2014年1月27日月曜日

父親の関わりが功を奏した例

Q 息子は小学校で先生に叱られ、同級生からもいじめられて深い傷を受けました。勉強で見返すしかないとがんばってトップの進学校に入りましたが、燃え尽きた感じで1か月で不登校になり現在に至っています。

 父親との関係が思春期の頃からうまくいかなくなりました。父親は仕事一筋でまじめな人間です。息子は「おやじに叱られた覚えがない」と言っていますが、母親の私からみてもそうだと思います。私は息子とは別に自分のカウンセリングを受けたりしましたが、夫はカウンセリングには全く無関心でした。

 去年に息子はついにリストカットして、大声で外に向かって叫んだり家の壁に穴を開けたり、家族として辛い日々が続きました。その頃から夫が少しずつ変り、息子と会話するようになりました。息子はまだ「親父を威圧的に感じる」と言いますが、会話も以前よりは増えています。息子は今ひとりで福祉のデイケア施設に行っています。辛かった去年のことを考えれば、今は快挙です。

 このまま夫婦で見守っていくつもりです。息子はまだ不安定で、家に帰ってくると外で受けたストレスを私たちに吐き出します。少しでも気持ちがやわらげばと両親は聞き役になっています。父親が話し相手になってくれると、息子はボソボソと話をします。父親の役目はとても大きいのだなと実感しています。

A ご両親の力で家族の危機を乗り越えた素晴らしい例です。

息子さんが父親に叱られた覚えがないのに威圧的に感じるというのは一見矛盾しているようですがひきこもりの子人によく見られることです。本当はマジメで優しいお父さんなのでしょう。しかし父親との接点が薄くあまり交流がないと、子どもは父親が何を考えているのか疑心暗鬼になり、必要以上に「脅威」に感じてしまいます。小学校の頃には権威者である先生や友達からの脅威やいじめを受け、それを挽回しようと勉強を頑張ったけれどうまくいかず、社会の人々と自由に交わるという壁を乗り越えられなかったのでしょう。

その壁を取り去ってくれたのが父親の関わりです。それまで息子さんにとっては遠い存在であるが故によくわからない脅威であった父親が自らアプローチしてくれて、徐々に人に対する威圧感を乗り越えることができました。このようにして子ども時代に他者から傷つけられた痛みの記憶を癒して、人に対する怖さを克服することができます。母親は子どもにとって身近で優しく、あまり怖くない存在ですので、この役割を担うことができません。威圧的に感じてしまう父親だからこそできる役割です。

多くの男性はカウンセリングを好みません。その理由として、まず他者に救いを求めることが苦手だからです。男性は昔から「一国の主(あるじ)」としてリーダーシップを発揮して我が家の価値をつくり、家族を外から守る役割を担ってきました。今はそのような家庭は少なくなりましたが、男性の心の中では自分が家族の意思決定の主体であるから、そう簡単に家族外の人に相談するべきではないという昔ながらの男性のプライドを頑なに保持していたりします。

また、男性は女性のように感情をうまく扱うことができません。男性たちは子どもの頃から不言実行、弱みを見せてはいけないと教え込まれてきました。悲しみ、不安、恐怖などのマイナスの気持ちは「弱音」とみなされ、それを他人に伝えることに大きな抵抗感を抱きます。本当は男性も社会や家庭でたくさん傷ついているのですが、その気持ちは自分の心の中に押し留めます。そして、それが耐えきれない程大きくなったときに、「怒り」という気持ちに変化して、まわりの人を攻撃します。男性としても本当は怒りたくないのですが、怒りによってしか自分の気持ちを表出する手段を持たず、結果的に妻や子どもとの距離を遠ざけるという悪循環に陥ってしまいます。

その点、あなたのご主人はとても偉いと思います。父親がひきこもる子どもを心配すると、不安の気持ちが怒りの気持ちにスイッチしてしまい、子どもを叱り飛ばすことが多いのですが、そうではなく息子さんとの会話を試みたのですね。とても困難だったと思います。それまで忙しくて子どもと接する機会も限られていたのでしょう。子どもが大声を上げたり暴力を振るえば、父親としては当然きびしく叱ろうとします。もしここで叱っていたら、息子さんはますます脅威という壁を乗り越えられなかったでしょう。

あなたも母親として努力されたことが功を奏しました。家族の危機に直面し、父親が子どもに向き合う決心ができた背後には母親の力があることにお気づきでしょうか。母親自身がカウンセリングに通い、母親としての関わり方についてよく振り返り、父親に対しても子どもの問題に向き合うように働きかけていました。その段階では夫がカウンセリングを受けることはできませんでしたが、そのような妻からの働きかけが夫の気持ちの中に残っていて、それが後に息子さんと向き合おうとするエネルギーになったのだと思います。

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