2019年12月31日火曜日

群馬移住6)自由診療から保険診療に戻って

広尾では自由診療でしたから、保険診療は10年ぶり、病院勤務や当直は30年ぶりです。まさかこの歳になって保険診療の医師に戻るとは思っていませんでした。
自由診療に慣れた視点から、保険診療の特徴について考えます。

医学モデル
Bio-psycho-socialな視点では、保険診療は当然のことながらBio(医学モデル)が中心で、心理および社会的な視点は医学モデルを補助する役割を果たしています。
多職種からなる医療チームを医師が統括しています。
ソーシャルワーカーが他機関からの紹介を受け付け、サイコソーシャルな背景をインテークします。
心理士が検査などで心理アセスメントを行います。
それらの情報を手がかりにして医師が医学的病名を診断します。
診断名に基づいて、治療計画が立てられます。
と言っても薬物療法が中心で、本人や家族への心理社会的治療は補足的にしか行われていません。
医学モデルによる治療(支援)は診断と処方がメインで、医師によって独占されています。その結果、医師が医療チーム全体の責任とリーダーシップをもつことになります。

薬への依存
昨年の1月にいずみ医院で外来診療を始めた頃にはまだ患者の数も少なく、生活や病歴を詳しく伺い、心理社会的治療に時間をかけることもできました。
しかし、患者の数が増えるにつれ、ひとりの方に割ける時間が限られ、じっくり話を聴けなくなりました。すると、処方箋をきることしかできなくなります。治療手段として薬物に頼らざるを得なくなります。
何年も受診し分厚くなっているカルテを見ると、何年も長期間に渡り同じ薬を処方されています。症状も安定しているので減薬を提案しても、「同じ薬をお願いします」と言われてしまいます。説得して減薬すると、次の受診時には「調子が悪くなりました」と訴え、元の処方に戻さざるを得ません。
患者側も、医者側も、薬物に依存せざるを得ない状況にあります。

当事者として、支援者の良心としても、丁寧な社会心理的治療を目指したいと願います。
しかし、そのためには時間をかけた支援者のトレーニングと、時間をかけた丁寧な支援が必要になります。その体制が十分に整わないと、経済効率に長けている薬物治療が優先されてしまいます。そのバックには製薬会社と日本医師会のロビイングによる現行の医療保険制度があります。

そのような制約の中で、細々と行う社会心理的治療が見えてきました。
保険医療のメリットは、比較的安価に医療を受け続けることです。
少量の薬物をトークンとして用い(私は薬理的効果はあまり信じていません)、一回の診療は短時間でも継続的に長期間関わることで社会心理的側面をある程度掘り下げることもできます。そのためには安定して持続可能な治療関係の継続が必要です。

2019年の振り返り

大晦日と元旦は群馬の病院に当直しています。
お正月の病院当直は20代の研修医時代以来の40年ぶりです。
30日には子ども達にまる一日付き合い、
正月2日からは家族との予定が入っています。
その間、唯一の一人になれる二日間です。
日勤は病棟や外来から呼ばれ、それなりに忙しいのですが、夕方になれば落ち着いています。
この時間を利用して、私自身の2019年を振り返りたいと思います。

東京から群馬へ

この一年は、移住の準備プロセスの1年。躍動の年でした。

広尾から大森へ
8月にオフィスを移転し、9月から大森での相談を開始しました。
西麻布の高い家賃から解放され、自宅の1階部分を改装した小さな相談室です。
私にとってのプライベートな場所にクライエントを招き入れることに当初は慣れずにいましたが、クライエントさん達の反応はそれほど気にしていないようです。気にしているのは私だけなのかということに気づいてからは、気にしなくなりました。
場所が変わっても、セラピー自体は全く変わりません。
むしろ、家賃がなくなった分だけ、相談料を値下げすることができたのは良かったです。

渋川での保険診療
1月から渋川市内の精神病院と外来クリニックで週2回の勤務を始めました。
保険医は本来の目的ではありません。群馬でも自由診療で、広尾で行ってきた私の思い描く支援活動を継続するつもりです。当初は、それを実現するための手段(地域の医療関係者とのネットワーク作りと当座の食いぶち稼ぎ)くらいに考えていました。
しかし、長谷川憲一院長が率いるチームに接してみて、考えを改めつつあります。
詳しくは別のブログ記事に書きました。

高山村の古民家
前橋・沼田・中之条・水上など多くの物件を約一年半かけて見て回った末に、移住先を決めました。選択肢は他の地域の方がたくさんあるのですが、初めから高山村の場所が気に入りました。なかなか適当な物件が見つからなかったのですが、時間をかけて、地元の人たちにもたくさん助けてもらって、決めることができました。
秋以降はトントン拍子に前に進むことにしました。
古民家片づけ隊に、たくさんの人たちがボランティアで集まってくれたのには感激しました。人の力はとても大きいと思います。

移住先でのネットワーキング
高山村でのメンタル研修会を4月から月一回のペースで始めました。
場所も、蛙トープ、いぶき会館、村役場の会議室と転々としました。支援する側・される側が一緒に集まり自由に話し合う場に、予想以上に多くの方々が集まってくれました。それは私自身がエンパワーされた体験です。
そこで知り合った人たちから研修会などにも呼んでいただき、ネットワークの輪をさらに広げることができました。
新しい場所に私は馴染んでいけるのだろうか?
そんな不安を当初は抱えていましたが、なんとかやっていけそうな将来への見通しが見えてきました。

海外での活動
今年は上海を3回訪れ、ワークショップを行ってきました。
急速に発展する中国社会は心理支援のニーズも急速に高まっていますが、指導やトレーニングの機会が極めて限られています。不登校・ひきこもりも日本・韓国・台湾などと同様に増えてきています。
7月にシンガポールで、8月にはマレーシアでアジアのセラピスト達へのスーパーヴィジョンやケース検討会も行いました。
これらの経験から、不登校・ひきこもりとアジア文化の関連性について良く見えてきました。日本だけではわからなかったことも、アジア諸国へ経験の枠組みを広げることで見えてきました。
その成果を、
  • 6月にアメリカで(American Family Therapy Academy)
  • 7月にSingaporeで(Asian Academy of Family Therapy と American Association of Marriage and Family Therapy)
  • 10月にタイのチェンマイ( ASCAPAP: Asian Society for Child and Adolescent Psychiatry and Allied Professions)とオーストラリアのMelbourne (Australian Association of Family Therapy) で発表しました。
思えば、随分たくさんの機会に恵まれました。

"Glocal"な臨床
高山村でのlocalな視点と活動
国際的なglobalな視点と活動
結果的には、その両者を同時に進めることになりました。
これは、もしかしたら私自身の追い求めてきた姿なのかもしれません。

2019年12月16日月曜日

娘の卒業式@メルボルン

現在、娘の卒業式に参加するためにメルボルンに来ています。
ここ数年、海外出張は年に10回程度こなしていますが、仕事をしない海外渡航は6-7年ぶりです。

日本では、大学に入学するのが大ごとですが、卒業するのはそれほど難しくありません。
欧米では、大学に入るのはそれほど難しくないけど、卒業するのが大ごとです。
日本の大学では入学式が盛大で、卒業式はそれほどでもありません。
オーストラリアの大学では、入学式は大したことありませんが、卒業式が盛大です。
日本の大学いる息子二人の入学式には親として出席しましたが、卒業式には出ていません。(次男の卒業は来年ですが)
オーストラリアにいる娘の入学式には出ませんでしたが、卒業式には出席することにしました。

今回は、娘の祖母も一緒です。子ども達にとって唯一の祖父母になった義母は85歳。つい数ヶ月前まで現役で働いていた元気なおばあちゃんです。生命保険の外交員として30年以上地域で活躍してきました。40年前には海外駐在員夫人の先駆けとしてサンフランシスコに5年間滞在し、海外生活の経験があるとはいえ、さすがに体力の低下は否めません。今回はビジネスクラスでゆったり旅することになりました。

私も、ビジネスクラスは若い頃、間違って乗っただけで(エコノミーが満員だからビジネスに変えてくださいっていうオファーが昔ありました)、ほぼ初めてです。会社や国家でお偉いさんになった友人たちは、当然のごとくビジネスクラスを利用していますが、大学の教員なんて慎ましいものですよ。

いやぁ、楽チンですねぇ!
座席は広くてゆったり。寝るときはフルフラットで横になれます。
機内食も美味しくて、CAさんはワインを何杯も注いでくれます。おかげで酔っ払ってしまいました。
長距離便のエコノミーは症候群になるほど苦行ですが、ビジネスは極楽です。あえて言えばビジネスクラス症候群は酒の飲み過ぎでしょうか。
窮屈なエコノミーに座っていると、ビジネス客は偉い人かお金持ちに見えます。羨ましいなぁ、、、
しかし、ビジネスに座ってみると、自分が偉い人かVIPかお金持ちになった気分になるわけではありません。もしそうなら、それは薄っぺらな自尊心なんでしょう。
多少、楽チンなだけで、目的地に早く着くわけでもないし、落ちるときは一緒ですから。

伴侶を亡くし20年以上一人暮らしを続けているおばあちゃんにとって、孫娘が海外に呼んでくれるのは何よりも楽しみな旅です。
まあ父親にとっても同様ですが。

今回の旅はおばあちゃんペースです。
目的は孫の卒業式参列のみ。
体力的に、あちこち観光で見て回るわけでもありません。
せいぜいクリスマスで賑わうホテル近辺のお店をwindow shoppingするだけで、あとはホテルでのんびり。この生活を1週間続けます。
現実逃避。国内ではこういう生活はできません。やることが迫ってきますから。
仕事の旅行でも、やる事は詰まっているし、今回のような旅行はなかなか良いものです。

もっとも、溜まっている原稿はたくさん持ってきています。
のんびりした時間の中では、原稿もはかどるはずなんですが、なかなかうまくは行きません。

(まだ書いている途中です。)

2019年12月15日日曜日

高山村でのグループSV

12月8日(日)の午後3ー5時に、高山村役場の会議室でグループ・スーパーヴィジョンを行いました。今回の参加者は6名、病院の心理士やソーシャルワーカー、学校の教師、養護教諭、スクール・カウンセラー、スクール・ソーシャルワーカさんたちが参加しました。
ひとりの方が事例を提示して、それに着いて2時間、ゆっくり参加者の皆さんと語り合います。提示してくれた方の振り返りをご紹介します。
  • 後半のみの参加でしたが、皆さんに温かく話を聞いていただき、その体験自体に癒し効果があるように感じました。またよろしくお願いします。
前半(午後1時からのメンタル研修会)から引き続き参加される方が多いのですが、この方は後半のみのご参加でした。
心の専門職たちは、このように普段行なっていることを改めて語る時間も、相手もなかなか得られません。それは都会でも地方でも同様です。改めてこのような場に参加すること自体に大きな意味があると思います。

次回は、1月13日に同じ場所(高山村の会議室)で行います。
午後1時からの研修会から参加していただいても、3時からのグループSVのみのご参加でもOKです。
次回は、スクール・カウンセラーの方に事例を出していただきます。

リラックスして話し合い解決策が見えてくる

月例で行なっている「子どものメンタル研修会」の様子を、参加者のみなさんに書いてもらった振り返りを紹介しながらお伝えします。
12月8日は高山村役場の二階の会議室で行いました。
(次回は2020年1月13日(月・祝)午後1時から同じ場所で行います)

  • 「不登校→再登校できたケース」というテーマで田村先生はじめ参加者の方々の経験・実践の生のお話を聴かせていただくことができ、とても良かったです。
  • 少人数ということもあり、皆さんのお話を聞くことができて良かったです。その空気に安心して、前回参加した時よりリラックスして発言することができました。参加者の方々とフランクに会話ができて良かったです。自分のやってきたことを改めて皆さんの前で発言することで振り返りができているような気がします。
  • ケース理解が深まり、とても面白かったです。議論の時間があると、それぞれ触発されることが違うので良いなと思いました。自由な今の雰囲気が良いと思います。

研修会を始めた春の頃は30人以上来てくれましたが、今回は15名でした。これくらいの人数だと、あまり緊張せずに皆が自由に発言できます。この雰囲気は大切にしたいと思います。というか、この雰囲気それ自体に癒される効果があります。皆さんが交流している様子からそう思いました。
  • 参加者の皆さんがそれぞれの立場で悩みや課題を抱えているんだなと感じました。答えは出ないけど、そういうことを参加者みなで「共有・共感」する時間を大切にしたいと思いました。女性の参加者が多く、女性視線の意見・思考を交わすうちに強くなったと感じました。
  • 皆さんから色々な立場の方からお話を聞くことができて、大変参考になりました。今日のお話で、お父さんの協力・役割が大切なんだと思いました。
  • 家族関係が大切なんだと思いました。でも自分の夫に対する不信感(?)はなかなかなくならないだろうと思いました。
今回は男性の参加は私を含めて二人だけでしたが、ガンバって男性の視点もお話ししてくれました。男性・女性、お互いに相手の視点は理解しにくいものです。そのことも共有できました。
  • 先生のお話にあった「システムを変える」「支援者が家族の各々に共感すること」という言葉が印象に残りました。
  • 親や夫婦関係が変わると子どもも変わるということを、事例や皆さんの話を聞いて実感しました。
  • 不登校は子どもだけの課題ではなく、家族関係など様々な要因が重なっていることがよく理解できました。子どもだけを見るのではなく、全体を俯瞰する目が必要であり、また安心できる関係・環境も大切だと思いました。
  • なるべく時間を見つけ、祖父母と協力しながら子どもに対応していけたらと思います。学校の先生におじいちゃんへのアプローチをお願いしてみようかなと思いました。
私は「木を見るか、森を見るか!?」という比喩をよく使います。一本の木(子ども)に注目しても、なぜこうなっているのかがわかりません。その木を取り巻く森全体(家族や学校・社会などの環境)を俯瞰すると、システム全体の中での立ち位置が見えてきます。そのことをアタマでは理解できるのですが、普段、子どもの至近距離にいる家族や教師にとって、なかなか見えにくい視点です。このような場で自分の体験を言語化することで、自然に客観視できます。
  • 家族を巻き込んでの皆さんの体験を伺い、現在のケースにやってみようかなと感じることができました。色々と試みてみようともいます。
  • 愛着と不安はセットであり、不安を拭うためには安心と信頼を相手にわかる形で伝えるしかないのだと思いました。
  • ソーシャルワーカーさんから見た学校への視点がわかりました。学校も頑張らなきゃと思いました(立場は違いますが)。
  • 家族を支援するとき、中立的に関わること、安心できる場を作り関係性が変わることで問題が解決していくと感じました。
  • 不登校やひきこもりの初期の不安・怖さがある時に無理強いは良くない。しかし、背中を押すことも必要でタイミングがあること、ただそのタイミングの見極めは難しいなと感じました。
子どもへの支援は専門な知識や技術がいるわけではありません。色々な事例を体験する中で、なんとなく目からウロコが落ちるように、新たな関わり方に気づいていきます。

今後の研修会に対するご希望も伺いました。
  • 男性・女性の思考の違いについて学びたいです。
  • 引き続き、不登校関係のお話を聞けるとありがたいです。
  • 今後もできる限り皆さんが発言できると良いなと思いました。参加者が多いと難しいかもしれませんが。
ご希望を受けて、次回のテーマは「男性・女性の思考の違い」にしましょう。それまでうまく協力できなかったお母さんとお父さんが協力して子どもの問題を解決していった事例をご紹介します。
多分、冬の間は参加者はそれほど多くないのではと想像します。引き続き、少人数の中で皆さんが安心して発言できる雰囲気を作っていきたいと思います。
  • 両親・子どもなどの合同面接の進め方を、ロールプレイで練習してみたいです。
というご希望もいただきました。これは、後半のグループSVでやりましょう。

2019年12月5日木曜日

教師の思い・子どもの気持ち・親の心配

先日、小学校の先生方に講演をしてきました。
10年以上前に親しかった同僚の紹介で引き受けたのですが、面白かったのは打ち合わせです。普通、事前の打ち合わせはメールや電話で済ませるか、丁寧な場合は訪ねてきてくれてお会いして打ち合わせます。今回は、いきなり飲み会の打ち合わせでした。こういうのは初めてです。
学校の先生は飲むのが好きな人が多いのですが、関連する先生方8人くらいが集まり、お酒を飲みながら講演について話し合いました。実例に基づいた話の方が興味を引くしわかりやすいので、飲み会に参加した若手の教師ふたりにお話ししてもらい、それを受けて私が話すことにしました。
講演のタイトルがまだ決まっていないということで、皆さんであーでもない、こーでもないと知恵を絞り、まとまったのが、
「教師の思い・子どもの気持ち・親の心配」
~学校現場の実例を精神科医がひもとく~
というタイトルです。よく考えましたね。
後日、講演の要旨をまとめてくれたので、ご紹介します。

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本講演会は、講師の田村先生の提案により、小学校の先生お二人にも前に出てきていただき対談のかたちで行われました。

対話と連携
日頃から大切にしていることは、対話と連携。対話することによって問題が発見され、解決していく。
人と人との関係性に焦点を当てることが大切。子ども、保護者、教師などの個人レベルの能力や資質により精神的な問題が生じるという視点がある。それと共に人と人との関係性の中で問題が生まれるという視点もある。この場合には、関係性に焦点を当てて改善することにより、問題が解決していく。

安心感から信頼感がうまれ、行動が変わる
相談に来る子ども達の中には、自分自身の状況や気持ちをうまく表現できない子も多い。それでも小学校ではかろうじて適応していることも多い。しかし、これから先つまずくことが予想される。ストレスを抱えていても言語化できず、行動化(不登校、暴力、いじめなどの問題行動)、身体化(お腹が痛い、じんましんがでてくるなど、体に何らかの症状が出る)などで、自分の状況を伝えようとしてくる。周囲はそのサインに、気づいてあげることが必要。
多くの場合、安心できない家庭環境があると子どもは人との関係性を作ることに不安をもつ。友達と関係性を作っていくときに怖さが全面にでて、その反動として攻撃性がでてしまうときもある。支援する時には、家族・家庭の中での安心感を作っていくようにしている。家庭環境から安心感や信頼感が生まれてくると、学校での子どもの行動が変わってくる。

必要なのは承認されたという原体験
不登校、ひきこもりは、愛着の問題であることが多い。子どもはクラスの中で友達や先生と関わりながら学校の中で自分の居場所を作っていくが、不登校、ひきこもりの子どもは、その体験が少ない。学校に行くのが嫌になってしまう、教室の中に溶け込めない、自分の居場所として認知できない。子どもたちにとって、先生は味方だということが分かると、先生との愛着関係が生まれる。すると学校が安心できる居場所になり、人との関係を築きやすくなる。信頼できる人に承認されたという体験が子どもにとって大切。

また、小さい頃は自分の思い通りになる世界「ピーターパンの世界」を誰でももっている。小さい頃、自分の欲求が満たされたり、自分を全面的に愛して受け止めてくれる人がいることで、子どもの自己肯定感が育っていく。だがそれがうまく育まれていないと、大きくなるにつれて自分の思った通りにいかないと挫折し、周囲を拒絶してしまう。自分が信頼している人から承認された体験を家庭や学校の中で積み重ねていくことが大切である。

まずは保護者自身の「安心感」から
子どもが親離れできない背景には、親が子離れできていない場合がある。親が、親と子どもは別の人生だということを理解する必要がある。だが、親自身が孤立感、孤独感をもって生活をしていると、無意識のうちに子どもを取り込むことで、親自身の心の安定性を得ようとすることがある。本人に自覚がないことが多いが、客観的にみると分かる。親自身が、不安、ストレス、困難さをもっている場合、子どもが親から自立するのは困難。親の心の元気さを作っていってあげることが必要だが、学校の先生は教育のプロであるがカウンセリングのプロではない。学校だけで家族の問題を解決することは難しい場合も多い。家族の話を受け止めつつ、カウンセラー、養護教諭などや外部機関につなぐことが必要である。

支援のバトン
ひきこもりや発達障害などの問題を家族だけで抱え込むケースが多い。もっと社会の問題としてとらえるべき。そのために学校ができることは、支援のバトンをつなげることだ。
本当に困っていて不安な人は自信を失い、外部に助けを求めることができない状態になる。困っている親がまず口を開く相手は、学校の先生である場合が多い。その内容が子どものことではなく家庭の問題、夫婦の問題であったとしても、一旦話を聞いてあげることは、親にとっては肯定的な体験になる。子どもの先生が、親である自分の悩みまで聞いてくれたということが、気持ちを前向きにする。
第一支援者となる学校の先生が親の話を聞いて受け止めてあげることで肯定的な気持ち、前向きな気持ちになりヘルプを出せるようになることもある。親の閉ざされていた心が開かれて、外部との信頼関係が生まれる。すると他の機関とも繋がりやすくなる。成功体験をステップにして、信頼関係のバトン、支援のバトンを繋げていくことが大切である。

2019年12月4日水曜日

上海旅行記

3泊4日の上海から帰国しました。

今年の上海はこれで3回目です。2年前に武漢の学会に招かれ、呉さんに出会ってから、頻繁に来るようになりました。

呉さんは私の中国のマネージャーです。学会の主催者から紹介を受け、中国の不登校は多くて、カウンセラーのトレーニングは不十分だ、ぜひやってもらいたいという事で引き受けました。呉さんは日本での留学・就労経験があるので日本語は堪能です。大学勤務時代に私の秘書は使ったことあるけど、海外のマネージャーが付いた経験は初めてです。

今までの上海ではカウンセラー(セラピスト)を対象にした不登校や家族療法の研修(ワークショップ)でしたが、今回は初めて家族(親)を対象にした二日間のワークショップでした。
テーマは「不登校とゲーム障害」。
思春期の親(ひとりまたは両親)12組と同じくらいの人数のカウンセラー、計約30名の参加です。支援者と当事者をミックスした研修は東京での「家族療法コンサルテーション」や群馬高山村での研修会など、最近積極的にやっていますが、海外では初めてでした。果たして上手くいくか不安でしたが(海外では予期せぬ事が度々起こります)、結果的には上手くいきました。

いつもの専門家向けの研修ではPPT (powerpoint)を使った講義形式から始めるのですが、今回はPPTもレクチャーもなしで、初めから実際のケースを扱いました。
まず、皆が自己紹介をして語り合い、十分な安全な場を作ります。
カウンセラー(経験はピンからキリまで差があるのですが)と親(ひとり又は二人)がペアを組み、1時間ほどかけて物語を作ります。
1.(問題を抱えた)子どもの物語
2.それを取り巻く家族の物語
3.カウンセラーのアセスメント
4. Consultation Questions(コンサルテーションで話題にしたいテーマ)
を語り合います。
その後、一組30-60分ほどかけて、全体の前で私がコンサルテーションを行います。

私が英語か日本語を使い、中国語との通訳を介します。Crosscultural teaching and supervisionは通訳を介するやりにくさはありますが、国内では経験できない面白さがあります。ただし、cultural sensitivityと経験がないとかなり難しいと思いますが。

日本と中国ではコミュニケーションスタイルが違います。
中国の人はoutspokenというか、研修でもセラピーでも自分をどんどん表現して迫ってきます。こちらから促さなくてもたくさん質問してきます。研修でロールプレイや事例提示の希望者を募ると、日本では内心やりたいと思っている人でも「遠慮」して誰も手を上げません。中国では、多くの人々が手をあげるどころか、こちらか指名する前に勝手に前の席に座ってしまいます。私に文句を言ったり、ロールプレイで参加者の一人が発言すると、見ている観客との間で口論になり大声で言い合ったりします。
声がデカく迫ってくるので、日本人の感覚だと攻撃的で怒ってるように見え、遠慮を知らない(空気を読めない)無礼な振る舞いと認識されます。
しかし、それが彼らのコミュニケーションスタイルなのです。それがわかると、別に嫌な感じはしないし、むしろ、内面の葛藤の表出を促すセラピーの場においては、日本人よりもストレートでわかりやすく、治療効果も高いように思います。
その視点から見ると、日本のコミュニケーションは隠喩的すぎて、何を言いたいのかわからない、言語化や表情によってはっきり自分の気持ちを出そうとしません。「遠慮」や「空気を読む」は日本独特のコミュニケーションなのです。

今回のワークショップ終了時、普段は事務連絡だけの呉さんが、急に自分を語り始めました。彼が若い頃、親に反抗して色々あったんだけど、自分でなんとか困難も切り抜けたし、親はそんなに関係なかったし。
ワークショップで、あまりに子どもへの心配を語る親たちの話を受けて、思わず語りだしたのでしょう。彼は心理学の専門家ではありません。

今回のワークショップは思春期の子どもの問題に親がどう関わったら良いかというテーマでしたが、蓋を開けてみると、子どもに対する親の不安がクローズアップされました。このあたりは、日本の家族と全く同様です。日本の家族は親の感情(不安)を隠そうとしますが、中国の親たちはストレートに出してきます。
子どもの視点からすれば、思春期の困難さは自分でなんとかするものだし、親がどうこうできるものではありません。それが自立心の芽生えでしょう。しかし、親は限りない不安の眼差しを向け、思春期の子どもたちが自分で悩み葛藤する機会を奪ってしまいます。親の愛情が裏目に出て、子どもの心の成長を抑制します。

呉さんの語りを聞きながら、思春期の子どもの親が、親自身の思春期を回顧して語る機会を設けるのも面白いなと感じました。
子ども側の心理に立つ事ができます。
・自分自身の若い頃の最も困難だったこと、辛かったことは?
・それをどう乗り越えたのか?
・その時、親はどうしていたのか?親の援助を借りたのか?
その中から、親の肯定的な愛(子どもへの信頼と安心)を見出すことができれば、今の自分も親として子どもに肯定的な愛を届けられるかもしれません。
しかし、当初は親の否定的な愛(心配や不安の眼差し)を見出してしまうかもしれません。それをよく掘り下げ肯定的な愛までたどり着けるか。それがファシリテーターの技量になるでしょう。

<余談>

中国のインターネットはGoogle, Facebook, LINE, Dropbox, Amazon, Youtubeに繋がらない。
WeChatは普通にログインできる。じゃらんはログインして予約照会もできた。
日本のウェブサイトの多くは、トップページは閲覧できるのだが、ログインはできない。
Booking.comはアカウントにg-mailを使っているのでログインできない。
日本の銀行のトップページには繋がったけど、ネットバンキングにログインできない。
Yahooはログインできるけど、検索はできない。

メールもLINEも使えないし、検索も、Googleカレンダーも、Dropboxのファイルにもアクセスできないし、Amazonで買い物もできない。およそ普段PCでやっている仕事ができなくなる。
普段のPC仕事がいかにinternetに依存しているか思い知らされます。
こんな規制がかかっているのは、私が訪ねたことのある国の中では中国だけです。
普段は国内から、VPNが付いているWi-Fiルータを用意するのですが、今回は週末をはさんだ4日間の短い旅なので敢えて用意しませんでした。不在中に重要なメールやLINEが来ているのではないかと気がかりでしたが、帰国して開けてみると、ジャンクメールはたくさん来てますが、緊急の連絡がありません。
普段、いかにネットに依存しているかということがよくわかります。
ちなみに、今回のワークショップは子どものネット依存についてです。

上海は超近代と旧来の伝統が混在している街です。
東京をはるかに凌ぐ超近代的なビルや広場や、とても大きなショッピングモールが市の中心部にたくさんあります。
そこから一本裏の道に入ると、昔ながらのちょっときたなく見える集合住宅や小規模商店街などが混在しています。
伝統から近代へ。
急速に進化している中国社会を象徴しています。

2019年11月18日月曜日

研修で自分の当事者性を語る意味

相談員さんたちへのまる一日の研修を終えて心地よい疲労感に浸っています。

参加者からも、「午前中に先生からの深い話があったので、午後、自分と深く向き合い、語ることができました」と話してくれました。

私を研修の講師に呼んでくれたのは、「支援者のための夏合宿」に参加した人です。
彼女に合宿に参加して3ヶ月経ち、参加前と後で相談活動に変化が生じたか尋ねました。
「クライエントに接する時、優しくなれたような気がする。」と答えてくれました。
まさにクライエントの話を聴くキャパ(心のスペース)が広がったわけです。ご本人はそうとは気づいていないようでしたが。

彼女は参加者たちに、私のブログにはいろいろ書いてあるから読んでくださいと紹介してくれました。

「この研修会のことも書きますよ!」

と、よっぽど話そうかと思ったけどやめときました。もしかしたら書かないかもしれないから。でも、やはり書くことにしました。

妻にも朝、LINEしました。
私)今日はたくさんクシャミが出るかもよ!
妻)何するの?
私)あとでよく説明するから。

研修が終わった後、
妻)午前中、十連発でクシャミが出たわよ!!

研修のテーマは「カウンセラーの感じ方のクセを知る」
講義ばかりでなく参加者主体のワークを中心にやってほしいという要望でした。

初めに私から「心の立入禁止区域を」に敢えて立ち入る必要性について話しました。
人は誰でもタブーの記憶を持っています。そこに立ち入ると(その記憶を想起すると)トラウマや悲しみ・苦しみのフラッシュバックに悩んだり、失敗体験や恥や罪の部分に立ち入り、自分はダメな人間なんだ、劣った人間なんだと自尊心が低下したりします。
だから、立ち入らないようにその部分に柵をして、自分自身の無意識に追いやり、想起しないようにしています。
それで構わないのです。人は誰でも多少の地雷原を持っているし、そこに踏み込まなくても80-90年ほどの人生をそれほど支障なく終えることもできます。

しかし、あえて立ち入る必要があるのは二つの場合です。
1)タブー領域が心の多くを占めてしまっている場合。タブー領域は心として使えないので、心の狭い領域しか使えず、何ともぎこちない生活になってしまいます。
ちょっとしたきっかけで感情が立ち入り禁止の柵を越えて溢れ出し、自尊心を低下させ、自分は生きている意味がないと生きる目的を失ったり、ひどい時には死にたくなります。あるいは、必死に洪水を抑え込むために心全体を布団で押さえ込んでしまうので、意欲や思考力などの心も使えなくなり、うつ病になったりします。
そうなると心の支援が必要になります。勝手に溢れ出すと危険なので、うまくドレナージしてあげます。

2)心の支援者です。クライエントに共感するためには、自分の感情体験を想起して参照します。心のキャパがある程度広くないと、相手の気持ちを受け止めることができません。

こんなことを前半お話ししましたが、理屈で説明しても心のロックは外せません。
共感性は感情体験は感性の話なので、理性で理解したところでダメなんです。
そこで、私の話の後半は、私自身がみなさんの前で自分の心のロックを外してみせました。つまり、私自身の肯定的・否定的体験を語りました。そして、それが如何にクライエントを共感する際の強みや弱みになっているかというお話をしました。

亡くした妻の話はすでに公表済みです。本のあとがきにも書いたし、研修や講演などで、たびたび紹介しています。しかし、新しい妻の話はまだ開示していません。おのろけ話ではなく(結果的にはそうなんですが)、そこに到るまでの苦渋の話も含まれています。

私が話した後、お昼休みにひとりの参加者がこっそり私のところにやってきて質問しました。
「先生は、どうしてあそこまで自分の体験をみなさんに話せるんですか?」

 私自身が自分の体験をあえて語る困難さを経て、自分がエンパワーされる経験をしてきたからですよ。それを午後にみなさんにも試みてほしい。だから敢えて話したんです。
 みなさんから見たら堂々と話しているように思えたかもしれませんが、私も話そうかどうしようか迷ったし、話しているときはとてもドキドキしていました。ここに来る新幹線の中で夏苅郁子さんの本を読んでいたんですよ。

人は、人を浴びて人になる―心の病にかかった精神科医の人生をつないでくれた12の出会い

彼女の物語に後押しされて、思い切って話すことにしました。
夏苅さんは支援者(精神科医)であり、当事者でもあります。統合失調症の母親と浮気ばかりしている父親が離婚して、彼女自身も精神を病み摂食障害や自殺未遂を繰り返していました。彼女が自分を語り、人と繋がることで回復していく自分自身の物語です。初めに出したのは、2012年のこちらの本です。

心病む母が遺してくれたもの: 精神科医の回復への道のり

これを読んでいただければ、私の意図もよくわかっていただけると思います。
今日話した私の物語も、きっと近いうちに夏苅さんのように文章に書いてみなさんに読んでもらうのだろうなぁと思います。

2019年11月13日水曜日

スクール・ソーシャルワーク

先日、子どもの問題に関する地域の見守りネットワーク会議に参加してきました。

その経緯は次のとおりです(プライバシー保護のため、主旨を損なわない範囲で内容を変えています)。

社会の中で、スクール・ソーシャルワーカー(SSW)の役割はあまり知られていません。
学校で、教師は教育の立場から、
スクールカウンセラー(SC)は心理の観点から、
そして、SSWは社会福祉の立場から子どもを見守ります。
教師は常勤で、一つの学校に毎日勤務しますが、SCとSSWは非常勤で、地域の複数の学校を飛び回っています。

あるSSWの方から紹介されて、私のところにお母さんが二人の息子について相談にやってきました。お母さん一人の力では、精神科医に相談することは敷居が高くてできなかったでしょう。息子たちは様々な問題を抱えていました。学校に行かず、家出をしたり、家で暴力を振るったり、リストカットしたり、病院でもらった薬をたくさん飲んでしまったり。
お母さんはどうして良いのかさっぱりわからずお手上げ状態です。
しかも、夫婦仲はうまくいっておらず、お父さんは子どもに関心がなく、家でキレて怒鳴り散らします。家族は皆、お父さんから引いてしまっています。
学校の先生方もどうしたものか困っています。たまに登校した時にはごく普通に振る舞っているのに、なぜ学校に来ないのかよくわかりません。教師としては学校に来ることを一番に考えますが、実はその背後に様々な問題を抱えています。
お母さんは何度か私の病院に相談に来ましたが、そのうち来なくなってしまいました。
しばらくして、お兄さんの学校(高校)の担任の先生から連絡があり、先生も心配されていて、お母さんを誘い、教師とお母さんが一緒に相談に来ました。
お話を聞くと、自殺の危険が心配です。家庭の居心地が悪く、学校も居場所ではなく、生きていても仕方がない、死にたいと口走り、家出をして薬を大量に服用し、救急病院に担ぎ込まれました。今回は二日ほどで退院できましたが、今後同じことを繰り返すことが危惧されます。

私とSSWさんが相談し、子どもたちを取り巻くネットワーク会議を開催することになりました。地域の資源をよく知っているSSWさんが手はずを整えてくれました。
参加したのは、
お父さん、お母さん。
兄の高校の担任教諭、養護教諭、管理職。
弟の中学の担任教諭、養護教諭、管理職。
児童相談所の福祉士。
精神科医(私)。

みなさんお忙しい中よく集まれたと思います。
特に、子どもに関心がない(とお母さんが言っていた)お父さんも仕事を休んで参加できたのが良かったです。
90分ほどかけて、それぞれの立場から二人の子どもたちの様子が伝えられ、情報を共有しました。子どもたちは、学校で見せる顔と、家庭での顔が全く異なります。学校では元気に振る舞い、強い部分をアピールします。家庭では親に甘え。依存したい未熟な弱い部分をアピールします。
そのような二面性を持つ子どもをどう理解したら良いか。今後、どのようなことが危惧されるか。今、家庭で、学校で、地域でできることはどんなことかについて具体的に話し合いました。地域で子どもたちを見守る枠組みができました。

SSWは子どもを取り巻く家族、学校、心理、福祉、医療分野の人たちを繋ぐ役割を果たします。このSSWさんはとてもフットワークが軽く、みなさんを繋げることができました。
しかし、SSWは新しい職種で、あまり社会に認知されていません。
SSWさんから音頭を取っても、これだけ他職種の人たちが集まれないそうです。
お医者さんからの発案だと集まれるそうです(それもヘンな話ですが)。
今回は、SSWさんと私がうまく連携して地域の資源を賦活できたと思います。

2019年11月9日土曜日

愛着の鋳型(子どものメンタル研修会)

11月4日の月例研究会「群馬子どものメンタル研修会」の様子をご報告します。

 今回は場所を変えて高山村役場の会議室で行われました。参加者は15名ほど。前回に比べると人数も少なく、落ち着いてゆっくり話し合うことができました。
 私が関わった事例についてお話ししました。そして、私なりの「愛着」の考え方についてお伝えしました。愛着理論は心理学の最も基本となる理論です。従来言われていたのと少し変え、システム理論の考え方をブレンドして、子どもと家族の臨床に応用しやすいお話しをしました。

参加者からの感想です。

  • 静かな部屋で落ち着いて過ごせました。「男性の家族の見方」の説明がしっくりきました。正解・不正解はないけど、その人の価値観や大切にしていることを見抜ける力が必要だと思いました。
  • 共通基盤として多世代間や日本の文化があり、自分の視野が広がる感じでした。今日みたいに話が色々な方向にころがるのが面白いので、次回も希望します。
  • 今日は少し消極的になってしまいましたが、次回はもっとリラックスして発言したいと思います。
  • 愛着の鋳型」は更新できると聞き、安心しました。人は人の関わりの中で生きていることを実感しました。
  • 愛着は常に更新していけると聞けて良かったです。過ぎてしまったことやダメだったことに目を向けて悲嘆せず、今を考えて寄り添いたいです。
  • 安心・非安心の愛着が影響することに関して、わかりやすかったです。こういうことだったのかと、腑に落ちました。
  • 人と関わることで安心感が作られる、心の温度ということが心に残りました。
心の温度というのも、私がよく用いる比喩です。愛着は人の心の中の出来事ですが、人と人との関わりから暖かくも(安心)冷たくも(非安心)なりえます。どうやったら、人と人が暖めあえるのか説明しました。

2019年11月8日金曜日

子どもの死の乗り越え方

学生時代の友人アツシが、息子を亡くしました。

このたびはご丁寧に弔電を送っていただき、本当にありがとうございました。
仲間からの励ましがどれだけありがたかったか、言葉になりません。表面上は何とか取り繕っていても、心にぽっかり穴が空いています。気持ちの整理をつけて、少しでも早くカムバックしたいです。というより、そうしないといろいろ考えてしまってつらいので。

仲間のテツヤからのメールです。

すっかりご無沙汰してます。いつも楽しくニュース・レターを読んでます。
昨日の葬儀に参列し、沢山の弔電が読み上げられる中に田村の名前もありました。愛情あふれる喪主アツシの挨拶からも、計り知れないご家族の悲しみの深さを垣間見ました。

アツシ、葬儀に駆けつけられずすまん。
お詫びに喪失の悲しみの乗り越え方について伝授します。
これは私自身が10年まえに妻を失い乗り越えてきた経験から、
そして、喪失を体験した多くのクライエントを支援(grief therapy)してきた経験からのお話しです。
多分、今の段階では乗り越えたくなんかない、今のまま時間を止めたいみたいに思うかもしれないが、残念ながら、人間には忘却力があるんですよ。
いつかは記憶は薄らいでいきます。
しかし、胸に突き刺さった大きな悲しみはそう簡単でもありません。

要点としては、感情を言葉に表し、表出することです。
悲しみの感情を想起するのはとても辛いものです。思い出せば仕事ができないし、日常生活が成り立ちません。
普段は考えずに、気持ちを封じ込めておくしかないけど、まあ1−2ヶ月は仕事にならんことは覚悟しておいてください。思考力を使わない単純作業ならできると思うけど、判断力や意思決定能力を使おうとすると悲しみの感情も飛び出してしまうので、なんとも厄介です。しばらくは無理せず仕事のペースを落として下さい。

安全な場所で、安全な人に、気持ちを表出して下さい。
心の痛みのウミを掻き出すイメージです。傷口に触れるのは飛び上がるほど痛く、その時は気持ちが混乱して(涙が溢れたり)収拾がつかなくなるのだけど、信頼できる人が受け止めてくれると痛みがとても和らぎます。アツシも既に仲間のありがたさは経験済みですね。
いろんな表出のやり方があります。
言葉として、仲間に飲みながら語り尽くしても良いし。
書き言葉で表現しても良いです。日記とか、メールとか。
私は10年前に、友人に勧められてブログを書き始めました。
仲間が読める公開に設定して、読んでもらうと助かりました。
感情のエネルギーを運動エネルギーに変換することもできます。
私は自転車やスキーや、身体を動かすことで癒されていました。アツシもスポーツが好きだから良いかもしれない。
私の場合、文章を書いて自分を表出するのは良いのだけど、文章を読んで他者を受け止めるのはもうちょっと先でした。だから、今の段階でアツシにこの文章は届けても無駄でしょう。1ヶ月くらい経ってからの方が良いかな。
巷には「家族を失った手記」みたいな本がたくさんあります。
優子を失った当初は読む気持ちにはなれなかったけど、半年を過ぎるあたりからそのような本やGrief Therapyの専門書をたくさん買い込みました。実際に読んだのはその半分くらいかな。
他人の話を受け止める(input)よりは、自分の話を表出する方(output)が良いです。私の場合はね。

あと家族ね。
親から順番にいくならまだ良いのですが、親が子ども失う逆縁は一大危機ですよ。
それは試金石でもあります。
危機とは、危険=danger + 機会chance
それは、家族の結束を強めるチャンスか、家族がバラバラになるかの分水嶺です。
家族みなが深い悲しみの傷を負いました。家族がお互いに、普段はそこまで掘り下げる必要のない深いレベルまでshareできれば、絆と信頼を深めることができます。そこまでできるのはかなり高等技術なのですが。
逆に、辛いので家族がお互いに気持ちをシャットアウトすると溝が深まります。
世間を騒がす重大な犯罪者を出した家族がバラバラになり離婚するのもそういう理由からです。

伝統的な性役割家族では、父親よりも母親の苦しみが大きくなります。
男性は仕事という逃げ場があります。女性は子どもとの距離が近く子どもが生きがいという部分もよくあります。女性のそのような立場と心情を夫が理解することが重要です。

あと自死の場合、遺族が受けるインパクトは非常に深刻です。
病死なら原因を病気が引き受けてくれますが、
自死の場合には、原因探しをしなくてはなりません。
なぜ気づいてあげなかったのだろう、救えなかったのだろうと自分を責めたり、あなたに要因があるでしょとパートナーを責め、夫婦関係が危機に陥ります。

悲哀の仕事(mourning work)は病気ではありません。誰でも経験する心的プロセスです。
しかし、下手すると病気になってしまいます。
気持ちを抑え込もうと心に布団をかけて覆ってしまうと、意欲や思考力といった心の働きまで使えなくなり、「うつ」になります。
うつは自覚症状がない場合も多く、自分ではうつと思わなくても、周りからみるとうつ状態だったりします。
私も10年まえ、自分がうつになるのが怖くてgrief therapyにせっせと通いました。
悲しみをどう乗り越えられるか。メンタルの強靭さが試される場面でもあります。

ーーーー
で、ここからは仲間たちに告ぐ。
友達は大きな支えになります。
自分の悲しみを他者が理解してくれて、その人の心の中に乗せてくれる(共感する)と、とても楽になります。
私も、疎遠になっている旧友がわざわざ訪ねてきてくれたり、一緒に飲もうと誘ってくれたことがとても助かりました。しかも故人をよく知ってる共通の仲間だからね。
人によっては、人と交流せずひとり静かにしておいてほしいというタイプの人もいますが、アツシは違うでしょう。

みんなの顔を式場で見ることで、どれだけ気持ちが慰められたことか!

とか言ってるくらいだから、どんどん声をかけてあげて下さい。
手続きが一段落する2-3週間後から半年間くらいが一番辛く、それを過ぎれば少しずつ薄らいできます。Mourning workをうまく進められないと1−2年、あるいはもっとそれ以上に長引くことがあり、そうなるととても辛いものです。

アツシなら大丈夫だと思うけど、みんなで支えてあげましょう。

2019年10月20日日曜日

愛着システムと不登校・ひきこもり

なぜ、日本やアジアにひきこもり・不登校が多いのか?

国際学会で何度も発表するたびに、国内にいたら気づかぬ視点が発展します。
今回も、タイとオーストラリアで二週続けて発表する中で気づいたことを書きます。

Hikikomoriは日本・アジアだけではありません。
今回も、オーストラリアの学会で、地元の人がhikikomoriのケースについて発表していました。演者は日本に来たことのあるセラピストでした。発表そのものは惨憺たる内容でしたが、どの文化でも日本と同じようなhikikomoriは存在し、近年増えてきています。ただ、その頻度や、まわりの人が「問題」として認知する(周りが騒ぐ)程度は日本の方がはるかに高いです。個々のクライエントとその家族レベルを超えて、社会レベルで問題にするってことが日本の特徴です。

どうやって「ひきこもり」が多いことを比較文化的に説明できるか??
これから書くことは、先週に書いたブログ:

ひきこもりは日本だけ、それともアジアの現象?

の中の、
「5. 一生続く世代間の愛着関係」
で述べたことの発展形です。

どうやって「ひきこもり」が多いことを比較文化的に説明できるか??
そのために、愛着理論をちょっといじって発展させてみました。
(このあたり、愛着理論をそのまま信奉している人たちにとっては許しがたいことと思いますが、理論的枠組みも時間と文化的な多様性に基づいて進化していくべきでしょう。とりあえずここに記述しておいて、もう少ししっかり元の理論も勉強します。)

この世の中は、危険なことで満ちています。自分の命が、生活が、安全が脅かされる可能性と常に向き合っていかねばなりません。
その中で、どうやって安心感を得るか。それが愛着です。
安心感がなければ、危険性を避けるために、いつも縮こまっていなければなりません。(そのひとつの形が「ひきこもり」です。)
安心感は一人では生み出せません。
人との関わり中で生み出されます。
自分はこの世の中で孤独ではない。
自分を見守っていてくれる人がいる。
自分のことを認めてくれる人がいる。
自分を大切に思っていてくれる人がいる。
そして、その人は決して裏切ることはない。ずっと自分の味方でいてくれる。
そのような確信が安心の愛着(secure attachment)です。
それが得られないと不安な状態になります。それが心の非安心(insecure attachment)です。心の問題のリスクが高まります。

改定1)関係性の中で生まれる愛着タイプ

a) 人の心が安心(secure)に傾くか、非安心(insecure)に傾くか。それは心のもっとも根底にある基本的なあり方ですが、そのでき方が心理学の理論によって異なります。
元々の愛着理論は精神分析の伝統の中で生まれました。つまり、幼少期の体験がその後の人生を決定づけるという考え方です。乳幼児期に保護者との間で形成された愛着のタイプ(secureか、insecureか)は心の「鋳型」として成長した後も残り、その後に形成する様々な対人関係(友だちとかパートナーとか)のあり方も、幼少期に形成された元々の鋳型に沿って決まっていきます。まあ、そういう考え方があっても良いでしょう。心理学は全て仮説ですから。

b) 認知行動療法では、その鋳型(心のくせ)は学習されたものであり、そのことに気づき、学習し直せば、変化しうるという考え方です。

c) システム理論では、鋳型説を否定し、愛着のタイプはhere and nowの関係性の中でいくらでも塗り替えられるという考え方です。現在維持されている関係性が安全(secure)であれば、人は安心感に満ちた関係性(secure attachment)を作ることができます。
逆に、過去が安全であったとしても、現在が非安全な関係性に変化すれば、人は安心の関係性を作ることができなくなり、築こうとする関係性は非安心(insecure)に傾き、不安定になります。そのような状況からひきこもりをはじめ、様々な精神病理が出現します。

まあ、どの理論が正しいか正しくないかというわけではありません。
私はシステム理論に準拠していて、それがもっともしっくり納得できますが、「心の鋳型説」もそうなんだろうなぁと思ったりします。しかし、鋳型を作り直すのは大変だしそれは無理なんじゃないかと悲観的になるので、支援するときにはシステム理論の仮説を用います。

以上が愛着理論の改定その1です。

改定2)一生続く親子の愛着

オリジナルな愛着理論では、愛着の形成は乳幼児期に限られていました。
その後、大人の夫婦(パートナー)間の愛着として大人の愛着という概念に発展しました。

私は、それをさらに発展させてしまいます。
親子間の愛着は一生続きます。しかもそれは親から子どもへ備蓄されるだけではなく、子から親へも備蓄されるという双方向的なものです。

この考え方は、子どもが親離れ(leaving home)したら親子はもう離れて別の家族になる。という欧米の独立主義的な家族観ではどう考えても生まれてこない発想です。

親が安心していれば、子どもも安心します。
子どもが安心していれば、親も安心します。

親の七光り)本来は「権力を持つ親を持った子供がその恩恵を受ける」といった意味ですが、それを拡大解釈して「親がしっかりしていれば、子どももしっかりできる」とすれば、
子の七光り)も成り立ちます。「子どもがしっかりしていると、親も幸せになれる」
韓国で以前、三人の子ども達をソウル国立大学(日本の東大みたいなもん)に入学させた母親が本を書いて社会的なヒロインになりました。
私の子どもたちも順調な道を歩んでいます。すると父親である私もその部分において多くの幸福感を得ることができます。子どもが順調でないと、親はとても不安になります。私にもその経験があります。

「親孝行」は親子間の愛着のひとつのスタイルです。親が困っている時、子どもは親を助けようとします。特に親が老いて自立した生活が困難になると発揮されます。社会的養護が発達してきましたが、それでも子ども世代は親に関わろうとします。

スムーズな親孝行が成就するためには、高齢の親と子どもとの間に安心の愛着関係が築かれていることが前提となります。それが非安心だと葛藤が再現されます。

事例)親から安心感を得られず、成人しても老親から愛着を求め続けるのだがうまく得ることができず、insecure attachment mixed type(不安と拒否の混合)の親子がいます。親も子も相手に承認を求めるのだが、得られないために拒絶して接触を避けたり、交流しようとすると葛藤から攻撃に転じて結果的に傷つけてしまう。そのために不安感が増強され、非安心のパターンから抜け出せない。この親は80代で、子は50代です。子世代である人は自分の子どもにも葛藤を投影し、その思春期の子は臨床的な問題を生じています。

子ども世代は、愛着の備蓄源は保護者(親)のみです。
大人世代は、いくつかの備蓄源があります。
・夫婦(パートナー)間の愛着。
夫婦がお互いに向き合い、安心した愛着関係を築いていたら、親子の愛着利用しなくても大丈夫です。
例えば、私は両親が人生を終わるプロセスで色々支援しましたが(親孝行)、そのことで私自身がブレることはありませんでした。私は他の愛着の備蓄(ないし鋳型)を持っていたと思います。
老親が病気になったり亡くなることで、かなりブレて臨床的な問題を呈した人(4−50代)が多くいます。そこにはパートナー間の安心の愛着が欠如していたりします。また親との愛着も安心型ではなく非安心であったりします。
私の母親は夫(私の父親)を亡くすと、あっという間に認知が低下し、後を追って1年半後に亡くなりました。母親にとって、夫との愛着を失ったことは大きな痛手だったのでしょう。息子である私は、そこまでカバーできませんでした。
この辺りは欧米の愛着理論と同様に、大人の愛着対象は夫婦間がprimaryです。Secondary attachmentとして親子関係が存在するという点が欧米と異なります。

夫婦間の愛着がうまくいかず、疎遠であったりすると、それが他の人に投影されます。
よくあるのは、子どもへ投影されること。典型的には、母親が夫からの愛着を得られず、子どもの中で一番聞いてくれそうな人を選んで、自分の気持ち(夫への不満など)を伝え理解者であることを求めます。子どもは親の保護者役をやらされ、頑張れている時は良いのですが、くたびれてくると、その負担のために臨床問題を生じたりします。
あるいは、夫婦の愛着を得られず、家庭外の人に愛着を求めます(浮気)。

・家族外の社会サポートからの備蓄
家族以外からも、友だちや社会の所属集団、あるいはカウンセラーなどから愛着の備蓄を得ることも可能です。それができるのは思春期以降の人です。幼い子どもは難しいでしょう。
カウンセラーはそのことを利用して不安の強いクライエントを支援できます。
また、幼い子どもに対するカウンセラーの役割は限定されます。

改定3)社会の準拠集団の中の愛着

これも独立主義(indivldualism)的な社会には生まれてこない概念でしょう。
集団主義的なアジア社会、特に日本ではこの要素が強いと思います。
若者は家庭から自立するプロセスで、家族に取って代わる愛着システムを築きます
自分にとっての居場所。自分が自分でいられる準拠集団。
学校に行っていればクラスの仲間、社会人であれば職場の仲間です。個別に会う友だちではありません。昼間の時間の多くを一緒に過ごし、その中に留まっていることが必要な所属集団です。
その中で、お互いに眼差し合い、気にし合います。いわゆる空気を読み合う空間です。空気をちゃんと読み、周りの人から自分が認められ、理解されているという感覚を得ることで、安心感が成立します。それを得られず非安心であると、「KY」になり、その場にいることが苦痛になります。日本では、どこかに所属していることが生きているためにどうしても必要です。
そのような安心の所属集団の形成に失敗すると、その場に居づらくなり、ひきこもります。
欧米では、このような愛着はあまり存在しません。クラスや職場にいても、お互いに眼差し合い、空気を読み合うことはありません。だから「KY」もあり得ません。ひきこもる必要もなくなります。

ーーーーー

愛着システムにおける支援者(セラピスト)の役割

このように考えていくと、セラピーも新たな考え方が生まれます。
私がやってきたこととそう変わらないと思いますが、その背後の考え方が変わります。

セラピーの目的)生きる安心感の醸成=安心の愛着(secure attachment)の形成

安心の愛着は幼少時に作られた心の鋳型ではなく、今現在の関係性によって形作られます。そういう風に考えると、セラピストが関与することにより、安心感を生み出すことができます。
IPと関わることができれば、二者関係の中で。
IP不在でも家族と関わることができれば、家族システムに治療者が加わり、治療システムを作ります。
さらに、親族・祖父母や学校関係者なども加わり、拡大治療システムに関与することもできます。
安心の土壌を作るためには、愛着の元々の定義に立ち戻ります。
・自分を見守っていてくれる人がいる。
・自分のことを認めてくれる人がいる。
・自分を大切に思っていてくれる人がいる。
・そして、その人は決して裏切ることはない。
そのような関係性を築くために必要なことは、
・各々のメンバーが十分に自分を表現できる環境。それは人間なら誰もが持っている強み(自信)弱み(不安)を隠すことなく伝えられること。
・システム内の人がそれを理解し、受け止められること。
です。いわゆる「共感」という言葉も当てはまりますが、ここで大切なのはセラピストの共感性だけでなく、システム内の人たちがお互いに共感しあう環境です。
共感性は意図したスキルでも能力でもありません。安心した環境の中で自然にできるはずのことです。
しかし、その自然さは誰でも簡単に成就できるというわけではありません。

支援者がどうシステムに入っていくかということが重要です。
支援者が入ることにより、システムを安心に傾けることも、不安に傾けることもできます。それは意図した介入や技術ではなく、支援者自身の愛着状況によって左右されます。
支援者が支援システムの中で安心感をキープできれば、システム全体を安心の方向に持ってゆけます。また、その逆もありえます。
支援者はクライエントたちに促すことと同じように、自分の本当の気持ちを伝えられるか。
支援者自身の強みと弱みも含め、本当の自分をどう伝えられるか。クライエントはその様子を見ながら自分のことを表現します。
また、クライエントたちの不安の気持ちを受け取っても、揺らぐことなく安心感をキープできるか。

そのためには、セラピスト自身がいかに「しっかり」していられるかが問われます。
Rogersのいう自己一致 (Congruence)ないし 純粋性(Genuineness)、
Bowenのいう自己分化(Self-Differentiation)
などが参考になります。
言い方、概念としての積み上げ方は異なりますが、結局は同じことを言っているように思います。

そのセラピストの「しっかり」さは、その人の持つ属性ではなく、育てていけるものだと思います。
理屈を勉強しても、臨床経験をたくさん積み上げてもできません。
セラピスト自身が安心したシステムの中で、自分自身の安心感を磨いていくことが大切です。
その場を提供するのが私の考えるスーパーヴィジョンです。

2019年10月16日水曜日

流浪の民

さすがに海外に行き過ぎかなって思います。
台風被害の影響でタイからの帰国が二日遅れ、月曜日に成田に帰国して、そのまま高山村へゆき古民家の片付けをみんなと一緒にやって、火曜日は渋川で診療して、本日水曜日はオーストラリアに向かう飛行機の機内でネットを繋げています。

春と秋の学会シーズンには、海外出張がしばしば重なります。
若い頃は、自分から志願して演題を申し込み、緊張して口頭発表してました。どうせわざわざ海外まで行くなら、参加するだけじゃなく発表しなくちゃ。
今では、自分から言い出さなくても、相手ら招待してくれるようになりました。タイでもオーストラリアでも発表のてんこ盛り。1) まる一日のpre/post-conference workshop、2) plenary session基調講演、3) 2−3人の人たちとのround table discussion。話すことはだいたい決まってます。「ひきこもり」の現状と日本の家族についての文化的な視点:なぜひきこもりが日本に多いのか(他の国にもあるけど日本が圧倒的に多い)、それは文化の要因があるのか、どうやってその問題を文化的に解決しようとしてるのか、、、と言ったテーマです。
若い頃は国内の学会にいくつも入っていたけど、今はひとつだけ(日本家族療法学会)に絞りました。むしろ海外の学会に参加する方が多くなりました。アメリカの、ヨーロッパの、国際の、アジアの、家族療法関連学会に。

タイー東京ー群馬ーオーストラリア。
それに病院の当直も入って目まぐるしく移動しています。
朝、目覚めると、寝ぼけて、あれ一体ここはどこだっけ、、、と確認することから1日が始まります。

馴染みの場所を離れ、別の場所に行くとテンションが上がり、新たなアイデアが生まれます。日本でルーチンの日常をこなしている時には、あえて「日本」のことは考えません。海外に行き、日本のことを、ひきこもりのことを、あまり馴染みのない海外の人たちに説明しようとする時、日本の基盤を離れ、海外でのuniversalな基盤(視点)から日本のことを客観的に眺める視点が現れます。新たな視点が生まれます。

Stability and Change 安定性と変化

大学を定年前に早期退職したのは、50代のうちに老後のベースを確立しておこうと考えたからです。広尾に腰を落ち着けていれば良かったのに、8年ほどでまた変化を求めたくなってしまいました。

群馬への移住と、新しい形の臨床。
それを一から創り上げていくのは骨の折れる仕事なのですが、ひとところにじっとしていられず「変化」を求めてしまいます。それが私のライフスタイルなのかもしれません。
まだ、それを実行できるだけの気力と体力を備えていられることはラッキーかもしれません。同世代の仲間たちは、会社を退職し、人生の店じまいを、終活を考え始めている年頃ですから。

2019年10月14日月曜日

大型台風で空港に足止め

チェンマイで開かれた学会の帰路。
大型台風の影響で、バンコック空港に足止めを食った。

土曜のお昼に帰国便が立つはずだったが、台風予報をみるとまず無理だろう。
2日前にタイ航空に電話して、半日後の便に変更した。

当日、空港カウンターに行ってみると、その便は遅れるという。また夜の10時ごろ来てくれという。10時間も空港で待機していないといけないのか。空港の近くのホテルに駆け込み、部屋で待機することにした。
10時間後に空港のカウンターに行っても、まだ飛行機の目処が立たないという。翌日の朝の8時に来てくれという。仕方がないのでまたホテルに戻る。
帰国の翌日に診療と研修会を予定していたので、メールやLINEで各方面に連絡して予定を全てキャンセルした。
翌日の朝に行っても、まだ埒が明かない。その日の夜の深夜12時に飛ぶという。一応、発券してもらい、またホテルに逆戻り。
結果的には、1日半、足止めを食ったことになる。よくテレビで報道されるような、ホテルのロビーに毛布をかぶってという具合ではなく、ホテルの部屋でのんびりできたから良かったけど、いつ出発できるかわからない状態で、空港の出発ロビーと空港ホテルの間を4往復くらいしたか。空港は巨大だから、空港ホテルとの移動にも片道歩いて10分くらいかかる。

国際線では、このようなトラブルが時々あるんだよね。私も何度か経験しました。
急に飛行機がキャンセルになったり。でも今回のように自然災害で遅れたのは初めての経験。

まあ結果的にはのんびりできて、ホテルのプールに浸かったり、ベッドで昼寝をしたり、ためていた原稿を書くこともできた。
いつ戻れるのだか先行きがわからない不安はあったが、何もしない空白の時間が出来たのは良かった。ホテルの部屋が取れなかったら苦痛だっただろうけど。

2019年10月13日日曜日

ひきこもりは日本だけ、それともアジアの現象?

Hikikomori: Social Withdrawal Adolescents Japan Only or Asian Phenomenon?
「ひきこもりは日本だけ、それともアジアの現象?」

というテーマでアジア児童思春期精神医学会(Asian Society for Child and Adolescent Psychiatry and Allied Professions)で発表しました。
台風の影響でタイから帰国できず、ホテルで待機してヒマなので、発表内容をざっと日本語に起こしてみました。まだ下書き段階です。口頭発表は口語体でこんな感じですが、これからちゃんと読める日本語にしますが、とりあえずご紹介します。

ひきこもりは世界の中で日本が一番多い。学会や講演、ワークショップで中国の上海、アジアやアジア以外の国でも結構ひきこもりのことを紹介する。韓国、中国、台湾、香港でもかなり多く、日本と同じような社会現象になりつつある。同じ中国文化圏があるマレーシアやシンガポールでも同様である。
なぜ?それを5つの社会文化的視点から考えてみた。

1. 高い教育期待
私が思春期を過ごした1970-80年代は、「教育ママ」の全盛期で、親が子どもの教育に大きな期待をかけるのが当たり前の時代であった。高度経済成長時代。働けば働くだけ良い未来が約束された時代。大人も子どももたくさん働くのが良しとされていた。1990年代のバブル経済の崩壊以降は、加熱した学歴志向の凄さは以前ほどではなくなった。少子化でそれほど競わなくても大学に入れるし、偏差値の高い大学に入り、大企業に就職できたからといって、終身雇用は崩壊し、ずっとその会社にいるわけではないし、一部上場企業だって潰れるし、高学歴が高収入やより多くの幸せを得られるとは誰も思わなくなった。
それでも、子供により良い教育を、より高いレベルを目指そうとする親の期待はいまだに残っている。今の韓国や中国を見れば、日本の高度経済成長時代と同様な加熱した教育志向が見られる。
どの社会だってより良い教育を受けて良い学歴を得れば、社会の中で高い地位を得て、高収入を得られる可能性は高いから、良い教育を目指そうとする。でも、アジアの社会や親の教育期待の勢いは半端じゃない。
親が一生懸命になれば、どうしても過保護・過干渉になってしまう。それがなければ、思春期の子どもなんてほっておけばいいのに、勉強しろ、そうすればお金持ちになれるぞって子どもたちに刷り込んで、たくさん勉強させる。
思春期の子どもにとって、家族や社会の教育志向の価値観を成就することが成功と失敗の鍵になる。不登校でよくあるのが優等生の挫折タイプ。それまで親の期待を背負って、勉強ができてきた。しかし思春期に入りそう上手くは進まない。親の期待、あるいは親の期待を取り込んだ自分自身の期待を成就できなくなったら、大きなショック。挫折を味わう。もうだめだ、やーめた。一気に撤退してしまう。
アメリカの高校じゃあ別の価値観。俺が行ったNorth Carolinaの田舎では教育に大した価値はなかった。学校に行くより働け!勉強するより、高校は恋愛するところ、パートナーを見つけるところ。男子はスポーツができてフットボール選手で。女子は美人で人気者でチアリーダーで。そっちの方が高い価値だった。アメリカのデート文化。そうやって対人関係の、パートナー選びを体験していく。
日本の高校では、デートなんてダメ。勉強ばっかして、大学に受かればバイトやデートもしていいよ。アメリカの高校生は一所懸命バイトやデートをしていた。別に親はどっちでもいいというか、子どもの成長と幸せは良い家庭を築くこと、自立して良い社会人になること。そのための勉強や良い大学ってのもあるけど、もう一人前の大人として車も運転するし、恋人も作るし。日本やアジアの場合はそういうのが禁じられて、青年期の成長のプロセスが遅れるってのはあるね。
しかし、本人だけが迷って苦しんで、自分の道を見出せばいいんだけど、そこに親がなんでそんなに期待するの?不安を投影するの?それは親子の愛着でしょ。このことについては後でね。

2. 家族内ジェンダー
日本は昔のジェンダー規範と今のそれの間で戸惑っている。それは日本だけでなくアジアに共通してるみたい。アジアの伝統的規範は儒教。中国文化圏ね。日本だってその一部でしょ。ダブルスタンダードなんだよね。伝統的なジェンダー(女性が家にいて男性が外で)というのは崩れ、男女平等、女性の社会進出は進んだものの、伝統的な価値観はまだ残っている。社会でどういう役割を取るかというのは、社会という見えやすい世界の話で変化しやすいが、家庭という見えない世界の中では、いまだに伝統的価値が残っている。家族関係、親子関係をどうするか、親の役割をどう規定するかというあたり。
子どもとの距離の取り方は、伝統的に母親が子育て役割で子どもと近く、父親は家族内というよりは家族外の役割が規定されてきて、父親と子どもの関係は比較的遠い。それは大家族・拡大家族の中での話だったので、父親がいなくても複数の人たちが家族の中で子どもに関わっていたのだが、核家族化して、他の人はあまりいなく、母親が唯一子どもと心理的に近くいるという状態になり、父親はなかなか家族の中に入っていけない。夫婦関係も、お互いに愛している、特に嫌いなわけじゃないんだけど、親密性というのはあまり伝統的に築かれてこなかった。夫からの情緒的サポートが十分でなく、夫は家庭に情緒的に不在で、子どもとの関係も遠い状況の中で、母親が子どもの成長の責任を取るという状況は続いており、仕方なく、母親と子どもとの距離は近づいてしまう。
子どもへの関わり方の伝統は、ユング心理学でも扱われているように、日本に限らず文化を通じて似ている。母親の関わり方、母性性は、子どもを守る愛。子どもは弱いもの、守らなくちゃやっていけないという脆弱性の前提のもとで、子どもに迫りうる可能性がある危険性を早く察知し、子どもを守る。そのために、常に子どもに気を配り、子どものことをちゃんとよく見ていないといけない。当然子どもとの距離は近くなる。無条件に子どもを愛し、あなたがどんな状態でも、生きているだけであなたを承認するという万能的な自己を支える。家族という安定した環境の中に子どもは留まる。
もう一方の父性性はその逆で、子どもの成長を促す。子どもは力を持っていると、子どものまだ開花せぬ可能性を信じ、あえてリスクを冒すことを促す。その前提には、子どもの可能性を信じているという楽観性が必要になる。本当に大丈夫なの?わかんないけど多分大丈夫だよ、という具合に。リスクに挑戦して傷つくかもしれない、失敗するかもしれない。でも、あえて挑戦することを求める。何も変化しなくていい、今のままで良いとは言わない。あえて、ハードルを飛べ!と促す。その結果、万能的なomnipotentな自己が傷つき、今までの自分ではいられなくなる、修正を余儀なくされる。そうやって縮んでしまった、自己を承認する。それでも飛んでも良いんだよと言ってやる。
日本の伝統的な家族関係では母親との距離が近く、母性性はたっぷり与えられ、父性性が十分に与えられない。母性・父性どっちが大切かって、両方とも大切、その両者がバランスよく与えられなければならない。元気な時はリスクに挑戦し、それが失敗してめげて傷ついたときは、家に戻り守られリスクを回避する。挑戦したり回避したり、挑戦への成功と失敗を繰り返しながら、若者は成長していく。
父性性が少なく、母性性が過剰になると、しかもそれが不安感(否定的な未来予測)に満ちていると、子どもは成長の機会を失う。あえてリスクは冒さず、やばいからうちに止まっておきなさい。傷つくよりは家にいた方が良いわよ。そういうメッセージの中で、子どもはあえて外に向かうチャンスを失い、ひきこもるようになる。
日本の夫婦の情緒的な距離は遠い。後述する遠慮コミュニケーションとも関係するし、外で過ごす時間が男性は多いので、夫婦一緒の時間が限られている。しかも、積極的な言語的コミュニケーションが活発でない。そうなると自然と関係性が希薄になっていく。以心伝心とか言って、それでもうまくやってるのが理想の夫婦なんて価値観があるわけで、うまくそうやって、限られたコミュニケーション量でもちゃんと夫婦の情緒的関係性をうまく保っている夫婦もいるんだけど、それは女性がsubmissive positionにいた時代の話で、女性だって男性だって、社会の中で多くの人と関わるような社会環境では、黙っていてもわかり合うってのは難しいでしょ。だから、黙っていても、メンテしなくてもうちの夫婦は大丈夫とか鷹をくぐって、わかり合っているつもりが、いつの間にかわかり合っていないのに、わかり合っているつもりでいる夫婦、亀裂があることを見えない、見ようとしないまま、亀裂が深まり、家族に問題がないうちはなんとかやってるけど、問題が生じてさあどうしよう、どうにかしなくちゃとお互い夫婦が向き合おうとしたってもう手遅れ。亀裂は想像以上に深く、うまく困難な状況を二人でやってられなくなってしまっている。
日本やアジア諸国の離婚率は他の地域に比べれば低い。以前に比べれば増えてきたものの、まだ低めに留まっている。別に、日本のカップルの仲が良い、うまくやっているというわけではないわけだが、離婚に対する社会的偏見は強く、離婚は結婚の失敗である、ホントはやってはいけないことをやっちゃった、ダメな人間じゃんというイメージだし、再婚率も低い。なかなか再婚できないし、再婚したってうまくいかないんじゃないか。離婚はその人の自尊心を下げ、自分にダメ出しをしてしまう。
だから、夫婦がうまくいかず、欧米ならとっくに離婚しているような状況でも、離婚には躊躇する。女性側が経済力を持たず、離婚したら生活が成り立たないというのもあるし、子どものために離婚しないってのが多い。離婚は子どもにダメージを与える、本当は別れたいけど、あなたたちが成人して結婚式をあげるまでは離婚しないわよ。つまり、本当は離婚したいんだけど、あなたのせいで離婚できないんだから。親の自由を奪ってしまうじゃんというメッセージになってしまう。
結果的に、家庭内離婚、家庭内別居状態。夫婦が一緒に生活しているけど、会話しなかったり、冷たい空気が流れていたり。そういうのは家庭の雰囲気を一番壊し、父も母も苦しい状態の中に置かれ、それは子どもに大きなダメージを与える。それくらいならいっそ思い切って離婚して、父親・母親それぞれが元気な状況であった方がよっぽど良いのだが、それができない。
その背景には、以前共同親権がなく、どちらかの親に親権が行ってしまうという現状がある。法的にもそうだし、日常生活でも、別居している親とは会わせない方が良いという考えが強い。そうなると、子どもにとってどちらかの親へのアクセスができなくなってしまう。それは子どもにとってもよくないわけで、両親が離婚した後も、父親・母親がちゃんと機能しているのが本当は一番良いのだけど、それがなかなかできないんだ。

3. 集団主義
これがどうして引きこもりに関係するかというと、日本の場合、思春期の課題は単純に自分が強くなれば良いということではなく、グループに入らなくちゃいけないから。欧米的に考えれば、自立して、assertivenessやらself-relianceやらexpressivenessを身につけるのも結構大変だとは思いますよ。西欧的には自立するってことはひとりでやっていける力を十分につけること。意思がしっかりして、他人に影響されず、自分を押し通す力。
日本的にはそれだけじゃダメなんですよ。思春期の課題は自立、自分一人の力、、ということではなく、帰属集団の一員としてのメンバーシップを得られるかということ。他者と折り合わねばならい。独りよがりで空気を読まず、KYで、自己チューだと仲間から弾き出される。欧米的にはそれで構わない。日本はhigh context cultureの極致なわけで、集団主義、他者の眼差しの中に生きている。それがcomfortableでうまくやって行けることができれば「世間」の仲間入りできるわけで、集団の中のメンバーとしてうまく機能するし、それが支えになる。そうするためには自己と他者との折り合いのバランスをうまくとる。自己チュー過ぎてはダメだし、遠慮しすぎてもダメ。自分を大切にしながら、周りを大切にする。欧米的には周りを大切にしながら、結局は自分を大切にするのが一番。”I message”みたいな言い方をするけど、「私」がしっかりしてないとダメ。日本的には「私」も大事だし「周り」も大事。この両者を大事にするって矛盾しているというか難しいでしょ。それがうまくできず、他者と折り合えないと、仲間入りできない。なんとなく仲間・世間から疎外されてひとりぼっち。自分は受け入れられているんだという自信が持てないとならない。そりゃあ難しいでしょ。それがうまくいかないと世間に出てゆけず、家の中でひきこもることになる。

4. 遠慮コミュニケーション
このように集団性を維持するための秘訣が日本的な遠慮コミュニケーション。遠慮とは日本人なら誰でも知っているが、これを日本以外の人たちに説明するのは難しい。遠慮とは文化的に好まれるコミュニケーション方法。受動的あるいは自己主張的でないコミュニケーション、あるいは相手との間の取り方。自身のニーズを後回しにして、他者のニーズを満たそうとする配慮。お互いが相手を配慮すれば両者のニーズは満たされて、両者の関係性も良好になるわけで、日本人はそのようなやり方を好む。欧米的には自分を主張すること、自分を適当にうまく主張して周りにわかってもらうことが重要で、相手の配慮なんかいちいちやってられない。自己責任。自分の主張は相手の配慮に期待しないで自分でやりなさいという考え方でしょ。日本では、自己主張する自我を持つと返って問題が起きる。自己チューと揶揄され、そんな奴はダメなんだと否定的に評価される。かと言って全部相手中心だと自分がなくなっちゃうでしょ。欧米的なしっかり自分を主張できる自我も必要で、それを踏まえた上で、相手に配慮してあげるという高等テクニックが求められる。
それがうまくいかないと、non-assertiveな関係性になってしまう。自分を主張できない。相手への配慮が頭の中をしめてしまって、何も言えなくなる。思春期の子供に何も言えない親。Frozen parenting。凍りついた親の関わり、しつけ。腫れ物に触るような関わり方。子どもが思春期前であればそんなに反抗せず親の言うことを聞いているからいいけど、思春期になると子どもが反抗してnoと言ってくる。すると、親はビビって何も言えなくなってしまう。そのような親のこれまでのコミュニケーションスタイルを見ると、夫婦間でも、遠慮し合い、傷つけることを恐れて意見の相違が予想されるような発言はしない。黙っちゃう。喧嘩したことない夫婦とか。あるいは、世代間伝達のように、その親も腫れ物対応してきて、子どもに甘いというか、ちゃんとノーというべきところでノーと言ってこなかった親。そのような親に育てられ、自分もノーというすべを知らない。そのため、万能的な自我が傷つけられず、ずっと守られた世界の中に生きてきて、傷つけ合う仲間同士の「世間」にびっくりしちゃって耐えられない。人っていうのはお互いに自己主張し、傷つけあい、妥協し、折り合って、他者との関係性を作っていくわけだが、そのような異種な人と関わることに対する不安が強くて関わることができない家族。

5. 一生続く世代間の愛着関係
欧米の親子関係と比べるとやっぱり何かが違う。どうやってそれを概念化しようかと色々考えてきましたが、どうも愛着理論を拝借してみようかなという気になりました。
愛着理論attachment theoryは心理学の基本。ワインズワース、ウィニコット、ボウルビイなど欧米アングロサクソン系の文化を背景にして生まれた理論で、乳幼児の他者(保護者、親とか)との関係性に関する理論で、人生早期の愛着(他者との関わり)の経験の良し悪しによって、他者との関係性を規定するプロトタイプが決まる。以降の人生は、その鋳型に従って人との関係性が築かれていくという理論なわけです。
愛着が取り上げられるのは乳幼児期の心の中に、いかに重要な他者がうまく関わることによって、乳幼児の中に鋳型を作っていくかという話で、その後の人生の話はあまり出てこなかった。それが応用されるようになり、大人の愛着。そこにもsecureとinsecureがあり、それによって親しい人との関係性が決まっていく。それを使って夫婦療法なんかをやるわけです。つまり、大人の愛着はあくまでパートナー同士、カップル同士の話なのであります。
しかし日本やアジアの家族関係を見ているとそれだけではうまく説明がつかない。一生続く親子間の愛着という価値を作ればうまく説明できるわけです。それは親から子どもへ愛着を与え、子供に愛着の鋳型が形成されるという一方的なものではなく、親子双方に愛着を向け合う。例えば、子どもの成功は親の自尊心の向上につながったり。子どもが親をケアすることにより、親はより安心した生活を送ることができる。親から子どもへの眼差しだけでなく、子から親へのまなざしも等しく重要なわけです。
家族ライフサイクルを見てみましょう。アメリカのMcGoldrickが体系化した家族ライフサイクルでは、まず青年期に原家族から離れる(Leaving home)するわけです。そして一人になって、結婚により新たな家族を一から作ります。そして子供を産み育て、青年期になったら、子どもを手放します。港から船を大海に追い出します。そんで、老後は二人慎ましく暮らすわけ。これみて、日本じゃあちょっと違うんじゃねえかと考えたわけです。日本なりの家族ライフサイクルが必要だね。日本では、青年期になれば進学とか就職で実家から離れます。しかし、それは物理的に離れただけであり、心情的な巣立ち(leaving home)というのはあり得ないわけです。
結婚にしたって、欧米的な愛し合う二人が新たな家族を築くってのは間違いじゃなく、二人の生活、新たなスタートってのは誰もが認めるところですが、実はそう単純なわけではない。二人の船出だけじゃなくて、結婚による双方のネットワークの中に組み込まれ、相手の家族や友達ネットワークの中にどう入り込んでいくか、うまいポジションを見つけるかという集団主義的なより複雑なネットワークに入っていくということを意味します。こりゃたまらん!すごく難しいわけですよ。そして、親は子どもを産み育て、青年期になったからって、子どもを船出させるわけじゃあない。岸壁の母じゃないけど、とりあえず船出したけど、傷ついたらいつでも母港に戻ってこれるように待機してるわけです。
この自立主義と相互扶養主義のダブルスタンダードというのは厄介というか、面倒くさい。親も子も元気でしっかり自分のことをできていれば相互扶養は必要ないんです。しかし、親子どちらかが自分一人じゃ無理という状態になった時に、相互扶養の価値がにわかにactivateされるわけです。欧米では子どもがハタチくらいになった段階で「独立」し、相互扶養ってのは基本的にないわけですが、日本では、一生を通して、どっちかがうまくいかなくなったら、相互扶養の責任をとるわけです。子どもが乳幼児期はそりゃあケアが必要だし、高齢者が弱ってきても同様です。あとは病気・障害とか、事故とかなんらかの危機状態になると、親子相互の責任です。「オレオレ詐欺」とか「振り込め詐欺」というのはこの日本の習慣を悪用した詐欺な訳で、欧米ではこんなこと有り得ません。認知が弱くなった高齢者に息子が助けてくれと言ったって、助けるわけがないのです。
残念ながら、どの社会にもうまく社会で機能できない若者たちはいるわけです。一人では生きていけない。その時、どこにいるか、誰が面倒を見るかということの違いです。欧米では若者がうまくいっていようがいまいが親は家族から追い出します。日本的には、そんなのひどいと思いますが、欧米的にはひどくもなんともない、当たり前のことなんです。そういう若者たちは社会の中で居場所を失いホームレスになるわけです。日本やアジアでは高齢者のホームレスはいても、若者のホームレスは非常に少ない(そりゃあ多少はいるけど、欧米の比ではありません)。親が責任をもって家に居させて面倒を見るわけです。それが良いとか悪いとかではない。当たり前のことなんです。だからそういう若者の居場所が違うだけ:欧米では街のホームレス、日本やアジアでは家の中で引きこもりになるわけです。どっちだって良くはないけど、家族が若者の面倒を見ることによって、社会の治安が保たれているという見方もできなくはないわけです。
親孝行(filial piety)は、国内では時代遅れの考え方、ほぼ死語になっているけど、アジアの親子関係を説明するときのキーワードなんです。我々の中にもその意識はないし、儒教的な時代遅れの、、、と思うけど、実は我々の心情の中に生きているように思います。一方で、自分自身でありたい、周りから影響を受けず、自分の自由にしたいと願い、その一方で、家族に問題があれば、どうにかしなくちゃと考えます。私も、老親の終末期にそれを強く感じました。

ひきこもりの支援
以上が、なぜ日本にひきこもりが多いかという社会文化的な仮説です。アジア諸国でも多いというのは、割と以上の部分が重なっていたりするんですよね、特に中国文化圏、儒教文化圏の東アジアでは。
では、これを踏まえて、ひきこもり支援に何かを言えるか、と考えると、、、
集団主義の中、ひきこもる若者ひとりを切り出してきて支援しようとしてもうまくいかないわけです。その若者個人が含まれている文脈(システム)全体を視野に入れて、システム自体を支援しないといけない。それがシステム的な視点につながるわけです。
システムは安心システム(secure system)と非安心システム(insecure system)の二つに分かれます。ひきこもりを含む家族や学校のシステムには不安が満ちていることが多いです。家族や学校の不安が、本人に投影されてしまい、本人が問題を呈するわけですが、実はシステム全体の不安をどうにかしなければならない。ひきこもり問題は、そのシステムの不安を表現しているだけにすぎません。
具体的には、家族の不安を下げるために、家族同士のコミュニケーションをうまい具合に促す。お互いに傷つけること傷つくことを恐れて、腫れ物コミュニケーションになっていることが結構あります。そこにセラピストという媒介者が入ることによって、少しでも交流がスムーズになるように支援します。
本人・家族・学校・地域などを含めた心理教育も必要でしょう。ひきこもりに対する理解を深めます。偏見とか病理に満ちた眼差しを持っている人たちも多いので、システムの中で、ひきこもりについて気楽に率直に話し合える、話題に出せるような支援です。
家族のジェンダーから見れば、典型的に見られる母子密着・父親不在家族では、母親を密着した関係性から救い出し、離し、父親を家族サポートシステムに呼び込みます。外野席から内野席に呼び込み、中心になって関与してもらいましょう。夫婦関係の支援も必要です。一見まともに見える夫婦でも、実はそうでもなく、闇の部分を隠していたりします。プラスもマイナスも恐れずに表現できるような関係性に持っていきます。
学校との関わりも大切でしょう。ひきこもりというストレスのために、家族・学校が対立構造になっている場合も少なくありません(夫婦間も同様ですが)。家族や学校が「問題」のなすりつけをするのではなく、両者を問題解決の「資源」として使います。学校での担任、学年、主任、管理職、養護、カウンセラーと多くの人たちがいるわけで、彼らをうまく組み合わせれば大きな力になるし、彼らが相殺したら大きなマイナスになります。本人・家族・学校が支援関係にあるように持っていきます。
社会の支援システムもたくさんあるけど、医療、教育、心理、福祉など、これらはそれぞれの考え方と方針を持って支援しようとするわけですが、その考え方の違いによってうまく利用できなかったり、組み合わせられなかったりするケースも結構あります。それをどううまい具合に持っていくか。それが腕の見せどころです。
ということをやるためのセラピストの立ち位置は?ひきこもりシステムの触媒として、本人にとっての、家族にとっての、学校にとっての一時的な安心・信頼できる他者になります。システム全体が安心(secure)できるような支援が望ましいのですが、それをするためには重要なことは、セラピスト自身の安心感(security)なんですね。具体的なテクニックとか介入方法とかではなく、その背後にあるセラピスト自身の安心感。これは理屈ではなく感性のレベルの話だから、なかなか理屈では説明できません。セラピスト自身が他者との関係性に、そして自分自身との関係性にどれほど信頼・安心できているか。そんなことなかなかわからないわけで、最近私は、クライエントに対するセラピーと並行して、次の世代の支援者を育成する活動にも力を入れています。Person of the Therapist Training (POTT)というのがそれに当たります。スーパーヴィジョンや「合宿」をとおして、個人やシステムを本当の意味で支援する人たちを支援しています。

というようなことを1時間かけてお話ししました。

2019年10月3日木曜日

夏合宿参加者からのフィードバック

二泊三日の合宿は、心の支援者たちが安全な場所に落ち着き、じっくり自分を深める機会です。その趣旨については別の記事に書きました

参加者の何名かから、合宿を体験したフィードバックを戴きました。
ご本人たちの了解を得て、プライバシーに配慮し一部割愛してご紹介します(ハイライト部分は私の意図です)。
皆さんが体験したことのフィードバックですから、さらに私からのコメントは差し控えます。私の体験を皆さんに伝えられたことを嬉しく感じています。

 合宿では、お世話になりました。話を聴ける人たちに聴いてもらえた脱力感と、後から湧き上がってくる過去の記憶や、訳の分からない感情が落ち着くまでに3日ほどかかりました。

 夏合宿が終わった後、言葉に言いあらわせない感じありました。閉ざしたものを開けたかったのか?自分なりには、今までも安全な人には話していたはずなのに、合宿での語りは特別なものとなりました。
 その後、先生のブログを拝見し、ざわざわしていた不思議な感覚が静まったような思いです。合宿で得たものは、自分ではわからない深いものがありその淵にたったような感じです。上手く言語化できずすみません。

 私の場合は、〇〇のことを考えたいということを始めから思っていました。一つの区切りとしてその意味を考えたかったのです。そして、皆さんに聞いていただいて、出てきた答えは、私が思ってもいなかったものでした。自分が気づかなかった「自分」に気づけたように思います。
 専門家の皆さんが聞いてくださったこと、そしてその円の外側に田村先生がいるという二重構造になっていてとても安心感がありました。これまで劣等感を抱いていた事柄に対しても、そんなことがあってもいいかと、少し思うことができてきたかなと思います。

 私にとっての夏合宿は何だったかと思うと、自らに課した役割と与えられた役割を思い出す場だったと考えています。〇〇の後、自分を振り返ると何があっても諦めず、ひたすら前進あるのみと決めて頑張ってきましたが、思ったように物事を進められず、時には他人の問題に巻き込まれてイライラし、自分を見失いそうになることも多かったです。でも、私はダースベイダーにだけはなりたくなく、光のある道を歩みたいと切望していました。光のあるところに行けるよう、ムリのない範囲でボチボチやっていきたいと思いました。そして、あの短時間で田村先生が私のテーマである「光」を取り上げてくださり、先生の臨床力に感謝しました。

今回の合宿では「クライアントを早く理解したいと思って、解釈を伝えてしまう姿勢」が自分の臨床でもあるなあ、とはっきり気づけました。これまで、解釈によってクライアントの安心感を脅かしていたのではないか、クライアントを理解するためには、質問形式で些細な事から慎重に伺っていこうと、日々の臨床に結び付けて、しっかり学ぶことができました。
私の場合、クライアントに対してずばり言い当てる事で、「どうだー」みたいな満足感、いや優越感を得たい気持ちがあったのだと思います。最近、そういうことにどこかで気づき始めていたのだと思います。どこかに「勝ちたい気持ち」があるんですね。大変貴重な気づきでした。

以上です。ご参加ありがとうございました。


2019年9月11日水曜日

群馬移住4)続・なぜ移住するのか?

すでに、
なぜ移住するか?
ブログに書きました。
その後も続けて考えてみました。

<根底の寂しさ>
愛する人から指摘されました。

「寂しいからなんでしょ!?」

確かにそうかもしれません。
それが一番大きな移住の動機なのでしょう。指摘されるまで気づきませんでした。
もし繫ぎ止める手があれば、風船はフラフラ空に向かって彷徨うこともないでしょう。
妻と両親を失い、成長した子どもたちを手放し、、、
自分が必要とする場所以上に、自分が必要とされる場所を求めているのかもしれません。

心の中の空虚感を埋めるための旅路。
Empty Nest(空の巣)を移住というイベントで埋めたかったのか。
癒される場所と、癒される人を見つけたい。
フーテンの寅さんと同じ心境なのかもしれません。

広尾にオフィスを構えた8年前、場所に馴染むために近所のレストランを探索しました。
昨日の朝の散歩は良かった。。。
車で回ればすぐの距離ですが、しばらく高山村のあちこちを徒歩で散歩してみようかなと思います。
ノルディックウォーキングのポールもあるし。

心の中の寂しさをゴマかさずにしっかり保持することで、真の豊かさが見えてくるような気がします。

群馬移住3)古民家の契約

昨日、不動産屋さん立ち会いのもと、大家さんと売買契約を結びました。
土地1500㎡(450坪)、木造二階建て360㎡(100建坪)で400万円です。
築百年?(不詳)の古民家は昔、二階が養蚕室だったとか。柱と梁はとても太くしっかりしていますが、内装はかなり古びて、これからリノベーションに取り掛かります。

ここにたどり着くまで1年3ヶ月かかりました。
前々から群馬に移住したいというビジョンは持っていました。
それを具体的な行動に移したのは去年の6月、都内で開かれた「群馬県移住フェア」に行ってみました。各市町村のブースには「移住促進課」の人たちがたくさんのパンフを置いて相談に乗ってくれます。私の希望を伝えると、前橋・沼田・中之条・高山の人たちが「team田村さん」のライングループを作ってくれました。その連携力にビックリ!
沼田市のトライアルハウス(移住を希望する人が無料で泊まれる温泉つきの家)に何度も泊まり、不動産屋も紹介してもらい、半年かけて30件くらいみて回ったでしょうか。
なかなかイメージに合う物件が見つかりません。転機は沼田市の古民家を見た時でしょうか。「市のトライアルハウスにしたかったのだけど、古くて建築基準法を満たさず諦めた」という物件は、大きく古い農家で、中は古い家具にあふれていたのですが、なぜか心を惹かれました。その後は「古民家」物件に絞って探すのですが、なかなか見つかりません。古民家の売買は大変なので、不動産屋もあまり扱わないそうです。空き家の古民家はたくさんあるのだけど、売りに出ている物件は少ないとのこと。

高山村は「移住促進事業」では沼田・前橋・中之条より出遅れていました。規模の小さな村です(人口3千人強)。他の市町では移住できる物件をいくつも紹介してくれたのですが、初めに高山村役場の人に案内してもらったときは、一つもありませんでした。

しかし、高山村の雰囲気にはとても心を惹かれました。高校の山岳部で、今はバックカントリースキーをやっている私は、美しい山々を見るとテンションが上がります。
沼田の河岸段丘や前橋の赤城山麓からも榛名や谷川など山々はよく見えるのですが遠景です。高山村の風景は違いました。村の中心部にある中山盆地の道の駅に立つと、南の子持山と三並山(みなみやま)をはじめ、四方の山々に抱かれる雰囲気はとても心が落ち着きます。水上、沼田、渋川、中之条からもアクセスがよく、峠を越えて(中之条からは違いますが)降りていく盆地は下界と隔絶した別世界です。高山村に住みたいと強く思うようになりました。

古民家の物件はなかなか見つからないのですが、移住コーディネータの飯塚さんが、まだ売りに出てない古民家を二つ紹介してもらいました。両方とも古く、かなりの改修が必要なのですが、大きさや周りの雰囲気は最高です。飯塚さんが地主さんと掛け合い、ひとりはまだ手放したくないとダメだったのですが、役原にある地主さんは快く譲ってくれることになりました。

ーーーー
契約した日の晩、さっそくひとりで泊まってみました。
都会のような喧騒も車の音も無縁な、虫の声しかしない静寂です。
美しい星空。
下界では猛暑がぶり返し熱帯夜なのに、ここでは窓を開けて網戸にしていると、ひんやり冷たい空気が入ってきます。
正直なところ、落ち込んでいました。
大きな決断をしてしまった。もう後には戻れない。
これで良かったのだろうか?
果たして上手くいくのだろうか?
ここで、私の思い描いている生活をできるのだろうか?

翌朝は早く起きたので、近所を散歩してみました。高山村いぶき温泉まで歩いて35分ほどかかりました。田舎の美しい風景に触れ、Facebookに投稿してみる気持ちになりました。すると想像以上に多くの「いいね!」とコメントをいただきました。
:素敵なところです!自然がいっぱい。。。
:先生、セカンドライフが素敵過ぎです!
:It seems great! 

前の週にもらった誕生日メッセージよりも多くの人たちから!
ビックリしました。
励ましの言葉をもらって、元気が出てきました。
これは俺が選んだ選択肢だ。ここまできたら、後には戻れない。
もう前に進むしかない。
ビジョンはできている。
写真で見る限りはステキなんですよ。でも、それを日常生活のステキにするためには、もう少し時間とエネルギーが必要だ。
大切な人と二人三脚で、やっていこう!
多くのサポーターも見守ってくれている、、、
そんな気持ちになりました。

2019年9月8日日曜日

群馬移住2)オフィスの引越し

昨日、広尾から大森への引越しを済ませました。
いやぁ〜、引っ越しは大変ですね。
今年の夏は海外出張や合宿などが重なり、前もって丁寧に準備する時間が取れず、2日間で一気にやるしかありませんでした。私ひとりの個人オフィスですし、「断捨離」、なるべく物を捨てて軽くする方針で始めたのですが、案外モノはあるものですね。当日、午前中で済ませるつもりが、結局、夜遅くまでかかり、何とか無理やり済ませました。
普段の仕事(診療や講演)よりよっぽど疲れました。それほど体力や精神力を使ったわけではないのに、慣れないことをすると疲れるものなんですね。

大森の新オフィスも突貫工事です。
二世帯住宅の両親が住んでいた1階部分を改装しました。広尾は詰めれば20人くらい入れる広さでしたが、大森はぎりぎり6-7人程度の広さです。駅から距離もあるし、住宅地の中わかりにくいし、果たしてみなさん来てくれるのか内心とても心配でした。

初日は5名。みなさん、広尾には何度も通ってきて頂いている方々です。初めての場所なので、みなさん時間に余裕を持って早めに来られ、遅刻したり、道に迷った方はいませんでした。今はスマホがあるから大丈夫なんですね、、、

部屋の中は改装したとはいえ、私と家族が住んでいたプライベートな場所です。こんなところにみなさんをお通ししていいのだろうか。プロとしての仕事をできるのだろうか。部屋の隅にダンボールが山積みされ、プリンターが間に合わず、手書きの領収書です。
必要最低限の居心地は整えたつもりですが、内心ビクビクのスタートでした。

しかし、クライエントの方は、そんなことあまり気にしている様子もありません。気にしているのは、みなさんが抱えている相談ごとであり、今までと変わらない相談活動ができました。

考えてみれば、みなさん私に会いに来てくださるのですね。
エステサロンやホテルだったら場所に左右されますが、私の場合は違うのかな。。。
初日が終わる頃には、不安な気持ちが、少し安心の気持ちに変化してきました。

いやいや、まだ安心してはいけません。
まだ1日だけですし、私が何度もお会いしている方々ばかりでした。
新しく来る方はどう思うだろうか?
違和感を感じる方もいらっしゃるのでは?
もう少し経験値を積んでみます。

2019年8月28日水曜日

3回の夏合宿

 今年の夏は、夏合宿を3回行いました。
1)8月上旬に東吾妻のコニファーいわびつで。
2)8月中旬に草津の私の別荘で。
3)8月下旬にマレーシアのリゾート、Janda Baikで。

3回とも二泊三日でした。
集まったのは心の支援者たち(医師、カウンセラー、ソーシャルワーカー、相談員など)。経験2-3年の若い人たちから50-60代のベテランまで。
群馬で行った(1)と(2)はそれぞれ5-7名ほどで。
マレーシアで行った(3)は地元のセラピストたちが20名ほどあつまり、私を含めて3名のスーパーヴァイザーがファシリテートしました。もちろん全部英語で。

合宿の目的は、セラピスト自身の内面を探訪するトレーニング
"Person of the Therapist Training"です。
セラピストにとって、とても大切なトレーニングであることは誰でもわかるのですが、実際に行うのはとても困難です。
その理由は、
A) トレーニングの機会が少ない。ファシリテートするには高度の臨床経験が必要です。
B) 受けるのが怖い。やらなくてはいけないということはわかるけど、どんなことが出てくるか怖い(本当はわかっているけど、それを見るのが怖い)、自分がどうなってしまうか想像できない、、、などと表現します。

合宿で何をするのか?
とてもシンプルです。
自分の心・気持ちを表現します。
しかし、とても深いです。
気持ち(感性)は言葉で言い表すことはできません。言葉(理性)にしたら、気持ち(感性)ではなくなってしまいます。自分の気持ちに一番近い言葉を探していくという感じでしょうか。

心の膿(ウミ)を出す。パンドラの箱を開ける
人はさまざまな肯定的・否定的な出来事を経験します。
肯定的な経験はとても良いのですが(喜びや自信や希望を与えます)、
否定的な経験が積み重なっていくと、心が重くなり、おしまいには動かなくなります。
否定的な体験は見たくないので、心の奥底に閉じ込めておきます。しかし、ウミ(自尊心を奪う否定的体験)が多くなり、心のキャパを超えてくると収拾がつかなくなります。たとえば、
・外に溢れてきてパニック発作となり身体の症状が出てきます。
・あふれるウミを閉じ込めるために必死に心に蓋をして、心が動かなくなります。するといろいろなことができなくなります。学校や会社に行けなくなったり、喜びや意欲といったプラスの感情を失います。いわゆるうつ病です。
、、、要するに、心の病気になります。

人は誰でも心の中にウミを貯めています。
それで良いのです。
人生は長くても100年。ウミを貯めていてもなんとなく人生を全うできます。

あえて心のウミをほじくり出さねばならない(禁断のパンドラの箱のふたを開ける)のは二つの場合です。
1)ウミが大きくなって、心の病気になった場合。
2)ウミを出す心の手術を執刀する心の支援者。

心の手術はとても危険です。
身体の手術のように麻酔を使えません。とても大きな痛みを伴います。一歩間違えば、心の傷がさらに悪化してしまいます(カウンセリングの副作用。二次被害)。

しかし、手術の痛みに耐え、ウミを出すことが出来れば、心が解放され、とても軽くなります。今まで経験しなかった感情(喜び、自信、希望)が新たに芽生えます。
手術が成功すると、
「心がすっきりした。心が軽くなった」
「今までダメと思っていたことが、良いと思えるようになってきた」
「自分はダメな人間と思っていたのに(自己否定)、こんな自分でも良いのかもしれない(自己肯定)と思えるようになってきた」
といった気持ちになります。
そして、今までできなかったこと(例:学校や会社に行けない、眠れない、食欲がない)が努力せずとも自然に出来るようになります。

心の手術を会得するには、まず自分の心で試してみます。
すべて「感性」の作業ですから、本を読んだり講義を聴いたり、理屈(理性)で学ぶことができません。

感性の作業はひとりでは出来ません。承認する他者が必要です。
表出した自分の姿(ウミ)を他者が受け取り、OKが出る(承認される)ことが必要です。

心の支援者は、クライエントのウミを出し、
私は、心の支援者たちの心のウミを絞り出します。

 それは、生きていくことの安心を生み出していく作業でもあります。

人生のライフステージを前に進めるには、様々な困難が伴います。
その困難さを否認し、避けて、自分自身も困難さに気づいていない。
人は、心のサイドブレーキがかかっていることになかなか気づきません。
そのまま前に進もうと無理してアクセルを踏み込めば、車は壊れてしまいます。

心の専門家が直面する仕事上の困難さは、
クライエントと向き合う困難さや職場チームでの困難です。
ある程度の人生経験を持てば、それを掘り下げると、自分自身の私生活での困難さの投影であることはなんとなくわかるのですが、認めたくありません。
否認を解かねばならないとはわかっているけど、それがとても怖い作業だということもわかります。

安全に心を掘り下げるには、自分の心を用います。
自分自身が他者に支援されて心を脱構築した経験を持つと、掘り下げる怖さ・チャレンジと達成した時の安心感・カタルシスの経験を、相手の心に投影できます。
専門用語でいえば、
  • ロジャースの言う、無条件の肯定的配慮(unconditional positive regard)であり、自己一致(self-congruence )
  • 愛着理論の安心の愛着(secure attachment)
に該当しますが、ここで理屈(理論)を持ち出してもあまり意味はありません。

三回の合宿を通して、私自身にとっても自分がグレードアップされる体験でした。
他者を支援することは、自分自身を支援することに繋がります。
自分自身が生きている当事者であるという原点に戻っていきます。
他者の体験を自分がどう認知するかは、自分自身の体験を投影しているにすぎません。
私自身が人生を前に進める困難さに気づき、うまくいって自信を得たり、うまくいかなくて自信を失ったりと、さまよっている自分を受け入れる体験でもあります。

2019年8月15日木曜日

話すことの勇気・聴くことの感動(研修会の振り返り)


2019年7月15日に群馬高山村で開催した「子どもと家族の研修会」には30名ほどの方が参加しました。参加者からの振り返りをご紹介します。
まずは、お話をしてくれた当事者の方の振り返りです。

事例として取り上げて下さったことに感謝しています。みなさんの前で話すのはとても緊張しました。でも、話すことができてとても良かったです。聴いて下さったことにとても感謝しています。あと、家族の力を引き出せたことに自分と彼を誇りに思います。家族療法の素晴らしさを身をもって体験しました。

参加者たちからの振り返りです(抜粋)。

とても力のある家族の物語を聴かせていただきました。お子さんは本当に自閉症スペクトラムなのかと思いました。大変な時があっても、サポートがあればよくなるという希望をプレゼントされた気持ちです。

自分の気持ちを人に話すことの不安を手放して、きちんと伝えられることの大切さを感じました。お子さんの大変な時に向き合い続けた母さん、変わらずに接し続けるお父さんの素晴らしさに感動しました。

お母さんが、
「この経験が誰かの役に立てば良いと思っている」、
「今は自分の未来を考えている。子どもは勝手に育っていくから」
の言葉に回復の姿、希望を見たような気がします。当事者やご家族の生の声を聴けることが、支援者として財産になりました。「苦しんできた人が一番幸せになる権利がある」苦しんできた人の言葉だからこそ、人を動かすことがある。希望に繋がっていくのだと思います。必ず幸せになれると、嬉しい気持ちになりました。

当事者の方のナマの声を聞かせていただき感動しました。マイナスの感情がゼロ地点からプラスの方向にベクトルが向いたところなので、聞いている私たちも明るく勇気をいただける時間でした。

お母さんがずっと悩み続けていらっしゃったことが良く伝わってきました。そして少しずつ変わってきているという印象を感じました。お母さん、お父さんの力強い言葉と正直な気持ちがとても伝わりました。人前で話すということは本当に勇気のいることだと思います。お話を終えたお二人のすがすがしい笑顔が印象的でした。

今日こんなに深い体験に触れられると思わなかったので、とても感動しました。ホントに力のあるお子さんですね。支援者という立場から、自閉症スペクトラムは都合の良い言葉として使われている側面もあると感じました(正しい判断である可能性もあるのかもしれませんが)。それから、純粋に田村先生の臨床力に感動しました。

当事者のお話をじっくり伺う機会がとても学びになりました。家族の力は支援者にはできない力を持っていて、家族を信じること、家族が資源であることを改めて振り返ることができました。最後に、お母さまが「今は自分がどう生きようか」「自分のことを考えている」という言葉が印象的で、お子さんの問題をきっかけに、夫婦関係やご自身のことも変わっていくところに、家族療法の醍醐味を感じました。

以上が参加者からの振り返りです。
次に、私自身の振り返りです。

<話すことの不安・緊張・勇気。聴くことの感動、、、>
自分を語ることはとても怖いです。心を開いても、聞いてくれず(受け止めてくれず)無視されたり、否定されて傷つくリスクを負います。
大切な人と繋がりたいと願っています。でもそのためには自分を見せないといけません。でも、怖いから自分を閉じてしまうと、繋がることができません。

<家族療法の醍醐味、、、>
この研修会自体が家族療法とも言えます。
まず、私が心を開き、みなさんと安心して繋がります。
すると、参加した方々も安心して心を開けるようになります。
そして、参加した方々がお互いに繋がることができます。

<言葉が人を動かす、、、>
人が繋がると、感動して、勇気が出ます。
すると、今まで怖くてできなかったことも不思議にできてしまいます。
言葉の持つ力はすごいですね!
薬の力で痛みを抑えることはできますが、人を動かすことはできません。

<自閉症スペクトラムは都合の良いことば、、、>
身体疾患(例えばガン、高血圧、糖尿病とか)は真実としての客観的エビデンス(例えば腫瘍マーカー、画像診断、血圧測定、血糖値とか)が可能ですが、自閉症スペクトラムに限らずほとんどの精神疾患には客観的エビデンスがありません。だから、確定診断はなされず、真実というよりひとつの仮説に過ぎません。
したがって、病名をいかに都合よく使うかということが大切になります。
都合の良い例都合の悪い例を挙げてみます。

  • 病名がつくと、医療機関が関われるようになります。病名がつかないと、医者は関われないし、医療保険も使えません。
    • 薬を飲みたくない(副作用や習慣になるのがイヤだ)のに飲まされます。
  • 病名がつくと、親のしつけの問題とか、担任の先生の力量不足とか言われなくなり、親や教師が自信を回復します。
    • まわりの人たちの関わり方の問題が見過ごされます。
  • 病名がつくと、教師やまわりの人たちが注目して、その人に合った特別な支援を受けられます。(本来、人はみな異なる特性を持つわけで、人それぞれに特別な教育・支援が必要なはずなのですが)
    • みんなと同じでいたいのに、特別扱いされて、特別の教育とか病院やカウンセリングを受けさせられます。
  • 病名がつくと、仕事が忙しい父親も、母親だけに任せておれず、大変だけど夫婦がよく話し合い、助け合い、夫婦仲が良くなります。(子どもに問題が起きなければ、そんなに話し合う必要もなかったのに、、、)
    • 「この子は障害を持っているんです!」「いや、甘えているだけだ!」と両親の意見が合わず、「そんなに怒らないで、叱らないで!」「お前がそんなに甘やかすからいけないんだ!」とケンカになり夫婦仲が悪くなります。