2017年10月26日木曜日

家族を失い見えてきたこと(1)妻との愛着

 大切な人を失い、その人との関係性が断たれると、主観的な位置から客体的な位置に昇華されて、その人との関係性、自分にとっての意味が明確に見えてくる。
 9年前に妻を、昨年父を、そして3週間前に母を亡くし、一番身近で大切な家族との関係が客観的に捉えることが出来た。
 裏返してみれば、今まで身近にいるときは如何に家族の意味が見えていなかったかということになる。

 家族を失った後に、私が見出したのは「愛着」というテーマだった。
 幼少時の母親から父親への身体的愛着のターニングポイントが、父親への強固な愛着を生み、それが高校時代の海外体験というターニングポイントにつながった。思春期の海外体験が国際交流・比較文化という私のライフワークを生み、人生を方向づけた。妻の喪失というターニングポイントが人生観や職業観を大きく転換させた。
 これらの家族体験と喪失体験が、私の臨床家としての仕事ぶりにどう影響しているかを語るにはまだ早いのかもしれないが、とりあえず言語化してみる。これを本当に客体化できるのはもう少し後、セラピストを退職した後なのかもしれないが、とりあえず今の段階で言えることを記述してみる。

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9年前に妻を急性心筋梗塞で失った時は、とにかく心が痛かった。
悲しみからどうやってリカバーするか、必死だった。
かなり焦っていたと思う。私は「うつ」になりたくなかった。心の専門家として、それが喪失の悲しみ以上に、どれほど辛いことはよくわかっていた。
どのようにして悲しみを癒すのか理屈ではわかるし、多くのクライエントに支援してきた経験もある。その要点は、とにかく気持ちを秘めてはいけない、感情を表出することなのだ。
今回は、私自身が当事者の立場になった。
焦っていた私は、あらゆる人々の助けを借りようとした。


初めの一週間、近所の保育園仲間が家に集まり、思考が停止しそうになる私と子どもたちを助けてくれた。
2週後から大学での講義も再開した。「家族関係学」という授業を持ち、以前から自分の家族のことを例としてよく話していた。今から思えばどうかと思うが、授業で妻を亡くしたことを語り、大泣きした。学生たちはさぞ驚いただろう。教授の涙をどうとらえたか。
感動した、良かったと言ってくれた学生もいたが、みながそう肯定的にはとらえていなかったはずだ。

またクライエントの立場になり、グリーフ・セラピーを受けた。それは死別の悲しみから立ち直るために、悲しみの気持ちをたくさん出し切るものだ。
初めの2-3ヶ月は2週間に一度、その後は月に1回のペースで、セラピストの前で相当泣いた。2-3年経過してからは、セラピーの要素は減り、スーパーヴィジョンとして9年たった現在でも継続している。


妻の喪失体験が、私の人生観を大きく変えた。
大学を退職して、個人開業を始めた。
前々から開業したいとは考えていたのだが、大学の職を辞する決心がつかなかった。
妻を失い、広い世界がそれほど意味を持たなくなった。
それまでは、自分の生きがいを社会に求め、多くの人から承認を得たいと考えていた。
しかし、一番近い人を失い、そして、近い人々との関係の中で癒され、生きる意味がそこにあるということに気づいた。多くの学生や患者さんたちと向き合うよりは、少人数の患者さんとの深く関わり、彼らが本当に癒されることに私自身の生きがいがシフトした。


といった以上のことは死後5年目に上梓した著書「ひきこもり脱出マニュアル」のあとがきにも書いた。その後、妻の喪失から9年たち、両親も相次いで亡くした今から振り返ると、5年前とはまた違った側面が見えてきた。


私には生まれてから今まで、「愛着」が当然のようにあったことに気づいた。それはあまりにも当たり前に空気のようにあったため、その存在に気づかなかった。
愛着関係を失うと、どれほど心が不安定になるか。安心の愛着(secure attachment)が崩れ、不安の愛着(anxioulsy attachment)、あるいは愛着回避(avoidant attachment)になる。
裏を返せば、子どもにとっても大人にとっても、愛着関係が、どれほど心の安定に寄与しているのかを実感した。今まで、そのことは理屈では理解していたが、それを身をもって体験した。


<愛着理論>の解説。
愛着とは、大切な人との間の深い情緒的な結びつきのことだ。「愛情」を心理学的に理論づけたものが愛着であるとも言える。
愛着という概念は1960年ごろから英国などのヨーロッパで生まれたが、その当時は子どもと保護者(主に母親)との関係のことで、成長した大人は関係ないと思われていた。しかし最近ではその概念が広がり、愛着関係は一生必要と言われるようになった。

大人の愛着とは何か?
ひとことで言えば、
「君がいるから元気になれる」関係
「君がいるから安心して毎日を過ごせる」関係
逆に言えば、
「君がいないと元気がなくなり、毎日の生活が辛くて不安になる」関係といえばイメージしやすいだろう。
安定した愛着関係は、揺るぎない信頼と安定感に満ちている。
不安定な愛着関係とは、大切で信頼できるはずの人がいなくなったり、信頼できなくなる場合だ。


妻を失い、代替の愛着を取り戻そうとしたが、そう簡単ではなかった。
今まで、私はそれほど苦労せず、当たり前のように手に入れていた。
一旦失った愛着を作り直すことがどれほど難しいか。
愛着を失うということは、ただ悲しいとか寂しいとかいうことではない。
人間関係が不安定になる。
愛着不全で不安定な心の状態で親密性を求めようとしても、うまくいかない。
不安に駆られるために、相手に突っ込みすぎるか(anxiouly attached)、逆に怖くて突っ込めなくなる(avoidant)。

家族(親子や夫婦)という親密な相手に、本当は言いたいこと、簡単なことのはずなのだけど、言えなくなってしまう状況は、心理臨床の現場でよく遭遇する。
その背後にある不安定な気持ちのありようを、身をもって体験して、よく理解できるようになった。

逆に言えば、今まで、安心できる愛着がない状況というものを、想定できていなかったことになる。心理臨床家としての経験は全然不十分であったのだ。

2017年10月11日水曜日

ひきこもり脱出講座参加者の声

今までの講座に参加した方々の声をお届けします。
来週から、新たな講座が始まります。まだ空きがありますから、どうぞご参加ください。

自分も含め、他のご家族の葛藤などを聞き、お互いに成長できたことはとても良い機会でした。何よりも夫が自分の気持ちを話すようになり、ずいぶん変化があったように思います。それに伴い、子どもも私たちに自分の考えを話すようになりました。家族の風通しが良くなりました。夫婦が楽しく元気でいることの大切さを感じました。

心を開くことが大事なことで、それは自らが行わなくてはいけないことを改めて思いました。自分が心を開かないと、相手も開けないです。子どもが本当に心を開くのにはまだ時間がかかりそうですが、親が見守り続けるしかありませんので、良い距離感を見つけて、付かず離れず、気づかせてあげたいと思います。

田村先生の「家族が心を開く時」というお話から始まり、皆さんのお話しが今日は特に心に響くものでした。みなさんのお話しにとても共感できることばかりでした。外から見たら何もなさそうにみえても、心の中の思いは一緒だなと思え、希望が持てました。

他のご家族の話を聴いて、みな同じようなことで悩んでいるんだ、ウチだけじゃないんだと思いました。

子どもには社会とのつながりを持ち、充実した人生を歩んでほしいと思っています。そのためには、まず私たち両親が充実した人生を送らなければ。子どもの手本になるよう、子どもの未来を信じて向き合っていこうと思います。

問題を抱えてしまうと自信を失います。それを語って言語化して、不安を減らしていくこと。それが安心につながることを再認識しました。

あえて私の方からコメント・解説する必要もないと思います。
参加者の方々の感性を尊重したいと思います。

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ご夫婦そろって参加された方々の声もお届けします。

どのご家庭でも、講座が始まってからこの3ヶ月少しずつ子どもの変化がありました。
初回の頃と比べると、ご両親の表情も柔らかくなり、夫婦間コミュニケーションが取れているように感じます。自分の考えを夫婦の間だけでなく、他のご夫婦に聞いていただくことで、共通点もあり、安心できます。

夫婦がお互い自分の気持ちを伝え、ぶつかり合いあいながらも形を作っていきたいと思いました。今までがコミュニケーション不足で、夫婦の考えに違いがあることに慣れていなかったので。

2017年9月22日金曜日

セラピストが自分を語る体験

先日、私のスーパーヴァイジー(私が指導している若いセラピスト)からメッセージをいただきました。

最近、先生のタム研ニュースが届かないのですが、どうしたのですか?
毎週、楽しみに読んでました。
先生の内面を知ることで自分のことも語りやすくなる、、、
きっと他の人もそうだと思います🌻
共感できるというか、、上手く言葉が見つかりませんがそんな感じです。

 夏の間、しばらく執筆をサボっていました。どうも済みません。
 特に忙しかったわけでも、体調がすぐれなかったわけでもありません。
 夏ということで日常生活から抜け出し、普段と異なる活動をしたので、普段の仕事とは別の気分になっていたのかもしれません。
 その活動をご紹介します。
 セラピストが自分を語るトレーニング(研修)を二つ行いました。

1)タム研の夏合宿

 群馬の山奥にある私の別荘(と言っても小さな山小屋です)で、毎年、私の指導するセラピストたちと共に2泊3日の夏合宿を行います。普段は広尾のオフィスに集まり、セラピストが困難と感じる臨床事例について、どのようにしたらもっと効果的にセラピーができるか指導します。これは、1−2時間ほどの時間です。
 夏には、日常生活を抜け出し、気持ちの良い高原でリフレッシュされながら、時間をかけ、セラピストたちが自分自身の内面を語りました。

2)マレーシアでのリトリート

 マレーシアの熱帯雨林のリゾートで、地元マレーシアを中心にシンガポール、台湾などから若いセラピストたち十数名が集まり、やはり二泊三日の合宿を行いました。
 クアラルンプールに住むセラピストの友人が空港まで迎えに来てくれて、車で2時間ほどの山の中の施設に向かいました。
 日本の「リゾート」ほど整い、豪華ではありませんが、できたばかりの綺麗で素朴な保養地でした。3日間、十分な時間をかけて仲間たちと語り合います。
 ゆっくりした時間が流れ、私にとっては仕事であり、またリラックスできる休暇でもありました。

セラピストが自分を語る体験

 この二つの研修で行うことは共通しています。セラピストたちが自分自身の内面を語ります。セラピストの仕事は、心の悩みを持つクライエントたちの話を伺い、お気持ちに共感して、クライエントさんたちが気持ちを整理して、元気を取り戻し、再び前に進めるようにお手伝いすることです。

 気持ちを語ること。これは、普段、クライエントさんたちに促していることですが、それをセラピスト自身が体験します。普段、我々の日常生活では、感情をあらわにすることを避けます。不安、悲しみ、恐怖、失敗体験というようなマイナスな気持ちを表象に思い浮かべると、心が重くなり、日常生活をうまく営めなくなります。

 研修では、日常から切り離された安全・安心な場所で、あえてその気持ちを表象に浮きだたせ、信頼できる相手に語ります。
 安全・安心な場所とは、信頼できる相手がいて、その人が批判したり否定することなく、ちゃんと受け止めてくれる場、そして語られた内容が他の人に漏れたり噂にならないプライバシーが保障された場のことです。

 普段身につけている心の鎧を開き、纏(まと)っている着衣を脱いで、ありのままの自分、どれほど勇気がいることか。普段は思い出したくないマイナスの自分も語ります。それは無防備な自分の隠したいところをさらけ出すことであり、恥ずかしく、一時的に自分はダメな人間だと思わせてしまいます。
 しかし、それを誰かにしっかり受け止められると、とても気持ちが楽になり、今まで隠していた部分を、もう隠す必要がなくなります。自分が認められた気持ちになり、心が軽くなります。今まで自信がなくて、できなかったことや、躊躇して進めなかったことを、前に進めることができるようになります。

 これは、言葉で説明しても説得力がありません。実際に自分自身が体験しないと、なかなかわからないものです。
 それを、セラピスト自身が体験します。
 普段、セラピストは、同じことをクライエントさんたちに促しているわけですから、まずセラピスト自身がその気持ちを体験することはとても重要で、セラピストの成長につながります。セラピストたちは、心理学やセラピーの○○理論といった「理屈」を学ぶことも大切です。しかし、それは理性に働きかけているわけで、それだけでは不十分です。
 心理学やカウンセリングでは、理性よりも感性をたくさん扱います。感性を深める作業がどのようなマイナスの痛みと、プラスの効果をもたらすのかを会得するには、理屈では学べず、実際に体験して感覚を味わうしかありません。

 理性と感性。
 この両者を十分に習得することにより、より有能なセラピストになります。

家族は本当に信頼できるのだろうか?

高校生のA君は学校に行けなくなった。

去年までは、一日も休まず学校に行っていたのに。
A君自身、どうして行けなくなったのかわからない。どうにかしたいと自分でも思い、積極的にカウンセリングにやってきた。
高校生の年代、しかも男子が自ら相談を求めることは稀だが、時々ある。

田村)なぜ、去年までは学校に行っていたの?
A君)親が厳しくて、親に行けと言われていたから。

なぜ、今、学校に行けなくなったの?
わからない。
仲が良かった友達に悪口を言われたのがショックだったけど、それが本当の理由かわからない。
部活は楽しいから行きたい。将来、大学にも行きたい。
でも、今の高校には行きたくない。高校に行く意味が見いだせない。自分が将来、何になるか、何を目指したらよいのかがぜんぜんわからない。だから、高校に行くことに価値を見いだせないんだ。

去年までは、学校に行くことに価値を見出していたの?
そんなこと思わなかった。
ただ、親から言われて、何も考えずに行っていただけだ。

今、親は学校行けといわないの?
しつこく言ってくるけど、僕が価値を見いだせないものは行けないんだ。

なるほど、よくわかるよ。
つまり、こうかな。
去年までは親のエンジンで動いて、学校に行っていた。
でも、心が成長して、親から自立して、自分のエンジンで動きたいと思うようになった。
自分のエンジンを使うためには、親が差し出すエンジンを切らねばならない。
でも、自分のエンジンはまだ試し始めたばかりで、うまくかからずエンストする。そうすぐには快調に動けないよね。道が見えて、トンネルの出口が見つかるまではどっちに進んで良いかわからない。止まってしまうよね。
とりあえず、部活に価値を見出せるのなら、担任の先生に了解を得て、部活だけ出てみたらどうかな。
A君はうなづいた。

A君のご両親とも相談した。
父親はA君のことを理解できない。高校生は学校に行くのが当然なのに、家で何もせず寝て、ゲームばかりしている息子の姿を見るのはとてもストレスになる。どうにかしてほしいと訴える。
親子同席で面談した。
私からA君に語りかけた。
「Aくん、君はとてもよく自分の気持ちを分析しているから、A君が前回私に語ってくれたこと、学校についてどう思っているかということを、ご両親にも話してみたらどうかな。

A君は、恐る恐る、なぜ学校に行けなくなったかということを親に話した。
母親は、A君の気持ちは理解できるという。
しかし、父親はA君の気持ちを全く理解できないという。

高校の意味を見出せなくても、とにかく行かねばダメだろ。
行きながら考えればいいんだよ。

父親は、A君の気持ちをわかることを、拒んでいるような印象を受けた。

ご両親は、A君が学校に行かなくなってから、夫婦でA君のことを話題にしなくなった。相談すると、Aくんへの対応が夫婦の間で異なり、決裂してしまう。
先生が第三者としていてくれたから、ここまで話し合えたと言う。

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私(田村)自身のお話をしたいと思います。
今、80代の母親の病状が悪化し、体力が低下して、人生の終末期を迎えています。
病院や施設を転々とする母の対応を巡って、子どもふたり(私と妹)が対応しています。
関われば関わるほどきょうだいの意見が割れ、ぶつかり合います。
母親にどう対応するか、
妹の気持ちと、考え方。
私の気持ちと、考え方。
当然微妙に異なります。
認知症の母親は自分の気持ちや考えを持つことができません。
(いや、気持ちを持っているよと想像することはできるけど、その想像もきょうだいで異なります)。
昨日も、電話でぶつかり合いました。
妹は「もうこれ以上話し合っても、平行線だから、いいよ。」
私「いや、良くない。もっと話し合わなくちゃダメだろ。」

これは、私にとって懐かしいセリフだ。
私が結婚した当初、ふたりは夫婦ケンカに慣れていなかった。
日常の生活の中で意見がぶつかり合うと、
妻は「もう、いいわよ。」と口を閉じ、心を閉じていた。
すると、喧嘩の元ネタはどこかに行ってしまい、妻が閉じたことに対して私が突っ込む。
「閉ざしちゃダメだよ。ちゃんと言わなくちゃ!」
「だって言ってもわからないでしょ。無理だし。辛いよ!」
「いや、無理じゃない。ちゃんと優子の言いたいことを言わなくちゃダメだよ!」
という具合に。

若い頃は、年の差もあり、私が勝っていた。
(夫婦ケンカに勝ち負けもないとは思うが)
しかし、晩年は私が連敗だった。妻がふてくされて黙っていると、私が議論をふっかけた。当然、私の方が勝つという想定で。
ところが1時間ほど言い合うと、いつの間にか私が劣勢になっていた。
「わかった、ごめん。週末のゴルフはキャンセルするよ。」
と負けを認めざるを得なかった。

親しいはずの家族同士が意見をぶつけ合うのは辛い。
しかし私はそれをやらなくては、困難を通り越せないと考えている。
その辛さに耐えられるのか?
それはわからない。
もしかしたら、妻とこのようにぶつかり合い、子育てを終えたら離婚していたかもしれない。
幸か不幸か、その段階に至る前に、妻が他界してしまった。
今となっては思い出は美化され、ぶつかり合っていた時のことを懐かしく思い出す。

妹と私は仲が良かった。
中学・高校時代はケンカばかりしていたが、大学生になり、受験のプレッシャーから解放されると仲良くなり、今でも頻繁に交流している。
お互いに結婚して所帯を持ってからも、何度かケンカしたが、その都度どうにか帳尻を合わせてきた。

私が幼い頃、両親はよく些細なことで喧嘩していた。
海育ちの母親が海産物を食卓に出すと、山育ちの父親は魚が嫌いで、怒っていた。
その度に幼い私はビクビク怖かった。
でも、その二時間後には何事もなかったように普通の夫婦に戻っていた。
私はホッと安心した。

〜〜〜〜〜
うちの家族は、風通しが良くないのです。

とA君の母親が語る。
それはいったいどういうことでしょう?
それは、親が生まれ育った環境にあるという。
A君のこととは直接関係ないけど、そのあたりの事情について丁寧に伺っていった。

A君の父親は、自分の父親から受け入れられた体験を持たなかった。
A君の祖父(父親の父親)は社会的に成功した人だが、家では権威的・ワンマンで、夫婦ケンカが絶えなかった。
息子(A君の父親)にも自分の価値を押し付け、それを嫌がり、早くから家を出た。そのまま時が経ち、祖父は自分の息子と向き合えないまま他界した。

父親は、カウンセリングに来ることが辛いと言う。
息子のA君に向き合うことも。
このように自分の生い立ちを語ることも。
しかし、父親は、これはどこかで乗り越えないといけない作業であると薄々感じてはいた。
もし父親自身の人生を語ることが息子が立ち直ることと関係があるのならと、ご両親で辛抱強く親の相談に通い続けた。

当初、父親が語るふたつのこと、つまりA君の現在の問題と、父親自身の家族の話は、別々の事象として認識されていた。母親も同席して、よくよく語り、父親の気持ちが妻と私に受け止められる体験を経るなかで、父親の心の中に繋がりが見えてきた。

私は自分の父親から認められたという実感が持てていない。
私は、自分の息子を認めるという実感を持てない。

そして、カウンセリングの中で、父親は、自分の心の中の父親と和解することが出来た。
(注:こう書くと簡単なように見えますが、とても困難でした。カウンセリングに十分な時間をかけて、丁寧に解題してゆきました。)

A君の両親は、気持ちが軽くなった。
家族の風通しが良くなったと感じた。
父親は、以前と比べるとA君とよく話し合うようになり、A君のことを理解するようになった。

そうこうしているうちに、A君のエンジンは少しずつ調子を上げ、高校に再び通うようになった。

〜〜〜〜〜

 今、私の母親は命を終えようとしている。
 これは、家族にとって大きなストレスだ。ケアが大変だし、さまざまな意思決定をしなければならない。その度に、きょうだいが話し合う。楽しいことではない、辛いことの連続だ。それほど遠からずに、喪失と悲しみを受け止めなければならい。

 これは「家族ストレス」であっても「家族の危機」ではない。親を見送るのは、正常な家族ライフサイクルの一部であり、すべての家族が経験することだ。
 しかし、このような家族ライフサイクルの節目(子どもの巣立ち・結婚・出産・死別など)がストレスとなり、家族が決裂することはよくある。子ども時代は仲の良かったきょうだい関係も、大人になり、このようなストレスを機に決裂して疎遠になるのはよくあることだ。私と妹の関係が、今回のことを機に疎遠になる可能性だって十分にある。でも、決裂せずに乗り越えられるかもしれない。それは、実際にやってみないとわからない。
 自立してそれぞれの家庭を持つきょうだいが決裂しても、日常生活にさほど支障はない。
 一緒に生活する家族(親子や夫婦)が決裂したら、日常生活にとても大きな支障が出る。

家族は本当に信頼できるのだろうか?
大切な人と、うまくやっていけるのだろうか?

それは、誰にもわからない。
うまくいくかもしれないし、いかないかもしれない。

うまく行くだろうと期待してたら、うまくいくかもしれない。
可能性はある。
うまく行かないだろうと諦めたら、うまくいかない。
可能性はなくなる。

これを、成就性予言と言います。

2017年7月21日金曜日

親密な関係と心の安全基地

親密な関係性は、人が生きる上で最も大切な宝です。

愛着(attachment)とは、親密な人との安心・安全な結びつき感覚です。
これは幼い子どもと親との安全な結びつきから始まり、一生を通して心の安定に必要不可欠です。
愛着がイギリスで概念化された当初は、幼い子どもと親の間に形成されて、それがきちんと整備されれば、大人になっても大丈夫と考えられていました。つまり、「三つ子の魂100まで」、小さい頃にしっかり安定感を築けば、それが心の中に根付いて、一生それでやっていけるという考え方です。
しかし、その後の研究で、子ども時代だけでなく、一生を通じて、安心できる対象関係が必要なことがわかりました。
つまり、子ども時代にホッカイロを手に入れれば一生使えるというものではなく、一生を通して暖かい暖炉を身近にキープします。

愛着関係は心の安全基地です。
愛着関係が十分に成就すると、心が暖色系に染まり、暖かくなります。人との関わりをプラスに受け止め、人間関係がうまくいき、人生が暖かくなります。
愛着関係が不十分だと心が寒色系に染まり、冷たくなります。人との関わりをマイナスに受け止め、人間関係が冷たくなります。

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具体的にお話ししましょう。

自立しようとしている思春期の子どもを考えてみましょう。
思春期になると、自らの力で仲間関係を作っていくために、周りの人の空気を読み始めます。どんな空気か誰も教えてくれません。自分で感じ取ることが求められます。
まわりの仲間や友人が自分に話しかけアプローチしてききたら、それが何を意味するのかを読まねばなりません。相手はそこまで教えてくれません。自分で解釈します。

暖色系の心は周りからのメッセージをプラスに受け止め、その人は自分をプラスに思っているのだろう、自分はその人から認められているんだと好意的に受け止めます。

寒色系の心は、周りからのメッセージをマイナスに受け止めてしまいます。
もしかしたら、相手の人は私のことを嫌っているのでは、ダメな人と内心思っているのではないだろうか。自分は周りの人から認められていないと思います。
疎外感から一人ぼっちになり、自分の居場所ではない、自分がそこに入っていくのが辛くなり、その場から撤退を余儀なくされ、居場所を失い、ひきこもります。

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職場の人間関係を考えてみましょう。
暖色系の心は、職場の人たちのまなざしをプラスに受け止め、自分は認められていると感じます。まわりから支えられていると感じます。忙しい仕事や難しい人間関係でも、なんとか乗り切ることが出来ます。

寒色系の心は、職場の仲間たちからのメッセージをマイナスに読み取ります。自分は嫌われている、自分は認められていないと感じるので、同僚たちのことが嫌いになり、自分はダメな人間だ、この職場は向いていない、自分だけ阻害されているという風に感じます。

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思春期の子どもを持つ親の心を考えてみましょう。
親は子どもが幼い時は守る愛をたっぷり与えます。
思春期になると、放す愛を与え、自立を促します。

親の心が暖色系だと、子どもの周りの友達や先生からのメッセージをプラスに受け止めます。多少のいじめとか傷つき体験もあるかもしれないけど、うちの子どもはそれを乗り越えられる力を持っていると安心するので、親子の心の絆を緩め、子どもが親から離れて自立していく姿を安心して見守ります。

親の心が寒色系だと、周りの人たちからのメッセージをマイナスに受け止め、先回りして心配して、子どもを危険から守ろうとします。子どもに自立する力が備わっていても、それを見過ごしてしまい、子どもはいつまでも幼いと感じてしまいます。
まだ巣立つのは早い、家にいなさい。親があなたを守るから!
本当は子どもに自立してほしい、成長してほしいと願いつつも、心の不安感から先回りして心配して、子どもを手放すことができず、親の不安で子どもを縛り付けてしまいます。

子どもにそれを跳ね返す力があれば、親に反抗して、親の絆を断ち切ります。
子どもの跳ね返す力が弱ければ、親の不安をそのまま受け取り、自分は自立するにはまだ早いから、まだ子どものままでいるしかないと思い込みます。

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夫婦関係を考えてみましょう。
暖色系の心は、安心感に満ちています。相手が遠ざかっても心配しません。相手が自分に近づいてくると、暖色系のフィルターを通すと愛情というプラスの気持ちなります。お互いにプラスの気持ちで惹かれ合い、安全で愛情に満ちた関係を築くことが出来ます。

寒色系の心はとても孤独で、相手からの温もりを渇望しています。
しかし、相手のメッセージをどうしてもマイナスに受け止めてしまいます。自分のメッセージも相手にマイナスに受け止められてしまうことが怖くなり、言いたいことをなかなか言えません。
相手が近づいてくると怖くなり、不安を抱きます。逆に、相手が遠ざかるそぶりを感じると、自分は見捨てられた不安を抱きます。
夫婦がお互いに近づくことも遠ざかることもできず、相手の心もだんだんと冷えてゆきます。お互いのメッセージをマイナスに受け取り合うので、夫婦関係が冷たくなります
。一緒にいることが苦痛になります。

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心が寒色系に染まり、冷たくなると、とても生きづらくなります。
  • 人をどう愛したらよいのかわからなくなります。
  • 人が近づいてくることを恐れます。
  • どうやって人に近づいたらいいのかわからなくなります。
  • 人との関係がとても苦しいので、人との交流を閉ざします。
  • あるいは、その逆に、必死に相手を求めるあまり、不適切に人を求めすぎてしまいます。人に怒りをぶつけたり、反抗的になったり、暴力を振るうこともあります。
  • 自尊心を持てなくなり、自分はダメな人間だと自分を責めます。
  • 生きていることがとても辛く、困難になります。
  • 心が冷えるとうつ病、不安障害、境界性パーソナリティ障害などの心の病気にかかりやすくなります。
  • 身体も冷えて、身体の不調をきたします。心身症や疲れやすさ、自律神経系の症状が出現します。
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以上みてきたように、心の暖かさは、幸せな人生に必須のアイテムです。

では、どうやったら心の暖かさを取り戻すことが出来るのでしょうか。
どうやったら、心の安全を確保できるのでしょうか。

自分ひとりで、暖かさを発生することは、できないことはないのですが、なかなか難しいです。心に昔あった暖かさの残り火があれば、そこに風と酸素を吹き込んで、暖かさを取り戻すことが出来ます。しかし、火を起こす技術はキャンプでもなかなか難しく、経験と慣れが必要です。

ベストな方法は、身近で大切な人と触れ合い、暖かさを共有することです。
家族が一番です。親子や夫婦・パートナー、きょうだいや親族など。
あるいは、友人や仲間、教師や同僚など、家族以外の親しい人でも構いません。十分に近く、信頼し合える関係であれば。
遠いと暖かみが伝わらないので、十分に近づき、ゆっくりと伝えていきます。

  • 愛着は愛情を通して伝わります。
  • その人を尊重し、信頼し、全面的に認める深い愛情です。
  • 愛情深いスキンシップやコミュニケーションを与えます。
  • 安全な感覚を呼び戻し、安全を保障します。
  • 肯定的なまなざしを与え続けます。
  • 安全にお互いの心を語れる環境を整えます。

しかし、これもなかなか難しい時があります。
伝え合う人の心が十分に暖かくないと、相手に伝えることが出来ません。
暖かさが強いか、冷たさが強いか。
相手に近づき暖かさを伝えようとしても、相手の冷たさに負けてしまうと、暖かった人も冷たくなってしまうこともあります。

家族全体が持っている熱(安全な愛着経験)の総量によります。
それが不十分だと、家族同士で分け与えようとしても、家族全体が冷え込んでしまいます。

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セラピストは、心のエネルギーのガソリン・スタンドです。
セラピストの心の暖かさを伝え、クライエントの心を温めます。
そのためには、セラピスト自身が十分な心の暖かさを持っていなければなりません。

セラピストのためのガソリン・スタンドもあります。
それが、スーパーヴィジョンです。
クライエントに分け与えて冷えてしまったセラピストの心に、上級セラピスト(スーパーヴァイザー)が暖かみのガソリンを補給します。

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家族療法家は、家族全体のためのガソリン・スタンドです。
冷たくなった当事者が給油に来れれば良いのですが、事情があって来れない時、家族の誰かに来てもらいます。
来れる人にガソリンを与え、家族同士でシェアしてもらいます。
ガソリンを持ち帰っても、上手な伝え方がわからないと、うまく注げずこぼれてしまいます。
家族療法家は、家族同士で暖かみを分け与える方法を伝授します。
そして、家族全体が暖かくなるように見守ります。

2017年7月11日火曜日

親の元気を子どもに伝える(ひきこもり脱出講座より)

「ひきこもり脱出講座」での様子をご紹介します。

・子どもにどう関わったらよいかわからない。
・子どもに何を伝えたらよいかわからない。

そのような親の気持ちを受け、講座では、子どもにどう関わったらよいかをお伝えしています。伝えたいことはあるけど、
・伝えて良いのだろうか?
・伝えると、かえってマイナスになって悪くなってしまうのではないだろうか?
そんな気持ちから、素直に伝えられません。
・子どもに問題が生じてしまった。もしかしたら、親の私がいけなかったのかしら?
・今までの親の関わり方が良くなかったのがひきこもりの原因なのかしら?
今まで、必死に親をやってきただけに、子どもがうまく行かないと、親も自信を失ってしまいます。
すると親の心がフリーズして(凍って)しまいます。
子どもに伝えるべきことを何も伝えられず、まるで腫れ物を触れるように接して、何も言えなくなってしまいます。

しかし、これではいけません。
進むべき道と自信を失った子どもに対して、親は自信とガイドラインを与えます。
そのためには、まず親としての自信をしっかり確保しなくてはなりません。
講座では、そのフリーズを解除して、親の自信を回復する道筋を作っていきます。

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脱出講座に参加した皆さんに、子どもに「出さない手紙」を書いてみましょうとお勧めします。何を子どもに伝えたいのかを点検し、イメージトレーニングをします。
「実際には出さないけど、本当に出すつもりで、子どもに親の本当の気持ちを伝えてみて下さい。」

そのようにして書かれてお手紙をご紹介します。

前回、武史(仮名)に手紙を書いたのはいつだったっけ。
「武史を手放すよ。あなたは社会に戻りなさい。戻れる力があるから。」
そういう内容だったと思います。
ああいう手紙は、ママの心が元気でないと書けないし、武史が元気でないと渡せないと思っています。

あれから少し時間が経ちましたが、武史は今なにを考えていますか?
今回は、武史にこんな風になって欲しいなと思っている、ママの気持ちを書きます。
人間はね、三つの資源で育つんだよ。
最初は、家族。
次は、学校と友だち。
その次は、社会生活と他者。
どの資源でも、成功と失敗を繰り返して、その体験が人を育てる。たとえ与えられた資源がイマイチでも、人間はその中で生きていかなければならないと思う。

武史が自分をどう思っているかわからないけど、武史は社会経験が不足しているので、社会によって育てられていないと、ママは思っている。パパやママの話から知識として理解しているかもしれないけれど、武史の実体験ではないもの。
だから、武史には実体験をいっぱいして欲しいの。社会に出ていって欲しい
失敗したら、まだ戻ってくればよいし、そして、また出ていけば良いんだよ。

武史はとても慎重で、何かする前にたくさん調べてから行動する人だと思っています。そこが武史の良いところだと思う。でも慎重すぎて、なかなか動けないのかなと思う時がある。武史が抱えている生きづらさもママは理解しているつもり。音や光に敏感で、人とのコミュニケーションが苦手と思っている。そして静かな生活を望んでるかな。

それでも、家に隠れないで欲しいし、具体的にどうしたら社会に出て行けるか、どういう形が武史にとって望ましいかを考えて欲しい

これがママの今の気持ち。ママは緊張していて、失敗したらどうしようと不安な気持ちで武史に話しかけると、まわりくどくてストレートに話すことが出来ないです。
だから手紙を書いてます。

武史が自分で決めて、自分の道を進んでいくときに、「じゃあ協力して」ということがあれば、たくさん協力するからね。「相談したい」というのであれば相談に乗るよ。対話がとても大事だから。

まわりくどいママからでした。
また、書きますね。

とても素晴らしいお手紙です。
なにが素晴らしいのか、具体的にご説明しましょう。

親の導き(ガイドライン)を示しています。

実体験をして欲しい。社会に出ていって欲しい。
と、決してお説教ではなく、わかりやすく丁寧に伝えています。
「親は子どもに何も期待してはいけない。」
と信じていらっしゃる方が多いのですが、これだけではいけません。
よく、「親は子どもに何も期待せず、あるがままの姿を認め、生きているだけで良いよ
と伝えてあげましょう」と言われます。
これはとても大事です。
そのままの姿を承認するのは守る愛です。
親がしっかりこのような愛情を伝えると、自分は守られているという安全の感覚を抱くことができます。そして安心して他者を信頼して、自分はこの世に存在するに値するんだという根本的な信頼を抱くことが出来ます。
子どもは、とても安定します。

〇放す愛を伝えています。
しかし、守る愛だけでは前に進めません。
「変わらなくてよい。生きているだけで良い。」というメッセージでは、ひきこもりから脱出して前に進むことが出来ません。安心してずっとひきこもっています。
守る愛と同時に、放す愛
つまり「今のままではいけない。変わりなさい。そして君は前に進む力を持っている。」と伝えます。
武史君のお母さんも「社会に戻れる力がある」と、しっかり放す愛を伝えています。
・実体験をして欲しい。
・社会に出て欲しい。
と明確に進むべき方向を示しています。
それは決して高すぎるハードルではありません。
子どもは、親に示されたハードル(期待)を飛び越えることで親の承認を得て、前に進む自信を獲得します。

〇子どもを信頼しています。
具体的にどうしたら社会に出て行けるか、どういう形が武史にとって望ましいかを考えて欲しい
と、その進み方、どのような道を選択するかは本人に任せています。
しかし、前に進まないという選択肢はないことも、はっきり伝えています。

〇親の本音をちゃんと伝えています。
この手紙は、ママの心が元気でないと書けないし、武史が元気でないと渡せない
と、母親の本当の気持ちも隠さずに伝えていますね。
親の本当の気持ちを伝えられれば、子どもは安心します。

このお母さんは、出さないはずだった手紙を、実際に武史くんに渡すことが出来ました。

このようにして、親は子どもに元気(前向きのエネルギー)を伝えることが出来ます。

私は、「ひきこもり脱出講座」で、みなさんと関わりながら、私の元気をみなさんに伝えることが出来ます。

2017年7月5日水曜日

夫婦間で言葉が通じない

  • 夫婦が向き合えない。
  • 夫婦間でコミュニケーションが出来ない。
  • 気持ちが通じ合わない。
そのような理由で、みなさん夫婦カウンセリングにいらっしゃいます。

よく話を伺うと、どうも二人で話している言葉が違うようです。
  • 広東語と北京語
  • ドイツ語とフランス語
  • 東北弁と九州弁
ご当人たちは同じ日本語をしゃべっているつもりですが、実は言葉が違うのです。

夫婦は三つのコミュニケーション言語を使います。

1) 理屈の言葉(理性)
状況を合理的に判断して、目的を達成します。
気持ちに左右されてはいけません。客観性な事実だけを冷静に伝えます。感情が入ってはいけません。
途中経過はどうでもよく、最終的な結論が大切です。
主に会社など理屈で物事を合理的にすすめていく人間関係で活用される言語です。
どちらかというと、男性が得意とします。

2) 気持ちの言葉(感性)
自分の気持ちを伝え、相手の気持ちを受け取めます。
客観的な正しさよりも、相手と自分の主観的な気持ちが大切です。
相手と気持ち(愛情)を交換し、親密感と安心を得ます。
同じ話の繰り返しが多く、結論よりも途中経過が大切です。
夫婦や親子のように、気持ちで繋がる人間関係で活用される言語です。
どちらかというと、女性が得意です。

3) 身体の言葉(スキンシップ・セックス)
愛情に満ちた身体の触れ合いは大きな安心感と幸せを得ます。
夫婦・恋人の間でしか用いません。
それ以外の人と使ったり、たとえ夫婦の間でも使い方を間違えると暴力や犯罪となり、とても傷つきます。

これら3つの言葉を上手に使いこなすことができれば問題ないのですが、実際はなかなかうまくいきません。自分の得意な言語で会話しようとします。なぜなら、その言語を使った時に、もっとも親しさや愛情を感じることが出来るからです。
逆に、自分の得意としない言語で話しかけられてもよく理解できないばかりか、怖くなり逃げてしまいます。多くの日本人が英語で話しかけられると怖くなるのと同じです。怖がる必要はないと頭ではわかっているのですが、どうしても身体が拒否してしまいます。

夫婦でコミュニケーションができない。
そのようにおっしゃるご夫婦でも、実はとても相手を求めています。

しかし、使っている言語が二人の間で異なるために、相手の言葉が理解できず、困ってしまい、怒ったり、無視したりします。そうなると相手に嫌われた、もう無理、別れるしかないと思ってしまいますが、それは大きな誤解です。決して嫌っているわけではありません。近づきたいのですがうまく近づくことが出来ないので、がっかりして諦めてしまいます。

たとえば次のような例です。
理性(第1言語)とスキンシップ(第3言語)は使えるけど、感性(第2言語)が使えない男性がいます。
自分の家族(妻と子ども)と実家(自分の両親)との関係を平等に扱います。公平さが大切で、気持ちは重視しません。
実家より自分の家族を優先してほしい妻からの求めを理解できません。感性(第2言語)を使いこなせないので、感性で語り掛けてくる妻の言葉がわからず、特に負の感情(不安や怒り)が向けられると、英語で会話しろと求められているようで、無視するか、怒りで相手を蹴散らします。なかなか結論が出てこない妻の長い話にイライラして、「結論だけ言え!」と言いたくなります。

感性(第2言語)を母国語とする女性がいます。
夫が理屈抜きに自分を一番優先して安心させてくれることを求めます。結論がなくても、ただ話し合って気持ちをわかってほしいのに、夫は受け止めてくれず、イライラします。気持ちが通じない夫にスキンシップ(第3言語)を求められても無理です。

妻は、夫と気持ちを通わせることが出来ず、親密さを感じられません。
夫は、妻からスキンシップを拒否されるので、親密さを感じられません。

それが長い間続けば、お互いの愛情を感じることが出来なくなってしまいます。
本当は愛情を持っているからこそ、相手に自分の母国語で求めるのですが、相手に通じず、お互いの愛情を見失ってしまいます。

夫婦カウンセリングで行うことはとてもシンプルです。
3つの言語を上手使えるように練習します。

第1言語(理性)の練習は、
これまでの夫婦関係の経緯を情報収集し、夫婦が理解し合えない要因を分析します。
合理的な解決策をアドバイスします。
今後、夫婦間で調整するべき課題を具体的に提示します。

第2言語(感性)の練習は、
夫婦が向き合い、自分の気持ちを言葉で伝える練習をします。
相手の気持ち(悲しみ、不安、怒り、喜び)を素直に心で受け取る練習をします。
相手の立場を尊重しつつ自分の気持ちも相手に伝え、お互いが折り合えるポイントを見出します。

第3言語(スキンシップ)の練習は一番最後になる場合が多いです。
 なぜなら、日本人は総じてこの言葉を使いこなせません。二人とも下手な場合がよくみられません。日本では、夫婦間でもセックスについて真面目に話し合う習慣がありません。若い頃は勢いに任せたセックス、結婚後は子どもを作るためのセックスはできるのですが、コミュニケーションとしてのスキンシップの使い方を学んできませんでした。
 カウンセリングでやることは、愛情のコミュニケーションとしてのスキンシップの大切さを理解します。
そして、夫婦お互いがスキンシップについてどう感じているか話し合います。
二人にとって心地よいスキンシップのあり方を話し合います。

このように説明するのはシンプルなのですが、実際はそう簡単ではありません。
学校で英語はたくさん学んできたはずですが、使いこなせません。使おうとしても怖くなって止めてしまうのと同様です。
怖がらず、練習あるのみです。
練習を積み重ねれば、必ず三つの言葉を上手に使いこなせるようになります。
そうすれば、幸せに満ちた夫婦関係が成就できます。