2018年5月1日火曜日

「父親の会」の様子をご紹介します

先日行われた「父親の会」の様子を報告します。

参加者は7名でした。そのうちご夫婦でいらっしゃった方が2組いらっしゃいました。
前半は、私の方から「家族の温度(愛着)」についてお話ししました。
後半は、参加者の皆さんから質問をお受けしたり、お話ししたいことを自由に語り合いました。ふだんは語る機会の少ない、男の本音をみなさん語りました。
その一例を紹介します。

あるお父さんから「自分は父親としてうまく子どもに関わることが出来ない。
と話されました。
本音を言えば、子どもがあまり好きでない。
子どもにどう話しかければよいのかわからない。
父親としての自信がない
というお話をしてくれました。

すると、別のお父さんがとてもホッとした表情で、
それは、私も全く同じなんです。」
と話されました。
家族のために一生懸命子どもに関わったり、妻にも協力しようと努力しているのに、妻からはいつも、あなたはダメだと責められます。父親としての自信がないというのは全く同じで、私のほかにもそういうお父さんがいるということを知れたのが、今日、この会に参加した一番の収穫です、と話してくれました。

これは、とても良いやり取りでした。
「自信がない」と言えるのは、男性たちが、鎧を脱ぐことが出来た瞬間です。
どの人たちも、家族とても真剣に考え、努力しています。父親としての自信を持ちたいと願っています。
しかし、うまくいきません。弱さもあります。その弱さを家族の前では隠さねばなりません。男たちは、弱音を吐いてはいけないと言われてきました。それはとてもしんどいことです。
そのような、男性たちの本音を、参加した女性たちも交えて共有できました。
参加していた私としても、とてもホッとできる会でした。

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父親の会は、月に2回ほど不定期に開催されます。
詳しくは、ウェブサイトのカレンダーをご覧ください。

週末(土日)、もしくはウイークデーの夜に開催しています。
毎回、2時間です。
また、

【男性のみ】の会と、
【女性もOK】の会を設けました。
その意図についてご説明します。

始めは男性のみが参加する会だけにしようと思いました。
その方が、男性のより深い本音に迫ることが出来ます。男性どうして、お互いを支え合うことが出来ます。妻やほかの女性の前では話しにくいこと、たとえば妻について、男性のセクシュアリティについて自由に語ります。本当は、そのようなことを夫婦間で話し合うべきなのかもしれません。しかし、なかなか話しにくいものです。男性同士でまず練習して、勇気を持ち帰り、夫婦で向き合うことが出来ます。

しかし、男性たちは気持ちについて語ることがとても苦手で、恐れています。
理屈(理性)を語ることは慣れています。問題なく語れます。
しかし、すじみちの通らない、同じことの繰り返し、感性を語ることができません。
社会(企業や公的な世界)は理性で成り立っています。
家族はお互いの愛情(感性)で成り立っています。
そのことは、理屈ではわかりますが、実際には家族のことを話したり、気持ちを話すことを避けようとします。
多くの男性は自らそのような場に出ようとしません。
まず、夫婦で参加して、妻が夫を連れてきてほしいと思います。
こちらに来てくれれば、ホッとする、良い体験を間違いなく得ることが出来ます。

あるいは、女性だけに「父親の会」に来てもらって、家族に関わろうとしない、このような場に来ようとしない男性をどう理解したらよいのか、どうやったらもっと関わってもらえるようになるのかということを見出します。

そのような意図から、男女共に参加できる「父親の会」を設定しました。

2018年4月25日水曜日

親の役割は子どもを心配することです

親は子どもの無事を、心から願います。
子どもの安全を守るために、アンテナを張り巡らせます。
子どもに何か異変が起きたら、いち早くキャッチして、先回りして、子どもを守ります。
「先回りして心配してはいけない」とよく言われますが、子どもが弱い(自分の力で自分を守れない)うちは先回りしなければなりません。

子どもが成長したら、親は子どもの底力を見出すことができます。
親がカバーしなくても、自分の力で出来る姿が見えてきたら、親は心配のまなざしを緩めます。
子どもに任せて、チャレンジさせます。
成功するかもしれないし、失敗するかもしれません。しかし、親はすぐにカバーしようとせず、子どもの底力を信じて、安心して見守ります。

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あるお母さんが、娘のことで相談にやってきました。
相談したいことはもうひとつ。母親自身の気持ちがうまくコントロールできないことです。

このお母さんは、自分自身が生きる不安を抱えていました。子ども時代の辛かった体験が未解決のまま、今に至るまで持ち越されてきました。そのこともカウンセリングでよく話してくれます。
私が話を伺っていると、娘に対する不安と、母親自身が抱えてきた不安が連関していることがよく見えます。自分の不安で心が霞み、娘の成長した底力を見落としてしまいます。
しかし、本人にとって、このふたつの出来事は全く別もので、関連付けることはしません。

カウンセリングを進める中で、お母さんは不安を、安心してよく語ってくれました。
私からこうお伝えしました。

そう。母親は心配するものですよ。それが母親の役割ですから当然です。

彼女は徐々に自分の心に気づき始めました。

私が娘を構ってしまうのは、他のお母さんたちがやっている姿を見て、自分もやらなくちゃと焦ってしまうんです。母親として、自信がないんです。そのことに気づきました。

母親の心配を十分に語る中で、母親自身の縮こまっていた気持ちが、だんだんと伸びてきました。

そういえば、娘が言っていたことを思い出しました。
娘)もう私の面倒をみてくれなくていいから!
母)お母さんは何のためにいるの!?
娘)お母さんの存在理由を私にしないでくれる!

娘さんは、とても聡明で、よくわかっているようです。
母親にもよく言えました。

際限なく心配されたら迷惑なのよ。自立できないし。
親は自分自身の生きる不安を、一番愛する人に投影しているに過ぎません。

娘は何年か前につまづきました。
母親は心配してカバーしました。その不安が娘に伝わり、娘もますます不安になり、前に進めなくなったようです。

カウンセリングの部屋の窓の外で、カラスが電線から飛び立ちました。
母親はふと思いました。

もしかしたら、娘は私が思っている以上に、自分をちゃんと持っているのかもしれない。
どうしても、娘が可愛そうという気持ちが先に立っていたんです。
ここまで話してみて、とても気持ちが楽になりました。

それは良かったです。
どうぞ、気持ちを楽にしてください。
母親と娘の気持ちの連結を外しても大丈夫ですよ。
と私から伝えました。

親が安心すれば、子どもも安心して、再び前に歩み始めます。

2018年4月14日土曜日

「お母さん病」からの解放

中学生の娘を怒り過ぎて、ダメにしてしまいそうです。助けて下さい。

という主訴で、あるお母さん(A子さん)が相談にやってきました。

娘は、幼いころから個性の強い子でした。
何をやるにも遅くて、服は脱ぎっぱなしで片づけられません
一年中、自分の気に入ったひとつの服だけを着て、とてもこだわりの強い子でした。
小学校に入っても心配で、先生から呼び出されて、遠回しに「療育が必要」と言われた気がしました。
ネットやたくさんの本を読んで、「発達障害」のことを調べました。
しかし、夫は、娘は病気ではないと言い張り、障害があることを受け入れてくれません。
夫婦で1時間くらい話し合っても、夫はしまいに怒り出してしまいます。私の心配を理解しようとしてくれません。

A子さんはとても真面目な性格で、何事にも諦めず熱心に取り組んできました。
学校では優秀な成績を収め、自分の仕事に誇りを持っていました。
結婚した後もしばらく仕事を続けていましたが、妊娠を機に思い切って退職し、母親業に専念しました。
地域の子育て支援センターでペアレントトレーニング(親業)の訓練も受けました。夫にも受けるよう勧めても、必要ないからと拒否されました。

娘が中学2年生になってから、ほぼ毎日、私は娘と喧嘩してしまいます。私は大声で怒鳴ってしまい、夫はそれに耐えられずに逃げるんです。
娘もイライラしてしまいます。それが、学校でも出て、担任の先生に当たり、先生から三者面談の時に、別室に呼ばれて注意されました。
今は、言いすぎると、余計反応すると思って、言わないように我慢しています。

私はA子さんに尋ねました。
我慢していらっしゃるんですか?
それじゃあ、苦しいでしょう?

このままでは、二十歳になっても身の回りの始末をできないと思うと、頭の中が真っ白になります。

娘さんは今14歳ですから、二十歳になるまでまだ7年ありますね。どうして二十歳になっても身の回りの始末をできないとわかるのですか?

娘を普段見ていると、親から離れるとかしないかぎり、ずっと自分で自分のことはできないと思ってしまうのです。
心配性の私と引っ張り合いをしてしまうんです。

お母さんの中には「心配性の私」がいるんですか?

子どもが出来ないから、母親である私がしてあげないといけないと思うんです。
お母さんという病気」なんです。

A子さんは自分の気持ちを丁寧に語っていくうちに、心配し過ぎで自分自身を苦しめていたことに気づきました。
私から、こう伝えました。

娘さんは、発達障害ではありませんね。

すると、母親の表情はぱっと明るくなりました。
A子さんは、専門家に診断してもらったことはありません。A子さんの中で、そう思い込んでいました。

A子さんは、与えられた役割をきちんとこなしてきました。学校でも、会社でも、そして母親になってからも。
親の大切な役割のひとつが、心配することです。子どもに危険が迫る可能性をいち早くキャッチして、子どもを守ります。

A子さんの言葉を振り返ってみましょう。
A子さんは子育てをきちんと完璧にこなそうとがんばっていました。
そのため心配をキャッチするアンテナの感度が高すぎたようです。
子どもの個性が強いのはとても良いことです。しかし、A子さんにとって、それは他の子どもたちと同じでないといけない、協調できなければいけない、ひとりだけ目立ってはいけないと感じてしまったのでしょう。

子どもは、何をやるにも遅いです。
服を脱ぎっぱなしにして片づけられないのが子どもです。
自分の気に入った服は毎日着たいものでしょう。
それらを正常の範囲内にとるか、「病気」あるいは「発達のかたより」ととるかは、親のアンテナの強さによって、どちらでも可能です。

夫が「子どもに問題ない」と見立てても、心配のアンテナが強すぎるA子さんは聞き入れません。心配が肥大してしまうと、からまわり状態になり、周りの人が何を言っても受け付けられず、跳ね返してしまいます。

先生から言われたかもしれない遠回しの「療育」という言葉を敏感にキャッチして、ネットや本で調べれば、発達障害の症状が自分の子どもにも当てはまると受け取ってしまいます。

そのような心配に満ちた環境で育った子どもは、自分自身も心配するクセを身に着け、アンテナの感度が敏感になり、まわりの刺激に過剰に反応します。
それでも幼い頃は、母親に従順に従っていた娘も、思春期になり発言力が増すと、母親と娘の火花がスパークして、お互いの怒りがエスカレートしてしまいます。
怒り過ぎて、そのことさえ「子どもをダメにしてしまう。」と心配して、疲れ果て、A子さんは相談にやってきました。

A子さんに必要なことは、7年先の二十歳まで先回りして心配するアンテナを下ろすことです。そのためには、「心配」を打ち消す「安心」が必要です。
私は、「娘さんは病気ではありませんよ。」と伝え、安心を与えました。

お母さんが心配から解放されると、今までの自分や子どものことを客観的に振り返ることが出来るようになります。A子さんは感極まって、さめざめと泣きました。

そうなんです、今までは娘の悪い部分ばかり目が行っていました。
よく考えてみれば、うちの子は良い部分もあるのです。私に気を遣い、率先してお手伝いをしてくれます。私に優しいんです。

と初めて娘のプラス面を語ってくれました。
心配が先行すると、マイナス面をキャッチして怒ります。
安心が生まれると、プラス面に目を向けることができるようになります。

娘さんも、母親のA子さんも病気ではありません。
娘さんは発達障害ではないし、A子さんは「心配性」ではありません。
ただ、A子さんのアンテナの感度が良すぎて、心配が増幅されてしまっただけです。
子育てには心配と安心の両者のバランスが大切です。
孤軍奮闘していると、どうしても心配ばかりに心が傾いてしまいます。
信頼できる他者との関わりが、孤立した子育てを解放し、心配と安心のバランスを取り戻すことができます。

2018年4月13日金曜日

不安を乗り越えるには、経験と安心が必要

私のニュージーランド旅行とスキーのお話しをします。

先日、休暇で初めてニュージーランドに行きました。
レンタカーを借りて、観光地を周りました。
海外でのドライブは何度か経験しているのですが、ニュージーランドは車のスピードが速く、怖かったです。

NZには「高速道路(ハイウエイ)」がありません。
というか、日本でいう一般道路が「高速道路」なのです。
人口密度が日本の20分の1のNZでは、小さな集落が点在し、集落と集落の間は何キロ、十キロも離れていて、原野のみ。何もありません。北海道のスケールをさらに大きくしたイメージです。
道路の標識は整備されています。
集落に近づくと、80キロ、50キロといった標識があり、制限速度が低くなります。
しかし、集落を抜けると、100キロの標識があります。

私は日本の高速道路を100キロで飛ばすのは慣れていて心配ありませんが、一般道路を100キロで飛ばしたことはありません。
ほかの車がみな100キロで走っているので、私もスピードを上げようとしますが、とても怖くなります。せいぜい80キロくらいにセーブして走っていると車が後ろから迫ってくるので、何度も徐行して先に行かせました。
私も100キロにスピードを上げようとすると、怖さから緊張して身体がこわばり、どうしてもできません。無理にアクセルを踏むと、辛くなります。

なぜこんなに怖いのでしょう?
自分自身でもよくわかりません。
日本の高速道路では平気で出しているはずの100キロが、NZの道路ではどうしても出せません。
日本の一般道路で100キロなんて、とても危なくて出せません。その体験が身体に染みついて抜けないからでしょうか。

NZの道路はよく整備されています。100キロで走行できるように設計されているし、見通しも良く、原野を貫く道路には人も障害物も何もありません。理屈では日本とは違って安全なのだとは理解しても、身体のこわばりはどうしようもありません。

しかし、経験を積むうちに、だいぶ慣れました。
NZには1週間滞在したのですが、後半になると不安が和らぎ、自然に100キロを出せるようになりました。

〜〜〜
私の趣味はスキーです。
冬になると、顔が黒くなるので、お気づきの方も多いと思います。
子どもの頃からずっと続けており、ゲレンデでは面白くなくなり、
3年ほど前からバックカントリー・スキーを始めました。

バックカントリー・スキーとは、リフトがかかり、コースが整備されたゲレンデを抜け出し、自然に満ちた山の中を滑ります。
よくクロスカントリー・スキーと混同されるのですが、
クロスカントリー・スキーは平らな土地を細いスキーで走る北欧起源(ノルディック)のスポーツです。冬季オリンピックでお馴染みです。
バックカントリー・スキーはアルプス地方(アルペン)が起源で、急斜面を滑ります。新雪(パウダー)も滑るので、浮力を持たせるために幅の太いスキーで走ります。オリンピック競技にはありません。時々、遭難のニュースでメディアに出ます。

誰もいない山に分け入っていくのでとても危険です。雪崩に遭ったり、滑落したり、道に迷って遭難します。整備されていない急斜面を滑るには高度の技術が必要です。ひとりでは行かず、プロのガイドさんと一緒に行きます。遭難する人は山の怖さを知らず、ガイドを付けずに行ってます。
リフトもゴンドラもないので、スキー板の裏にシールという登攀具をつけて山を2-3時間かけて登り、10分で滑り降りるといったことを繰り返します。登るときは辛いのですが、誰もいない大斜面を自由に滑る解放感はゲレンデでは得られません。

時間をかけてドロップ・ポイントまで登りきり、シールを外して、さあ滑ろうという瞬間はとても怖いです。斜面は急でちゃんと滑れるのか不安になります。バンジージャンプの経験はありませんが、プールに飛び込む時の心境に似て、とてもドキドキします。
さあ、滑ろう! 左から2番目が私です。

しかし、いつまでも躊躇しているわけにもいかず、ガイドさんに促され、思い切って飛び込みます。滑り出したら怖いなんて言ってられません。必死に滑ります。うまく滑れる時もあるし、スピードが出過ぎて転ぶこともあります。
不思議なもので、「スピードが出過ぎてコントロールできなくなる。怖い!」と心の中で思った瞬間に転びます。その時は、雪まみれになりますが、怪我はしません。心が未然に危機を回避しているのでしょう。
上手く滑れず転べば落胆し、自己嫌悪に陥り、
転ばずなんとか滑り切れば、達成した爽快気分になります。

そんなことを3年ほど経験し、先日、以前に登った同じドロップ・ポイントに行きました。
あれ、ここは前に来た同じ場所だっけ?
前回は急斜面だったのですが、今回はそれほど急ではありません。
急斜面か否かという判断は、私自身の主観です。経験値によって、感じ方がかなり違います。
ここなら難なく滑れるだろうと予測するとドキドキすることも緊張することもなく、身体の力を抜き、楽に滑り降りました。

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私にとって、NZの運転も、バックカントリー・スキーも不安を伴うチャレンジです。
若者が自立し、大人になることは、さまざまな不安を伴うチャレンジです。いままで周りの人がやってくれていたことを、自分の力でやらなくてはなりません。
怖くて当然でしょう。

1)経験と失敗が必要です。
怖いのに無理に滑り降りようとすると、緊張して、こけます。でも、致命傷は負いません。何度かこけて失敗を繰り返すと、こけずに成功することもあります。経験を増やしていけば、当初怖かったことが、それほど怖くなくなります。

2)安心が必要です。
ガイドさんなしのバックカントリー・スキーは不安過ぎて行けません。
ドロップ・ポイントで躊躇している時、もう行っても良いよ!とゴーサインを出してくれる人、
もしも自分では回復できなくなった時には助けてくれる人
がそばに居てくれたら、安心して、不安を乗り越えることが出来ます。

安心がなく、不安のままで滑り出すと、傷つきます。
傷つきを回避するために、ひきこもります。

2018年1月17日水曜日

男性グループ:私自身の体験

私は男性のサポート・グループ「男性塾」を主宰しております。
なぜ、私が男性グループを始めたか、私自身の体験をお話ししたいと思います。

私が一番初めに自分自身の気持ちと向き合うグループワークに参加したのは、20代なかば、精神科医になりたての頃でした。指導教授に勧められ、2泊3日のエンカウンター・グループという合宿に参加しました。
私よりも若い人もいましたが、30代、40代の人もいました。みんな心理関係の仕事をしている人たちで、男女両方いました。
何の予備知識もなく参加しましたが、参加者たちが自分たちの気持ち、特に心の痛みを語り、涙する姿に驚きました。友人の精神科医ヤマト君も一緒に参加して、別々のグループに入ったのですが、夜に「そっちでは何人泣いた?」などとお互いのグループの様子を報告し合いました。正直、そのような参加者のことを馬鹿にしていました。心理の仕事をしていながら、自分たちの方がよっぽど病んでいるじゃないか。
私の順番が回ってきても、私は何も心の痛みなどない。私は強い、、、という具合に強がっていました。すると、ファシリテーターである年配の男性が、私の肩にそっと優しく触れました。その意図がよくわかりませんでした。

二回目の体験は私が40歳、まだ新米の父親の頃でした。イタリア、ローマのMaurizio Andolfiという高名な家族療法家が、毎年夏に2週間のグループワークを主宰していました。世界各地から15名ほどのセラピストたちが集まり、専門家としての自己の話をします。これも、男女ミックスでした。
ここでも私は驚きました。始めはクライエントに向かう専門家としての自分を語るのですが、話が深まるうちに、職業ではなく、個人的な自分自身の体験を語ります。自分の子ども時代のこと、夫婦や家族関係のことなど、辛さや悲しみを語ります。みんな、よっぽど不幸な経歴を持っているんだなぁ。だからセラピストになったのかなぁ。私には語るような傷はないし、幸せなんだなぁと内心考えていました。
最終日に、主宰したMaurizioが自分を語りました。彼はちょうどその時、夫婦関係が破たんして、離婚する直前の時期でした。語りながら、感情に呑み込まれ、泣き崩れました。
私は驚きました。マスターセラピストと呼ばれる偉い先生も、本性がバレてしまった。ああ、彼もこれで崩れてしまったか。彼の専門家としてのキャリアが終焉する場を目撃したのだと思いました。
その晩に、お別れのディナーパーティーがありました。Maurizioは昼間の様子では、夜も欠席するのではないだろうか、と想像していたら、ごく普通に快活な彼に戻り、楽しく振る舞っています。
あれ?
彼は崩れてしまったのではなかったのか?
そこで、私の目からうろこが落ちました。
人は弱みを見せても良いのだ。
むしろ、弱みを恥じず、開示し、それを自分自身で受け入れ、信頼できる人に共感してもらえることが本当の強さに繋がるということを実感しました。

このような自助グループ(self-help group、ないしはconsciousness raising group)は1960年代の女性運動の中から始まりました。お互いに、素の自分を語り合う中で、自分たちの意識を高めていきます。
女性は、感情を扱うことが得意です。
しかし、男性は、感情、特に否定的な気持ちを表すことが苦手です。
男性は、「強さ」をアイデンティティにしています。
自分が強くありたいと願い、体力、学力、経済力などの「よろい」に身をまとい、自分を強く見せようとします。その下にある「弱さ」を隠します。

人は弱いものです。それを認めるからこそ、強くなることができます。
弱さを否認した強さは、独りよがりでしかありません。
Maurizioの姿を見て、そのことに気づき始めました。
ローマでの体験は、私の感性の畑を掘り起こしました。
帰国して2週間ぶりに再会した幼い子どもたちに出迎えられ、彼らを抱きしめ、なぜかわかりませんが、泣き出してしまいました。子どもたちは泣いている父親の姿に驚きました。私自身も自分の感情表出に驚きました。

三回目の体験は、アメリカでの男性グループです。アメリカでは女性グループ活動に触発され、1990年代頃から「男性運動」が盛んになりました。
学会で知り合った男性性(Men's study)を研究している研究者に紹介され、Mankind Projectという男性の集まりに参加しました。週末2泊3日の男性オンリーの合宿です。とても強烈な体験でした。男性たちが集まり、何をするのか初めはとても怖かったのですが、とても安心・安全な環境が作り出され、奥深くまで心を開くことが出来ます。それに耐えきれず、途中でリタイアする人も中にはいました。私は自分自身も気づかなかった心の底に初めて触れて、大きく心が動かされました。それを仲間たちに受け止めてもらいました。私以外はすべてアメリカ人です。言葉の違いを超えて、強い連帯が生まれました。

その後、様々な場で、男性グループを経験してきました。専門家の男性が集まる機会、一般の男性たちのグループなどです。今でも、継続して英語の男性グループを開いています。英語に不自由がなく、男性グループに興味がある方はご連絡ください。ご紹介いたします。

私は、男性としてのアイデンティティを獲得する中で、
泣いてはいけない。弱さを見せてはいけない(否定的な感情の抑圧)
と伝えられ、必死に「強さのよろい」を作ってきました。それが男のプライドです。
鎧があるからこそ、こうやって職業人(医師であり大学教員であり)として、家庭人(夫であり父であり)としてやってこれたのだと思います。
しかし、時にその鎧が重圧となり、自分の心の足かせになってしまうことがあります。
たとえば、「怒り」です。
怒りの感情は、弱さ(恐れ、不安、悲しみなど)を隠し、自分の身を守るための武器です。怒りは相手を蹴散らし、関係性を破壊します。
怒りという鎧を脱ぎ捨て、素の気持ちをそのまま表すことが出来ると、身が軽くなり、どんなに楽になるかということを体験しました。
それとともに、苦労して作り上げてきた「よろい」を脱ぐことがどれほど怖いかということも経験しました。

普段の臨床で、家族の問題、夫婦関係の問題、個人(男性・女性を問わず)の問題など、多くの人たちの悩みや苦しみに触れています。
男性である私自身の視点からすると、それらの解決のカギを握るのが、「男性」です。
男が如何に変わることが出来るか。
無理に変えようとすると、傷つきます。
自分自身が安心して、鎧を脱ぎ、見せかけではない真の男性性・人間性を回復する場を作りたい。
そのような願いから、男性グループを主宰しています。

2018年1月1日月曜日

今年の診療方針・活動方針

新年を迎えました。

2011年の6月に田村毅研究室を東京西麻布の地に開設してから、今年で7年となります。
開業するまでは、公務員として大学に勤めていたので、経営の経験など全くなく、健康保険も、薬も使わない自由診療が、果たして成り立つのか、なんの根拠もありませんでした。
なんとか7年間ここまで続けられてきたのも、みなさんのご支援のおかげです。どうもありがとうございます。

一年の計は元旦にあり。
気持ちをリフレッシュして、今年もみなさまのお役に立てるよう、努力してまいりたいと思います。

ここで、改めて、私の診療方針と、今年の活動方針についてお伝えしたいと思います。

<診療方針>
『人」の力で問題を解決します。
心の問題や苦しみ・悩みのほとんどは、人との関係性の中から生まれてきます(非機能的な関係性)。大切な人から傷つけられたり、裏切られたり、失ったり。
したがって、大切な人との関係性を回復することにより、人々は苦しみから解放されます。
  • 人と関わる力を回復して、社会(学校や会社)の中に安心できる居場所を得ます。
  • 人と関わる元気の素は家族から育みます。親との関係、子どもとの関係、夫婦間の関係、きょうだいとの関係、祖父母世代などなど、安心できる関係を回復します。
  • それを支援する私が触媒になります。よくお話を伺い、十分な信頼関係を作ります。
「病名」は使いません。

  • 医学的・科学的に明確に診断できる場合を除いて、病名は使いません。特に使わなくても、問題は解決します。
  • うつ病、発達障害、アスペルガー障害、パーソナリティ障害などなど、多くの精神疾患には客観的なエビデンスが乏しく、操作的診断基準による仮説です。
  • 病名が必要な場合もあります。普通の人には起こらないこんなことが、なぜ起きているのか、本人が、家族が、専門家が理解する枠組みを得ます。このような場合は、その病名を尊重します。
  • 病名が元気を奪う場合もあります。偏見の対象になったり、自信を失うなどです。このような場合は、その病名から解放します。
  • 多くの精神科医やカウンセラーなどの心の専門家は、医学・生物学的な視点から心の問題を理解しようとします。つまり、身体の中の異常、とりわけ脳神経系になんらかの問題が生じているとアセスメントします。この場合は、正確な医学的診断が必要となります。
  • 私は、医学・生物学を含めた生物・心理・社会モデル(Bio-Psycho-Social Model)という広い視点からアセスメントします。医学的診断(病名)は相対的なひとつの指標として、解決のためのツールとして用います。

「薬」の力は借りません。

  • 「人の力」を有効に使うことができれば、「薬の力」は必要ありません。
  • 通常の保険診療では「病名」と「薬の処方」がどうしても必要になります。
  • 私の自由診療では、薬は必要ありません。その代わり、相手と向き合い、さらに自分自身と向き合い、深い会話が必要となります。

<今年の活動方針>
・家族の力を賦活する
精神科領域では、問題を持つ当事者が治療に消極的で会えない場合が少なくありません。本人が不在でも、家族が元気を回復することで、本人も元気になります。

・グループの力を活用する
「ひきこもり脱出講座&交流会」、「男性のサポートグループ」など、なんでも話し合える仲間を得ることで、みなさん元気を回復されていきます。このような機会を増やします。

・支援者の支援
本人を支援する家族、本人と家族を支援する支援者・専門家(教師、カウンセラー、医療者など)も、どう支援したら良いか戸惑います。専門家へのスーパーヴィジョンで、そのような人々に指針を与えます。

・学会・執筆活動
国内外の学会に参加して、後進の指導に当たります。
特に、海外のアジア地域の専門家たちとの連携を深めます。
これまで積み重ねてきた経験を、本として出版します。

本年も、どうぞよろしくお願い申し上げます。

2017年12月22日金曜日

年末年始の過ごし方

今年もあと1週間を残すまでになりました。
お歳暮・忘年会・年賀状・クリスマス・大掃除・松飾・お年玉・おせち料理・大晦日、、、年末年始の準備であわただしくもあります。

家族が楽しく集まり、新年を迎えおめでたいはずの年末年始ですが、楽しいことばかりではありません。

Aさんは夫の両親と二世帯同居しています。普段は距離を保ち、付かず離れすしているのですが、お正月は一緒に過ごさねばなりません。お姑さんの何気ない一言で傷つきます。お正月の過ごし方で、夫婦の意見が合いません。いつもケンカになってしまいます。

Bさんは年一回、お正月には実家に帰省します。年老いた老親と過ごすのはとても複雑な思いです。子どもの頃のことはあまり思い出したくありません。でも、弟夫婦に任せっきりで、弱ってきている親の姿を見るのは辛く、孫の顔も見せてあげられない自分が不甲斐なく思います。

Cさんの息子は家でひきこもっています。毎年、お正月には親族で集まるのですが、今回は息子に声をかけない方がよいのか、子どもを残して親だけが楽しい思いをして良いものか迷います。

Dさんは今年、親を亡くしました。毎年、正月には親戚で集まっていたのですが、今度の正月はそれもなさそうです。子どもは就職して、正月は友人と旅行に行くからと、家に戻ってきません。ひとりきりの正月になりそうです。

Eさんは、別居中の妻に連絡するべきか迷っています。普段は仕事が忙しくて引き延ばしにしているのですが、年末年始をひとりで過ごす妻のことを思うと可哀そうでなりません。でも、妻は私と会ってくれるか心配です。妻からは何の連絡もありません。

年末年始のホリデー・シーズンは、良い意味でも、悪い意味でも人に向き合い、自分自身に向き合う楽しい時期です。逆に言えば、人に向き合い、自分自身に向き合わねばならない辛い時期でもあります。
普段は会社や学校など、普段のルーチン・ワークの枠組みの中にるので、向き合っている余裕はありません。しかし年末年始は普段の仕事もお休み。家族のための特別な時間が流れます。

大切な人と向き合うことは、大きな喜びになる場合と、大きな痛みを伴う場合と両方あります。
普段は、向き合いたくない人は遠ざけていますが、年末年始は家族など親しい関係を変化させる良いチャンスでもあります。

Aさんは、まずご夫婦でお正月の過ごし方をよく相談しましょう。毎年のことですから、特に話し合わなければ例年どおりになってしまいます。Aさんの複雑な気持ちを夫にわかってもらいましょう。そして、夫の気持ちも理解しましょう。その上で、いつもとは少し違うお正月を過ごしてみてはいかがでしょうか。

Bさんは、実家に向かう前に、親と弟さんへ手紙を書いてみましょう。ご自身の率直な気持ちを伝えます。実家では例年と同じように、当たり障りなく過ごしましょう。そして、帰りの別れを告げるとき、手紙をそっと手渡します。「私がいなくなってから読んでね」と伝えましょう。
面と向かって伝えるより、時には手紙の方が気持ちをうまく伝えられることがあります。

Cさんは思い切って息子に声をかけてみましょう。できれば、普段は会わない親戚の人が居るところで話しかけると良いです。第三者が介在すると、普段の膠着した家族関係が変化することがあります。親とは話さなくても、祖父母やいとことは普通に話せることがよくあります。

自分と向き合うためには、まず人との関わりを絶ち、ひとりにならなければなりません。それは辛いことです。孤独を恐れ、避けなければ、孤独の中から深い意味が生まれてきます。

Dさんは、ひとりのお正月を楽しみましょう。
だれしも、一人ぼっちの寂しさを忌み嫌います。確かに辛いです。
しかし、その辛さを乗り越えると、孤独が人生の豊かさをもたらします。
ひとり旅に出かけてみましょう。慣れないと戸惑いますが、実行してみると案外楽しいものです。
ひとりの時間を大切に使いましょう。読書も良いでしょう。
これがお勧めの本です。

鴻上尚史 「孤独と不安のレッスン」 (だいわ文庫) 
齋藤 孝「孤独のチカラ」 (新潮文庫) 
山折 哲雄「ひとりの哲学」(新潮選書) 
森 博嗣「喜嶋先生の静かな世界」 (講談社文庫)

こんな本を読むと、落ち込んでしまう?
いいえ、そんなことはありません。今までとは異なる新たな世界が見えてきます。

Eさんは、別居中の奥さまのことを心配する前に、まずご自身のひとり正月を充実して過ごす計画を立てて下さい。Dさんと同じく、ひとりで楽しむ体制をまず作りましょう。それが整ったら、奥さまに連絡して下さい。Eさんご自身が元気でいれば、奥さまもEさんと会って元気になります。Eさん自身の寂しさや不安を、奥さまに投影しないようにしてください。

Aさんに二つ目のアドバイスです。年末年始の時期に、敢えてひとりの時間を作ってみましょう。この時期は家族との関わりを求められます。そこに流されず、夫やご両親に断り、半日でも構いません、家族から切り離された自分のための時間を作ってください。お正月ではない普段に自分の時間があったとしても、この時期にあえて家族に断り、家族よりも自分自身を優先することに意味があります。