歴家族がどうのこうのなんて、考えちゃいないのかもしれません。
親の私が気にして、勝手に不安がっているのでしょうか。
その不安を子どもに投影してしまうと、子どもがせっかく飛べたハードルの意味を壊してしまいます。そんなハードルは価値が低いと親が評価すると、子どもは成功体験を得られません。
AとかBとかという価値は、世間からやってくるように見えるけど、実は家族からやってくるものです。

どうやって彼は自信を獲得していけるんだろう?
私にはわかりません。
それが父親の不安です。
なぜなら、私自身に、その経験がないからです。

そんな、難しいことごちゃごちゃ言わないで、
ただ単純に彼が飛び越えたものを承認すれば良い。
頭ではそう考えますが、自信がありません。

来週、次男は、きっと、どこかの大学に受かるでしょう。
私はそれを、大いに祝福してやりたい。
浮ついた言葉ではなく、心の底から伝えたい。
そのためには、自分自身の心をもう少し深く点検しなければなりません。

〜〜〜

<<父親の自己万能感の再調整>>

幼児は、すべて自分の望みが叶うという幼児的自己万能感に浸っています。
100%の自分でいたいと願うことで、基本的な自己肯定感が生まれます。
そして、成長する中で、プライドが傷つき、100%から70%、60%と縮小せざるをえなくなります。それを受け入れることにより、ピーターパンの世界から現実の世界に降りて来ます。
傷つきを受け入れ、傷ついた自分を受け入れることによって、本当の大人になれるのです。

そういう意味では、もしかしたら私はまだピーターパンの世界にいるのかもしれません。
自分自身では、「なりたい自分」を成就してきました、、、というかできちゃった。
まだ本当の挫折を知りません。
私は、「学歴」というちっぽけな、しかし日本社会では大きな幅を利かせている価値を頼りに自尊心を築いてきました。

進学高校⇒高校アメリカ留学⇒国立医学部・大学院⇒英国留学⇒国立大学教授⇒開業医、、、

自尊心を作っていく過程は、自分自身のみに終わらず、自分の延長である家族にも及びます。それが、子どもたちの成長を見守る姿勢に現れています。
うちの家族の通過儀礼のハードルはA級なんだ。それを飛べて一人前になる。
それを子どもたちに期待して、承認を与えてきたように思います。
そんなこと、誰も決めていないのに、私の自己万能感の中に自動的に組み込まれています。
では、Bのハードルを飛んだ次男に、どうやって承認を与えるのか?
そんな、単純な、当たり前ことが、実感できません。

今、私自身の自己万能感を、再調整する時なのです。

大学の偏差値って、いったい何の意味があるんだ!?
昭和の高度経済成長時代の終身雇用制度では、大学のランクが就職先のランクに直結して、生涯収入額と幸せの量にも比例していたのでしょう。
豊かさを十分成就してしまった今の日本社会では、その世間的価値もとっくに崩れています。
一部上場企業に行っても、つぶれるし、人々は転職が当たり前だし、うつ病だって、過労死だってあります。医者や弁護士になったって、アルコール依存も、DVも、家庭崩壊もあります。そういう人たちを、私はたくさん知っています。

だのに、私は形骸化した価値観に、未だに縛られています。
それは、私自身が、その価値観に準拠して自尊心を作り上げてきたからです。
ちっぽけな、現代日本という狭い時代の狭い社会にしか通用しない準拠枠をすべてだと思い込んできました。

講演会では、司会者が私のプロフィールを紹介してくれます。

田村先生は、○○大学医学部をご卒業、博士号を取得された後、イギリスに渡り、○○を学びました。6年前に○○年間奉職された○○大学の教授を早期退職され、西麻布に精神科クリニックを開業されました。。。

これが、私の自尊心の根拠なわけ?
人より抜きん出ることが自尊心ですか?
業績が、自尊心ですか?
なんか、それって薄っぺらな自尊心じゃないかしら?
人と比較しないと、自尊心を持てないの?
人と比べて、自尊心を持つの?
そういうの、エリート意識っていうんじゃないの?

いや、そうじゃないんだ。
自尊心を得るためには、二段階が必要なんです。

1)何かを達成する。
ストレートに達成しても良いんだけど、もっと深いのは挫折し、失敗して、自尊心が傷つき、万能感が打ち砕かれた後に、再度立ち上がり、別の何かを達成します。
何らかの努力は必須です。それがないと、他者は承認する根拠が得られません。
空手形の誉め言葉ではダメです。

2)それを承認する他者がいる。
「よくできた。素晴らしい!」
という言葉があって、それが達成であることが初めて意味づけされます。
遠くの世間の人から賞賛を得るには、何かで抜きん出ないといけません。誰もがそれをできるわけでもないでしょう。
近くの人の方が大切です。身近で、自分にとって大切な人、自分のことをよく理解してくれる人からの承認が必要です。それは家族です。

▲世間からたくさんの承認を受けているのに、身近な家族から受けていない人は、寂しく。孤独を感じています。
●世間には全く知られないけど、身近な家族から承認を受けている人は、どこか満ち足りています。
幸福は世間からではなく、家族からやって来ます。

さあ、次男、頑張れ!!
諦めず、努力しろ!!
しかしどこかで限界を認めなくてはなりません。
エベレスト登頂では、勇気ある撤退が必要です。せっかくたくさんのお金と時間をかけて頂上を目指すが、隊長は気象条件と隊員の疲労度を考え、判断します。
ここで無理をすると遭難する、いや、しないかもしれない、でも危険だ。もともと登頂なんて危険なはずなのに。
判断するには、相当な勇気が必要です。
そして、撤退します。

次男は山を撤退したわけじゃない。
彼が選んだ山を登ろうとしているだけです。
彼はよく選べたと思う。
家族の伝統を意識したら、3000m級の北アルプスを目指さなければなりません。
しかし、彼は既に傷つきを受け入れ、自己万能感をリサイズできています。
ちゃんと2000m級の奥秩父を目指しています。

すごいじゃないか。父親より、兄・姉より、お前は人間が出来ているぞ。
そのはずだ。父親は、おまえを信じている。

次男の達成を、心から祝福してやろう。

おまえは、素晴らしい人間だよ!!

それを、早く伝えたいよ。

2017年2月2日木曜日

自分の弱さに向き合う生き方

前回の記事「自信の回復」は読者の皆さんから多くの反響をいただきました。
私が自信を失った話が、ショックだったようです。

> 先生、大丈夫ですか?

という心配の声だったり、

> 先生でも失敗するなんて、意外です。

という驚きの声もありました。

> 前回の週間レポートを読んで、
> 田村先生が失敗する、自信を失うことがあるのか…と少々驚きました。
> もちろん、100%完全な人間はおりませんが…

> 田村先生のレポートにある「自信を失ったことと、その後の対応」は、
> やはり心理の専門家である田村先生ならではのアプローチと思いました。
>ふつうなら、自信の喪失による心理的ダメージのなかで、どのように対応
> していけばよいのか、それを見つけることはむずかしいです。

実は、このように自分の弱さを自己開示することが、私の自信喪失のリカバリーの方法なんです。

人は誰でも不完全な部分を持っています。それは、当然のことでしょう。
でも、それをあえて人には言いません。
自分の失敗や欠点は隠して、他人には見せないし、自分でも見ないようにします。
それをオープンにして人に見せることは、とても怖く、抵抗を感じます。

自分の弱さは、他人には見せません。
自分は「良き人、強い人」と思っていたいものです。
他人には自分の良い面を見せます。
人から良く見られたいために、人からの信頼を得るために、自分を高く売るために。

特に、私は「先生」をやっています。
精神科医の先生だし、以前は大学の先生もやっていました。
先生というのは先を行く人、尊敬される人、信頼される人です。
相手から信頼されることで、私の仕事は成り立っています。
私の学生や患者さんからすれば、先生の失敗の話など聞きたくないでしょう。

> 先生が失敗したなんて、言ってほしくなかったです。

先生にはしっかり、強くいてくれないと、信頼も尊敬もできません。
頼っている先生が、「自分が弱い」なんて言い出したら、不安になります。

自分自身でも、失敗や弱さは見たくありません。
自分のダメさを受け止めると、自信を失います。
自尊心が下がると、物事をすべてマイナスに捉えてしまい、とても生きにくくなります。
精神的なダメージを避けるために、自分の弱さは否認します。

私も、若い頃はそうしていました。
自分の良い面を人には見せて、不完全な部分は隠していました。
自分は「強い人である」と思い込んでいました。

でも、それを覆す体験を20年ほど前に得ました。
私が30代後半の頃、ローマに渡り、イタリアの有名な家族療法家、マウリッチオ・アンドルフィが主宰する2週間の集中研修に参加しました。世界中から彼を尊敬する家族療法家たち15名ほどが集まり、カウンセラーとして必要な感性を磨きます。
普段、人には言えないような本音(弱さや欠点)を開示して、悲しみや不安・恐れなどの気持ちを表出します。
当時、私は自分のことを強い人間だと自認していたので、なぜ、他の参加者たちが、皆の前で泣くのかよく理解できませんでした。
自分は悩みも弱さも持っていないし、そんなことをする必要はないと達観していました。

ところが研修の最後日に、マウリッチオが自分自身の体験を語り出し、泣き崩れてしまいました。
彼は、ちょうどその頃、長年連れ添った夫婦関係が破たんする寸前であったと、後で知りました。
私はとても驚きました。
先生が、生徒たちの前で自分のナイーブな弱さを見せるなんて!
高名な先生であっても、本当は情緒的に弱い人だったんだ。
ついに壊れてしまったか、、、
とても残念に思いました。

しかし、彼は全く壊れていませんでした。
その直後の晩餐会では、普段の彼に戻り、陽気に振る舞っています。
泣き崩れる彼と陽気な彼の落差を理解できませんでした。
その後、この体験を反芻して、次のように考えました。

彼は他人に弱さを見せても平気な人なんだ。
自分の弱さを受けれていて、それを弟子たちにも見せることが出来る。
他者に依存したり、助けを求めるために弱さを見せているわけではない。
自分で感情を処理するために、あえて感情を表出しているんだ。
弱さを抱えてはいるが、弱い人ではない。十分自信を持っている人だ。
それが本当の強さなのだということを理解しました。

これは、私の30代後半の体験です。
大学の職を得て、子どもが生まれ、教員として父親としての自信を深めたいと願っていた人生の転換期でした。
マウリッチオとの体験は、安全にプライドを崩していく作業だったのかもしれません。

若い頃は、一生懸命、自分の鎧を作ってきました。
成長する中で、身体と頭と心を鍛え、強くして、人生のハードルを越えて、良い人間になろうと努力してきました。
当時は、弱さを認める余裕はありませんでした。

人生の半ばを過ぎ、それまでに得てきたものを多少は崩しても大丈夫という自信が根底にあったから、マウリッチオの強さを見出すことができました。

弱さや失敗を否認していたら、そこに手を加えることはできません。
自分の陰の部分に光を当て、修復するためには、まずその部分に立ち入らねばなりません。
それはとても勇気がいることです。一人では困難です。
カウンセラーは、そこに寄り添います。

ローマでの体験の後、私は、よく学生たちの前で泣いたり、感情を表現するようになりました。妻を亡くした時も、授業でたくさん泣きました。ちょうど「家族関係学」という授業を担当していたので、自分の家族のことをよく題材していました。
先生が泣き出して、弱虫先生と批判した男子学生や、
悲しみの感情に耐えられず、もらい泣きする女子学生がいる中で、
「先生の感情に触れて良かった」という感想を漏らした学生もいました。

人間の本当の強さとは何でしょうか?
強さに固執して弱さを隠すことは、弱さにつながります。

●自分の強さを認め、弱さも同様に認められること。
●安心して、自分の弱さを受け入れること。
弱い部分があるからといって、その人の価値が下がるわけではありません。
それが、本当の強さだと、私は考えています。