2019年6月5日水曜日

養護教諭が家族システムと学校システムに果たす役割

養護教諭が家族システムと学校システムに果たす役割

(家族療法学会2018年ぐんま大会のシンポジウムでの
講演を学会誌のために書き下ろしたものです)
家族療法研究 36(1): 79-81, 2019

 家族と学校の関係について、システム論的に考えてみよう。
 このふたつのシステムは、子ども(児童・生徒)を中心にして同心円状に重なり合う(図挿入)。子どもの安定と成長と寄与する家族システムの重要性は言うまでもないが、学校も同様である。そこは子どもにとって所属すべき基本集団であり、学力習得の場である。また、集団性・社会性獲得の場、家族以外の親密な関係性を形成し、いじめや学力低下などの否定的な体験に直面する場でもある。

 学校システムから見ると家族はプライバシーの壁に阻まれたブラックボックスである。子どもに問題が生じ、その背景に家族の機能不全があるという仮説を立てたとしても、深く介入できないし、その方法論もない。教師は子どもに関わるプロであっても、家族に関わるのは素人だ。その例が、多くの学校システムが限定するスクール・カウンセラーの役割である。子どもへのカウンセリングが中心で、家族への継続した関わりには消極的である。

 学校システムの構造は、クラスで日常関わる担任教師が中心となり、そのまわりを教科担当、学年、管理職の教師などが取り囲む。養護教諭は全員の子どもに関わるわけではなく、保健上のニーズのある子どもを取り出して関わる。さらに上位システムとして、学校運営を管理する教育委員会や、医療、児童相談所、家庭裁判所、福祉事務所、警察、児童養護施設などの外部支援組織がある。

 現代の学校システムは高いストレスに置かれている。子どもは勉強というハードルと家族や学校からの高い教育期待、仲間関係を作るストレスなどから学力不振、いじめ、暴力、不登校、自傷行為、身体・精神疾患などさまざまな問題が生じる。

 教師のストレスも高い。多忙な業務をこなしきれず、バーンアウトしてうつ状態や欠勤に至ることもまれではない。教員仲間というサブシステムも重要だ。学年集団、管理職などの教師の関係性が教師のメンタルヘルスに影響し、さらに子どもたちの学級サブシステムにも影響を及ぼす。

 学校システムの境界線が柔軟であれば、子どもたちの安全を守るために閉じている一方で、必要に応じて情報は境界線を越えて開かれ、外部機関と連携する。しかし、学校システムのストレスが高いと境界線が硬直化し、外部との境界が厚くなる。たとえば子どもの虐待が発見されても、保護者との関係性の悪化を怖れたり、外部機関との信頼関係を築けず、児童相談所や警察などとの連携が遅れる。もっとも、児童虐待へ対応は、この10年で大きく前進した。

 また、支援の方法論のダブルスタンダードも教育現場を悩ませてきた。旧来の生徒指導などにみられた厳しい態度は集団性を維持し、知識や生活習慣を与える「教え込み教育」として大切な方法論である。その一方で、心理学的なアプローチ、つまり受容・共感を旨とする「カウンセリング・マインド」も教育現場に浸透してきた。この両者は目的は同じでも具体的アプローチが異なるため、それが担任、学年、管理職、養護教諭、スクール・カウンセラーなどの間で分かれると、連携が困難になる。たとえば、保健室登校を許すべきかといった議論である。

 学校と家庭というふたつのシステムが硬直し余裕がなくなると、協働すべき両者が対立・競合関係になる。問題の責任を相手に押し付け、葛藤状況に陥るか、それを回避するためにコミュニケーション不全(疎遠)になる。保護者からは学校機能の低下が指摘されたり、教員からは「モンスター・ペアレント」、「機能不全家族」などと否定的に表現される。

養護教諭の立ち位置
 このような複合システムのなかで、養護教諭は子ども・学校・家族システムを繋ぐキーパーソンの立場を取る。学校内部ばかりでなく、外部専門家とのつなぎ役でもある。その意味で、養護教諭にはぜひシステミックな視点を身につけてほしい。

 子どもにとって、学級は「がんばる」場所であり、教師は「強さ」を示す対象である。養護教諭は学校の中で唯一ネガティブな側面(弱さ)を表出できる対象であり、子どもの問題や異常の第一発見者になる。しかも集団性から離脱し、個別に対応してくれる。保健室は評価から自由になる休息の場であり、保護者にとっても安心して相談できる場でもある。

 担任教師が日々子どもと接する一次支援者である。担任はクラスに困難な問題が生じると、子どもとの関わりのみならず保護者や仲間の教師団との関係にも苦労して自信を失い、バーンアウトしがちである。あるいは、教師自身のプライベートな人生における課題に直面しているかもしれない。養護教諭は彼らをバックアップする二次支援者でもある。保健室は教師にとっても避難場所としても機能する。

 ベテランの養護教諭は「影の校長」としての役割を果たす。管理職は保護者の対応や外部との連携など困難な意思決定に戸惑う時、養護教諭の意見を求める。

 スクール・カウンセラー、スクール・ソーシャルワーカーなどとの協働も重要である。常勤職である養護教諭が非常勤の彼らと情報を交換し、保健室と相談室が連携してより充実した支援が可能になる。

 このように、養護教諭はその立場上、校内のメタポジション的な存在として、学校システムのすべての人々と関わる潤滑油の役割を担う。

 その一方で、養護教諭はひとり職場であるという弱みを抱える。一般教諭は教員仲間というタテとヨコのつながりを持つ。熱心な保護者たちは「ママ友」を利用し、近年ではSNSなども活用して高い情報収集能力を持つ。養護教諭が他校の仲間と交流できれば良いのだが、その機会は限られ孤立しがちである。

学校関係者へのグループ・スーパーヴィジョン
 私の個人開業で行っているグループ・スーパーヴィジョンには医療・心理・福祉・教育などの多職種が参加するが、なかでも養護教諭とスクール・カウンセラーが多い。月1回程度集まり、各回2時間かけて、事例を出し合い検討する(田村,2019)。

 その場で私が留意しているのは体験の安全な言語化である。もちろんこれはすべてのセラピーやスーパーヴィジョンに重要であるが、とくに、多忙と孤立の中で、言語化する時間と相手が限られている彼らにとって、批判されることなく安心して困難さを言語化する機会はきわめて重要である。そのプロセスだけで肩の荷が下り、レジリエンスが増す(Iwasaki, 2018)。

 ひとり職場であると他校と比較できず、自校の保健室の出来事が特殊なのか、それともどこでもあり得る普遍的なことなのか位置づけできない。グループ・スーパーヴィジョンでは、他の事例と比較し共通点を見出したり、自分自身の支援の特性(クセ)を客観的に振り返ることができる。

 このような対話をとおして、参加者たちはシステミックな視点を身に着けていく。子ども、保護者、教師仲間などとの関わりを言語化し振り返ると、それまで別個に認知されていた出来事が相互に関連づけられていく。

  1. 支援者が夫々のメンバーとどのような関係性を結び、どのような役割を求められているのか。
  2. 複数の人との関係性をどう切り盛りするか。
  3. 子どもを取り巻く家族・学校システム全体の構図をどのように組み立てるか。
  4. その中で支援者はどのような立ち位置(ポジション)を取るか。
  5. その立ち位置は支援者にとって心地よいか、あるいは息詰まるか。
  6. 全てのメンバーに寄り添い、彼らの立場を理解・共感すると同時に、錯綜する関係性の中で、いかにして中立性を維持するか。
  7. もしこれらが困難であれば、それはなぜか?
  8. 支援者自身のパーソナルな体験とそれに伴う感情がクライエントとの関係性に投影されているのか。

これらの視点を獲得し、システム全体を視野に含めたトータルな問題解決を目指していく。

 実際の学校現場や家庭で起こる出来事は直線的因果律(Linear Causality)で理解されている。養護教諭をはじめとする学校現場の支援者たちが円環的因果律(Circular Causality)と中立性(Neutrality)の概念を理解し、現場に応用するだけで、支援の質は格段に向上する、

参考文献

  • 田村毅:養護教諭への支援:グループ・スーパーヴィジョンの試み。日本健康相談活動学会誌14(1): 14-16, 2019.
  • Iwasaki, K., Watanabe, T. (2018) The Role of Yogo Teachers in Improving Children’s Mental Health; A Systems Approach. Asian Journal of Family Therapy 2 (1): 1-10. http://www.familytherapy.or.kr/kaft/en_index.phpより入手可能



2019年5月8日水曜日

安心システムの作り方(子どものメンタル研修会@群馬)

 連休の初日(4月29日)と最終日(5月6日)に、群馬県高山村で「子どものメンタル研修会」の第一回・第二回を開催しました。どれほどの方々が集まるか心配でしたが、二回とも30名を超える方々が集まり、会場がいっぱいになりました。
 以前から知っている方も何人かいましたが、ほとんどの方は初対面です。皆さんからの振り返りを拝見して、安心できるシステム大切さを改めて実感しました。これは私が意図していたわけではなかったのですが、結果的にはそうなりました。そのことを参加者からのフィードバックを紹介しながら説明します。
  • 知らない人の集まるところへ参加することに恐怖に近い緊張感を覚えるためにコワゴワ来ました。
  • 初めての場所は苦手でドキドキしながら参加させていただきました。自己紹介をしていただいたので少し気持ちが楽になりました。
 前半は私の方から初回オリエンテーションとして「自己紹介、群馬で開催した理由、今後の研修会の進め方」などについてお話ししました。多分、この段階ではみなさん一体何が起きるんだろうか、どんな研修会になるんだろうかとわけが分からぬまま緊張していたと思います。
 後半は、みなさんの自己紹介を兼ねて「この研修会で学びたいこと、期待すること」などを一言ずつ話してもらいました。おそらく、自分の番が回ってくるまでの時間が一番緊張したと思います。いったい何を話そうか(話すことなんか思いつかない!)、うまく話せるだろうか、みんなが分かってくれるだろうか、、、などと。
  • 一人ひとり自分のことを話されて、それが聞けてよかった。
  • 今回は自分の子育てや自身を整理したくて参加させていただきました。対話形式での参加で、気持ちよく参加できました。先生とも近く、今後も話を聞いていきたいです。
  • 当事者として参加しましたが、こんなにたくさんのお仕事に情熱を持った方々いてとても嬉しかったです。というのも、今まで専門職の方に相談してもうまくいかないこともあったので。
 みなさんも私も、一人ひとりのお話に耳を傾け、話を受け止めていきます。自分の話を伝え、参加者たちが受け止めてくれたことを実感すると、気持ちがとても楽になります。緊張感がほぐれ、楽に参加できるようになります。これが「安心システム」です。不安や緊張感ではなく、安心・安全な気持ちで居ることができる場、そこに居る人々が皆そのように感じることができる場です。
  • 田村先生の学びに対する姿勢、受講者に対する姿勢に好感を持ちました。私も謙虚に真摯に向き合う人でありたいです。
 私は、研修会の当日を始めるにあたり、意図して安心の場を作ろうとは思っていませんでした。しかし、結果的にはそれが実現しましたし、そのことは私自身、とても大切だと普段から実感しています。
 あらゆる人間集団システム(研修会にかぎらず、職場、学校、さらには家族も)は安心システムにも、不安システムにもなり得ます。安心システムでは人が安らぎ、安心して実力を発揮して、求められる役割や機能を果たすことができます。職場であれば与えられた任務を効率よくこなし、学校であれば効率よく教え、教えられ実力を伸ばし、家族であれば日々の疲れを癒し、健康と元気を回復し、子どもが健やかに成長します。
 不安システムはその逆に、求められる役割や機能を果たせなくなり、システムの機能不全に陥ります。

 ではどうやったら安心システムを作れるのでしょうか。システムを支援する私にとってとても重要なテーマです。しかし、残念ながらそれを理性的に説明するのは困難です。なぜなら安心不安というのは感覚であり、理屈では説明できません。ただ、言えることは、ひとりの人の安心不安という感性は、システム内で他の人にそのまま伝播するということです。ある人の安心感不安感)は言葉でも、言葉でなくても態度、眼差し、あるいは何も喋らなくても非言語的に(空気のように)伝わってしまいます。
 システム内の安心要素が優勢だと、不安要素を凌駕して安心システムが出来上がります。
 システム内の不安要素が優勢だと、安心要素を駆逐して不安システムが出来てしまいます。
どのようにして、システムを安心感で満たしていけるのでしょうか。
システムを構成する個々の要素が安心の状態でいることが大切です。
自分が安心しているか、不安に駆られているか。なかなか自分自身では分かりにくいものです。
そして、どのようにして、それをシステム内に伝えていくのでしょうか。多分、いろいろな伝え方があるのだと思います。

 私は今回の研修会システムを作るリーダーでした。みなさん、私を目当てにやって来てくれました。みなさんが私を受け入れる準備はできています。初回の研修会を始めるにあたり、理性(研修会の目的や理論)ばかりでなく、私の感情を伝えました。なるべく率直に、私の深い気持ちを伝えようとしました。
 その後、みなさんも深く、あるいはそれほど深くもなく、ご自身のお話を語ってくれました。30分ほどかけて一巡したのですが、その頃までには研修会システムは安全な場になりました(もちろん私の感じた主観ですが)。みなさんからのフィードバックを拝見して、多くの方々も同じように感じてくれたと思います。

 システム内における安心とは、自分がシステムの一員になり、その場に継続的に居続け、実効性を発揮できるだろうという漠然とした肯定的な期待です。そのためには、自分の存在がシステム全体によって認められ、受け入れられることです。
 まず私がみなさんを受け入れるモデルを示し、みなさんが私や仲間たちを受け入れます。そのようなプロセスの繰り返しによって、安心システムを作ります。

2019年4月21日日曜日

私のターニングポイント


あなたのターニングポイントを教えて下さい
田村 毅
(出典:「家族療法研究」Vol. 34 No. 3; 291-293, 2017.)

解説:これは家族療法の学会誌に載せた原稿です。学会の中心メンバーである評議員たちが順番に自分の人生のターニングポイントを紹介します。小森編集長はこの連続エッセイの趣旨について次のように書いています。
「正直に言うと、企画者としては、resilienceが頭の片隅にあります。追い詰められて私は変わったと言うストーリーは、治療と言うよりも治療者のキャリアカウンセリングと言う観点から、大変貴重なものだと思います。」

本文で紹介する私のターニングポイントを時系列で並べると、次のようになります。

1: 父親との愛着形成 (2-6歳)

2: アメリカ高校留学 (17-18)
3: 師匠との出会い (24)
4: ロンドン留学 (30-33)
5: 父親になる (36)
6: Maurizio Andolfiと出会い (40)
7: 妻の喪失 (51)
8: 両親の喪失 (58-60)

(以下が本文です)

現在もターニングポイントの最中にいるので、この原稿はいささか書きにくい。仕方がないので執筆を喪の作業にさせていただきます。大切な人を失うと、その関係性と自分に与えた影響がよく見えてくる。8個のターニングポイントを見出した順番に書くので、時系列が前後する。数字でその順番を示す。

9年前に妻を急性心筋梗塞で失った時は、とにかく心が痛かった (Turning Point-7:妻の喪失) 。「うつ」になりたくないと焦り、あらゆる機会を利用して感情を表出した。その習癖は現在も続き、自分でもやり過ぎと思うがコントロールできない。
私の人生観が大きく変わった。大学を早期退職し個人開業した。最も近い人を失った痛みと、近い人々との関係の中で癒された喜びを経験して、それまで求めていた広い社会からの承認欲求が消えた。身近な親しい人々と少数の患者さんとの深い関わりに生きがいが集約された。
基本的な愛着を喪失すると、愛着関係が不安定になり、新たな愛着を求めても、不安の投影(執着)か回避を生むことも体験した。臨床家族にも起きていることがよく見えるようになった。

1年半前に父親を、1ヶ月前に母親を失ったが、妻の時のような激しい悲しみは出てこない(TP-8:両親の喪失)。家族ライフサイクル上、40代の妻を失うのは予測不能なストレッサー、老親を見送るのは誰もが体験する発達的なストレッサーであるからこの差は当然ではあるが、むしろ気づいたのは、空気のように存在していた親子間の愛着であった。
私が結婚した当初は両親と都内の二世帯住宅に住み、上下を繋ぐ鉄の扉を閉めて独立性を保っていた。妻を亡くして扉は開け放たれ、ふたつの核家族がひとつの拡大家族になった。両親は小・中・高校生だった3人の子どもたちの面倒を見てくれて、私は仕事に専念できた。
ガンが再発した父親の願いを受け入れ、私は在宅ホスピスを整え、安らかに最期を見送った。伴侶を失った母親の心と身体は急速に悪化し、在宅介護、老人ホームを経て、1年半後に夫の元へ戻っていった。
「親孝行」という言葉は美徳か時代錯誤かというイメージもあるが、日本を含む東アジア家族の基本的な価値だ。欧米とは異なり、子どもが成長しても親子の愛着が薄れることなく一生続く。それが安定していると幸せを生み、不安に満ちていると苦しみを生む。

ほぼ同時期に亡くした両親との関係を振り返ると、私母親よりも父親に強い愛着を抱いていたことに気づいた。母親のグリーフワークを進めていても、いつの間にか父親のグリーフが飛び出してくる。しかもそれは感謝の涙である。
父親はキャリア・ガイダンス(進路指導)を専門とする教育心理学者だ。2歳下の妹に母親のおっぱいを奪われて以来、私は父親のオッパイを触りながら寝ていた(TP-1:父親との愛着形成)。それが5-6歳の頃まで続き、止めたくてもやめられない。今から考えれば、これが父親との強固な愛着の基盤であった。ちなみに親友の山登敬之(文献2)は中学生まで母親の布団で寝ていたことをカムアウトしている。彼は母親との、私(文献1)は父親との強固な愛着を著作に外在化した。
群馬の山奥に生まれた父親はよく山やスキーに連れて行ってくれた。小学校1年の時、実家の奥にあるリフトもない小さなスキー場で長靴を履いて滑って以来、毎年親と行くスキーをとても楽しみにしていた。南国生まれの母親も一度だけ同行したが、懲りて二度と来なかった。中学1年の時、青森の八甲田山からガイドに案内されて酸ヶ湯温泉まで滑り込んだ。その素晴らしさは今でも忘れられない。その後も高校山岳部での山スキーを経て、いま還暦を過ぎてもバックカントリー・スキーにはまっている。私は中学(柔道部)、高校(山岳部)、大学(アメリカンフットボール部)に属して男同士のラフな関わり合いを好んだ。ヒエラルキーを受け入れつつ、先輩たちとも親密に関わった。

1年間のアメリカ高校留学(TP-2)以来、文化交流が私のアイデンティティになった。「受験生が1年間も空けると大学に行けなくなるぞ」と高校教師は反対したが、父親が全面的に賛成した。よく家庭に海外の研究者を招いていた父親は40歳を過ぎてから海外にも出かけたものの、英語が不十分で思いを果たせなかった。父親の旅路は四万温泉から東京へ進出した。私は東京から始まり海外へと、父親の旅路を引き継いだ。

医師になり、進路選択時に出会った故稲村博が不登校・ひきこもりなどの思春期臨床に導いた(TP-3:師匠との出会い)。彼には人を動かす熱意はあったが理論モデルがなく、弟子たちは当時目新しかった病理を理解する準拠枠を模索した。斎藤環もその一人である。私が家族システム理論を選んだのは師匠や研究室の仲間に誘われたからというわけではない。私は原家族が好きだったのだろう。それに自身の家族ライフサイクルも関連している。初めて参加した1984年の第一回大会が27歳、日米学生会議で出会った妻と結婚したのが30歳、ロンドンに留学 (TP-4) したのが30-33歳、帰国して父親になった(TP-5) のが36歳。私自身の家族をうまく作りたかった。

私に父親が居てくれたように、私も子どもたちの良き父親になりたい。モデルがあったのでイメージはつかめたが、もっと極めたい。ロンドン留学中にジェンダーの視点を与えてくれたのはVirginia Goldner, Rachel Hare-Mustin, Lynn Hoffmanなど女性セラピストたちだ。当学会で、二人の年上の男性(中村伸一とDavid McGill)が男性性の自主シンポをやっていたので、私も仲間入りした。

ローマの家族療法家Maurizio Andolfiと出会った(TP-6)のは私が40歳で新米の父親だった頃だ。2週間の集中トレーニングで、男性も弱さを感情表出しても良いということを自ら示してくれた。その後、彼のグループには繰り返し参加している。
振り返れば私は父親を原点として、多くの年上の男性と出会い、成長のモデルとしてきた。

支援者は自身と対象の体験の差を情報として検知する。不登校・ひきこもり臨床で出会う家族は私の体験と大きく異なっていた。父親が不在で、母親との距離がとても近い。母親が心配するのはよくわかる。それなら、なぜ父親はもっと関わらないのだろう?
母親のまなざしは、どこか不安を抱えていた。危険を察知し、守ろうとした。それは、ありがたくもあり、束縛でもあった。父親は私の横で見守ってくれた。初めてスキーで滑るときも、妻を失った時も、不安な私を見守ってくれた。父親の期待は学歴や家業継承といった可能性を収束するものではなく、押し広げてくれた。
臨床で出会う男性たちの多くは子どもと妻から情緒的に切り離され、自身の父親とも切り離されている。家族の危機に直面して夫婦で協力したり、自立に戸惑う子どもの背中をうまく押せない。男性が親密性に不安を抱き、感情の言葉を持てないのは私自身の体験でもある。不安を乗り越え、変化を促す父性的な関わりが私の臨床の姿勢であり、自己の家族体験を投影したものである。

文献
1)田村毅「家族で往復書簡のすすめ:新しい父親像を発見するために」彩流社、2007
2)山登敬之「母が認知症になってから考えたこと」講談社、2013

2019年4月19日金曜日

子どものことが気になりリフレッシュできません

Q)ひきこもっている子どものことが気になり、母親である私自身がリフレッシュできません。どう気持ちを切り替えたら良いですか?

A) あなたは、心のどこかで子どもの面倒を見続けようとしていませんか?
子どもの問題の責任をとり続けていませんか?

それは親として当たり前ですね。

子どもの健康や問題に気を使うのは当然のことです。

しかし、もう一歩深めて考えてみましょう。

もしかして、あなたは親である自分自身にダメ出しをしていませんか?
親のせいで子どもに問題が起きてしまったと思っていませんか?

シングルマザーのAさんの例をご紹介します。

Aさんはどうしても子どもに言いたいことを言えません。深く突っ込めません。
子どもに何かを言っても、何も返事をせず、親を無視します。
子どもから無視されると、拒否されていると感じます。
親が責められていると感じてしまいます。
子どもが本当に親を責めているのかはわかりません。何も言いませんから。
でも、子どもがAさんを無視するのは、そういう意味なんじゃないかと感じています。
Aさんは親としての自分を責めています。そのことに自分でも気づいていないのですが。


Aさんは夫婦の折り合いがつかず離婚しました。
夫は家に帰るとゲームばかりして、家族と会話をしません。仕事はちゃんとやっていましたが、家族と関わらないという意味では、夫は家族の中ではひきこもっていました。離婚後、ひきこもっている息子に関わってほしいと頼んでも、ひとつも関わってくれません。逃げています。
Aさんは、このような夫を選んでしまった自分を責めています。
離婚して、子どもたちから父親を奪ってしまった自分を責めています。
Aさん自身、はっきりそのことは自覚していません。この辺りのことは自分の弱点で、あまり向き合って考えたくありません。
何となく、子どもに済まない、と感じています。
だから、子どもに強く出ることができません。
どうしても引いてしまいます。

「ひきこもっていないで、社会に出なさい!」
本当はそう言いたいのですが、子どもに突っ込むことは、自分自身のダメさにツッコミを入れているようで、苦しくなります。
だから、その一言が言えません。

Aさんは、友だちとおしゃべりしたり、気晴らしに買い物に出かけたりリフレッシュしようとするのですが、心の片隅に息子への思いがいつも引っかかり、気持ちを切り替えることができません。


どう気持ちを切り替えたら良いですか?


息子さんへの気持ちを切り替える前に、
自分を責めている気持ちを切り替えましょう。
子どもがひきこもっているのは子ども自身の責任です。
親の責任ではありません。

いたらない親だったから、、、十分にしてあげられなかったから、、、
もちろん、Aさんは親として不適切・不十分なところがあったでしょう。
それと同時に、良い母親の部分も必ずあるはずです。
現に、もうひとりの娘は、しっかり前を向いて自立しています。
100%の親はいませんし、0%の親もいません。
Aさんは、良いところと不適切なところが6:4か7:3といったところでしょうか。
ひきこもっている親に大切なことは、親がいつまでも子どもの責任を取らず、子ども自身に責任を譲渡することです。

Q) ひきこもっている子を外の世界に興味を持たせるにはどうしたら良いですか?

遠慮せず、子どもを外の世界に連れ出してあげてください。
守られたウチの世界にいる子どもにとって、外の世界はとても怖いものです。
できればウチの世界に留まりたいと願います。
しかし、いつかは思い切って外に出なくてはなりません。
自分の思い通りになるピーターパンの世界から、人と折り合わないといけない汚れた市井に降りなければなりません。
元気な子は自ら思い切って飛び降りることができますが、慎重な子はそのタイミングを失ってしまいます。降りる前はドキドキですが、降りてしまえば何とかなるものです。

躊躇している子どもが安心してジャンプできるように、親が背中を押してあげてください。
もう外に出ても良いんだよ!
下界に降りていって良いんだよ!

子どもはイヤがるでしょう。抵抗するでしょう。反抗するでしょう。
でも引く必要はありません。
子どもも、本当は飛び降りないといけないと十分わかっています。それが怖いだけです。
子どもの不安感を拭い去り、明確なガイドラインを示してあげてください。

そのためには、親自身が安心していることが大切です。

まず親の自責を払拭し、子どもに引いてしまうパターンから脱却します。

朝の連ドラ「あまちゃん」のストーリーを紹介しましょう(2013年NHK放映)。

あまちゃんは内気でひきこもりがちな都会の高校生でした。
母親は自分の郷里である三陸海岸にあまちゃんを連れ出しました。
あまちゃんのおばあちゃんは海女さんです。
あまちゃんは元気に潜るおばあちゃんの姿に惹かれますが、とても海に飛び込む勇気はありません。
おばあちゃんは、躊躇する孫娘をいきなりボートから海に突き落とします。
それを遠くから見ていた母親はパニック。おばあちゃんに怒り、責めます。

あまちゃんの母親は高校生の頃、海女を継がせようとする母親に反抗し、都会に家出しました。

都会で生活し、結婚したものの、夫とうまくいかず、自分の娘も元気がありません。
母親は娘にも、夫にも、自分の親にも負い目がありました。
だから、自分の母親に向き合うことも、あまちゃんを前に押し出すことができません。
ところが、おばあちゃんはいとも簡単に孫娘を海に突き落としました。
突き落とされたあまちゃんはびっくりして一瞬パニックになりましたが、それがきっかけで海女の道を進み始めます。もちろんたくさんの失敗を経験しながらですが。
あまちゃんの母親にしてみれば、おばあちゃんは孫娘に対して無茶苦茶です。母親に対しても子ども時代に無茶苦茶でした。
おばあちゃんは手荒ですが、孫に強い愛情を伝えました。
海に突き落としても溺れることはない、という深い信頼があったのです。

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Aさんの話に戻しましょう。
Aさんは新しいパートナーを得ました。
自分自身の幸せを求めたいと思いながらも、息子のことが気になります。
彼は、息子も一緒に旅行に誘ってくれました。
外の世界に触れる良いチャンスです。
しかし、ひきこもっている息子が新しい人に出会うこととてもイヤです。息子から拒否され、Aさんとしてもそれ以上は息子に言えませんでした。
でも、彼に説得され、嫌がる息子をどうにか連れ出すことができました。
ウチではあんなにワガママな息子が、外では普通に振る舞う姿を見てAさんは驚きました。
家に帰ると、母親に対してはあまり語らず、相変わらずのお子ちゃま状態です。
しかし、これをきっかけに、息子もだんだんと外の世界に馴染んでゆきました。

そしてAさんは、リフレッシュして自分自身の生活を心から楽しむことができるようになりました。


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あなたはお子さんを信頼していますか?
お子さんは外に出て行ける力を持っていますか?
押し出したら親を恨むでしょうか?怒るでしょうか?

親の迷いや自信のなさが、子どもを迷わせ自信を奪います。

どうぞ、安心して子どもを連れ出してください。

2019年3月15日金曜日

子どもの反応がないとき

今回は、ブログをよく読みに来てくださる方からの質問にお答えします。

Q)19歳の息子に話しかけても、無視します。息子には色々言いたいことも聞きたいこともあるのですが、返事がないとやる気をなくし、引いてしまいます。話しかけても反応がないときの、親のモチベーションの保ち方を教えてください。

A) 親が話しかけても無視するのは思春期の子どもの特徴です。彼らは親との関係を遠ざけることにより、親の影響から逃れ、自立しようとします。決して親のことを嫌っている訳ではありません。

それは、親としても理解できるでしょう。
それなら、自分でちゃんと動いてくれれば良いのですが、朝なかなか起きてこない、ゲームばかりして、やるべきことをやらない、勉強せずに遊んでばかりいる、、。すると親としては放っておけず、ついつい口出しをしてしまいます。
子どもから反応がないので、聞いているのか、理解しているのかと心配になり何度も繰り返すと、子どもはしつこく感じて嫌がります。「それならちゃんと返事をしなさい!」とついキレてしまいます。
すると子どもはもっと親との距離を開けようとして無視するか、あるいは時に逆ギレして反抗してきたりします。
これが普通の思春期の親子関係です。

しかし、これでは親としてやる気をなくし、引いてしまうのも無理はありません。
コミュニケーションはキャッチボールです。
自分が投げたボールを相手がキャッチして、また自分に投げ返します。その繰り返しがキャッチボールです。相手がキャッチせず後ろにスルーしてしまったり、暴投して変な方向に投げ返したり、キレて思いっきり強い球を返してきたら、キャッチボールは成立しません。やる気をなくしてしまいます。

思春期の子どもとのキャッチボールは厄介なものです。
そのやり方を考えてみましょう。

●子どもがスルーしても構いません●
親の投げたボールを子どもが無視しても構いません。子どもにはちゃんと伝わっています。子どもは普通に反応しないだけで、親からのメッセージはちゃんと入っています。

●子ども扱いしない●
心配したり、子どもだけの力ではダメだろうと思い、子ども自身が動き出す前に、先回りしてつい手を貸してしまったり、口やかましく注意していませんか。
対等の大人扱いすること。成長しつつある子どもの底力を信じてあげましょう。親が注意しなくても、子どもは自分の力で何とかするでしょう。

●親のマイナスを伝えない●
冷えたマイナスのボールを与えないでください。それは親の心配・不安を込めたボールです。この子は大丈夫だろうか?何かの病気じゃないだろうか?ちゃんと自立できるのだろうか?難しいかもしれない、、、といった気持ちです。
暖かいプラスのボールを与えてください。この子は今はイマイチだけど、きっと大丈夫だ。しばらくすればちゃんと出来るようになる。自分の子どもなのだから、大丈夫なはずだ、、、と思えるためには、親自身が自分に自信を持っていなくてはなりません。

●子どもとの距離を開けること●
子どもが小さい時は近い距離から優しいボールを投げます。
子どもが成長するにつれ、距離を開けます。
子どもはいろいろな人たちとキャッチボールを始めます。親が近くにいたら、子どもはウザいと感じるでしょう。もう少し遠くからキャッチボールをしてください。しかし、親としても遠い距離からちゃんとボールを投げたり、子どものボールを受け取れるか心配です。そうすると、どうしても距離を詰めたくなります。

そして、何より大切なことが、
●●キャッチボールを辞めないこと●●
子どもとのキャッチボールがうまくいかないと、この子は私とキャッチボールするのが嫌なのだろう。私は辞めて他の人に任せた方がいい。。。と考えて、私のところにキャッチボールの相手を依頼してきたりします。
思春期の子どもにとって、親とのキャッチボールはとても大切です。いきなり見知らぬ他人とキャッチボールはできません。まず親と練習して肩を慣らして、ある程度自信をつけてから他流試合に望みます。
うまくいかなくても、親は決して諦めてはいけません。子どもがうまく投げ返さなくても、親はうまいボールを投げ続けてあげてください。

そして、親自身がキャッチボールの練習をしましょう。
●子ども以外に、キャッチボールを楽しめる相手を確保する●
パートナーとのキャッチボールです。二人でよく子どものことを相談してください。
あるいは、友だちや専門家などでも構いません。うまく自分の球を受け止めてくれて、きちんと返してくれる人、信頼できる人です。
親自身が普段キャッチボールに慣れていないと、いきなり思春期のお相手は難しいです。
信頼できるその人と、「息子とのキャッチボールがうまくいかないのよ」という本音のボールを投げてください。相手にしっかり受け止めてもらいましょう。
そうすれば、子どもとの会話に自信を回復できます。

2019年1月28日月曜日

当事者と支援者を結ぶ「家族療法コンサルテーション」

<新講座>当事者家族と支援者を結ぶ「家族療法コンサルテーション」
リフレクティング・チーム &スーパーヴィジョン

先日行った初回の講座の様子をお伝えします。
当事者支援者が一緒に参加して学ぶことができるのだろうか?
私としても初めての試みなので、どうなるのかちょっとドキドキでした。
参加者は当事者6名と支援者3名の合計9名でした。
当事者はひきこもりの子どもを持つ親がほとんどでした。ご夫婦が揃って参加された方も二組いました。
支援者は、スクールカウンセラー、養護教諭、保健師、精神保健福祉士などでした。

参加者からのコメントをご紹介します。
まず当事者として参加した方々です。
  • 自分のことは全く語る気はありませんでしたが、恥ずかしいことに感情が高ぶり涙ながらに語ってしまいました。みなさんがきちんと受け止めて下さり感謝します。みなさんの状況が違っても、子を想う親の気持ちは同じなのだと気づき安心しました。もしかしたら我が家は子ども本人を連れ出す前に、夫婦一緒に参加できるようになることが課題なのかなと感じました。ある参加者の方から「欲があるから不安になる」というお話にとても納得しました。とりあえず今を精一杯ありのままで、少しだけ先を向いて歩んでいくことが大事だと思いました。
  • 大切な家族であればこそ関わることに怖さを感じるということがよくわかりました。わが子に何もしてあげられない自分にがっかりしますが、親の不安を増大してはいけないと思いました。「不安はなくならない。持ったままでも活動始めた方が良い」と子どもに言ってあげたいです。
  • 当初、この講座に参加することが乗り気でありませんでしたが、参加して様々なアプローチ方法があるとわかったのは良かったと思います。
支援者の方からのコメントです。
  • 今日はゆっくり話が聞けて良かったです。仕事でひきこもりの家族の方と関わることがあるのですが、こんなにゆっくりリラックスして聴いたのは初めてです。今日のお話の息子さんはお父さんのことがとても大切なんだと感じました。また参加したいと思います。
  • 支援者が発した言葉が、当事者の方々にどう伝わっているか、生の声がとても参考になりました。支援者だけの集まりでは出てこない発想もあり、次回も楽しみです。
  • あっという間の2時間半でした。親が変わることで子どもも変わっていく様子を伺えました。家族療法の基本を学びたいと思いました。
講座の様子をご紹介します。
まず、軽く皆さんで自己紹介してから、もし自分がケースを出すとしたらどんな話になるか、概略を紹介してもらいました。
皆さん、遠慮して出してくれる方がいるかなぁと心配でしたが、そんなことはありません。
支援者の方からは、関わっているカウンセリングの例について、
当事者の方は、自分の家族のことについて、
皆さん積極的にお話ししてくれました。
「今日は話さず、聞き役に徹したい」という方もいらっしゃいました。もちろんそれでOKです。

その後、ひとりの当事者の方にお願いして、その方のお話を皆さんで1時間半かけて十分に共有しました。
リフレクティング・プロセスは次の3段階からなります。これは「リフレクティング・チーム」という家族療法でよく用いられる方法を応用しています。

第一に、息子さんがひきこもっている親ごさんのお話を伺いました。私とその方との対話を参加者の皆さんに聞いてもらいます。
息子さんの様子ばかりでなく、親自身のお気持ちも話していただきました。
子どもを思う気持ちは同じだが、父親と母親で見方が異なり、夫婦がお互いのことを批判してしまいます。この方はご両親お二人で参加したのですが、父親・母親それぞれの思いの違いをよく話してくれました。

第二に、この話を聞いた参加者の方々から自由にお話ししていただきました。
支援者の方々からは、それぞれの見立てや、私だったらこのように支援するというお話が出ました。皆さんの支援しようとする視点は共通しているものの、具体的なお話は皆ちがいます。どちらが正しいというような正解・不正解はありません。様々な支援の考え方があるということを、当事者の方々は参考にされていました。
当事者の方々からは、お話に触発されたご自身の家族の話も展開されました。皆それぞれ事情は異なるのですが、共通点を見出し、自分の家だけの特殊な問題ではないのだということに気づかれていました。

第三に、事例を出していただいた当事者の方に、再びお話ししていただきました。皆さんのお話を聞いた感想や、触発されたことなどを話されました。

このようにして、自分の家族の問題として、なかなか他の人に伝えるチャンスがないお話を皆さんの前で語っていただき、その語りを参加者の皆さんにより引き継ぎ、そしてまた自分のところに立ち戻り、再び語っていただきます。
このようにして、ひとつの「語り」がたくさんの人により繰り返して語られることにより、語りの厚みが増してゆきます。
初めは緊張していたみなさんも、語りが深まるにつれリラックスされ、新しいことに気づかれてゆきました。

2018年12月19日水曜日

年末年始と家族

 年末年始には家族で集まる機会が増えます。
 普段は会社や学校など、普段のルーチン・ワークの枠組みの中にいるので、向き合っている余裕はありません。しかし年末年始は普段の仕事もお休み。家族のための特別な時間が流れます。大切な人と向き合うことは、大きな喜びになる場合と、大きな痛みを伴う場合と両方あります。家族のストレスが最も高まるのもこの時期なのです。しかし、楽しさの陰にある家族の辛さは、なかなか言い出しにくいものです。

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<年末年始に家族の問題が起きる事例>

あけみさん(仮名)は、動悸(心臓のドキドキが苦しい)と不眠(布団に入っても寝つきが悪い)を主訴に相談にいらっしゃいました。よくお話を伺うと、その原因は明らかです。二世帯同居しているお義母さんと会った日に限って体調が悪くなります。
 お義母さんはとてもキツい人です。なるべく普段は顔を合わせないようにしているのですが、時々ささいなこと、たとえば作った煮物が余ったからというようなことで電話してきます。本当は用事だけ済ませてすぐに戻りたいのですが、必ず長居させられます。
お義母さんは普段はよく気の付く人なのですが、ひとたび機嫌が悪くなると火がついたように怒ります。あけみさんは、お義母さんの前では何も言えず、ただ話を聞いているだけです。そのような日の晩には、必ず体調が悪くなります。
 こんな取るに足らない事で相談に行くのもためらったのですが、あけみさんにとって、年末年始が一番つらい時期です。お正月のことを考えただけで胸がドキドキしてくるので、思い切って相談してみることにしました。
 あけみさんの悩みは今に始まったことではなく、結婚した当初からずっと続いています。お義母さんは若いころ、とても苦労した人です。お義父さんは家庭を顧みない人で、お姑さんと小姑さんがいる中、頑張ってひとり息子(あけみさんの夫)を育てました。その結果、夫はよい大学へ行き、よい就職をして、今の地位を築きました。夫との恋愛中はとても幸せだったのですが、結婚して家に入ってからは、苦労の連続でした。お義母さんと距離を開けることができれば何も問題ないのですが、お正月が近づくと居ても立っても居られなくなります。

 初回はあけみさんひとりで相談にいらっしゃいました。あけみさんのご主人は仕事が忙しく、なかなか話し合うゆとりがありません。誰にも話すことが出来ない悩みを十分に語ることができただけで、気持ちが軽くなりました。
 あけみさんは相談に来たことを夫に話しました。ご主人も、あけみさんの気持ちは理解しているものの、どうすることもできません。次回は、ご夫婦でいらっしゃることを私から提案して、あけみさんも勇気を出してご主人に伝えることができました。

 2回目の相談にはご夫婦がそろっていらっしゃいました。ご主人は忙しくて難しかったのですが、あけみさんの説得が功を奏して、面談の時間を作ることが出来ました。
ご主人自身も、実は母親のことでとても悩んでいました。毎晩、帰宅したら、母親のところに顔を出すのですが、疲れて帰ってきて、そのことが苦痛でたまりません。早く切り上げたいのですが、黙って聞いているしかありませんでした。優しいご主人は、あけみさんの悩みも十分に理解はして、済まないと思っているのですが、何もしてあげられません。

 そこで、私から提案して、ご夫婦の年末年始の過ごし方を話し合いました。

  • 毎年、年末はあけみさんとお義母さんが一緒におせち料理を作るのですが、今年は別々に作ることにします。
  • その代り、ご主人とあけみさんが揃って、お義母さんの住居の大掃除を手伝うことにします。
  • 元旦は親戚が集まり会食するのですが、今回は、幸か不幸か、喪中です。元旦の午前中にご挨拶だけ軽く済ませ、午後からは夫婦みずいらずで温泉旅行に出かける計画を立てます。
  • 子どもたちを連れていくか迷いましたが、子どもは残して、夫婦だけの旅行にします。

 こんなことをしたら、お義母さんは烈火のごとく怒るのは目に見えています。果たして計画通りに事を進められるか、あけみさんには全く自信がありません。しかし、今回は夫も理解を示してくれて、夫がお義母さんに向き合い、ちゃんと話してみると言ってくれました。

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 これは、お正月などの年中行事に家族の凝集性が高まり、家族の中の問題が顕在化する典型例です。

 その昔、人は「自分」というものをそれほど強く持たず、集団性という大きな流れの中に身を置いていました。良いことも、悪いこともありますが、その中にいるしかなく、個人の選択の余地は限られています。
 その後、教育レベルが上がり、人は自分の頭で考え、「自分らしさ」を求めるようになりました。自分の意思を大切にしたい。自分が自ら求めるように生きたいと考えます。その考え方は人それぞれで異なります。すると、人の近くに居ることが難しくなります。ひとりでは寂しいので誰かを求めます。しかし、自分らしさも確保したいと考えます。

  • 人と繋がっていたい。
  • 人と離れていたい。

人間関係はこのジレンマの連続です。
 それを解決する方法は二つあります。
A)一番良いのは、心理的に自立し、相手とちゃんと向き合える関係を作ることです。そのためには、
1)相手の力を借りなくても自分ひとりでやっていける力を持ち、
2)相手の気持ちを尊重する一方で、それと異なる自分の意思を明確に、恐れたり、遠慮せずに伝えることができ、
3)お互いに折り合うまで話し合うコミュニケーション能力と、折り合える経験を持つことです。

B)二番目の方法は、相手との物理的・心理的距離を開けることです。上記の方法がベストなのですが、実際はなかなかそこまではいきません。物理的に離れてしまうのが良い方法です。しかし、家族や親族の場合、完全に離れることは無理です。普段の日常生活では離れていても、お正月などの年中行事や、冠婚葬祭など特別な出来事、だれかが病気や困りごとがあり、救いを求める時には、お互いに近づかねばなりません。そう考えると、なるべく上記(A)の方法を使えるようにした方が良いでしょう。

 あけみさんのような嫁姑葛藤は、日本家族の定番の葛藤です。昔は大きな家族で一緒に住んでいましたが、今は、義理の家族とは基本的に離れていたいものです。特に女性の場合、年配の世代は「女性は従うもの」という価値観を持っているので、とてもイヤなものです。
 あけみさんのような二世帯同居住宅は、日本、あるいはアジアに独特です。欧米の家族では世代間にもっと距離があります。ふだんは(B)の方法を使い、距離を開けているのですが、お正月はそういうわけには行きません。そこで、大切なのは夫が自分の親としっかり向き合えているか、(A)の方法を使えるかということです。残念ながら、あけみさんの夫は、妻を擁護し、母親に明確にNOと言えません。そのことが妻の症状形成にも関係しているのだということを夫によく理解してもらい、母親に向き合ってもらうことにしました。
 このように書くと、あけみさんの夫は、母親離れできていないダメな男性というように受け取られがちです。しかし、これは家族観の男女差に起因しているとも説明できます。女性は、いち早く近代的な核家族観を獲得し、自立したいと考えます。なぜなら、旧来の家制度の時代から、女性は原家族との分離を経験していますし、女性の地位が低い拡大家族観は好みません。一方、男性は親の面倒はみるべきという責任感を持ち、従来の拡大家族観を未だに保持している傾向にあります。特に、あけみさんの家族のように、親世代と同居している場合はなおさらでしょう。
 あけみさんのような問題を解決するためには、昔の家族観から今の家族観に移行すべきとも考えますが、それは各家族の選択です。どちらが良いとか悪いとかは言えません。むしろ大切なことは、夫婦で向き合い、家族の問題をよく話し合い、解決策を自らの価値観で作り出せることです。あけみさんの夫婦は、現状ではそれが不十分でした。そこで、2回目にご夫婦で来てもらい、夫婦の問題解決能力を高められるように、支援しました。

 最もよい家族の解決策は、専門家などの外部からやってくるものではなく、家族の中から生み出されます。専門家は、そのお手伝いをしているに過ぎません。


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<年末年始を楽しく過ごす秘訣集>


  • 家族が集まるのは楽しくもあり、負担感も増えます。その気持ちを家族で共有しましょう。
  • お正月は女性の負担が増える時期です。そのことを、男性は十分に理解しましょう。
  • 大掃除、ご馳走の準備・手配、年始の挨拶、年賀状など、仕事を家族で分担しましょう。
  • 年末年始の過ごし方を、家族でよく相談しましょう。各人の気持ちを大切にして。
  • 今までにはなかった、新しい過ごし方を試してみましょう。
  • 家族と共に過ごす時間と共に、ひとりの時間も大切にしましょう。

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<年末年始の過ごし方:アドバイスコーナー>

Aさんは夫の両親と二世帯同居しています。普段は距離を保ち、付かず離れすしているのですが、お正月は一緒に過ごさねばなりません。お姑さんの何気ない一言で傷つきます。お正月の過ごし方で、夫婦の意見が合いません。いつもケンカになってしまいます。
A)まずご夫婦でお正月の過ごし方をよく相談しましょう。毎年のことですから、特に話し合わなければ例年どおりになってしまいます。Aさんの複雑な気持ちを夫にわかってもらいましょう。そして、夫の気持ちも理解しましょう。その上で、いつもとは少し違うお正月を過ごしてみてはいかがでしょうか。
 二つ目のアドバイスです。年末年始の時期に、敢えてひとりの時間を作ってみましょう。この時期は家族との関わりを求められます。そこに流されず、夫やご両親に断り、半日でも構いません、家族から切り離された自分のための時間を作ってください。お正月ではない普段に自分の時間があったとしても、この時期にあえて家族に断り、家族よりも自分自身を優先することに意味があります。

Bさんは年一回、お正月には実家に帰省します。年老いた老親と過ごすのはとても複雑な思いです。子どもの頃のことはあまり思い出したくありません。でも、弟夫婦に任せっきりで、弱ってきている親の姿を見るのは辛く、孫の顔も見せてあげられない自分が不甲斐なく思います。
A)実家に向かう前に、親と弟さんへ手紙を書いてみましょう。ご自身の率直な気持ちを伝えます。実家では例年と同じように、当たり障りなく過ごしましょう。そして、帰りの別れを告げるとき、手紙をそっと手渡します。「私がいなくなってから読んでね」と伝えましょう。面と向かって伝えるより、時には手紙の方が気持ちをうまく伝えられることがあります。

Cさんの息子は家でひきこもっています。毎年、お正月には親族で集まるのですが、今回は息子に声をかけない方がよいのか、子どもを残して親だけが楽しい思いをして良いものか迷います。
A)思い切って息子に声をかけてみましょう。できれば、普段は会わない親戚の人が居るところで話しかけると良いです。第三者が介在すると、普段の膠着した家族関係が変化することがあります。親とは話さなくても、祖父母やいとことは普通に話せることがよくあります。

Dさんは今年、親を亡くしました。毎年、正月には親戚で集まっていたのですが、今度の正月はそれもなさそうです。子どもは就職して、正月は友人と旅行に行くからと、家に戻ってきません。ひとりきりの正月になりそうです。
A)ひとりのお正月を楽しみましょう。だれしも、一人ぼっちの寂しさを忌み嫌います。確かに辛いです。しかし、その辛さを乗り越えると、孤独が人生の豊かさをもたらします。ひとり旅に出かけてみましょう。慣れないと戸惑いますが、実行してみると案外楽しいものです。ひとりの時間を大切に使いましょう。読書も良いでしょう。

Eさんは、別居中の妻に連絡するべきか迷っています。普段は仕事が忙しくて引き延ばしにしているのですが、年末年始をひとりで過ごす妻のことを思うと可哀そうでなりません。でも、妻は私と会ってくれるか心配です。妻からは何の連絡もありません。
A)別居中の奥さまのことを心配する前に、まずご自身のひとり正月を充実して過ごす計画を立てて下さい。Dさんと同じく、ひとりで楽しむ体制をまず作りましょう。それが整ったら、奥さまに連絡して下さい。Eさんご自身が元気でいれば、奥さまもEさんと会って元気になります。Eさん自身の寂しさや不安を、奥さまに投影しないようにしてください。