2012年4月27日金曜日

怒りと愛着

ウェブサイトで、ふとあの人の名前が目に留まった。おう、がんばってるな!!
そのまま行き過ぎたのだけど、どうもおかしいな、気持ちがぶれ始めた。
その人のことを考えてしまう。怒りかな。
もう、10年以上も前のことだった。その婦長さんと担当の患者さんのことで決別してしまった。患者さんや部下のことをよく把握している、とても頼りになる人だった。でも、あの時の彼女の見方は絶対に偏っている!今からでも対決して議論してもいいぞ!
もうとっくに終わった出来事のはずなのに、名前を見るとなんかそのときの気持ちを引きずったままだということが思い知らされる。

なぜ、こんなにぶれるのだろう?今はもう全く関係ない人なのにおかしいなあ???
自問自答しているうちに、なんとなく気がついた。
もしかしたら、その人のこと好きだったのかもしれない。もっと一緒に仕事をしたかったのかもしれない。なにしろ、あの出来事以来、口をきいてくれなかったからなあ。
当時私は妻がいたし、そんな気持ちを相手に抱いているなんてその時は思わなかったけど、振り返ってみればそうだったんだよ、きっと。だから、今でも気持ちが揺らいでしまうんだ。
と、気づいてみればよくわかった。その人が悪いんじゃなくて、自分自身の勝手な思い込みだったんだ。

怒りを向ける対象は、自分にとって大切な人だからなんだ。
夫婦間で怒りまくり、離婚寸前状態で相談に来る人も、本当は大切なのに裏切られたからでしょ?
大学時代の指導教官に怒りまくっていたけど、卒業しちゃえばもうどうでもよくなり、同窓会で会えば懐かしく感じる。でも、学生時代にはなくてはならない人だったし。

愛着を放してしまえば、怒らなくなる。
愛着を温存しているからこそ、怒ってしまう。

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